孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

インド・モディ政権  政権発足から1年 国内改革による経済再生の成果はまだ 熱狂的な支持は衰えも

2015-05-28 22:50:41 | 南アジア(インド)

(4月22日 デリーで行われた土地収用法改正案反対の抗議集会で、首つり自殺をした男性 【4月23日 新華ニュース】
国内外の企業誘致を活発化させ経済発展を進めるべく、インフラ整備のための土地収用の手続きを簡素化する改正を目指すモディ政権ですが、一方で、干ばつなどによる不作で農民の生活は苦しく、年間1万人以上が自殺に追い込まれています。更に土地を失えば、教育を受けていない彼らは転職もできません。)

縁故主義と中間搾取文化を終わらせたと自己アピール
インドでは45℃を超える熱波によって1000人を超える死者が出ています。熱波はまだ続くようですので、犠牲者は更に増加するものと思われます。

****インドの熱波、死者1100人超える 路上生活者ら犠牲****
インド南部や北部を襲っている熱波で、死者数が27日、1100人を超えた。南東部テランガナ州やアンドラプラデシュ州を中心に、貧しい労働者や高齢者、路上生活者らが犠牲となっているという。AP通信などが伝えた。

熱波は数日間は続く見通しで、首都ニューデリーでも気温が45度を超えている。保健当局は、日中は屋外の作業を控えて日影にとどまることなどを呼びかけている。【5月27日 朝日】
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45℃を超える熱波ということで“天災”という扱いにもなるのでしょうが、“貧しい労働者や高齢者、路上生活者らが犠牲となっている”ということからすれば、インドの抱える貧困、それを改善できていない政治の問題と見ることもできます。

インドのスラム街は、ムンバイで車窓からわずかに垣間見たことがあるだけですが、あの環境で45℃にもなったら・・・・想像を絶するものがあります。

その“巨象”インドの経済を活性化することが期待されて登場したモディ首相ですが、26日で就任1年を迎えたということで、各紙がその評価を報じています。

まず、モディ首相自身による評価ですが、縁故主義と中間搾取文化を終わらせたとアピールしています。

****印モディ首相「権力者集団は破壊された」 就任1年で中間搾取打破をアピール****
インドのモディ首相は25日、政権発足から26日で1年になるのを前に、東部ウッタルプラデシュ州で演説した。

PTI通信などによると、モディ氏は、「政府の何百もの権力者集団は破壊された」と述べ、縁故主義と中間搾取文化を終わらせたと訴えた。

演説したのは与党、インド人民党(BJP)のイデオロギー論者生誕地。モディ氏は、数々の汚職疑惑に揺れた国民会議派前政権がもう1年続いていればインドを「沈没させていた」とし、この国での「略奪」を終わらせたと主張した。

モディ氏は、野党となった国民会議派から、土地収用法の提案をめぐり産業界寄りだと批判されているものの、演説では、農民のため灌漑(かんがい)システム、補助金政策などを導入しようとしていると訴え、「農民を支援するため、できることは何でもやる」と強調した。【5月26日 産経】
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経済再生の成果は未だ 貧困層を中心に不満も蓄積
しかし、外交面では中国と渡り合うようにいろいろと動いてはいますが、経済手腕が期待された内政に関しては、期待に応えきれていないという評価もあります。

また、当初から懸念されたところですが、モディ首相・人民党のヒンズー至上主義による社会的緊張の高まりを指摘する向きもあります。

****<インド>物価高、市民圧迫 外交は高評価…モディ政権1年****
インドのモディ首相が就任してから26日で1年となった。外交では日米や中国などを次々と訪問、大規模なインフラ投資で合意するなど一定の成果を上げた。

だが、主要課題である経済再生の成果は見えず、物価高も収まらない。政権が掲げるヒンズー至上主義の影響で、一部では宗教対立が激化したとの指摘もあり、貧困層を中心に不満が蓄積しつつあるようだ。

「モディ政権は結局、何もしてくれなかった」。ニューデリー南部のスラム街で主婦のパルミナさん(35)は不満をぶちまけた。

リキシャ(自転車タクシー)引きの夫(35)は月収約5000ルビー(約9400円)。物価高は収まらず、食費や家賃を引いたらほとんど蓄えは残らない。一人息子(8)に新しい服を買うこともできないという。「選挙が終われば政治家は誰もスラムに来なくなった」とあきらめ顔だ。

モディ氏は昨年の総選挙で経済再生を掲げて圧勝。アジア開発銀行はモディ政権の改革に伴う投資拡大で、国内総生産(GDP)の成長率が2015年度は7・8%、16年度には8・2%に上ると予想する。だが、貧困層の間では景気回復の実感は薄い。

スラムで支援活動を行う非政府組織(NGO)事務局長、ギリジャ・シャンカル・チョードリーさん(53)は「スラムではごみ収集や日雇い労働で生計を立てている人が多い。教育や飲料水の確保などの課題は改善されていない」と指摘する。

モディ政権下で宗教対立が激化したとの批判もある。この1年間、ヒンズー至上主義団体がイスラム教徒を強制的にヒンズー教に集団改宗させたり、キリスト教教会が襲撃されたりする事件が相次いだ。

