『やんちゃジジイ・ゆうちゃん』のイカすセカンドライフ

我儘で『やんちゃ』な爺さんの目標は、
周りに笑顔を振りまいて、楽しくセカンドライフを生きる事。

久しぶりに、組合活動?・・・・

2012年11月30日 | Weblog

今日は仕事を半日で切り上げて、午後は休暇。
昼休みにサッカーをやって、そのまま帰宅・・・・
では無くて、組合事務所で個人的な仕事。

同窓会の収支報告と、挨拶状を作って新年の挨拶にするということで
僕が原稿作りをやったまでは良いんだけど、結局のところ
記念写真のプリントやら、全てを一人でやる羽目になってしまった。
印刷も2枚一組で300部、都合600枚の印刷で印刷に出すと、
一枚約25円~40円かかる。それに写真が一枚100円弱で出席者の分55枚。
と言うことでざっと見積もって、2万円出費となる。

同窓会の運営も4年に一回で、会費から運営費を捻出するので
4年間の活動費(年賀状の印刷、発送など)だけでも300人分で
毎年1万5千円が必要になったり・・・・
と言うわけで、印刷費もできるだけ節約しようと考えた。

今回は写真が貼り付けてある新年の挨拶状なので、カラープリントで
印刷しようと、自宅のプリンターで印刷してみたら汚い・・・
で、会社のレーザープリンターで1枚印刷してみたら綺麗じゃないの・・・

印刷業者に出すには、原稿を作って渡した後は修正が利かない。
で、色々考えた挙句、レーザープリンターを持っている
組合事務所を思いついた。
10年前に4年間役員をやっていたし、今でも組合の共済を若い人に勧めたり
組合の活動を陰ながら支援しているし、かの『ハゲを増す会』は
その組合委員長を囲む「励ます会」だったりで、今でも繋がりは深い。

それで、委員長に頼んで印刷道具一式を借りられないかと相談したら
最初は無料で良いと言って来たので、それでは申し訳ないので
一枚15円、紙代混みで1万円で手を売ってもらった。

と言うのも、組合にはプリンターのほかに印刷機が有って
これが滅茶苦茶印刷が早い、300枚の裏表印刷を版下作りから入れて
30分かからず終わらせてしまうからね。

そんな訳で、この日は役員は一人も居なくて専従職員の女性と
二人で雑談しながら、懐かしい組合活動をやっている頃の気分に戻った。
印刷して、裁いて裏返しにしてもう一度印刷する。

プリンターで裏表印刷でも良かったんだけど、時間がかかる上に
トナーが数万円するので、実費とは言え申し訳なくて・・・
で、印刷は予定通り1時間もかからず終了。

そのあとは紙折り機で折って、終了のはずだった・・・
ところが、この紙折り機が調子悪くて、紙詰まりしたり
折りかたがおかしくなったりで悪戦苦闘。
で、30枚くらい印刷のし直しが必要になった。

結局、300枚だけ紙折り機でやって残りは手折にすることに・・・

途中、心配して来てくれた役員がいたり、解らなかったり
上手く機械が動かなかったら、後で書記局の人間がやっておいてくれるとか
皆の温かい気持ちが嬉しかった・・・・

でも、ちょっと待てよ・・・
駄目だったら、やっておいてくれる・・・・・?
だったら、最初から全部頼んでおけば良かった・・・
気がついたのは、ずっと最後の方だったのです。
しかし、久しぶりに組合時代の楽しい時間を過ごした気がした。
やっぱり、僕は組合が今でも好きなんだなぁって、
これからも出来る限り関わって行こうと思ったのであります。

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秘密基地の次なる計画

2012年11月29日 | Weblog

この間、各部屋にカーテンレールを取り付ける追加工事をやった。
本来は、最初からつけておくはずだったんだけど
僕が部屋を使うようになるまで気が付かずにいて
さぞかし、入居者は戸惑っただろうなって思って・・・・

でも、僕の部屋だけ取り付けなかったのです。
なぜかって言うと、それが第二の計画なのです。

今は突っ張りポール型のカーテンレールに
黒いレースのカーテンを取り付けて、遮光してるんだけど
遮光ならシャッターがやってくれるので、今は目隠し。
でも、夜になると外から丸見えだし、
どうもカーテンって言う奴が好きになれないのですよ。

それで、木製のブラインドを取り付けようと思ったんだけど
高さが2mもするものは、安いものでも3万5千円くらいする。
ブラインドは掃除が大変な上に、遮光の為にブラインドを閉めるくらいなら、
シャッターを下ろせば良いわけで、そのために取り付けた雨戸(シャッター)
の事を考えると、なんだかいまひとつ乗り気がしない。

それで悶々としていた最中、
階段下の倉庫にしまってある解体した実家の障子を見つけて、
これを窓枠にはめられないか?・・・・色々考えた。
ところが、実家の6畳部屋についていた雪見障子は
長手方向の一組(4枚)のサイズがW90×H180、
もう一組はW67.5×H180と、窓枠のW160×H200に取り付けるには
幅も高さも合わないので、実現不可能だった。

