
(タイ軍ヘリが投下した食料を海に飛び込んで受け取り、船で待つ人々に手渡すロヒンギャ難民 【5月15日 AFP】)
【「食料などの物資を提供したうえで立ち去ってもらった」】
ミャンマー西部のラカイン州に多くが暮らすイスラム教徒ロヒンギャが、バングラデシュからの不法移民としてミャンマー政府から市民権を認められておらず、国内多数派仏教徒から迫害を受けるなど、「世界で最も迫害を受けている少数民族」(国連のキンタナ特別報告者)という状況に置かれていることは、このブログでも繰り返し取り上げてきました。
1週間前の5月9日ブログ“「世界で最も迫害を受けている少数民族」ロヒンギャ イスラム過激派の浸透 人身売買の犠牲 進む民族浄化”(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20150509)では、ミャンマーでも暮らせず、他国に避難することもできないロヒンギャが、人身売買という形で売られていく実態が、タイ南部で発見された「集団墓地」で明らかになってきていることを取り上げました。
こうした悲惨な結末が現実のものとならない限り、国際世論も高まらず、関係国も動かないというのは悲しいことでもあります。
それどころか、悲惨な現実を目の当たりにしても、自国とは関係ないとして、これを敢えて無視しようというのが現実政治でもあるようです。
今、ミャンマー、タイ、マレーシア、インドネシア沖合のアンダマン海では、ロヒンギャ難民を乗せた船6隻ほど、人数で6000人ほどが、行く当てもなく漂流していると報じられています。
****追い返されるロヒンギャ族 インドネシア・タイ、難民流入警戒****
ミャンマーで民族対立から追い詰められたイスラム教徒のロヒンギャ族などが乗った船が周辺国に漂着している問題で、マレーシアやタイなどが船の追い返しを始めた。
難民の大量流入を警戒する措置だが、海上には6千人が漂流しているとの推計もあり、懸念の声が上がっている。
■「6000人漂流」国連懸念
マレーシア政府は10日にタイ国境に近いランカウィ島に漂着したロヒンギャ族やバングラデシュ人ら1158人を保護し、施設に一時収容した。だが、同時に沿岸警備当局や海軍がマラッカ海峡沖合に船舶約10隻を展開し、密航船の排除に乗り出した。
ロヒンギャ族らがマレーシアをめざすのは、難民認定に比較的寛容で、かつイスラム教徒が多い国であるためだ。だが、増える難民や不法移民に国内では治安面などで不安が高まりつつある。収容施設はすでにほぼ満杯で、予算の制約もある。
タイ海軍も14日、マレーシアと国境を接する最南部サトゥーン県沖で約300人が乗った船に退去を指示、領海外に押し出した。
タイ政府報道官は14日、「乗船者の目的地がマレーシアなどだったため、食料などの物資を提供したうえで立ち去ってもらった」と説明した。
10日に582人が漂着したインドネシア北西部アチェ州ロクスコン。移民局幹部は朝日新聞の取材に、「早く出て行ってほしいし、もう来ないでほしい」と話した。海軍は11日、約400人乗りの木造船を領海外へ追い出した。
だが、14日夜には南東へ約100キロの沖合で計6隻の木造船が地元漁師に発見された。地元の救難当局によると乗っていた約800人が救助された。
ザイド国連人権高等弁務官は15日、ロヒンギャ族ら約6千人がいまだ海上に漂っているとの推計を示し、マレーシア、タイ、インドネシアの行為が「避けられるはずの多くの死をもたらす」と批判した。【5月16日 朝日】
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「もう来ないでほしい」と言われても、どこへ行けばいいのか?
「食料などの物資を提供したうえで立ち去ってもらった」・・・・軍のヘリが難民船近くに食料を空から投下し、それを難民が海に飛び込んで取りに行き、船べりにつかまりながらむさぼっている姿がTVで報じられていましたが、そのことでしょうか?
