今年も正月2日・3日は、箱根駅伝をテレビで見ていた。
深く感銘を受けたのは、東洋大・柏原選手の3年連続の快走だった。
印象的だったのは、ゴール後の過去にない力を使い果たした彼の姿だった。
倒れてしまって立ち上がれない姿。
往路優勝のチームインタビューで、放心状態のような姿。
マイクを向けられて、「やったぞ、田中―!」と涙ながらに叫ぶ姿。
その姿は、「山の『神』」ではなかった。
本当に当たり前の人間、当たり前の一人の若者だった。
…どれだけの重圧が彼を支配していたことだろう。
そして、その重圧に打ち勝つために支えになったのは、チームメイトの存在だったのだなあと、改めて思った。
そんな彼を見ていたら、次のようなチームメートとのやりとりが頭に浮かんできた。
以下は、まったくの物語である。
フィクションを書いてみたくなった。
精神的にとことんまで追いつめられた心情を、だれがわかってくれると言うのだろう。
周囲からの期待と、それとは正反対の、自分だからこそわかる現状での力のなさと。
だれも、自分が今、これほどまでにダメになっていると思うだろう。
現実、今の自分はダメだ。
走っても、勝てる自信がない。
それどころか、走りとおせる自信がない。
チームは優勝を争っている。
チームメイトも、優勝目指し、厳しい練習を重ねてきた。
しかし、自分の調子はなかなか上がらない。
オレが走らない方がよいのじゃないか。
こんな自分なら、走ったって、大した記録は出せない。
みんなの迷惑になるだけだ。
何を言ってるんだ。
みんなで、箱根で優勝しようと言っていたじゃないか。
そのために、皆、一人一人ががんばってきたのじゃないか。
オレだって、お前だって、そうやって練習してきたんじゃないか。
今になって何を言い出すんだよ。
いや、今の自分じゃダメだ。
ダメなことは、自分が一番よくわかっている。
去年の今とは、全然違う。
こんな調子じゃ、走ったって、チームのために何の力にもなれない。
バカ野郎。
何が何の力にもなれない、だ。
オレは、お前に追いつきたくて一生懸命練習してきたんだよ。
一生懸命練習して、練習して、練習して、やっとここまできたんだよ。
やっと、今年も、復路を走ることになったんだよ。
でも、そんなオレでも、調子が悪いって言うお前に、まだ勝てないんだよ。
調子の悪いお前に勝てないオレの悔しさがわかるか。
でも、オレは、オレの走る区間、自分の持っている力を全部出して走ろうと思う。
オレは、走ることが好きだ。
走ることは、誰よりも好きなつもりだ。
でも、大学に入ってお前が走るのを見て、うらやましくなった。
お前が走っている姿を見ていたら、お前はただ速いだけじゃなく、オレの何倍も楽しそうなんだ。
練習の時、表情は苦しくなっても、走ることが楽しくて楽しくてしょうがないっていうことがお前の姿から伝わって来るんだ。
オレたちは、山を登るときは苦しいだけなのに、お前が山を登っていく姿は、苦しさなんて感じさせないんだ。
軽々走って登っていくお前の姿に、「ああ、こいつ、なんて走るのが好きなんだろう」って思ったもんだよ。
だいたい、オレたちは、もともと単純に走ることが大好きだっただけじゃないか。
なあ、お前、走ることが好きだろう。
優勝とか名誉とか自信だとか言う前にさ、走ることを楽しもうぜ。
走っていく先のゴールを目指すんじゃなく、一歩一歩走っている瞬間を楽しもうぜ。
オレたちは、走り出したら、一人一人がただの「ランナー」にすぎないんだ。
走りたいから、走る。
好きだから、走る。
余計なことは考えず、走ることが好きだから走る、それでいいんじゃないか。
けがをして走れないこともあったじゃないか。
あの時に比べたら、今は走れるじゃないか。
走りたいけど走れなかった苦しさを考えたら、今は走れるじゃないか。
好きなように走れよ。
たとえお前が途中でつぶれてしまっても、だいじょうぶだ。
復路で、オレが取り返してやるよ。
そのために、オレが復路にいるんだぜ、ハハハ。
やろうぜ、リュウジ。
思いっきり走ってみようぜ。
肚(ハラ)は決まった。
途中で足が止まるかもしれない。
今までになく惨めな姿をさらすことになるかもしれない。
でも、大切なことを忘れていた。
オレは、走ることが好きなんだ。
走ることを自分から取ってしまったら、何も残らない。
1年前までの自分のようには走れないかもしれないけど、ただ前を向いてひたすら走ってみよう。
【山登り】
やっぱり、タナカ、苦しいよ。
走ることは。
でも、この苦しさも、今自分が走っている証拠だ。
この苦しさは、体の苦しみ。
この前までの、あの追いつめられた心の苦しみに比べたら、体の苦しみは、いくらでも耐えることができる。
苦しいのは走っているからだぜ。
一番好きな走っているときの苦しみを味わえるなんて、幸せなんだよ。
【終盤】
くっ。
やっぱり足が思った通り動かなくなってきた。
足が前に進んでいる気がしない。
でも、今はもう前に進むしかない。
前へ、前へ、前へ。
少しでも早く、前へ―。
【ゴール】
やった。
ゴールが見えた。
ついにここまで来た。
あのゴールラインですべてが終わる。
あんなに追いつめられていたオレが、ここまでやれた。
タナカ、やったぞ、オレは。
お前のおかげで、ここまで走れた。
やったぞ、―ゴール。
走り切った。
やったぞ、やった。
やったぞ、オレは。