それでも、障子越しの明かりは柔らかくて明るいからと思って
インターネットで調べていたら、オーダーメイドの障子が
作ってもらえるらしくて、それを窓枠にはめたらお洒落だろうなって・・・

自分の好き勝手に改造できる秘密基地なので、
単なるアパートの一室じゃない部屋にしたいなって・・・・
見積もってみたら、4万5千円くらいで敷居と鴨居を含めて作ってもらえて
そのほか窓枠の縦方向に薄い柱代わりの板を買って固定すれば、
総額5万円強くらいで、窓の内側に雪見障子を取り付けたら

こんな感じになるかなって・・・

ちなみに、アパートの看板と表札が出来上がって自分で取り付けたんだけど
固定用のテープをはがしたら、塗装まで剥がれちゃって・・・・
こちらは取り付け工賃、1万円をケチったせいなんだけど、
新築の家に、そんな改造をするなら業者に頼んだ方が良いのかな?
とか、色々考えて居るのであります。

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気が付いたら・・・なんて事にならなければ良いけど

2012年11月28日 | Weblog

■「日本未来の党」設立=候補者・公約は来月2日発表―小沢氏は無役に【12衆院選】
(時事通信社 - 11月28日 19:05)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121128-00000103-jij-pol

■自民・石破氏、安倍総裁の金融緩和策に疑問呈す
(読売新聞 - 11月28日 20:21)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121128-00001106-yom-pol

「自民党」が、いかにも政権を奪回するようなつもりで居るのが可笑しい。
「民主党」も今更、この人たちに日本を預ける気がしない。
「日本維新の会」は橋下氏と石原氏が合流して、党の基本路線に
意見が一致していないので、怪しく感じるし・・・・

原発には色々と利権がらみで本当に怪しい。
「自民党」は元々、多くの原発絡みの利権を持っているし
政権奪還=利権奪還と言うのが見え見えで嫌気がさす。
元々、「民主党」が良くて選んだのではなく
「自民党」が嫌で、他の政党に日本の舵取りをさせてみよう・・・
的な国民の意識で、政権交代したんだけど
政権を奪取した「民主党」が余りにも駄目政権だった。
「日本維新の会」はここ一週間で、完全に信用できない政党になった。
代表の言うことが180度変わった気がする。
去年はあれだけ脱原発のために節電を呼びかけていたのも
結局はパフォーマンスだったみたいだ。

そんな中で、「日本未来の党」が設立されたのは大きいかな?
「みんなの党」など、脱原発を政策に掲げている政党に
期待を寄せてみようかと思う。

でも、一方で中国が空母や艦載機での訓練を公開してたり
気が付いたら・・・なんて事にならなければ良いんだけど。
そんな暢気なことを行っている自分も駄目だなって思うけどね。

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僕はあくまで無宗教

2012年11月27日 | Weblog

昨日はお通夜に出かけました。
先方がクリスチャンなので、香典とかどうして良いのか?
良く解らないから、いつもどおりに持って行った。
そもそも『香典』って仏教のものなのかな?
キリスト教では香を焚かないし、焼香じゃなく献花。
そういう意味では「香典」じゃなく、「御花料」だったかも?

宗教、宗派によって違うけど僕はあくまで無宗教。
って言うのは正しくなくて、無信心。

子供の頃から、宗教って言うものに人一倍接して来たのに
どれも自分の生活には定着していない。

生まれて初めて、通った保育園は宮城県仙台市にある『和敬保育園』
ここを運営しているのが、浄土宗の功徳山成就院荘嚴寺。
つまり僕の宗教との関わりは、浄土宗に始まっている。

仙台から埼玉県の浦和市に引っ越して通ったのが『梅若幼稚園』
この幼稚園も宗派こそ解らないが、隣にお寺があって
クリスマスは記憶に無い。むしろ『華祭り』だったかなぁ?
この幼稚園は、バスで送り迎えしてくれた昭和30年代では
珍しい、ちょっとお坊ちゃま気分の幼稚園だった。
残念ながら、この幼稚園は今はなくなってしまったらしい。

と言うわけで、僕は宗教と言うと仏教だった。
ところが弟が行ったのがキリスト教系の『浦和母の会幼稚園』
なんだか、ちょっとハイカラで子供心に憧れたかな?

