((グリーンランド購入という)現実離れしたような構想を復活させたのは、北米に親中国家が誕生するかもしれないとの危機感だ【8月26日 朝日】)
【いかにもトランプ大統領らしい展開】
トランプ大統領がデンマーク領のグリーンランド購入に関心を示していることが報道され、デンマーク首相が「冗談だろうけど、グリーンランドは売り物じゃない。ばかげている。」と即座に拒否、これにトランプ大統領がいたく不機嫌になり、ヘソを曲げた・・・という話は周知のところです。
****「グリーンランド売らないなら行かない」トランプ訪問中止の非礼にデンマークで驚きと怒り****
<グリーンランド買収話を「ばかげている」と中道左派の女性首相に一蹴され、へそを曲げたトランプにデンマーク政界はあきれ顔>
ドナルド・トランプ米大統領が9月2日に予定していたデンマーク訪問をキャンセルし、これがデンマーク王室に対する侮辱だと怒りの声が上がっている。
トランプはデンマークの女王マルグレーテ2世の招待を受けて、同国を訪問することになっていた。だが、トランプがデンマークの自治領である世界最大の島グリーンランドの購入に関心を示していることに対し、デンマークのメッテ・フレデリクセン首相が「グリーンランドは売り物ではない」と釘を刺すと、すぐさま訪問中止を発表した。
事の発端は、ウォールストリート・ジャーナルが先週、トランプがグリーンランドの購入を示唆したと報道したこと。フレデリクセン首相はこの話を「ばかげている」と一蹴した。
トランプは20日、「デンマークは素晴らしい人たちが住むとても特別な国だ」とツイート。「だがメッテ・フレデリクセン首相の発言によると、彼女はグリーンランドの売買について話し合うことに関心がないようなので、2週間後に予定されていた訪問は延期する」
デンマーク王室はノーコメント
トランプはさらに皮肉を込めて、「首相のストレートな発言のおかげで、アメリカとデンマーク双方が膨大な費用と労力を無駄にせずに済んだ」と、ツイートを続けた。「その点では首相に感謝する。いつかまた訪問の予定を組むのを楽しみにしている」
トランプのツイートでは「延期」という表現が使われたものの、ホワイトハウスは訪問を中止したと発表し、BBCの報道によれば、デンマーク王室も中止と受け止めている。デンマーク王室の広報責任者レーネ・バレビーは「驚きだった」と認めつつ、「この件についてはこれ以上申し上げることはない」と報道陣の質問を突っぱねた。
デンマークとグリーンランド自治政府の政治家は、突然の訪問中止と、トランプが本気で購入を考えていたことに呆れ返り、怒りを露わにしている。
野党・保守党のラスムス・ヤルロフ議員はこうツイートした。「デンマーク人として(また、1人の保守主義者として)、これは信じがたいことだ。トランプは何の理由もなく、わが国の一部である自治領を売り物とみなし、誰もが準備していた訪問をぶしつけにもキャンセルした。アメリカの一部も売り物なのか。アラスカを売るのか? 頼むから、もう少し敬意を払ってほしい」
デンマーク国民党の共同創設者で、デンマーク国会の議長も務めたピア・グラスゴーは、トランプの訪問中止は、デンマーク王室への「敬意を完全に欠いた」決定だとツイートした。(中略)
グリーンランド自治政府のキム・キールセン首相は以前に、「グリーランドは売り物ではないが、アメリカを含め他の国々との貿易と協調には、喜んで話し合いに応じる」と述べている。
デンマーク政府は売買話をすぐさま一蹴したが、グリーンランドにおける米軍のプレゼンスをめぐっては、米政府との連携を密にするため協議を行うつもりだった。
大西洋と北極海の間に位置するグリーンランドは戦略的に重要な島だ。島の西北部にある米空軍のチューレ基地からは、北米に向かう大陸間弾道ミサイル(ICBM)を早期に探知できる。
今後、米軍のグリーンランドにおけるプレゼンスの拡大は「避けられない」と、フレデリクセン首相は語っている。
「(地球温暖化で氷の融解が進む)北極海ではここ数年、幸いにも平和的な開発が行われている。あらゆる理由から、世界は今後もこの動きを支持すべきだ。しかし一部の国々が北極海に関心を示し始め、安全保障面に影響がおよんでいる。これに対しては断固たる対応が必要だ」と、フレデリクセンは地元放送局TV2のニュース番組で語った。【8月22日 Newsweek】
