この間の土曜日の夜に、とあるNHKの番組「ワンダー×ワンダー」を観た。
この日の放送は『世界遺産 密着!大修復』
世界遺産、京都西本願寺御影堂の3000トンと言われる大屋根の修復の話。
技術者として興味深く見させてもらったが、技術的な事に関してはともかく
先人の知恵と経験が、いかに科学的だったかと感心してしまった。
その中で梁を支える松の大木の話が、別の意味で興味深かった。
江戸時代に行われた前回の修復から200年あまり。
屋根の瓦は割れ、土壁にはヒビが入っていた。
10年を費やし、本格的な修復を行うことになった。
まずは屋根。「根曲がり」と呼ばれる、角度が30度ほどもともと曲がって生えていた
樹齢80年の大木、マツが、瓦の下から30本以上も見つかった。
壊れた部分を取り替える場合、できるだけ、元の素材と同じものを使うのが
文化財修復の基本。材木と言うと、真っ直ぐに木目が揃ったものが高級品なのだが
この大修復では、こういった真っ直ぐの木は使えなかった。
何故?曲がった木を使ったのかという事を科学的に検証したところ
曲がった木が生きてきた年輪にその秘密があったと言うわけ。
真っ直ぐに伸びた松の年輪は、切り口から見える年輪が綺麗な同心円になっている。
ところが曲がった木は、均等ではなく間隔が狭くなった部分が幾つもある。
平らな所に生える木と違い、この手の木は崖の斜面から横向きに生えて
その後上に向かって曲がって伸びたらしい。
そういう場所ゆえに、大雪の重みや風雨に曝されたりで上から横からの
加重に耐えながら育ってきた。その年輪にはそういった生き様が記されている。
そして、過酷な環境に耐えられない弱い木は、途中で折れたり朽ち果てたり
結果として、強い木だけが生き残る。
そしてこの大修復には何千本もある木の中から、曲がった強い木だけが選ばれたと言うわけ。
何だか、この話を聞いていて、自分の会社人生を考えちゃった。
生え抜き社員のように、上の言いなりにはならず、自分のやり方を貫く。
この話に例えれば、決して真っ直ぐに伸びていない松の木かな?
もう26年前、今で言う派遣社員だった僕は、露骨に「外注(害虫)業者」とか、
「バイトで気楽だろう?」などと言われ、嫌な思いをしながら仕事をしてきた。
奇しくも上司に気に入られ、引き抜かれて今の会社に入った訳だけれど
そういった心無い人間には『中途』などという、差別的な言い方を随分言われてきた。
仕事と言えば、いつも人のやりたがらない先の見えない仕事や
他人の失敗の後始末。言われ無き文句を言われながらやっていた。
そんな事を続けているうちに、知らず知らずと力が着いていた。
それで、運良く大きな仕事に恵まれ、他部門の仲間に支えられながら、ある程度の成果を出して来られた。
それでも、自部署では厄介者。異端児。一匹狼。
僕の事を疎ましく思う人間が沢山居た事は、間違いない。
そしていつしか、無知な余所者にまんまと城を奪われ、コケにされた。
阿呆らしくなって新しい城を築こうと、今の子会社に来たという訳。
僕の会社人生は曲がった松の木に、何処か似ている気がした。
曲がって不均等な年輪こそ、自力で生き抜いてきた逞しさの証。
普段は真っ直ぐな木が持てはやされるけれど、いざと言う大仕事では
大事に真っ直ぐに育った木は、木目こそ美しいが、揉まれていないから
過酷な環境では弱くて、使い物にならない。
この番組を観て、何だか自分の人生も捨てたものじゃないなって思っちゃった。
勇気と元気を貰った気がした。
なんてね・・・・・独り言です。
この日の放送は『世界遺産 密着!大修復』
世界遺産、京都西本願寺御影堂の3000トンと言われる大屋根の修復の話。
技術者として興味深く見させてもらったが、技術的な事に関してはともかく
先人の知恵と経験が、いかに科学的だったかと感心してしまった。
その中で梁を支える松の大木の話が、別の意味で興味深かった。
江戸時代に行われた前回の修復から200年あまり。
屋根の瓦は割れ、土壁にはヒビが入っていた。
10年を費やし、本格的な修復を行うことになった。
まずは屋根。「根曲がり」と呼ばれる、角度が30度ほどもともと曲がって生えていた
樹齢80年の大木、マツが、瓦の下から30本以上も見つかった。
壊れた部分を取り替える場合、できるだけ、元の素材と同じものを使うのが
文化財修復の基本。材木と言うと、真っ直ぐに木目が揃ったものが高級品なのだが
この大修復では、こういった真っ直ぐの木は使えなかった。
何故?曲がった木を使ったのかという事を科学的に検証したところ
曲がった木が生きてきた年輪にその秘密があったと言うわけ。
真っ直ぐに伸びた松の年輪は、切り口から見える年輪が綺麗な同心円になっている。
ところが曲がった木は、均等ではなく間隔が狭くなった部分が幾つもある。
平らな所に生える木と違い、この手の木は崖の斜面から横向きに生えて
その後上に向かって曲がって伸びたらしい。
そういう場所ゆえに、大雪の重みや風雨に曝されたりで上から横からの
加重に耐えながら育ってきた。その年輪にはそういった生き様が記されている。
そして、過酷な環境に耐えられない弱い木は、途中で折れたり朽ち果てたり
結果として、強い木だけが生き残る。
そしてこの大修復には何千本もある木の中から、曲がった強い木だけが選ばれたと言うわけ。
何だか、この話を聞いていて、自分の会社人生を考えちゃった。
生え抜き社員のように、上の言いなりにはならず、自分のやり方を貫く。
この話に例えれば、決して真っ直ぐに伸びていない松の木かな?
もう26年前、今で言う派遣社員だった僕は、露骨に「外注(害虫)業者」とか、
「バイトで気楽だろう?」などと言われ、嫌な思いをしながら仕事をしてきた。
奇しくも上司に気に入られ、引き抜かれて今の会社に入った訳だけれど
そういった心無い人間には『中途』などという、差別的な言い方を随分言われてきた。
仕事と言えば、いつも人のやりたがらない先の見えない仕事や
他人の失敗の後始末。言われ無き文句を言われながらやっていた。
そんな事を続けているうちに、知らず知らずと力が着いていた。
それで、運良く大きな仕事に恵まれ、他部門の仲間に支えられながら、ある程度の成果を出して来られた。
それでも、自部署では厄介者。異端児。一匹狼。
僕の事を疎ましく思う人間が沢山居た事は、間違いない。
そしていつしか、無知な余所者にまんまと城を奪われ、コケにされた。
阿呆らしくなって新しい城を築こうと、今の子会社に来たという訳。
僕の会社人生は曲がった松の木に、何処か似ている気がした。
曲がって不均等な年輪こそ、自力で生き抜いてきた逞しさの証。
普段は真っ直ぐな木が持てはやされるけれど、いざと言う大仕事では
大事に真っ直ぐに育った木は、木目こそ美しいが、揉まれていないから
過酷な環境では弱くて、使い物にならない。
この番組を観て、何だか自分の人生も捨てたものじゃないなって思っちゃった。
勇気と元気を貰った気がした。
なんてね・・・・・独り言です。