その後、親の転勤で熊谷市に引っ越して、僕はそろばん塾やら
数学専門の塾などに通いながら、日曜日になると姉貴の仲間が
集まる、アメリカのプロテスタント系『熊谷バイブルバプテスト教会』
の日曜学校に、毎週通うようになった。
そのお陰で、賛美歌を唄ったり、アメリカの遊びをよくやった。
とりわけ『ダブルダッチ』という2本のロープを使った縄跳びに
夢中になって遊んでいた記憶がある。

中学校1年までそんな暮らしをして、東京に出てきて
進学したのが、今度はバリバリのカトリック系サレジオ会の
イタリアに本校を持つ5年制の『育英工業高等専門学校』に進学した。

とまぁ、僕の人生は宗教に関わって来たのだけれど、
何処も一切、宗教教育みたいなことをしなかった。
それが今考えてみれば不思議な気がするんだけどね。

今は両親が亡くなって、信仰までは行かないが仏壇や位牌に
手を合わせるようになったかな?
それでも相変わらず数珠も持たないし、信仰もしない。
そんな僕にも、それとなく子供の頃から教えられてきた、
心に残るお坊さんや神父、牧師の言葉とかは頭にあるんだよね。

そして、全てに共通しているのが『愛』。
人を愛しなさい、人のために何かをしなさい、
って言うのは、仏教もキリスト教も共通している。
宗教とは、人間がすべき当たり前のことを教えている気がする。

それでも僕はあくまで無宗教なのです。

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拝啓、姉様・・・

2012年11月26日 | Weblog

昨日、サッカーの試合中に携帯電話に着信があって
4年前の劇団公演『いつまでもあなたを』で、僕の扮する役の
あこがれの義姉を演じた姉様の旦那様が亡くなったと連絡が入った。

姉様は今年の公演直前に、旦那様の癌が発覚。
余命半年と言う事で、看病のために主役の座を降りた。
旦那様は、芝居をやって元気になって帰ってくる姉様を
こよなく愛されて居て、芝居を続けるように言ったそうなんだけれど
姉様ご本人が、旦那様との最後に時間をきちんと過ごしたいと
後ろ髪をひかれる思いで、芝居を降りたのでした。

今になってみれば『頑張れば芝居も出来たじゃないか』
って言われそうだけど、限られた時間を心残り無く
旦那さまと過ごした姉様は、立派だったと思う。

僕も昨年、母親が他界したが、姉貴に最後を頼むしかなく
『もっとたくさん話をしておけば良かった』と
いまでも心残りなのを考えると、本当に良かったんじゃないかな?

夕方、急いで帰宅して通夜の会場である『鶴川教会』まで車で出かけた。
三鷹から40分くらいの場所なんだけれど、町田市と言うのは丘陵地帯で、
とにかく道が判り辛い。
僕はカーナビも地図も使わず、事前に調べて暗記して出かけるので
一旦、迷うとすぐそばまで行ってからが長いという事が多々ある。
で、御他聞に漏れず今日も鶴川に着いてから30分以上迷った挙句、
交番で道を聞いてやっとたどり着いた。

姉様は神戸女学院という学校出身で、今でも毎週ある礼拝に通う
旦那様と共に敬虔なプロテスタント(新教)のクリスチャン。
あの世に逝ったとは言わないで、天に召されたって言うのだろうな・・・

今夜は思い切り悲しんで、思い切り泣いて・・・・
それで、一つの区切りをつけなくちゃいけないのかな?
姉様、また一緒にお芝居しましょう。
旦那様も、それを望んでいますよ。

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「予定通り」

2012年11月25日 | Weblog

今日は久しぶりに市民リーグの試合。
若手のリーグ戦が終わっているので、助っ人として
3人が来てくれて14人揃った。

本来のゲームメーカーである郁也が腰の故障、
ガッツ溢れるプレーで、僕好みの一仁も膝の故障
現在、チーム内得点王のS、左DFの誠が家庭の事情で
さらにGKもこなす格闘家TDRの4人も欠場しているので
その穴埋め的な所で助っ人が来てくれた。

本来なら、出場枠18人に対して30人余りを登録しているので
人数が足りない事は無いはずなんだけれど、
実際の所、コンスタントに集まるのはこのうちの10人程度。
まぁ、人数が揃わないという草サッカーの宿命って言う感じですかね。

僕は叔母の3回忌が有ったんだけれど、ボールやら予備のユニフォームやら
メンバー表、交代用紙などの道具一式を持っているので
試合に行かない訳には行かず、親戚にはごめんなさい…
でも、親戚も僕の事を良く知っているので
『また、雄二はしょうがねぇなぁ・・・・』で済んでしまう。

試合は前半を僕がGKをやり、後半は本来センターバックのM尾が
センターフォワードをやって、後半に僕と交代と言う事で始まった。
相手は10人しか揃わず、負けるような事は無いけれど
それでも、リーグ戦でそこそこの成績を残していて
簡単に勝てる相手じゃない。

ただ、うちのチームはこれ以上勝ってしまうと来期は2部昇格。
そうなると今のような楽しむサッカーが出来なくなるので
2部昇格にならないように、残り2試合を引き分けで進みたいところ。
最終戦は若いチーム相手なので負ける可能性があって
今日の試合は『引き分け狙い』