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ちなみに、フレデリクセン首相とトランプ大統領がどういう言葉で応酬しているかについては、“トランプ大統領は、デンマークのフレデリクセン首相に対して「ノーならノーとだけ言えばいいのに、バカげた(absurd)考えだなどと言う言い方をしたのは、底意地が悪い(nasty)な女だ」と激しく罵倒しています。”【8月23日 冷泉彰彦氏 Newsweek】
アメリカはこれまでもルイジアナやアラスカなど、「買収」によって国土を拡大してきていますので、今回のグリーンランド買収の話は、唐突のようにも思えますが、決して絵空事とかトランプ大統領の妄言という訳でもありません。
****米国による外国の土地買収****
米国は過去に外国からの土地買収を通じて領土を拡張してきた。
ジェファソン大統領は1803年、現在の南部ルイジアナ州から北部モンタナ州にまたがる地域をフランスから購入。アンドリュー・ジョンソン大統領は67年、西部のアラスカをロシアから買い取った。
ウィルソン大統領は1917年、現在の米領バージン諸島をデンマークから購入した。
グリーンランドをめぐっては、トルーマン大統領が46年に1億ドル相当の金塊と引き換えに買収を図ったが失敗している。【8月23日 産経】
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この騒動は、一応は収拾がついたようです。
****デンマーク首相は「素晴らしい女性」 トランプ氏が姿勢転換****
ドナルド・トランプ米大統領は23日、デンマークのメッテ・フレデリクセン首相について、「素晴らしい女性」などと称賛した。
トランプ氏はこの2日前、来月に予定していたデンマーク訪問を取りやめ、グリーンランドを購入するという自らのアイデアを拒否した同首相を「意地が悪い」と批判していた。
しかし23日、トランプ氏は「素晴らしい女性」と称賛し、同首相に対する姿勢を転換する形となった。
主要7か国首脳会議(サミット)出席のためフランスへ向かう準備を進める中、トランプ氏は報道陣に対して「われわれは素晴らしい会話ができた」と発言。「デンマークとはとても良い関係を持っており、後ほど話し合うことで合意した。だが、彼女はとても良い人だった。彼女が私に電話をしてくれて、とても感謝している」と語った。(後略)【8月24日 AFP】AFPBB News
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このあたりの変わり身の早さは、トランプ大統領の得意技というか真骨頂です。
この騒動について、デンマーク訪問をキャンセルするなど“いかにもトランプ大統領らしい”という感じがして、また、不動産業を本業とするトランプ大統領らしい発想という印象もあって、「面白い話」として眺めていたのですが、現在の国際情勢を考えると、もう少し真面目に考えた方がいい案件のようです。
【温暖化とともに利用価値が高まる一方で、中国の存在感拡大 将来の独立時には・・・】
世界最大の島グリーンランドについては、これまでも温暖化に伴う環境変化でその利用価値が急速に高まっていることなどを取り上げてきました。
(2月12日ブログ“温暖化の「恩恵」を受けるグリーンランド 自治政府が進める空港建設をめぐる米中のせめぎあい”など)
また、北極海におけるアメリカ、中国、ロシアの争いについては、5月22日ブログ「温暖化に背を向けるトランプ米政権が、中ロの北極海進出を警戒・けん制するという“支離滅裂”」でも取り上げました。
****グリーンランド****
8割以上が氷に覆われ、人口約5万6千人の約9割は先住民系で、1万8千人が中心都市ヌークに集中する。
1721年にデンマークからキリスト教宣教師が派遣され、植民地になった。1979年に自治政府が発足。85年に欧州共同体(EC)から脱退した。住民投票を経て2009年に自治権が外交・安全保障を除くほぼ全ての領域に拡大された。
コペンハーゲン大とグリーンランド大による昨年の調査では、67%が「将来のどこかの時点で独立すべきだ」と回答した。【8月26日 朝日】
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こうした事情を踏まえると、以下のような話にも。
