(5月27日、ミャンマーの最大都市ヤンゴンで、イスラム系少数民族ロヒンギャの難民船問題の解決を求める国際世論に反発するデモの参加者ら 【5月27日 時事】)
【関係国対策会議 ミャンマーは責任を認めず物別れ】
ロヒンギャはミャンマー西部に暮らす少数派のベンガル系イスラム教徒で、その多くが19世紀に当時の英領インド東部(現バングラデシュ)から英植民地のビルマ(現ミャンマー)に移住したとされています。
ミャンマー西部・ラカイン州では仏教徒住民との間で衝突が起き、市民権も認められていないロヒンギャは厳しい生活を余儀なくされています。
ミャンマー・バングラデシュから密航船で脱出するものの受入国がなく、領海外に押し返されて「人間ピンポン」ゲームとも言われるような状態での漂流を余儀なくされる・・・・というロヒンギャ難民の問題では、国際批判を受けてインドネシア・マレーシアが一時的収容に同意し、29日にはタイ・バンコクで今後の対策を話し合う関係国会議が開催されました。
ロヒンギャをバングラデシュからの不法移民とみなし、市民権も与えていないミャンマー政府は、ロヒンギャ「迫害」を認めておらず、「ロヒンギャ」という呼称を使うことすら認めていません。
ミャンマー政府の立場は、今回問題となっている“難民”の多くはミャンマーとは無関係な「ベンガル人」であり、多くが難民としての国際援助を期待してロヒンギャを装っているというものです。
また、今回のような問題は人身売買の結果として起きているとの立場から、タイなどこれまで人身売買を“黙認”してきた国の責任を主張しています。
こうしたミャンマー政府の立場からして、29日の会議には多くを期待できないことは当初から予想されていたことではありますが、国際批判を受けてミャンマー政府も20日に「人道支援を提供する用意がある」と表明、21日にはミャンマー海軍が難民208人の乗った船を発見・保護したということもありますので、なにかしら新たな対応もあるのでは・・・というわずかな期待もありました。
しかし、現在報じられている範囲では、結局何もなかったようです。
****<ロヒンギャ>「漂流問題は迫害が原因」にミャンマーが反発****
◇対策会議がタイのバンコクで開催
ミャンマーの少数派イスラム教徒「ロヒンギャ」やバングラデシュ人を乗せた密航船が漂流している問題で、関係国や国際機関による対策会議が29日、タイの首都バンコクで開かれた。
国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は、ミャンマー国内の「ロヒンギャ迫害」が問題の根本原因だとして同国に責任ある対応を求めたが、ミャンマー側は「我が国を糾弾すべきではない」と反発した。
会議にはミャンマーや密航船が漂着するインドネシア、マレーシア、タイなど17カ国が参加。日米もオブザーバー参加し、UNHCRや国際移住機関(IOM)なども加わった。
AP通信によると、会議でUNHCRのターク高等弁務官補は「ミャンマーが責任を負うべき問題であり、究極的には(ロヒンギャらに)市民権を与えることだ」と述べた。
これに対し、ミャンマー政府の代表者は「情報不足だ」と反論し、ロヒンギャをバングラデシュからの不法移民とみなす従来の立場を強調した。
一方、主催したタイのタナサック副首相兼外相は「問題は複雑で一国では解決できない」と、関係各国や国際機関に協力を求めた。
IOMなどによると、今月上旬以降、ロヒンギャやバングラデシュ人約4000人がインドネシア、マレーシア、タイに漂着。約2600人が洋上を漂流しているとされる。
これまで、ロヒンギャらの多くはタイを経由する人身売買ルートでインドネシアやマレーシアに密入国してきたとされる。しかし、タイ政府が人身売買業者への取り締まりを強化したため、大量の密航者が行き場を失った可能性がある。【5月29日 毎日】