前半にちょっとしたミスで相手のFWにフリーでボールを渡してしまい
強烈なシュートを叩きこまれた。取りあえずは仕方が無い。
慌てず、自分たちのサッカーをやることに気持ちを切り替える。
それ以降は、殆ど相手に攻撃らしい事をさせずに前半終了。

負けても良い試合とはいえ、やっぱり得点して最悪引き分けに持ち込みたい。
僕は後半で得点して、チーム内得点王に単独で躍り出たいし
チームメイトもそれは重々承知していて
『オーナーに合わせろ』で後半戦開始。

そのせいもあって、僕に良くボールが回ってきた。
いつも通りクロスが上がって、僕が飛び込んでドンピシャのタイミング。
こう言う時に限って色気が出て、綺麗なフォームで豪快に
ヘディングで決めようなんてやるものだから、
いつもとちょっと違ったタイミングでボールを弾いて微妙に枠から外れてしまった。

助っ人には好きなように上がって良いと伝えていたので
センターバックの位置から上がってきた良平がシュッとを決めて同点。
試合は殆ど我々がボールを支配していながら、追加点を奪えず試合終了。

でも、僕にすれば「予定通り」
皆が楽しくサッカーが出来たのでOK。
僕のチームは勝ち負け以前に、自分たちのサッカーを楽しむことが
チームコンセプトだから、これでいいのです。

久しぶりに皆で写真を撮りました。

今年、新調した黄色の「アーセナルモデル」のユニフォームです。

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木に拘って作ったアパート

2012年11月24日 | Weblog

昨日は秘密基地でお泊り。
一人部屋で寝るのは家に居ても同じだけれど、
秘密基地のこだわりのひとつ、雨戸があるので
うっかりするといつまでも寝てしまう。
本当は、昔さながらの戸袋がある引き戸の雨戸を
希望したんだけれど、今の住宅には雨戸が無くて
シャッターが普通らしい。
言われてみて、新築の住宅を見てみたら本当に無い。
中には、シャッターすらない家も多く見かける。

僕はマンションを購入して、一番戸惑ったのが雨戸が無いこと。
それまでは雨戸がある昔のアパートに住んでいたから
住み始めるまでまったく気がつかなかった。
雨戸は、防音だけじゃなく結露も防げる上に
台風や横殴りの雨も、その名の通り雨戸が凌いでくれる。
それで、僕のアパートは全室にシャッターを取り付けた。
こういうことの積み重ねで、建設費がどんどん嵩んで、
通常のアパート建設費の倍近く、一部屋あたりのコストがかかってしまった。
でも、真っ暗になって眠るって熟睡できるんです。
これは僕にとって非常に大きなことですね。

秘密基地も、いよいよ生活スペースとして仕上げに入っている。
気がつくと、少しずつ床が狭くなって行ってる。
何も置かない部屋なんて、所詮は無理な話なんだろうけど
出来るだけ、理想に近づけたいですね。

今日はカーテンレールを全ての部屋に取り付けてもらいました。
元々、取り付ける予定だったのに、忘れてた・・・・。
工事は追加工事だけど、部品代2万円だけで済んだ。
僕の部屋は、木製のブラインドをつけるか迷っているので
カーテンレールはつけないでおいた。
でも、ブラインドも高いんだよね。
大きな窓にしたから、特注品しか取り付かなくて、約5万円。

それでも、木に拘って作ったアパートだから、
木製じゃない、普通のブラインドにして雰囲気を壊したくない。
そうじゃないと、秘密基地の価値が半減しちゃう気がするんです。
写真はアパートの構造部分です。
紀州産の檜がふんだんに使われてるでしょ?

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『マクベス』 劇団わらく

2012年11月22日 | Weblog

今日は劇団で一緒に芝居をやっていた沙矢香ちゃんの芝居を観て来ました。
彼女の芝居を観に行くのは今年に入って4回目かな?
ダンスのリサイタルもあったから5回目だろうか?

僕は役者としても、ダンサーとしても、とにかく彼女のファンなので、
出来るだけ時間の都合をつけて、出かけて行くのであります。

今日の出し物は『マクベス』
かつて関わっていた演劇集団『円』でお世話になった
大谷朗さんが出演していた事もあって、何度か舞台は
観ているが、今回のものは衣装が和風なのと、
所作がすり足だったりで、2年ほど前に野村萬斎が
シェイクスピア作品を狂言の発想を用いた手法で表現した
ものに似ているのかな?

