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   ある日のできごと、心の呟き、よしなしごとetc

與喜天満神社から見る長谷寺の桜 (奈良県桜井市)    20240405

2024年04月24日 | 旅(奈良)
又兵衛桜からの帰り、近鉄長谷寺駅で下車し、長谷寺を目指しました。

  

途中の長谷山口坐神社を参拝しました。





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https://sakurai-kankou.jimdo.com/%E5%90%8D%E6%89%80%E6%97%A7%E8%B7%A1/%E5%88%9D%E7%80%AC%E9%81%93%E5%91%A8%E8%BE%BA-%E9%95%B7%E8%B0%B7%E5%AF%BA%E3%81%BB%E3%81%8B/%E9%95%B7%E8%B0%B7%E5%B1%B1%E5%8F%A3%E5%9D%90%E7%A5%9E%E7%A4%BE/より引用

初瀬川の南岸上に北面して鎮座する旧指定村社。延喜式の式内大社で大山祇神を主神とする大和六山口社の一つです。後に手力雄神を配祀しました。桜井市史には「ここは室町時代からいまに「テジカラさん」と言って親しまれているが、それは伊勢信仰を借り、長谷の山口に位置した山口神と、天照大神を天岩戸から引き出した天手力男神を結合させたためにおこった俗称である。」とあります。
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與喜天満神社切石御旅所

  

  

與喜(よき)天満神社を参拝しようと思いました。


  


天神橋から見た初瀬川と長谷寺  


         

参道を上がります。

  

更に上ります  

また石段が続きます 

與喜天満神社の御祭神は学問の神様として知られる菅原道真公。
道真公にとって初瀬は遠祖のふるさとだそうです。


菅公聖蹟二十五拝   

菅公聖蹟二十五拝のうち、私は何ヶ所お詣りしたかしら・・・

太宰府天満宮、防府天満宮、曽根天満宮、厳島神社天神社、長岡天満宮、大阪天満宮、北野天満宮、與喜天満神社
   

 

  

本殿 

https://www.yokitenmanjinja.jp/


ルリソウ  

ムラサキ科 ルリソウ属 

   
ここから長谷寺へ下りて行きます。

   

     

この石碑、何と書いてあるんだろう。
飛 裳 世
ひだりもんせん道かしら。
「左 門前道」ですね。
http://www.book-seishindo.jp/kana/onjun_3.html#mo
http://codh.rois.ac.jp/char-shape/unicode/U+9053/

    

下りる途中、展望の開けたところがありました。 

長谷寺全景  

桜がいっぱい咲いています。

 

長谷寺入口のシダレザクも見えます。

  

更に下りて行きます。


玉鬘神社・延喜式内社鍋倉神社

      





素戔雄神社  

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https://sakurai-kankou.jimdo.com/%E5%90%8D%E6%89%80%E6%97%A7%E8%B7%A1/%E5%88%9D%E7%80%AC%E9%81%93%E5%91%A8%E8%BE%BA-%E9%95%B7%E8%B0%B7%E5%AF%BA%E3%81%BB%E3%81%8B/%E7%B4%A0%E6%88%94%E9%9B%84%E7%A5%9E%E7%A4%BE/より引用

素戔雄(すさのお)神社

 初瀬川(泊瀬川)を挟み長谷寺の対岸の與喜山の山麓にある旧村社です。見所はこの神社にくる途中の石段から見える長谷寺の全景で,特に桜や紅葉のシーズンはおすすめです。神社の境内にそびえ立つ銀杏の巨木も見もので、県の天然記念物に指定されており幹回りがおよそ7.2m、高さが40mあり、そそり立つその姿は壮観そのものです。
  この神社は社伝によると天暦年間(947~957年)に與喜山に菅原道真公を祀った時、與喜山は天照大神が降臨した地なので、弟神の素戔雄の霊も鎮めなければならないとの事で、この地に社殿をかまえたと言われています。その後、祇園信仰の高まりから明治維新までは宮寺を置き、牛頭天王を祀り、「ごってらさん」の俗称で呼ばれ親しまれていました。
 本居宣長の菅笠日記には「このやゝおくまりたるところに、家隆の二位の塔とて、石の十三重なるあり。こはやゝふるくみゆ。そこに大きな杉の、二またなるもたてり。又牛頭天王の社、そのかたわらに、苔の下水といふもあり。こゝまではみな、山のかたそはにて、川にちかきとこ所也」とあり銀杏の木についてはふれていませんが、江戸中期のこの社の様子をうかがい知ることができます。
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與喜天満神社、初めてお参りできました。
山の麓からは少々歩きましたが、ゆっくり参拝できてよかった~。
神社の静けさがありました。

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