寮管理人の呟き

偏屈な管理人が感じたことをストレートに表現する場所です。

広島市東遊廓の流れを汲む赤線跡(その9)

2010年08月25日 | 

「銀山町13」交差点の横断歩道を渡り「仏壇通り」を西へ進む。最もお盛んな町・薬研堀に到着。変てこなコンクリート三階建てを見上げた私は風俗街を散策することにした。

広島市中区薬研堀1-×付近

私が大学生の頃は呼び込みがウジャウジャいたものだが、県警の取り締まり強化でひっそりとしている。その反面増えたのが無料案内所だ。締め付けが行き過ぎると金が循環しなくなり、市の税収が減り恐ろしい病気が蔓延する。歓楽街全体が潤うことを否定する現在の流れが正しいとは決して言えないだろう。

中華料理「龍王」と「平和園」の間を小路を東に50mほど進んだ辺り・即ちあづまビルが建つ場所(薬研堀1-3,4)に「東湯」という名の銭湯があったことを付け加えておく。

風俗街への入口付近

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広島市東遊廓の流れを汲む赤線跡(その8)

2010年08月25日 | 

レトロな美容院から旅館に引き返し酒店前の道に入る。町名が西平塚町から銀山町(かなやまちょう)に変わった。横長のアパートに「呑み喰い屋」の看板が出ていたが、店はかなり前に畳んだようである。蝶が描かれた硝子の意味が分からない(笑)

アパート1階の硝子に描かれた蝶(広島市中区銀山町)

かつては寿司屋だった建物(広島市中区銀山町)

調理師紹介所を通過し広い道に出た。二階の窓の形が異様な建物は昭和30年代寿司店だった。それ以前はどういう風に使われていたのか気になる。この辺りが町名変更されるまでは弥生町と呼ばれていたからだ。

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