(攻略後のティクリートにおけるシーア派民兵 【4月6日 ロイター】)
【イラク正規軍の力不足が再び露呈 戦略ミスの指摘も】
モスル奪還を目指すイラク政府とイスラム過激派IS(イスラム国)の戦闘は一進一退の状況ですが、ここのところは、北部バイジにあるイラク最大級の製油所の大部分がISに占拠されたのに続き、西部アンバル県の県都ラマディのほぼ全域がISに制圧されるなど、IS側の攻勢、イラク政府側の後退が目だっています。
特に、スンニ派居住地域にある要衝ラマディの攻防ではアメリカからの要請もあって、ティクリート攻略で中心的な役割を果たしたものの、イランの影響力が強く、宗派間の問題を起こしやすいシーア派民兵を投入せず、イラク政府軍が作戦にあたっていましたが、ISに奪われるという結果を受けて戦略の見直しを求める声も上がっています。
****劣勢一転、ISが制圧 イラク州都ラマディ****
イラクで過激派組織「イスラム国」(IS)が勢いを増している。
イラク最大のアンバル州の州都ラマディを17日に制圧。今年に入って政府軍の攻勢を受けていたが一転、首都バグダッドや南部への侵攻も視野に入れる。政府は増援部隊を急きょ派遣したが、戦略ミスも指摘されている。
ISは昨年1月にアンバル州のファルージャを占拠。同年6月にはモスルやキルクークなど北部の広い範囲を制圧し、一時はバグダッドに迫った。
これに対し、政府軍はその後、米軍など連合軍の空爆による支援を受け形勢を盛り返し、今年3月には首都と北部をつなぐ要衝ティクリートをISから奪還。イラクでのISの最大拠点となっているモスルに迫る勢いを見せていた。さらに、同月にはISの最高指導者アブバクル・バグダディ容疑者が、空爆で重傷を負ったとの情報も出ていた。
そんななかISは4月に入って一転、ラマディへの集中攻撃を始めた。厳しい状況を打開しようと、政府側の態勢が手薄な地域を狙ったとみられる。今月15日にはラマディ中心部の州合同庁舎を占拠し、17日には軍の作戦本部やほかの政府庁舎を制圧した。
政府の治安部隊の一部は西側に撤退したものの、ISの戦闘部隊に包囲されているという。アンバル州知事はロイター通信に対し、ラマディでの戦闘で約500人が死亡したと話した。
■イラク軍、部隊派遣「ミス」
政府にとって痛いのは、昨年6月にモスルが陥落した時と同様に、イラク正規軍の力不足を再びさらしたことだ。ラマディで防衛任務にあたっていた部隊の一部は、IS側が拡声機を使って投降を呼びかけると、武器を置いて逃走したと報じられている。
実は、今年3月にティクリートを奪還した際、イラク軍で主力を担ったのは正規軍ではなく、イスラム教シーア派の宗教指導者に忠誠を誓う民兵部隊だった。だが、その際にスンニ派が多数を占める住民から民兵らが略奪を繰り返したとして、宗派対立の新たな火種になっていた。
こうした経緯から、米国はスンニ派が多数を占めるアンバル州にシーア派民兵を派遣しないようイラク政府に要請していたとされる。
イラク国民議会(国会)のハキム・ザミリ防衛安全保障委員長は今月、地元テレビの取材に、「シーア派民兵部隊をアンバルに送らなかったのは、(イラクと米政府の)戦略ミスだ」と批判していた。
イラクのアバディ首相は17日、民兵部隊のアンバル州への派遣を急きょ決定。部隊の一部はすでに到着した。
ただ、ラマディ防衛に失敗したことで求心力の低下は避けられない。政府内には、米国よりもイランとの連携を優先するよう求める意見も出ている。【5月19日 朝日】
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【ティクリート攻略ではシーア派民兵の略奪・報復も】
イランの支援を受けるシーア派民兵が主力となったティクリートの攻防では、当初からシーア派民兵によるスンニ派住民への報復が懸念されていたにもかかわらず、略奪が横行するなどの混乱が起きました。
ティクリートはスンニ派主導の独裁体制をしいたフセイン元大統領の出身地でることもあって、フセイン政権下で虐げられたと感じるシーア派の復讐心が噴出したとも思われます。
****奪還後のティクリートで略奪横行、民兵や治安部隊員が関与か****
イラク政府軍がイスラム過激派「イラク・シリア・イスラム国(ISIS)」から奪還した中部の都市ティクリートで、ISISの退却後に放火や略奪が相次いだことが分かった。同国の治安当局者がCNNに語った。
同当局者によると、ティクリートでは少なくとも20棟の住宅が放火され、50店以上の店舗が略奪されたり破壊、放火されたりした。略奪品を載せて走り去るトラックを、治安部隊は止めることができなかったという。
「ティクリートは手に負えない状態に陥った。ISISから奪還した後の計画が全く立っていなかった」と、同当局者は指摘する。