冒頭に沙矢香センセが3人の魔女役で登場。
その魔女達の『きれいは汚い、汚いはきれい』という不可解な台詞から
乱舞から始まって舞台が展開されるのは、原作どおり。
決してひいき目ではなく、沙矢香センセは他の役者さんと比べても
台詞の活舌がしっかりしているし、今回はダンスとまでは
行かなかったけれど、踊りも体幹がぶれずにしっかりしている。

他の役者さんは、そういう意味ではマクベス役の男優と
バンクォー役の二人くらいが、台詞がしっかりと聞き取れたが
他の男優は、とにかく早口で聞き取れない上に、
早く喋ろうとするためか、台詞をつっかえたり・・・・

女優は3人の魔女以外は、マクベス夫人を演じた役者さんが
ちょっと目立っていたかな?
いずれにせよ、70人の観客との距離が殆ど無いような
狭い空間で、しかもセットは中央の扉以外は黒一色といった
思い切った構成にしたのなら、芝居できちんと見せないとね・・・・

とまぁ、辛口の批評。
ましてや、自分がやる芝居はもっと酷いんだからね(笑)
でも、やっぱり他人の芝居を観るのって勉強になります。
なんでもそうなんだけど、他人のものを見るって大事ですね。
でも、それを意識しすぎても駄目・・・真似にしかならないから。

1時間半弱の芝居ですが、眠くならずに観れたので良かった(笑)

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フットサルの練習会

2012年11月21日 | Weblog

今日は女性を交えたフットサルの練習会。
サッカー部のチームメイトで、前居たクラブチームでも
一緒にやっていた元ベルディユースのナベちゃんが主宰している練習会。

彼はフルサイズのサッカーでも、僕達のカテゴリーでは
圧倒的なパフォーマンスの違いを見せ付ける実力者。
僕のチームが、天敵としているシニアチームの40歳以下の
助っ人枠で敵チームに加わって出場する。

元々、彼とはサッカーに関する考え方が一致しているので
僕の年齢に関係なく、一緒にやろうと誘ってくれたのが
前のクラブチームに加入した理由。
ところが、僕の起用され方が納得行かなくて脱退し、
今のチームを作って、元のチームを倒すのが目標だった。
それ以来、敵味方に分かれて闘うことになったけど
結果としていつも引き分けでPK負けしたりして、
負けては居ないのだが、勝ってもいない。

そんな彼と、最近フットサルを一緒にやっている。
そこに集まるチームメイトはほぼ全員が前のチームのメンバー。
だから気心知れているし、良い意味でライバル意識もある。

今日は女性の練習が主な目的。
最初の頃に比べると、みんな随分上手くなった。
でも、やっぱりボールを蹴ると言う、
基本的なところが出来ていない人が多い。

これは最近の男子も一緒。
僕の時代はボールが重かったせいもあって、
今の人のような蹴り方ではボールが飛ばなかったし
僕みたいなディフェンダーは両足で同じように
しっかりと足の甲で蹴る練習をするのが当たり前だった。
『ぶれ球』なんて、無回転のボールを蹴るなんて騒いでるけど
少なくとも僕の世代の選手は、普通に無回転ボールを蹴る。

今日は女性に『蹴る時にボールを最後まで見ろ』とアドバイス。
蹴る際に体重が後ろに行ってしまうのも、そのせい。
結果的に上体が起き上がって、ボールが浮いてしまうのです。
前に蹴ろうとしているのに、殆どの人が身体を斜めにして
足を振っているのも気になった。

そんな中で僕が怒鳴っても反応しない女性が居て
話を聞いてみたら、耳に障害がある方だった。
僕はそれを知って、それからは近くまで行って
身振りで言いたいことを伝えるようにした。
その女性は、頷いてボールを蹴る時に
しっかりボールを見るようになり、結果として
蹴る際に後ろへ体重が行かなくなって、
蹴ったボールが浮かなくなった。
何だか、ちょっと嬉しい瞬間でもありました。

これから、サッカーで使う言葉の手話くらいは覚えようかな?
そんな気持ちになりました。

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もう、俺の船じゃない

2012年11月20日 | Weblog

管理職を降りて、早くも2か月になろうとしている。
以前にも書いたように、今や後任者の運営方法に
一切口出しはしていない。
僕が誰かに何かを言うと、混乱を招くからね。
後任のリーダから相談してこない限りは、黙ってみている。

とある設計仕様が出てきて、僕が見る限り簡単じゃない。
それに、電気回路の知識だけでは設計が進まないような
いわゆる物の原理の部分が理解されて居ないと駄目な内容。

それには物理系開発者と設計の考え方がきちんと一致して
納得できるレベルまで議論を重ねる必要がある。
例えば、電気回路の安定性やノイズの量についても
電気回路の変化量が物理的にどの程度影響が出るのか?とか
とにかくそういった事を重ねて、設計仕様と言うものが出来上がる。

ところが、今の部署にはそういった議論を出来るだけのスキルが無い。
こと電気設計に関してだけでも、経験が無いひとが殆ど。
それだから、物理屋さんの出してきた要求仕様がどのレベルの物なのか?
すら解っていないから、何でも教科書通りにやれば簡単に出来ると思ってる。

基礎の積み上げ・・・・
ずっと元部下たちに言い続けて来た事です。
自分がどんな物を作ろうとしているのか?
これは設計する際に、最初にやらなくてはいけない概要設計。
どうやって、要求項目を実現するのか?
これが設計仕様であり仕様検討。
そして、自分が最終的に出そうとしている性能はどんな物なのか?
これを具体的に文書化したものが設計仕様書となる訳です。

設計仕様書に書いた事は、いわゆる『マニフェスト』と一緒。
作ったものの試験をした際の、落とし所と言った方が良いですかね?