****氷の島に打ち込まれたくさび 極地の覇権争う米中の思惑****
北極圏にある世界最大の島グリーンランドを米国がデンマークから買収する――。こんな構想が米政権内で検討されていることが明らかになった。
「戦略的に興味深い」。トランプ大統領は18日、報道陣にそう語った。
日本の約6倍の土地に人口5万6千人ほど。地理区分では北米に属する。米国はトルーマン大統領が1946年に買収話を持ちかけたが成立しなかった。今回もデンマークのフレデリクセン首相は「ばかげている」と一蹴した。
現実離れしたような構想を復活させたのは、北米に親中国家が誕生するかもしれないとの危機感だ。
6月下旬、島の中心都市ヌークは活気づいていた。
「滑走路が延長され、欧州からジェット機の直行便が飛べるようになるんだ」
タクシー運転手の男性は声を弾ませた。目抜き通りのホテルの壁には、飛行機の絵に新滑走路の長さ「2200メートル」と書かれたポスターが掲げられていた。
空港の拡張は、多くの島民が願う独立への一歩になりうる。2009年に自治権が拡大されたが、自治政府の歳入の半分はデンマーク政府の補助金頼みで、経済的自立が課題だった。
それが温暖化の影響で氷が溶け始め、資源開発がしやすくなった。島内で大型機が発着できる空港は遠隔地にある旧米軍基地に限られる。ヌーク空港が拡張され、人や投資が直接流れ込めば、突破口が開ける。
グリーンランド議会がヌークを含む3空港の拡張計画を決定したのは15年。総事業費36億クローネ(約570億円)は島の域内総生産(GDP)の約2割に当たり、デンマーク政府は負担に消極的だった。
自治政府が頼ったのが中国だった。17年、自治政府のキールセン首相が北京を訪問。中国国有の建設大手・中国交通建設や、中国輸出入銀行などを回り、空港計画に協力を求めた。
待ったをかけたのが米国だった。米国は島の北部のチューレに空軍基地を置く。米本土に飛んでくる大陸間弾道ミサイル(ICBM)を検知するレーダーがある重要な防衛拠点だ。
米軍当局者によると、18年5月、マティス米国防長官(当時)は米国を訪問したデンマークの国防相に「中国に北極圏での軍事力を広げさせてはいけない」とクギを刺した。デンマーク政府は空港拡張への慎重姿勢を一変させ、7億クローネを出資し、4・5億クローネを低利融資すると申し出た。残りは主にグリーンランド自治政府が負担することで決着した。
だが、この動きは独立派を刺激した。グリーンランド議会のビビアン・モッツフェルト議長(47)は「米国とデンマークのふるまいは傲慢(ごうまん)だ。中国が私たちに投資をしたいなら、今後も排除しない」と話す。
中国はパンダの貸与や投資でデンマークに接近し、レアアース鉱山などへの投資で次第に島へ直接進出するようになった。投資額は島のGDPの1割を超す。空港拡張計画から締め出されたとはいえ、中国への期待は高い。
デンマーク王立防衛大軍事作戦研究所のヨン・ラーベック・クレメンセン准教授(36)は「中国には軍事的、戦略的な関心がある。中国の進出を許した場合、いざ独立という時に、グリーンランドが西洋の同盟から押し出される事態もありうる」と指摘する。
中国がグリーンランドに打ち込んだくさび。その波紋が北極の静寂を破り始めた。(後略)【8月26日 朝日】
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なお、上記朝日記事の紙面上の記事見出しは“北米に「親中国家」 危機感”でした。
北米に「親中国家」・・・・最初はピンときませんでした。「北米? 南米の間違いじゃないの? 北米っていったらアメリカの他はカナダしかないじゃない。カナダが「親中国家」に?・・・」
しかし、冒頭地図を見れば納得です。
普段見ている地図ではグリーンランドは北欧・アイスランドのかなた・・・というイメージですが、実際はまさに北米です。
今後、温暖化の進展とともにますますグリーンランドの地下資源利用等の経済的価値は高まり、それとともに「独立」ということが現実的な政治課題ともなってくるでしょう。
そのとき、中国の影響力が更に強まっていれば、なるほど“北米に「親中国家」”誕生ともなります。
トランプ大統領が「今のうちに・・・」と考えるのも、無理からぬところです。
ただ、「親中国家」になるかどうかは別にして、温暖化進行ですでに動き始めているグリーンランドを買い取るというのはもはや無理でしょう。不動産業に精通したトランプ大統領なら百も承知のところとも思うのですが。