年寄りの漬物歴史散歩

 東京つけもの史 政治経済に翻弄される
漬物という食品につながるエピソ-ド

HIDEの墓へ

2019年12月08日 | 宅老のグチ

12月13日はXJapanのHIDEの誕生日で何となく天が良いので三浦霊園に行ってきました。もちろん彼が死去した時、歌どころか顔も知らない築地人でした。今日墓地内の店舗の人に場所を聞いて訪問しました。墓所には死去時中学か高校生くらいと思われる女性ファンが一人しゃがんでメモを書いていました。私の同伴者にヒデが亡くなったのが5月2日だが築地本願寺での葬儀が5月4日かとつぶやくとファンの女性が5月7日ですと答えがきた。その女性に私は5月7日にその葬儀を築地市場で見ていましたと言った。

 ついでにHIDEのファンのファンであるとその人に言っておきました。あの日5月7日は朝から多くのファンでその行列の情報が刻々と築地市場の人に入ってきました。最後のところは築地本願寺から晴海通りを回り勝鬨橋から下に降り佃大橋までつながったようです。葬儀が終わって着色した髪の人たちが留まっていたところのごみを清掃し帰ったようです。出棺で火葬場に行くとき本願寺から高速道路の汐留まで多くの喪服ファンで歩道が埋まっていました。築地本願寺の葬儀は多いがここまでのはHI)DEが最高でした。特にファンの態度は最高です。今日訪問して花が多く、遺族のお願いの通りに今でもファンが行動していることにまた驚きます。

 不埒な行為だとHIDEが怒ったようで車がパンクし、帰途車の販売店で4本のタイヤ交換となりました。ヒデの怨念かも。

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