「かどうちに行ってみたいんだ」
「‥‥‥。あーかくうちか。立ち飲みとは聞いてるけど実は俺も行ったことがないんだよ。外で飲まんからな」
「相変わらず真面目やね」
「こっちに来るまでに調べておくよ」
電話から二週間後、栄さんと港の近くにある「角打ち」に入った。夕方から「一杯飲み屋」に変わる酒販店が多いらしいが、ここは昼過ぎからひっそりと営業していた。
使い込んだL字のカウンターの前には乾き物や缶詰が無造作に置かれてある。隅っこに誰かが食った丼が忘れられていた。神経質な友は嫌な表情を浮かべた。私達はアタリメをつまみに壜ビールを飲み始めたのである。
「便所」は店の外にある公用WCを利用する。栄さんが小便を垂れに出かけたので、おかみさんと四方山話をして勘定を済ませた。
昼の酒はよく効く。赤ら顔でメイン通りを歩いていた時のことだ。脇道の奥に懐かしい建物を発見した。色鮮やかな細かなタイルが玄関の周りに貼り付けられているのを私は見逃さなかった。
「おーい。ちょっとあれを見て。完全な赤線時代の建物だぞ。今は健全な町になっとるが昔は※※※で賑わったんだな(笑)」
「うん。‥‥‥」
友は余所者に決して見せてはならない物を見せてしまったというような暗い顔つきになった。しかし、別に恥ずかしがることはない。どんな街の歴史にも陽の部分があれば必ず陰もあるのだから。私は少し得をした気分になって赤い電車に乗った。