Sightsong

自縄自縛日記

ジュリアン・バーンズ『Pulse』

2011-09-23 12:54:27 | ヨーロッパ

ジュリアン・バーンズの短編集『Pulse』(2011年)を読む。この小説家の作品を読むのは『10 1/2章で書かれた世界の歴史』(白水社、原著1989年)以来だ。それも短編集(10 1/2章)であって、奇天烈なホラ話に妙に感動した記憶がある。しかし、本書は随分雰囲気が異なり、いかにも英国の、小声の笑いや皮肉を効かせた小話が集められている。

心にすり傷を残すような小説はいくつもあった。

「East Wind」は、離婚してロンドンに来た男がウェイトレスと恋仲になる話。相手の素性がまったくわからず、男は彼女の部屋を無断で物色する。そこには水泳大会で表彰を受ける彼女の写真があった。鎌を掛けるつもりで「スイマーだからね」と言ったところ、彼女は姿を消す。ググってみたところ、ドイツ語の記事があった。東ドイツ時代、ドーピングでの強化をしていた咎で罰せられた過去があったのだ。

「Gardener's World」は、ミニマルな園芸生活が趣味の若い夫婦の話。何だか落とし穴に落ちて鬱々としてしまうようだ。

「Marriage Lines」は、小さな飛行機しか飛ばない英国沖の小島に通う夫婦の話。彼らは微妙に排他的で、微妙に独善的で、しかしその世界しか受け入れることができない(「Gardener's ・・・」と同じだね)。やがて大きなジェットが飛ぶようになる。もうこの島に来ることはないだろう。そんな喪失の寂しさがある。(ところで、飛行機から見る雲の形を表現するのに「brainscape」という言葉を使っていて膝を打った。今度から飛行機に乗るたびに脳味噌を思い出すに違いない。)

「Harmony」は、原因不明の視力喪失の女の子を、磁力を使って治癒しようとする18世紀の話。おそらくは精神的な原因であり、奇跡的に見え始めるものの、それまで天才的であったピアノの演奏が鍵盤を見ることによってうまくいかなくなってしまう。父親は激怒、母親は娘がいかさま師にたぶらかされているという噂にヒステリックになり、娘の治療をやめさせる。娘は音楽家として大成、盲目のまま一生を過ごす。

「Pulse」は結婚の話。自分は相手と性格が合わず、離婚に至る。両親の仲は、大昔からそうであったように自然に睦まじい。ある時、父親が「妻の匂いがわからなくなった」と訴える。それだけでなく、強烈なもの以外の嗅覚がなくなってしまい、靴を磨いていても実感がない。夫に自身はじめての針治療を行う妻だが、その妻が脳疾患が原因で倒れ、死に向かってゆく。男は、自然に隣にいる父親と、離婚した自分とを見つめる。

「At Phil & Joanna's」という、ハチャメチャな会話シリーズもある。誰と寝たか忘れただとか、マーマレードとナショナリズムの関係だとか、アホな地球温暖化懐疑論だとか、話があちこちに飛びまくる。

と書くと面白かったようだが、実はさほど愉しめなかった。何だか陰鬱で、こそこそ笑っていて、秘かに抒情的であったりもして、気分は雨続きのロンドンなのだ。(別にロンドンが嫌いなわけではないのだけど。)

思い出した。去年、仕事相手の英国人とフランスを移動していて、どこかの店のカウンター越しに野獣のように怒鳴り合っているフランス人たちがいた。それを観察して彼が言った。

「フランスではよくああいう光景を見るんだけど、英国ではありえないんだよね。」
「じゃあ英国人は怒ったときどうするの。」
静かに苛々している(爆笑)。」


東海第一原発の宣伝映画『原子力発電の夜明け』

2011-09-23 09:25:44 | 環境・自然

科学映像館では、福島原発の宣伝映画『黎明』『福島の原子力』に加え、東海第一原発の宣伝映画『原子力発電の夜明け』(森田実、1966年)を配信している。

>> 『原子力発電の夜明け』

東海第一原発は、商用発電を行う日本初の原発として、日本原子力発電(原電)が建設したものであり、1965年11月に発電に成功している。1998年には営業運転を停止、現在は廃炉が進められている(原子炉解体は2014年開始予定。原発の廃炉はとにかく時間がかかる)。今後続々と出てくるはずの廃炉第一号でもある。

なお、与謝野馨(みんなの党)は中曽根康弘の口利きにより1963年に原電に入社しており、この時期と重なっている。彼は福島原発事故の直後、自分たちの進めてきた原子力政策は間違っていなかったと早々に発言している。歴史に立ち会った者としての矜持こそあれ、歴史を真っ当に振り返ることができるほどのビジョンは持ち合わせていない政治家だと言わざるを得ない。

映画は、「原子力の平和利用」、科学の力、永遠に続くかのような経済成長を信じることによって成り立っている。1953年のアイゼンハワー演説から始まったこの「平和利用」神話は、1954年の第五福竜丸事故や原水禁運動の盛り上がりにも関わらず、奇妙なことに、まるでそれとは無関係に、まるでアンチテーゼであるかのように、受容された。