【「人間ピンポン」ゲーム】
“厄介者”を追い払おうとする各国の対応に、「人間ピンポン」ゲームに興じているとの批判も出ています。
****マレーシア、難民船の領海入りを拒否 多数の難民に生命の危機****
マレーシア当局は13日、難民数百人が乗った船2隻の受け入れを拒否した。匿名の当局者が明らかにした。翌14日タイ沖で1隻の難民船が発見され、前日にマレーシア領海から追い返された船である可能性が浮上している。
東南アジア諸国政府に対しては、絶望的な窮地に立たされた難民の命で「人間ピンポン」ゲームに興じていると、非難が集中している。
14日、ミャンマーで迫害を受けているイスラム系少数民族ロヒンギャ人が多数乗った船がタイ沖で漂流しているのが見つかった。
日没頃には、見るからに痩せ細った男性らが海中に飛び込み、タイ海軍のヘリコプターが投下した食料品の袋を泳いで取りに行っていた。あるAFP記者は、拾った生のインスタント麺を、船に泳ぎ帰る前に海中でむさぼる男性の姿も目撃したという。
難民の一人は報道陣の船に対しロヒンギャ語で、「航海中に10人ほど死んだ。遺体は海に捨てた」と叫んだ。「海をさまよって2か月になる。マレーシアに行きたいが、まだ到着できていない」
アンダマン海に浮かぶタイ南部のリペ島付近で見つかったその木造船上にいた衰弱した様子の難民たちの中には、幼い子どもの姿も多数見受けられたという。
ある当局者が匿名を条件に語ったところによると、マレーシアの巡視船が13日遅く、同国北部のペナン島とランカウイ島沖で難民船2隻の航行を阻止。両船には合わせて600人が乗っていたという。
この当局者は、「昨夜、ペナン島沖でマレーシア領海に入った1隻が追い返され、ランカウイ沖で別の1隻が領海内への侵入を阻止された」と明かした。
このランカウイ沖で阻止された船が、翌14日にタイ沖で見つかった船と同一のものである可能性が指摘されている。
マレーシアとインドネシアは、東南アジアに流入するミャンマーとバングラデシュからの難民を乗せた船舶の受け入れ拒否を公言している。
また人権団体の指摘によると、この問題について協議するため今月29日に地域会合の開催を呼び掛けたタイも、難民船の停泊を許可しない方針を示しているという。
国連(UN)の潘基文(バン・キムン)事務総長や複数の人権団体は、関係各国が強硬姿勢を貫けば各国が果たすべき国際的な義務が守られず、数千人の命が危険にさらされる恐れがあると警告している。【5月15日 AFP】
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マレーシアによって追い払われた船がタイ沖に現れ、タイは「乗船者の目的地がマレーシアなどだったため、食料などの物資を提供したうえで立ち去ってもらった」・・・・まさに「人間ピンポン」と言わざるを得ない所業です。
マレーシア、タイだけでなくインドネシアも同様です。
****インドネシア海軍、難民約400人が乗った船を領海外にえい航****
インドネシア海軍は12日、11日朝に約400人の難民を乗せて同国アチェ(Aceh)州沖で漂流しているところを発見された船に燃料を提供し、インドネシア領海外までえい航したと発表した。
この船はマレーシアを目指していたとみられているが、インドネシア海軍の報道官は「われわれはマレーシアに行けとも、オーストラリアに行けとも言わなかった。この船の目的地がインドネシアでない以上、われわれの関知するところではない」と述べた。(後略)【5月12日 AFP】
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ASEANとしての共同体意識も、イスラムの連帯も、何もないようです。
【「どうせ死ぬなら、外国へ脱出したかった」】
4月には、リビアなど北アフリカから、イタリアなど欧州を目指して地中海を船で渡ろうとする難民船の事故が相次いで国際問題ともなりました。
今回のアンダマン海では、地中海のような大規模遭難事故は報じられていませんが、犠牲者は少なからず出ているでしょうし、船内の状況は悲惨です。
****漂流ロヒンギャ、苦難の道 迫害逃れ、過酷な船旅****
インドネシア・スマトラ島アチェ沖で10日、ミャンマーのイスラム教少数民族ロヒンギャら約600人を乗せた木造の老朽船が見つかった。
多数派の仏教徒の迫害から逃れるため故郷を去り、密航業者の手引きによる過酷な長旅の果てだった。「望みはただ一つ。平穏な生活だけだ」。ロヒンギャは苦難の道のりを振り返り、国際社会の支援を切々と訴えた。
ロヒンギャたちは、仮設キャンプになった北アチェ県ラパンの魚市場で取材に答えた。イスラム帽をかぶった男性ムハンマド・エリアスさん(23)。援助団体の炊き出しをむさぼるように食べ終え、ミャンマー出発から3カ月近くにわたった航海を語り始めた。
2月下旬、故郷ラカイン州を近所の人と一緒にボートで脱出し、沖でタイ人の密航業者が仕切る中型船に乗り込んだ。