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UNHCRとミャンマーが激しく応酬するなかで、問題が自国に及ぶのを警戒する周辺国はじっと下を向いてやりすごす・・・そんな会議の雰囲気も感じられます。
密航船に乗った人々の保護に米国が300万ドル(約3億7千万円)、オーストラリアが500万豪ドル(約4億7千万円)の支援を約束したということはありますが、「世界で最も迫害を受けている少数民族」(国連のキンタナ特別報告者)ロヒンギャの苦境を解決する打開策を見いだすには至りませんでした。
****ロヒンギャ、遠い安住 国際会議、打開策示せず 漂着問題****
■仕事・自由なく、他国めざす
ミャンマー西部ラカイン州の州都シットウェー西郊にロヒンギャ族の避難民キャンプがある。2012年6月、市内で多数派の仏教徒ラカイン族と大規模な衝突が発生。追いやられたロヒンギャの人々が暮らす。
あれから3年。人々は、ここに閉じ込められたままだ。避難民キャンプと市内を結ぶ道路には警察のゲートができ、許可なく出入りできない。
モハメド・ヤシンさん(24)は今年2月、妻とともに近くの浜辺からボートに乗った。ロヒンギャ族のブローカーに「マレーシアで仕事を探してやる。費用は後で払えばいい」と誘われたからだ。
「ここにいても仕事がない」と話に乗った。避難民には米や豆など最低限の食料の支給はあるが、かつて市内の市場などで働いていた多くの人たちが無職だ。
沖合で大型船に乗り移った。他に約300人と銃を持ったタイ人乗組員がいた。タイを目指したが、当局の取り締まりで着岸できなかった。海上を3カ月さまよった後、別の船に救助され、キャンプに戻った。
ブローカーを頼り、マレーシアをめざす人は後を絶たない。同じキャンプに暮らすチョーソーさん(39)は「ここには自由がないからだ」と訴えた。
ブローカーは国をまたぐ人身取引組織とつながっている。マレーシア・クアラルンプール郊外で暮らすムハマド・シャビーさん(30)の腕や背中にはナイフでえぐられた傷痕が残る。
「マレーシアまで4日で連れていく」。7カ月ほど前、そう勧誘されてラカイン州から家族でボートに乗った。だが、着いた先はタイの密林にある施設。携帯電話を渡され、「家族や友人に電話をかけてカネを払ってもらえ」と脅された。工面できず、ナイフで切りつけられた。隙を見て妻と子ども2人と逃走、山中を12日間歩いてマレーシアにたどり着き保護された。
マレーシアの支援団体によると、要求される身代金の相場は1人約24万円。アブドゥル・ハミド・ムサ・アリ代表は「カネの一部が政治家や警察に流れている」と指摘する。【6月30日 朝日】
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【国際批判に反発するミャンマー国内世論】
ロヒンギャに同情的な国際世論に反発する形で、ミャンマー国内の仏教ナショナリズムとも結びついた反ロヒンギャ感情は、更に高まっているようです。
****仏教徒らが「反ロヒンギャ」デモ=国際世論に反発―ミャンマー****
イスラム系少数民族ロヒンギャの難民船問題で、ミャンマー政府に問題解決を迫る国際世論が高まる中、これに反発する仏教徒らによる「反ロヒンギャ」デモが27日、最大都市ヤンゴンで行われた。
デモには仏教徒ら約300人が参加した。「ミャンマーにロヒンギャは存在しない」などと叫びながら行進。「ボートピープルはミャンマー人ではない」「ミャンマーを非難するのをやめよ」と書かれたTシャツを着た参加者のほか、僧侶の姿も見られた。【5月27日 時事】
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一方的なミャンマー批判を諌める意見もあります。
****<ロヒンギャ問題>対立の根源、植民地時代に****
・・・・だが、仏教徒が圧倒的多数のミャンマー世論はロヒンギャに同情的でない。嫌悪さえ示す。