―急に目の前が真っ白になった…。
深く感銘を受けたのは、東洋大・柏原選手の3年連続の快走だった。
印象的だったのは、ゴール後の過去にない力を使い果たした彼の姿だった。
倒れてしまって立ち上がれない姿。
往路優勝のチームインタビューで、放心状態のような姿。
マイクを向けられて、「やったぞ、田中―!」と涙ながらに叫ぶ姿。
その姿は、「山の『神』」ではなかった。
本当に当たり前の人間、当たり前の一人の若者だった。
…どれだけの重圧が彼を支配していたことだろう。
そして、その重圧に打ち勝つために支えになったのは、チームメイトの存在だったのだなあと、改めて思った。
そんな彼を見ていたら、次のようなチームメートとのやりとりが頭に浮かんできた。
以下は、まったくの物語である。
フィクションを書いてみたくなった。
精神的にとことんまで追いつめられた心情を、だれがわかってくれると言うのだろう。
周囲からの期待と、それとは正反対の、自分だからこそわかる現状での力のなさと。
だれも、自分が今、これほどまでにダメになっていると思うだろう。
現実、今の自分はダメだ。
走っても、勝てる自信がない。
それどころか、走りとおせる自信がない。
チームは優勝を争っている。
チームメイトも、優勝目指し、厳しい練習を重ねてきた。
しかし、自分の調子はなかなか上がらない。
オレが走らない方がよいのじゃないか。
こんな自分なら、走ったって、大した記録は出せない。
みんなの迷惑になるだけだ。
何を言ってるんだ。
みんなで、箱根で優勝しようと言っていたじゃないか。
そのために、皆、一人一人ががんばってきたのじゃないか。
オレだって、お前だって、そうやって練習してきたんじゃないか。
今になって何を言い出すんだよ。
いや、今の自分じゃダメだ。
ダメなことは、自分が一番よくわかっている。
去年の今とは、全然違う。
こんな調子じゃ、走ったって、チームのために何の力にもなれない。
バカ野郎。
何が何の力にもなれない、だ。
オレは、お前に追いつきたくて一生懸命練習してきたんだよ。
一生懸命練習して、練習して、練習して、やっとここまできたんだよ。
やっと、今年も、復路を走ることになったんだよ。
でも、そんなオレでも、調子が悪いって言うお前に、まだ勝てないんだよ。
調子の悪いお前に勝てないオレの悔しさがわかるか。
でも、オレは、オレの走る区間、自分の持っている力を全部出して走ろうと思う。
オレは、走ることが好きだ。
走ることは、誰よりも好きなつもりだ。
でも、大学に入ってお前が走るのを見て、うらやましくなった。
お前が走っている姿を見ていたら、お前はただ速いだけじゃなく、オレの何倍も楽しそうなんだ。
練習の時、表情は苦しくなっても、走ることが楽しくて楽しくてしょうがないっていうことがお前の姿から伝わって来るんだ。
オレたちは、山を登るときは苦しいだけなのに、お前が山を登っていく姿は、苦しさなんて感じさせないんだ。
軽々走って登っていくお前の姿に、「ああ、こいつ、なんて走るのが好きなんだろう」って思ったもんだよ。
だいたい、オレたちは、もともと単純に走ることが大好きだっただけじゃないか。
なあ、お前、走ることが好きだろう。
優勝とか名誉とか自信だとか言う前にさ、走ることを楽しもうぜ。
走っていく先のゴールを目指すんじゃなく、一歩一歩走っている瞬間を楽しもうぜ。
オレたちは、走り出したら、一人一人がただの「ランナー」にすぎないんだ。
走りたいから、走る。
好きだから、走る。
余計なことは考えず、走ることが好きだから走る、それでいいんじゃないか。
けがをして走れないこともあったじゃないか。
あの時に比べたら、今は走れるじゃないか。
走りたいけど走れなかった苦しさを考えたら、今は走れるじゃないか。
好きなように走れよ。
たとえお前が途中でつぶれてしまっても、だいじょうぶだ。
復路で、オレが取り返してやるよ。
そのために、オレが復路にいるんだぜ、ハハハ。
やろうぜ、リュウジ。
思いっきり走ってみようぜ。
肚(ハラ)は決まった。
途中で足が止まるかもしれない。
今までになく惨めな姿をさらすことになるかもしれない。
でも、大切なことを忘れていた。
オレは、走ることが好きなんだ。
走ることを自分から取ってしまったら、何も残らない。
1年前までの自分のようには走れないかもしれないけど、ただ前を向いてひたすら走ってみよう。
【山登り】
やっぱり、タナカ、苦しいよ。
走ることは。
でも、この苦しさも、今自分が走っている証拠だ。
この苦しさは、体の苦しみ。
この前までの、あの追いつめられた心の苦しみに比べたら、体の苦しみは、いくらでも耐えることができる。
苦しいのは走っているからだぜ。
一番好きな走っているときの苦しみを味わえるなんて、幸せなんだよ。
【終盤】
くっ。
やっぱり足が思った通り動かなくなってきた。
足が前に進んでいる気がしない。
でも、今はもう前に進むしかない。
前へ、前へ、前へ。
少しでも早く、前へ―。
【ゴール】
やった。
ゴールが見えた。
ついにここまで来た。
あのゴールラインですべてが終わる。
あんなに追いつめられていたオレが、ここまでやれた。
タナカ、やったぞ、オレは。
お前のおかげで、ここまで走れた。
やったぞ、―ゴール。
走り切った。
やったぞ、やった。
やったぞ、オレは。
―急に目の前が真っ白になった…。