これは料理に例えるともっとわかりやすい。
基礎の積み上げは、
包丁などどんな道具や技術が必要なのか?だし
どんな物を作るのか?は、
和食、中華、洋食など、どの類の料理なのか?
どうやって要求項目を実現するのか?は、
お客さんの食べたい料理はなんなのか?です。
そして、最終性能とは
どんな味付けでお客さんを満足させるか?だと思っている。

マニフェストはメニューなんですよ。
作れない料理はメニューに書いちゃいけない。
これは某政党の人にも言いたい事ですけど・・・・

で、そういう事をずっと言い続けてきた。

でも、今度のリーダーはちょっとアプローチが違う。
僕にはとっても違和感があり、それを見ているとストレスがたまる。

まぁ、仕方が無いですね。
今のっている船は、既に僕の船ではないのですから・・・・

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つまらない一日

2012年11月19日 | Weblog

今日は会社に居てもつまらなかった。
研修生のレポートに目を通して、色々コメントを書き込むんだけど
やっぱり所詮は学生さん。
頭が良いのは認めるけど、今の子は自分の手で物を作り出す
そんな遊びを子供の頃からやっていないから、
応用が利かないというか、言われたことしか出来ない。

折角、教材として現物を与えて、バラバラにして壊しても良いと
伝えてあるにも関わらず、観察力が足りないと言うか、
それを元に、自分の考えを入れた新しい部品を作るように
研修では滅多に出来ない試作実験をやらせてあげているのに
本人は、そんなことに余り楽しみを感じていないみたい。

どうせ一回では上手く行かないのだから、設計の段階で
自分の考えを入れて、示してみろ・・・と言っても
結局、及第点をもらえるような詰まらない発想しかしない。

こんなもの作ってどうするの?
なんてことを言おうものなら凹んでしまうだろうし、
学生さんをそこまで追い込んでも駄目なんだろうし・・・・

僕は会社に入って、とあるペテンおじさんに育てられた。
かの超高圧電子顕微鏡の責任者だったOさん。
この日記を読んで頂いている方ならもしかして覚えているかも知れませんが、
僕が前の部署を飛び出る直前にメッセージを頂いたあの方です。
http://blog.goo.ne.jp/ug_d35_sky-gray/e/9b0b371a3cac3e68337b6f12708a7a6c

このO先輩。本当に心からリスペクトしています。
が、僕にとってはペテン師でしかありません。

かの超高圧電源は、それまで3KHzの「キ~ン」といった電源の騒音が
建屋中に響いていたのを、人間の可聴周波数より上の
20KHzまで上げたいわゆる静音電源を、僕が実験を3年重ねて
何とか電圧が発生するところまで進んでいた時のこと。

このO先輩が、北海道大学の装置にその電源を使うことで受注しちゃった。
僕はその前まで「まだ、実用には時間がかかる」と話をした時に
「そうだねぇ・・・、でもこれが使えると良いねぇ」なんて
ことを言っておきながら、裏ではこっそり動いていた。

そして受注後は、電源の性能をもっと上げろだとか、
人が一山越えると、その隙に次の課題を与える。

最初は自由に好き勝手にやらせといて、一息ついてると後の柵を
背後まで縮めるような・・・・
そっちに気を取られると、今度は反対側の柵を小さくして
気がつくと、O先輩の思う方向にしか進めなくなってる。
そういったペテンに、その後何度も引っかかって、育てられた。
その間のプレッシャーは本当にきつかったけど、結局は
そういう人によって、自分のパフォーマンスをどんどん上げていった。

僕の後継者にしようと思っている若者に、同じようなことをすると
本当にベソをかいて、弱音ばかりを吐く。
これが「ゆとり世代」なのだなって感じてしまうのです。

まぁ、そんな訳で学生さんに骨があるわけも無く・・・・
つまらない一日を過ごしているのであります。

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今日も秘密基地

2012年11月18日 | Weblog

昨日に続き、今日も秘密基地。
今日は細かい仕事をしてきました。
通路に掲示板を取りつけました。

コルクボードを壁にぶら下げようと思ったのだけれど
木造の耐火建築にしたお陰で、アパートの各部屋は
耐火用のパネルが通常の倍ある4cm厚のもの。
通路は空間が大きく取りたいので、断熱材の上に
木目をあしらった金属パネルで軽量化して薄く作った。
そのせいで、釘やいわゆるコンクリート用のビスが通らない。
つまり、壁に掛けようと思ったコルクボードは両面接着テープで
張りつけるような物にしないと取りつかない事が解った。