民主化勢力の中核を担ったコージミー氏は「私たちは『人権』を尊重する。私たち自身が人権侵害にさらされてきたからだ。でも『ロヒンギャ』は国民として絶対に認めない」と語る。
国連などは「世界で最も迫害されてきた民族」と位置づけるのに、このギャップは何なのか。ノーベル平和賞のアウンサンスーチー氏ですら、ロヒンギャ問題では口を閉ざしている。
ロヒンギャ問題の本質は、ラカイン族とロヒンギャの土地(領域)争いである。かつての仏教国ラカイン王国の地を英国が19世紀に植民地化。同じ英統治下で人口過多のベンガル地方から大量の移民が流入したのが対立のルーツだ。
英国は自らに不満が向かないよう少数派を優遇して多数派を支配する分割統治で両者を反目させた。
反目が暴力化したのは太平洋戦争中の1942年。ラカイン族によると、英領ビルマへの日本軍侵攻を受け英軍は撤退。ロヒンギャに武器を渡し日本軍と戦わせようとしたが、銃口はラカイン族に向けられ大量虐殺を招いた。だがロヒンギャに言わせると「事実は正反対」。双方は今も「虐殺されたのはわが民族だ」と主張する。
ビルマ独立(1948年)に際し、州北端部で多数派のロヒンギャの指導部はビルマへの帰属を拒否。独立国アーキスタン建国を目指し一部が武装闘争に入った経緯がある。
ミャンマー仏教徒の多くがロヒンギャ排斥を主張する背景には「ロヒンギャの出生率は極端に高く州内の多数派になってイスラム国家として独立を求めるに違いない」(コージミー氏)との懸念もある。
スーチー氏が「政治は妥協」と繰り返す通り、政治化された問題の解決は「政治」しかない。だが国連やメディアの多くは問題の歴史的経緯や背景に目を向けようとせず、ミャンマー政府やラカイン族を悪者にしてきた。
ラカイン族とロヒンギャの争いには宗教が絡む。公平さを欠くロヒンギャ擁護がミャンマー政府やラカイン族の怒りに拍車をかけ、仏教ナショナリズムを駆り立てロヒンギャへの憎しみを増幅させている側面がある。
ロヒンギャ問題には感情論が覆い、政治的妥協や対話さえ難しくしている。私の知る何人ものロヒンギャはカネとコネで「他民族」名義でパスポートや身分証に手に入れている。ミャンマーは本来、融通無碍(ゆうずうむげ)な社会である。【5月27日 毎日 アジア総局長兼ヤンゴン支局長・春日孝之氏】
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ただ、どのような歴史的経緯があるにせよ、現在多くのロヒンギャが住む家を追われ、難民キャンプでの不自由な生活を余儀なくされ、多くの者が命がけでそこから脱出を試みようとしている現状を正当化するものでもなく、こうした現状を打開できるのは今のミャンマー政府しかないということには変わりないように思われます。
“私の知る何人ものロヒンギャはカネとコネで「他民族」名義でパスポートや身分証に手に入れている”云々に至っては、どんな民族問題でもある話で、“仕事・自由なく、他国めざす”その他の多くのロヒンギャとは関係ない話です。
「ロヒンギャの出生率は極端に高く州内の多数派になってイスラム国家として独立を求めるに違いない」といった不安感は、民族浄化の動きにもつながりかねない危険な傾向であり、放置できない問題です。
【“政治家”スー・チー氏の立場】
“ノーベル平和賞のアウンサンスーチー氏ですら、ロヒンギャ問題では口を閉ざしている”というスー・チー氏は「倫理的な高みに立って正論を振りかざすだけでは、少々無責任だ」とも語っています。
****存在さえ否定されたロヒンギャの迫害をスー・チーはなぜ黙って見ているのか****
ミャンマーのイスラム教少数民族ロヒンギャの数千人が木造船などで漂流しているのが見つかった問題で、民主化運動の指導者でノーベル平和賞も受賞したアウン・サン・スー・チーへの批判が高まっている。