ティクリートは昨年6月以降ISISに占拠されていたが、イラク治安部隊が1日までに奪還した。作戦はイランの支援を受けるイスラム教シーア派民兵と共同で実施された。
ティクリートはスンニ派の住民が多数を占める。イラク治安当局の高官によると、略奪などの不法行為にはシーア派民兵や、治安部隊の一部隊員が関与しているとみられる。警察が捜査チームを設けてティクリートへ送り込み、情報収集に当たっているという。
アバディ首相は3日、ティクリートの治安要員らに不法行為への対応を求め、容疑者の拘束と市内の治安確保を命じた。
一方、シーア派民兵の報道担当者は同日、民兵らがティクリートの治安回復をイラク治安部隊に一任し、同市から引き揚げるとの見通しを示した。【4月5日 CNN】
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別報道では、略奪の状況は“少なくとも数百軒の商店や住宅に押し入り、衣類や日用品、家財道具を奪って建物に放火した。壁や窓にシーア派民兵組織の名称を落書きする例もあった”【4月6日 毎日】とも報じられています。
また、シーア派民兵はイラン・イラク戦争を戦ったイランの支援を受けていますが、「民兵たちはイランとの戦争を主導した元イラク軍将校の名簿を持ち、その家を狙っていた」といった話も出ているようです。【4月8日 朝日より】
フセイン後に主導権を握った多数派シーア派と、フセイン政権時代に優遇されたとされるスンニ派の確執をどのように治めて融和を実現していくか・・・というのは、イラクの抱える最大の問題です。
ISが急速に勢力を拡大したのは、極端なシーア派優遇に走ったとされるマリキ前政権下の両派の確執・混乱の間隙を突いたことによると見られています。
ティクリートのような混乱が再現されれば、シーア派・スンニ派の不信・確執が更に大きくなり、イラク再建を危うくするという判断から、アメリカはスンニ派が多数を占めるアンバル州にシーア派民兵を派遣しないようイラク政府に要請していたとされます。
****米大統領、イランの介入けん制=イラク首相「全軍を指揮下に」―「イスラム国」掃討****
オバマ米大統領は14日、ホワイトハウスで行ったイラクのアバディ首相との会談で、過激派組織「イスラム国」掃討を目的としたイラク国内でのイランの活動などをめぐり意見交換した。
大統領は会談後、「外国の支援は全てイラク政府を通じたものでなければならない」と述べ、イランの介入をけん制した。
イスラム教シーア派を国教とするイランは、イラクのシーア派民兵に軍事支援を提供したり、精鋭部隊をイラクに送り込んだりしているとされる。
大統領はこれを念頭に、外部の支援は「イラク政府の指揮命令系統」を通すべきだと指摘。同組織掃討の過程で激化する恐れもあるシーア派とスンニ派の対立を抑えるためにも、宗派的な報復行為に手を染めた勢力の責任をアバディ首相が直接追及できる体制を整えることが重要だと訴えた。
アバディ首相も「全ての戦闘員を軍司令官の指揮下に置きたい。介入や主権の侵害は、いかなるものであれ容認しない」と表明。さらにシーア派民兵らによる略奪などが伝えられていることを踏まえ「人権侵害は絶対に許さない」と強調した。【4月15日 時事】
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【問題はあるもののシーア派民兵の投入を決定】
ただ、すでにこの時点で戦況は“イラク西部アンバル州の議会幹部は15日、イスラム過激派「イラク・シリア・イスラム国(ISIS)」が数時間以内に同市を完全に制圧する可能性があると述べ、中央政府や米軍に助けを求めた。”【4月15日 CNN】という状況でした。
結果的に、イラク政府軍ではどうにもならないということが明らかになり、アバディ首相も17日、シーア派民兵に対して援軍を要請するところとなっています。
****<イラク>ISがラマディ全域制圧 政府、シーア派援軍要請****
イスラム過激派組織「イスラム国」(IS=Islamic State)は17日、イラク西部アンバル県の県都ラマディで政府軍基地を制圧し、ラマディ全域をほぼ制圧した。中東の衛星テレビ局アルジャジーラが報じた。
イラク政府は劣勢挽回のため、親政府のイスラム教シーア派民兵をアンバル県に投入すると決めた。だが、アンバル県の多数派を占めるスンニ派住民にはシーア派民兵への嫌悪感が強く、政府側が住民の協力を得にくくなる恐れもある。
アルジャジーラによると、ISは17日、ラマディ西端にある軍基地に迫撃砲弾を撃ち込むなど攻勢を強め、政府側の特殊部隊を撤退させた。政府軍などはラマディ東郊で態勢の立て直しを図っている。