与党・人民党や与党連合の政治家からは「ヒンズー教徒の女性は宗教を守るためにもっと子を産むべきだ」「イスラム教徒から選挙権を剥奪すべきだ」との発言も相次ぎ、少数派イスラム教徒らの間には危機感が増している。

イスラム教団体の事務局長、アグワン・ラシード氏(61)は「この1年間で原理主義的なヒンズー教の考え方がいっそう支持を集め、インドの政教分離や民主主義が圧迫されている」と話す。

一方、外交分野での評価は高い。モディ氏は昨年9月の日印首脳会談で、日本から5年間で3・5兆円の投融資目標を引き出した。今年1月のオバマ米大統領との会談では、原子力分野での協力促進で合意。豪州やカナダとも原発の燃料となるウランの輸入についてめどをつけた。

さらに、モディ氏は今月の訪中で巨額のインフラ支援を取り付ける一方、国境問題では「中国は対処法を再考すべきだ」との強い姿勢を示し、インド国民の期待に応えた。シンクタンクORFのラジェシュワリ・ラジャゴパラン氏は「国民の多くは成果に満足しているはずだ」と語る。

インド紙タイムズ・オブ・インディアの世論調査によると、モディ政権について「非常に良い」「やや良い」と答えたのは66%。一方、「非現実的な期待を抱いていた」と答えた人も57%に上り、一定の人気を維持しつつも選挙時の熱狂的な支持は衰えていると言えそうだ。【5月26日 毎日】
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改革に取り組むも、厚い壁
“「非常に良い」「やや良い」と答えたのは66%”という数字自体は、悪くない数字にも思えます。

その背景には、モディ政権になって物価上昇が止まり(10%前後→4%台)、人々の暮らしが安定してきたことが挙げられます。

しかし、物価の安定はモディ政権の経済政策の効果というより、外部環境によるところが大きいようです。

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しかしこれは、世界的な原油価格の下落が大きな要因とされています。

モディ首相の真価が問われているのは、最も重要な政策として掲げる「メイク・イン・インディア」の行方です。
世界中からインドに製造業を呼び込もうとする試みです。【5月26日 NHK】
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インド経済の成長を阻害している要因としては、“国営企業など、かつてのソ連型の社会主義経済の残滓し”“英国植民地時代の遺産とも言える複雑に絡み合う「権利」”の存在が指摘されています。

****中国キラー」インドの知られざる国内事情と思惑****
・・・・多くの人はインドが「カーストがあるから発展しない」と言う。しかし遅れた経済において、カーストは特定の階層に職を保証するギルドのようなもので、経済が進むと後退する。

例えばIT企業など新しい業種においては、カーストはもはや意識されていない。モディ首相自身、出自は低位のカーストである。

経済成長を阻害している1つが、独立以降インドが採用したソ連型の社会主義経済の残滓しである。

外国製品と外国資本を締め出していたため、遅れた国内企業が既得権益を築き、規制緩和と自由化に抵抗している。発電量の50%以上を支える石炭産業は国営で、低価格に抑えられている発電用石炭の供給増に応じず、民営化と外資導入には抵抗している。

大型のショッピングセンターはまだ少なく、外国製自動車の輸入・現地生産自由化も80年頃からかなり時間をかけて進められている。

利害が複雑に絡み合うインドを甘く見るな
もう1つは英国植民地時代の遺産なのだろうが、「権利」があふれていることである。

29ある州の多くは地元言語も公用語としており、経済法制や規則も州間の差が大きい。そして現在の連邦議会でモディのインド人民党(BJP)は上院での過半数を持っておらず、既得権益を破る法案を通しあぐねている。

さらにインドの法律は所有権を手厚く保護する。アパートの居住者は借家権を盾に低家賃のまま居座るので、大家は建物への追加投資を嫌う。高速道路や工場を建てようとしても、地元の農民が土地をなかなか売却しない。従って、インフラ建設で成長率の半分以上を稼いでいる中国のようなやり方はインドにはできない。(後略)【5月28日 Newsweek】
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インフラを整備し、外資を呼び込み、「メイク・イン・インディア」を実現していくためには、多くの改革が必要とされています。
もちろん、モディ政権もそうした改革に取り組んではいます。しかし、実現には困難もあります。

****インド「赤字国営企業リスト」公表で賭けに出たモディ首相****
インド政府が3月中旬に国会に提出した「Sick PSU」、いわゆる経営不振の赤字国営企業65社のリストが波紋を広げている。

リストにはナショナルフラッグキャリアの『エア・インディア(AI)』や、大手電話会社『MTNL』、造船大手『ヒンドスタン・シップヤード』などが名を連ねており、アナント・ギート重工業相はこれらのうち、かつて市場を席巻していた『ヒンドスタン・マシン・ツール(HMT)』の時計、トラクター部門などを含む5社については、閉鎖・清算する方針を明らかにしたからだ。

