
羽黒三山を旅した1998年の秋、偶然に旧羽黒町(現在は鶴岡市)の今井美術収蔵館館を訪ねた。そこで、鮮烈な詩に出会った。
美術館2階の背の低い古い箪笥の上に掛けてあった藍染の布に「そこは新しい風の・・・」と白く染め抜かれていた。今も、その場で手帳に詩を書き留めた記憶がよみがえってくる。
その後、今井先生から、山形の詩人・佐藤總右氏の作であること、奥様が山形市におられると教えられた。
その後、桜の季節に奥様を山形市に訪ね、霞城公園の「風の道」の石碑を案内していただいた。そこで、この詩がやはり皆に大事にされていた詩であることを知った。その旅先で今井先生が亡くなられたことを聞かされた。ふとした縁で知った今井先生、もっと先生から沢山のことを教えていただきたかった。実に残念であった。
昨年は、美術館の館長をされている娘さんから「今井繁三郎生誕100年、美術収蔵館開館20周年の記念誌「泉野」」を御恵送いただいた。その後も時々はがきやメールをいただくが、最近、なつかしい「風の道」の染められた布の写真が届いた。それは、新しく作られたものだろう、12,3年前にこの目で見た古い布に印象はなく、總右氏自身の筆になる力強い字である。
また、数年前に、總右氏の息子さんから突然の便りがあり、總右さんの著作「詩画集 風の道」をお送りいただいた。その扉には「詩画集・風の道 あたたかい眼さしだけが 人びとの生涯を支える」 とあり、巻頭の詩がこの「風の道」と題する詩であった。
そこで、はじめてその詩の全文にふれ、さらに崇高な詩人を知ることとなった。
十数年前に偶然この詩に出会い、その詩からいろいろ教えられ、さまざまなご縁をいただいた。とてもありがたいことだと思っている。そして詩集「無明」を開いてみた。
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「風の道」
そこは新しい風の通り道
吹き抜ける風の中で
ふるさとの雪はめざめる
祭り火は四季をいろどり
人々は伝承の炎を絶やさない
たわわに実る果実のように
人はみな美しい種子を宿している
青いながれのむこう岸から
明るく手招くものがいる
あれは長い伝統を乗り越えた人たち
いきいきと息はずませて
未来の沃土を耕しているのだ
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以下に、関わる、思い起こしたい心、昔のエッセイを再掲載する。
○「一芸術家知り思わぬ「収穫」」
出羽国の羽黒山に参拝した帰り道、今井繁三郎美術館に立ち寄った。田や畑の間を縫いながらたどりついた柿畑の中に、鶴岡から移築されたという三百年も前の土蔵が見えた。背丈ほどの壺がいくつも並ぶ庭はヤマゴボウの黒紫の実が印象的な不思議な空間であった。
監視人などいない館内には大きな絵画が並び、壁には民族衣装やお面が架けられ、屋根瓦やドライフラワーが床に置かれていた。美術館の主は個展開催に上京していたが、これら世界各地の民芸品の数々は、彼の心動かされた宝なのであろう。
特に早春の月山の風景画に魅せられたが、小さなタンスに何気なくかけらた古ぼけた藍染の布の文字が心に残った。
「そこは新しい風の通り道 吹き抜ける風の中で ふるさとの雪はめざめる」
通りすがりに尊敬できる一芸術家を知り思わぬ収穫であった。そしてここに本当の美術館のあり様を見た思いがした。 (福島民友新聞 1998.9.30)
○「念願かなった總右を知る旅」
数年前、山形県羽黒町の今井繁三郎美術館で一枚の古びた藍染めの布に出会った。
「そこは新しい風の通り道/吹き抜ける風の中で/ふるさとの雪はめざめる」
東北の冬からの爽やかな力強い宣言に感動を覚え、以来作者佐藤總右という人物とこの布について知りたいと思っていた。總右さんが山形市の詩人で、未亡人が駅前の小路で居酒屋を営んでおられると今井先生からお聞きした。雪の季節にと思いながらも、桜の季節に念願のお店を妻と訪ねた。旅の目的はこの詩に魅せられた自分がいることを知ってもらうことであったが、この詩を添えた磐梯山の布絵と、感激した思いを納めた拙著を土産にした。近くに宿を取り、夕刻お店を訪ねた。彼の書斎を改造した部屋で郷土料理をいただきながら、胸につかえていた總右さんのことを伺うことが出来た。翌朝、桜花爛漫の霞城公園にこの詩が刻まれた詩碑を訪ねた。読み上げると改めて素晴らしい感動が蘇った。(山形新聞 2002.6.4)
○「東北学を学びたい」
最近、書店の郷土コーナーには地域を掘り起こす数多くの本が並んでいる。「会津学」や「会津の群像」など興味深い本を求めた。
「東北学」という科学を知ったのはいつのことだったろうか。地域や時間軸を変えて、東北地方の自然や人文、すべての科学を認識した地域学の目的は何なのだろうか。
数年前、山形県羽黒町の今井美術館を訪ねたことがあった。そこで出会った一枚の藍染めの布が、今も印象深く心に残っている。
そこにはローケツの白抜きの文字で
「そこは新しい風の通り道 吹き抜ける風の中で 故郷の雪は目ざめる」と書かれてあった。これは、東北地方の忘れてはならない心やこれからの時代の方向性を示しているように思えた。
私は、これから東北地方を隅々まで旅して、各地の風土を肌で感じ、我々を育て培った故郷の山河の恩恵に感謝しながら、歴史や文化、人間を見つめ、そこで学んだすべてを自分のものにしていきたいと考えている。 (朝日新聞(福島)2005.12.21)
【ときどき、スケッチにこの詩を盗用させていただく】

(参)かつての関連する拙ブログ
「今井繁三郎美術収蔵館」 2006-02-14
「▽色彩の画家・今井繁三郎▽」 2006-02-19
「今井繁三郎作品集」 2006-10-18
「3年遅れの礼状」 2008-10-30
「詩画集・風の道」 2008-11-10

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