ISは今年3月ごろからラマディへの攻撃を本格化させ、今月15日には中心部の行政庁舎を制圧していた。
アンバル県は2003年のイラク戦争以降、駐留米軍やシーア派主導の中央政府への抵抗拠点となった。IS幹部にもアンバル県出身者が多いとされる。ラマディはバグダッド西方約100キロに位置する戦略上の要衝。
ISの攻勢を受けて、アバディ首相の報道官は17日、シーア派民兵に対して、援軍を要請したことを明らかにした。アバディ首相はこれまで、シーア派への敵対心が強い住民感情に配慮し、アンバル県での軍事作戦にシーア派民兵を関与させるのを避けていた。
しかし、政府軍と警察、スンニ派部族兵だけでは兵員を十分に確保できないことから、北部ティクリート奪還で主力を担ったシーア派民兵の投入を決めたとみられる。
ただ、スンニ派の部族には、シーア派民兵を「(シーア派国家)イランの手先」ととらえる見方が強い。IS掃討作戦には地元部族の協力が欠かせないが、シーア派民兵の投入がアバディ政権と地元部族との信頼醸成を阻む可能性もある。
アバディ政権は今年3月に北部ティクリートを奪還した後、ラマディなどアンバル県でのIS掃討を最優先に掲げていたが、補給路を確保できないなど苦戦している。【5月18日 毎日】
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当然ながら、スンニ派部族にはシーア派民兵への敵対心が強く、地元部族が政府側に協力しない展開も予想されます。
“シーア派民兵は2006〜07年の内戦期にもスンニ派に対して残虐行為を行った疑惑が多数ある。現地で宗派対立が激化すれば、スンニ派部族を自陣に取り込みたいISの思うつぼになる。”【5月19日 毎日】という問題もあります。
また、“シーア派民兵は、隣国のシーア派国家イランの強い影響下にあるとされる。イランと緊張関係にある米国が懸念を強める可能性もある”【同上】とも。
そうは言っても、シーア派民兵に頼らなければラマディ奪還は進まず、100キロしか離れていない首都バグダッドにISの手が伸びかねない・・・という状況では、背に腹は代えられずというところでしょう。
「全ての戦闘員を軍司令官の指揮下に置きたい。介入や主権の侵害は、いかなるものであれ容認しない」「人権侵害は絶対に許さない」というアバディ首相の指導力がどこまで発揮できるか注目されています。
ティクリートでシーア派民兵の略奪を止められず、ラマディでイラク正規軍の力不足が露呈し、再度シーア派民兵に頼ったあげく、また略奪・暴行・・・ということになると、アバディ首相の求心力低下は避けられません。
なお、スンニ派・シーア派の「宗派対立」については、“イラク、「宗派的に見える」ことが問題 - 酒井啓子 中東徒然日記”【5月19日 Newsweek】(http://www.newsweekjapan.jp/column/sakai/2015/05/post-927.php)において、下記のような指摘もあります。
“シーア派もスンナ派も、どちらも自分たちの行動を宗派主義的だとは決して思っていないからだ。それどころか、自分たちこそが「正しくイラク人として行動している」と考えている”
“ここにあるのは宗派の対立ではなく、ある特定の、政治的に優位にある宗派なり集団が、自分たちが当然でしょと考える考えは他の集団にとっても当然であるべきだ、と考えることの問題である。そして、政治的に劣位におかれた集団にとっては、優位におかれた集団がやることなすこと、それがいかに合理的であっても自分たちをないがしろにしている、と感じることだ。”
“いいかえれば、そう(宗派の対立に)見えてしまうことが問題なのであって、宗派が違うこと自体が問題ではないということだ。”
“ことの始めから、宗派は対立していたわけではない。だが、いったんすべての差異が宗派のせいに見えてしまった後は、それをどう「見えなくする」ことができるのか。それが問題だ。”
歴史認識をめぐる国家間の対立についても、同様のことが言えそうです。
【米「戦争においては珍しいことではない」】
ISがラマディを掌握したことについて、アメリカのシュルツ副報道官は18日、「これが後退であることは否定しない」としながらも、「計画中の新たな戦略は何もない」と語り、地上部隊の派遣を重ねて否定し、有志連合による空爆や、米軍による訓練を通じてイラク側を支援する戦略を継続するとしています。
また、米軍制服組トップのデンプシー統合参謀本部議長も「深刻な後退」と指摘しながらも、戦争においては珍しいことではないとの認識を示しています。
今後は、いったん退却した政府軍の部隊に加え、これまでに4500人の民兵がラマディ近郊に集結しており、政府軍とシーア派民兵組織はラマディ奪還に向けた作戦に近く乗り出すものとみられています。