2000年9月30日初版発行、白水社、定価2000円。現在は文庫本にもなっている。高名な料理人が書いた本は実に下らないものが多いが、これは数少ない秀作の一つだと思う。
つきぢ田村の三代目が東京を去り、高麗橋吉兆で修行するくだりは読み手を飽きさせない。失敗談を交えた薀蓄は鼻につかないのがいい。著者の知性の輝きは随所に感じられる。日本料理の枠にとらわれない姿勢も評価したい。
祖父であり、師匠でもある平治氏との想い出にはホロリとさせられる。10ページ目に出てくる初代の言葉は重みがある。
「まずいものを食べているとうまいものが分からんで。でもな、うまいものを知っているとまずいもんがよう分かるんや。本物を食べなあかんで。本物を観にゃ偽物が分からん。本物に出逢うことや‥‥」