ミャンマー政府は、この少数民族を「ロヒンギャ」と呼ぶことすら拒否し、「ベンガル人」と呼んでいる。ロヒンギャは何世代も前からミャンマーに暮らしているのだが、バングラデシュからの移民とみなす世論を是認している。結果としてロヒンギャの市民権は否定され、130万人が無国籍状態のままだ。
こうした社会的差別に加えて、移住や雇用を厳しく制限したり、世帯で2人までしか子供を認めないという差別的な法律を適用している。
国民の大多数が仏教徒のミャンマーでは、ロヒンギャへの敵意が高まり、襲撃事件も増加している。今週、最大都市のヤンゴンでは、ロヒンギャを「架空の民族」と呼び、漂流難民の国外追放を求める集会が開かれた。
世界の人権活動家は、軍事政権に対抗して民主化運動のシンボルとなったスー・チーが、自らの影響力を使って暴力や迫害に反対できるのではないかと期待していた。しかしスー・チーは、こうした期待に応えてロヒンギャへの支持を表明することは避けている。
「誰かを非難しないから、と私を批判する人たちがいるが、彼らはそれがどんな事態を引き起こすかわかっているのだろうか」と、スー・チーは今年4月にカナダの新聞「グローブ・アンド・メール」のインタビューに語った。「倫理的な高みに立って正論を振りかざすだけでは、少々無責任だ」
世界の人権活動家を失望させた政治的判断
今年末にも実施される大統領選への出馬も期待されるスー・チーは、慎重な姿勢を崩していない。おそらくはロヒンギャを擁護することで、自分と自分が率いる政党「国民民主連盟」が強烈な反発を食らうことを恐れている。
またミャンマーでは、2011年に文民政権に移行して以降も軍部が強大な権力を握っていることから、スー・チーは軍部を刺激することにも慎重になっている。
だがこうした政治的思惑など、少数民族の迫害に比べれば些細な問題だと、人権活動家は訴える。「虐殺に対して沈黙するのは共犯と同じ。スー・チーも同じだ」と、ロンドン大学の法学教授ペニー・グリーンは英インデペンデント紙への寄稿の中で述べている。
「スー・チーがロヒンギャの迫害に抗議すれば、おそらく多数派の仏教徒の票を失うのは事実だ。しかし、そうならないかもしれない」と、グリーンは言う。「スー・チーはかつてとてつもなく大きな倫理的、政治的影響力を持っていた。ミャンマーの世論を支配する下劣な人種差別と反イスラム主義に対抗する機会はあったはずだ」【5月29日 Newsweek】
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“政治家”スー・チー氏に今の政治状況で多くを期待するのは酷かもしれません。
ただ、今口にできないことは、仮に将来スー・チー氏が権力を得たときにあっても、おそらく口にできないでしょう。
【難民にもなれない難民】
****「ミャンマーへ圧力を」****
世界では近年、内戦下のシリアやリビアから、欧州へ密航を試みる移民・難民の問題も起きているが、「欧州に受け入れ態勢はある。東南アジアは他国の問題への干渉を避けてきた歴史があり、地域としての対応力がまだまだ弱い」。国際移住機関(IOM)のアジア太平洋事務所の冨山麻里子さんは説明する。
明治大の川島高峰(たかね)准教授は「ロヒンギャ族は難民にもなれない難民と言える。ミャンマー政府がロヒンギャ族に国籍を与えず、『ロヒンギャ族はいない』と回答するため、受け入れ国にとっては、自分たちの国がロヒンギャ族の本国にされてしまう危惧があるからだ。国際社会がミャンマーに政策を改めるよう圧力をかけるべきだ」と指摘する。【5月30日 朝日】
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歴史的経緯もあるでしょうし、ミャンマーの国内事情もあります。周辺国の事情もあります。
ただ、“難民にもなれない難民”というロヒンギャの圧倒的に弱い立場に最大限配慮する必要があります。