それにもう一つ、買ってきたコルクボードは完全な平面ではなく
少し捻じれているのでぶら下げると浮いたような感じになって
見た目も格好悪い。
それで、上面にはフックをかけられる金具を取り付けて
重みは下面を支えるようにして、両面テープで止めるフックで固定した。

う~ん、なかなか良い出来栄え・・・
早速、インターホンの修理が終わった事と
今週末に、各部屋に工事が入る事を告知する張り紙を張りつけた。
手書きの文章だけど、どうせすぐに外してしまうんだから・・・

入口の門扉にもアパート名『上荻ロフト』
というステンレスプレートを取りつけた。
考えてみたら、宅配や届け物が来た時に建物の名称が解らなかったからね。
もうひとつ、ついでにエントランス横にもプレートを作っちゃいました。
そっちの方は出来上がりが明後日くらいになるのかな?

でも、やっぱりここに住んでいないと面倒ですね。
最近は週に4回は通ってる。ゴミの日が週に2回。
週末には通路や階段を掃除してあげないとならないし、
それに部屋の片づけをやってるから仕方が無い。
かと言って、管理業者を頼むほど住民は居ない。
庭掃除と通路の掃除なら1時間もかからないからね。

と言うわけで、いちいち通うのも面倒臭いし、
今、家にある位牌を仏壇に納めて世話してやることも
結局、僕がやるしかないから住んでしまうのが手っ取り早い。

ただ、移住するタイミングがね・・・
もう11月も下旬だから、年末年始の長期休暇はやっぱり
家族で過ごしたいと思うし・・・・
まぁ、去年は飲んだくれて大晦日しか居なかったけど・・・

そんな訳で、正月明けに移住する予定。
片づけがなかなか進まないのは致し方が無いですねぇ・・・(笑)

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今日の秘密基地

2012年11月17日 | Weblog

今日は秘密基地へ出かけて、部屋の片付け。
二つ有る仏壇の小さい方を部屋の角に設置して、
使わない大きな方の仏壇を、階段下の倉庫にしまおうと
倉庫を整理してみたものの、仏壇が大きすぎて
倉庫の小さなドアから入らず、結局元の
クローゼットの中に戻した。

いずれは処分するんだけど、今はとりあえず仕方が無い。
自宅から持っていった、大量のお袋の日記帳を、
仏壇の中に一時保管して、お袋の日記を全部目を通して
処分するまでは、今のままで居るしかないかな?

そのあとは、暫く使っていなかった包丁の手入れ。
ペテナイフ2本、牛刀、文化包丁はステンレス製なので
ダイヤモンドの包丁砥ぎで指先でツンツンと引っかかるくらいまで
包丁の刃を立てて、切れ味が戻った。
その外は、やなぎ刃と出刃の和包丁を出してみた。

案の定2年ほど使っていないので、錆が出ちゃってる。
出刃の方は、何とか使えるところまで粗砥で磨いて
仕上げ砥で元の切れ味が、何とか戻ったんだけど
やなぎ刃のほうは薄い刃だけに重症。
研いでも、錆が奥深くまで入っちゃってるみたいで
多分、使うにはちょっと無理がありそう。
やっぱり、日本の刃物は手入れを怠るといきなり駄目になる。

柳刃は、新しい包丁を買わないと駄目かも知れないけど
値段が高いので、暫くは他の包丁で何とかするしか無いでしょう。
でも、砥石で包丁を研ぐのも久しぶり。
砥石も割れてしまっているので、新しいのを買おうかな?

包丁を砥ぐ時って、気持ちを集中しないと上手く砥げない。
指先の感触だけが頼りなので、久しぶりにやると難しい。
とまぁ、包丁なんか砥ぐのは後回しでよかった…(笑)

45cm幅のキッチンラックを購入して設置したので、

キッチン周りがちょっと整理されて広くなったかな?
まだまだ、やることが沢山ある秘密基地でした・・・・。

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もう一つの仲間たち

2012年11月16日 | Weblog

昨夜は週末の飲み会と言うこともあって飲みすぎ・・・
家に帰ったところまではしっかりしてましたが、
布団にちょっと転がったら、朝7時半までぐっすり眠ってしまいました。

この日の飲み会は、前の部署の仕事仲間の飲み会。
以前は僕が「将軍様」と呼ばれていたのだけれど
最近は「大佐」に呼び名を変更。
それで『巨匠』と僕が呼んでいたライバルKを「大統領」と呼び
以下は「中隊長」、「小隊長」、「歩兵」の五人。

今日行った店は『土佐鶴』という酒が置いてあるお店で
この5人組の定番の店。
この『土佐鶴』。飲みやすくて、本当に美味しい。
そのせいで、飲みすぎてしまったというわけです。