茨城県東海村で日本初の研究炉として初めて臨界に達したのは1957年、日本原子力研究所(原研)が米国から導入したものであった。しかし、東海第一原発は米国製ではなく英国が開発したコールダーホール型と呼ばれる炉であった。これに続いて、福島第一原発、美浜原発と米国製の時代が来ることになる。日本ではコールダーホール型はこの一基が建設されただけに終わった。映画ではその建設映像を次々に紹介しており、歴史上の特異点としても、また「平和利用」神話受容の一コマとしても、非常に貴重なものだ。

英国コールダーホール型は現在主流の軽水炉とはタイプが全く異なる。減速材(中性子の速度を落とす)は軽水(普通の水)ではなく黒鉛。形式は違うがチェルノブイリ原発も黒鉛を用いていた。また冷却材は軽水でなく炭酸ガス。出力の割に炉心が大型、高コストであるなど軽水炉に比べて欠点が多い。NHK・ETV特集『シリーズ原発事故への道程 前編 置き去りにされた慎重論』(2011/9/18)によると、地震の少ない英国にあって黒鉛の塊は積み上げてあるだけで、導入前には耐震構造を高めるための工夫がなされた。この映画でも、黒鉛の部品ひとつひとつを断面が六角形の柱とし、相互に噛みあうような形となったことが紹介されている。

なぜ東海村に、米国製でなく英国製の原発が導入されたのか。有馬哲夫『原発・正力・CIA』(新潮選書、2008年)によると―――

政界での権力欲とメディアビジネスのため、正力松太郎は、CIAとのコネクションを強化していた。原研の敷地候補として、群馬県高崎(中曽根康弘の地元)や神奈川県武山(社会党・志村茂治の地元)が候補地として挙げられたが、原子力委員長である正力の一声によって東海村に決まってしまった。理由はいろいろあって、そのひとつは、原研だけでなくできるだけ早く原発を建設したいという意向があり、広い敷地を持つ東海村がよかったからであった。

最初の原発建設にあたって、英国のアプローチに対して、CIAは決定を5年先送りするよう正力に求めた。早く業績をあげたい正力には呑めない条件であった。豹変した正力は、パートナーを米国から英国に換える決断をし、「読売新聞」を使って米国攻撃も繰り広げている(怖ろしいことに、CIAはそれらの記事を書いた記者名まで突き止めている)。コールダーホール型が本当に良いものかどうかの検討をしている時間はなかったのである。

しかし、ここまでのなりふり構わぬ行動にも関わらず、正力は政界での大成功を得ることはなかった。その代わりに正力が得た地位は、カラーテレビ王であった。

英国製導入の副産物は、原子力の賠償方法であった。英国側は突然「免責条項」、つまり事故があっても責任を取らないという内容を協定に入れるよう申し入れてきた。河野一郎(河野洋平の父、河野太郎の祖父)と対立し、原子力事業を民間主体にしたのは正力である。しかし、何か大事故があったときには民間企業は巨額の賠償責任を負うことができない。この矛盾は、「原子力損害賠償法」(1961年)という形に落ち着いた。すなわち、事業者に義務付けられたのは最高50億円までの賠償責任までであり、それ以上は実質的に国が補償する。この二重構造が福島原発事故でも問題になっているわけである。 

●参照(原子力)
有馬哲夫『原発・正力・CIA』
『大江健三郎 大石又七 核をめぐる対話』、新藤兼人『第五福竜丸』
山本義隆『福島の原発事故をめぐって』
『これでいいのか福島原発事故報道』
開沼博『「フクシマ」論 原子力ムラはなぜ生まれたのか』
黒木和雄『原子力戦争』
福島原発の宣伝映画『黎明』、『福島の原子力』
原科幸彦『環境アセスメントとは何か』
『科学』と『現代思想』の原発特集
『核分裂過程』、六ヶ所村関連の講演(菊川慶子、鎌田慧、鎌仲ひとみ)
『原発ゴミは「負の遺産」―最終処分場のゆくえ3』
使用済み核燃料
石橋克彦『原発震災―破滅を避けるために』
今井一『「原発」国民投票』

●科学映像館のおすすめ映像
『沖縄久高島のイザイホー(第一部、第二部)』(1978年の最後のイザイホー)
『科学の眼 ニコン』(坩堝法によるレンズ製造、ウルトラマイクロニッコール)
『昭和初期 9.5ミリ映画』(8ミリ以前の小型映画)
『石垣島川平のマユンガナシ』、『ビール誕生』
ザーラ・イマーエワ『子どもの物語にあらず』(チェチェン)
『たたら吹き』、『鋳物の技術―キュポラ熔解―』(製鉄)
熱帯林の映像(着生植物やマングローブなど)
川本博康『東京のカワウ 不忍池のコロニー』(カワウ)
『花ひらく日本万国博』(大阪万博)
アカテガニの生態を描いた短編『カニの誕生』
『かえるの話』(ヒキガエル、アカガエル、モリアオガエル)
『アリの世界』と『地蜂』
『潮だまりの生物』(岩礁の観察)
『上海の雲の上へ』(上海環球金融中心のエレベーター)
川本博康『今こそ自由を!金大中氏らを救おう』(金大中事件、光州事件)
『与論島の十五夜祭』(南九州に伝わる祭のひとつ)
『チャトハンとハイ』(ハカス共和国の喉歌と箏)
『雪舟』
『廣重』
『小島駅』(徳島本線の駅、8ミリ)
『黎明』、『福島の原子力』(福島原子力)