六本木のオオタファインアーツに足を運び、シンガポール作家ザイ・クーニンの個展『オンバ・ヒタム』を観る。
「オンバ・ヒタム」とはマレー語で黒潮を意味する。今回の個展のためにザイ・クーニン氏本人が寄せた文によれば、「黒潮」という言葉をはじめて聞いたのは、音楽家の齋藤徹さんからであったという。そのこともあって、作家が思いを馳せる南シナ海のリアウ諸島は、アジアの海の流れに位置付けられてゆく。
ここに展示された作品群は、紙に染み込んだ海に見える。さまざまな濃さの墨や赤が、重なり合って、浸食しあっている。それはバクテリアの海にも、島の人が夜中に覗き込む海にも、毛細血管にも見える。絵の具の中には筆の毛が残ってしまっていて、自然と共生する人間の痕跡にも思えてくる。想像が海流にのってどこかへと漂流してゆく。
人好きのするザイ・クーニン氏と話した。齋藤徹さんのことを特別な存在だと言う。テツさんはいまヨーロッパに行っており、すれ違いなんだねと言ったところ、いやわたしもヨーロッパに行くんだ、と。会場にはあばら骨のような船のインスタレーションが展示されていたのだが、氏によれば、来年のヴェネチア・ビエンナーレでは、数十メートルものそれを展示する計画だという。それはぜひ、観てみたいものである。
やがて、氏は座ってギター演奏を始めた。ポツンポツンと弾く懐かしいような旋律、そして、唸るような低音の声。素晴らしかった。
氏の文章にはこのようにもある。「南シナ海は日本とリアウとの間を結ぶものと言えるかもしれず、私はいつも人生のプロジェクト、またはアートプロジェクトとして、船で沖縄まで航海する可能性について思案してきた」と。蔡國強(ツァイ・グォチャン)は、福建省からペルシャ湾までの海上の道を夢想し、それをドーハに形作った(ドーハの蔡國強「saraab」展)。海の道はアジアのアーティストを刺激してやまないものかもしれない。
ザイ・クーニン+大友良英+ディクソン・ディー『Book from Hell』にサインをいただいた
Nikon P7800