考えてみれば、僕の行く集まりってこういうのが多いですね。
『秘密結社・ハゲを増す会』とはちょっと違う集まりだけど
変な称号をつけて、メールのやり取りするところは同じかな?(笑)

仕事がらみで始まったけど、今は仕事に関係なく
美味しい酒を飲む仲間繋がりの濃い仲間が今日の。
僕「大佐」と「大統領」は、腐れ縁。
「大統領」は海外駐在から帰国して、やったことも無い設計部署に
配属になって、最初に僕と組んで仕事をした。
当然、素人だったから僕にボコボコにされて・・・・

その後、僕が会社で高電圧技術で知られるようになった
装置の電源を設計して、装置に組み込んだのだけれど
実は、その基礎実験を積み重ねていたのは「大統領」だった。
だから、僕の今があるのは「大統領」のお陰だと思っている。

その後、二人でやった仕事は数多く、しかも表向きには
組んでやった仕事と言うことにはなっていない。
誰かがやって、全然駄目だったものを直して・・・・
と言うパターンを、二人とも繰り返してきた。

一時期は、本当に険悪な雰囲気の時代もあったけど
今はお互いに『気に入らない奴』と言い合って居る仲。
あくまで正統派の「大統領」とファッショ系「大佐」の関係で、
どっちが偉いのやら・・・

「中隊長」はかつては僕の師匠がやっていた仕事である
大型装置の製造を引き継いだ男。
「小隊長」は僕の後始末をしながら、その大型装置を引き継いで
いまや無くてはならない存在に成長してくれた僕の唯一の弟子。
「歩兵」は最近、「大統領」の弟子として活躍している。

音楽の話で、「大統領」が珍しく下手に出てきた。
僕の好きなデイブ・メイソンに最近目覚めたとか・・・・
それで、上から目線の僕。

そんな二人のやり取りを「中隊長」、「小隊長」、「歩兵」たちが
楽しそうに観ていたり・・・
楽しい飲み会で、気分良く帰宅しました。

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日本のサッカーは100年遅れている・・

2012年11月15日 | Weblog

今週は少しサッカーに関係する話題にしようと思います。

さて、昨日はサッカー日本代表がタフな試合をモノにして、
日本中のサポーターはちょっと安心したんじゃないかな?

そんな中、日本代表の遠藤が代表キャップの記録を124と更新している。
出場記録と言えば、僕がこよなく愛するマンチェスターユナイテッドの
ポール・スコールズが思い出される。
彼は同チームで、600試合出場という生きるレジェンド。

他にもリバプールのスティーブン・ジェラードの600試合、
ローマのフランチェスコ・トッティの500試合、
マンチェスターユナイテッドのライアン・ギグスに至っては725試合、
といった一つのチームでとてつもない出場記録を持つ選手が各国に存在する。

これは、サッカー文化と言う意味でも日本とは全然違う。
あのカズでさえ、一つのチームでこれだけ出場していない。
スピードやテクニックだけじゃない。
存在すること自体の意味、影響力がチームに不可欠だし
それを支持するサポーターが居ること自体が日本には無い文化。
こういった選手の偉大さを、一番知っているのがサポーター。
こういう点でも、日本のサッカーは100年遅れているね。

よく埼玉ダービーだとか、静岡ダービーだとか、
同じ地域のチーム同士の対戦する試合を、外国の真似をして
そう呼ぶことがあるけれど、それだって僕からすればお笑い。
そもそも、背景にある文化が全く違う。

マンチェスターユナイテッド(マンU)とマンチェスターシティー(マンC)の
2チームが対戦するダービーマッチは、日本のお祭りの感じに似ている。
片やマンUはクラブの歴史から、サポーターの主流が鉄道や港湾労働者、
対してマンCは工場労働者が多数を占める。

同じ市内でも、地区が違うと対抗心を燃やす日本の祭りや
地区対抗の運動会に近いのかな?
要するに生活から、サッカーの試合まで繋がっている。
今だからこそ、少しずつその構図が変わりつつあるかも知れないけど
基本的には、そういう100年以上も続いている歴史のうえに成り立っている。
実際に対抗心が激しくなったのは、1970年代の話らしいけどね。

日本でいわゆるダービーらしい対戦は、かつてのフリューゲルスと
横浜マリノスの試合かなぁ?
それとベルディーとフロンターレの川崎ダービーは面白かった。
川崎は富士通を母体としているフロンターレの地盤なんだけど
ベルディーが東京に本拠地があるのに川崎って語るから、
結構、川崎の連中から「出て行け」観たいな部分があったり・・・

今は浦和と大宮の埼玉ダービーが地域性とかがあって似てるかな?
浦和は埼玉県のサッカーの代名詞みたいなところがあって
大宮なんかは、そういう意味では強くても知られていなかった。
だからこそ、対抗心があるんじゃ無いのかな?
静岡のダービーは清水と磐田なので、同じ市内じゃないから
ちょっと違う感じがするけど、大宮と浦和に似てる部分はあるね。

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