ギート大臣は、「赤字が続き、存続が困難と判断した会社は閉鎖し、従業員には有利な自主退職スキームを提供する」と具体的に踏み込んだ。HMT以外の「閉鎖」対象企業は明らかにしなかったが、産業界や労組を震撼させるには十分なインパクトがあった。

こうした国営企業の経営不振の背景には、設備の老朽化による生産性の低下や大量の余剰人員、そして資本過小や債務過大など、インドの公的企業が多かれ少なかれ抱えている問題がある。

重工業省によると、累積赤字額が過去4年間の時価総額平均の50%以上に達した会社は、「Sick PSU」として認定されるという。

政府がこうしたリストを公表したのは、財政赤字の穴埋めを目指して取り組んでいる国営企業の政府持ち株売却を控えた地ならし、との見方もある。

さらに一歩進めて、技術も競争力もなく赤字を垂れ流す不振国営企業はとっとと畳んでしまおう、という意図も読み取れる。

だが、これらの政策に対しては、もちろん強大な労組やその背後にいる左翼政党の猛烈な反発が予想される。(後略)【4月1日 緒方麻也氏 フォーサイト】
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いわゆる民営化路線ですが、当然に労組・左派政党の反対を招きます。
“経済改革の手腕を売り物にしてきたモディ首相にとって、国営企業改革は避けて通れない課題だが、これに手をつけることは、政治的にも非常に厄介な摩擦を生む危険性をはらんでいる。”【同上】

また、インフラ整備を阻んでいるともいわれれる土地収用が困難な状況を改善する目的で、土地収用法の改正にも着手しています。

しかし、これも土地を取り上げられる側の農民には激しい反発があり、“インドの議会は上院の過半数を野党が握るねじれ議会で、法案成立のメドはたっていません”【5月26日 NHK】

****インド 土地法案抗議活動中に農民が首つり自殺****
4月22日、インドのニューデリーで、Nangal Jhamarwada村出身のGajendraさん(41歳)は農作物の収穫が不作だったからと父親に勘当され、土地法案反対の抗議集会上で、首つり自殺をした。彼はすぐに病院へ搬送されたが、死亡が確認された。

Gajendraさんは、人の群れに遺書を投げ込んで、木の上に少しの間座った後、木の枝の先まで登り、白いスカーフで首をくくった。遺書には「私は農民の息子だ。農作物が不作で、父親から家を追い出された。私には子供が3人いるが、養っていくお金がないので、死を選ぶ」と書かれていた。【4月23日 新華ニュース】
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選挙時の熱狂的な支持は衰えている
改革によって痛みを負担する労働者や農民の声にどのように向き合うか・・・モディ首相ならずとも、日本の政治家を含めた多くの政治家が直面する問題であり、まさに指導力が問われる問題です。

長年にわたりガンジー家を中心とするエリートが支配してきた国民会議派・前政権は、経済改革に手を付けられず失速しました。

改革への指導力を発揮するためには、日本の“小泉人気”ような国民の信頼が必要ですが、今年2月に行われたデリー首都圏議会選挙では惨敗し、厳しい評価を突き付けられています。

****首都圏議会選で与党惨敗=モディ改革にブレーキか―インド****
7日に投票されたインドのデリー首都圏議会選挙の結果が10日公表され、モディ首相率いる国政与党のインド人民党(BJP)が惨敗した。

昨年5月の政権発足以降、州議会選で躍進を続けてきたBJPが「敗退」したのは初めて。専門家はモディ政権の経済改革にブレーキがかかる可能性もあると指摘する。

選挙管理委員会によると、2013年に結成された庶民党が全70議席中67議席を獲得。BJPは3議席にとどまった。投票率は過去最高の67%だった。

モディ首相は外資導入による経済再生を目指し、さまざまな改革案を打ち出した。特に物品サービス税(GST)を導入して中央政府の下に州間接税を一元化する改革は、ビジネス環境を改善し、外国企業進出を促す目玉とされてきた。

ただ、税収減を恐れる州政府との調整は難航しており、専門家は「庶民党の動き次第では、今回の敗北がモディ首相にとってさらなる頭痛の種になる可能性がある」と分析する。【2月10日 時事】 
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デリー首都圏議会選挙で惨敗した与党BJPの得票率自体は前回と大差なく、持論の汚職撲滅に加え、電気料金値下げや水の無料供給など大衆迎合主義的政策を訴えたケジリワル党首の庶民党が巻き起こした“風”に、小選挙区制のもとで圧倒された結果とも思われ、「モディ人気」が終わったとも言いきれないようです。
なお、この選挙で国民会議派は議席数ゼロで、こちらの問題は深刻です。

ただ、“一定の人気を維持しつつも選挙時の熱狂的な支持は衰えている”レベルでは、国民の一部に痛みを求める改革への理解を求めるのは難しいかも。
理解してもらえないなら強権的に・・・となると、それはまた社会の対立を生みます。

インドについては、他にもヒンズー至上主義の問題、頻発するレイプ事件にみられる女性の権利の問題、TVでも話題になった試験でのカンニング横行・警官の不正受験などの社会問題、それにカースト制のような差別の問題・・・・等々、いろいろありますが、きりがないのでまた別機会に。
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