灼熱 (しゃくねつ) の太陽が照りつける甲板に200人以上がぎゅうぎゅう詰めに座らされ、立つことは許されない。ふん尿は垂れ流し。「業者は逆らった者を容赦なく殴りつけた」
船は低速で航行しながらタイの領海へ入ったが、同国艦船に 拿捕 (だほ) された。密航業者は拿捕直前に仲間のスピードボートで逃走。船は洋上で約1カ月間、停泊した後、領海から追い出される形で解放された。
エリアスさんたちは自力でエンジンを動かしたが、燃料切れで漂流。食料と水は底を突いて海水で飢えをしのいだが、子どもを含む15人が亡くなった。
「衰弱死した幼子の遺体を布きれにくるんで、海に投げおろした。助けてやれなかった。やり切れない」。エリアスさんの唇は震え、大粒の涙がほおを伝った。
ミャンマーから海外へ逃れたロヒンギャは10万人以上と推計される。危険を承知で船旅に出る者が後を絶たない。なぜなのか。
ラカイン州出身の男性ジャマル・フサインさん(18)は両親を故郷に残してきた。家族で野菜を栽培してほそぼそと暮らしていたが、仏教徒の村人から暴力を振るわれたり、畑を荒らされたりする嫌がらせが相次いだ。
兄は食料買い出しのため村の外に出た後、消息を絶った。「兄は仏教徒に殺されたのだと思う。自分も殺されるかもしれない。どうせ死ぬなら、外国へ脱出したかった」とフサインさん。少数民族への迫害や暴力、差別は解消する兆しもなかったという。
ロヒンギャは今後、アチェで難民申請をして定住先を探す。だがインドネシアなど周辺国は、収容施設の不足、職業経験や技能が乏しいロヒンギャの受け入れに消極的。
キャンプを慰問に訪れた、インドネシア在住20年のロヒンギャの男性難民、アブドゥルラヒムさん(34)はいまだ国籍もなく、子どもも学校に通えない。「私たちの苦しみはいつ終わるのか。国際社会はロヒンギャの窮状を知り、難民をもっと受け入れ、支援してほしい」と語気を強めた。【5月16日 共同】
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“インドネシアなど周辺国は、収容施設の不足、職業経験や技能が乏しいロヒンギャの受け入れに消極的”という現状はわからないではないですが、さりとて「人間ピンポン」が許されていいことにもなりません。
【月末にロヒンギャ対策会合開催 関与を認めないミャンマー政府】
ロヒンギャの問題は今に始まったことではありませんが、ここにきて難民船が集中しているように思われるのは何故でしょうか?
ロヒンギャ難民は通常、タイを経由して周辺国を目指すとされています。
タイ南部で密入国したミャンマー人やバングラデシュ人のものとみられる集団墓地が見つかったことから、タイ当局は密航業者の取り締まりを強化していることが、現在の事態に関係しているとも思われます。
当然ながら、難民の発生源であるミャンマー政府の対応が求められます。
今回事態に関するミャンマー政府の見解はあまり多くは報じられていませんが、今朝のTVでミャンマー政府高官が「ロヒンギャ難民と言われている人々は、自分が住んでいたとされるミャンマーの地名、村の名前さえ答えられない。彼らはミャンマーではなく、バングラデシュから人身売買として出国した人々である・・・」といった主旨の発言をしていました。
****ロヒンギャ問題、ミャンマーが反発 「差別ない」****
ミャンマーに住むイスラム教徒のロヒンギャ族らが乗った船が周辺国に漂着している問題で、ミャンマーのイェートゥ情報相は16日、朝日新聞の取材に「これは難民問題ではなく、周辺国との間で起きている違法な人身取引の問題だ」と語った。ミャンマー政府はロヒンギャを迫害しているとの批判に反発している。
マレーシアやインドネシアに漂着した船にはロヒンギャ族と民族的特徴が近いバングラデシュ人も乗っていたとされる。ミャンマー政府はロヒンギャ族を自国民とは認めず、バングラデシュ人移民とみなしており、イェートゥ氏は「漂着者らが『ミャンマーから来た』と言うだけでは、彼らの主張を受け入れられない」と述べた。
また、イェートゥ氏は今月29日にタイが主催するロヒンギャ問題への対応を話し合うための関係国会合に関しても、「(地域の国際犯罪としての)人身取引問題の協議であるなら出席する」と言及。大統領府幹部も朝日新聞の取材に「『ロヒンギャ』がテーマなら参加はしない」と断言した。
同幹部は「移民らは他国への移住を試みてはミャンマー政府に迫害されたと主張する。だが、政府がいかなる人々も差別していないのは明らかだ」と述べた。【5月16日 朝日】
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ただ主張はどうあれ、「『ロヒンギャ』がテーマなら参加はしない」では済まされないでしょう。
****ロヒンギャ対策会合開催へ 29日、バンコクで15カ国****
ミャンマーから避難したイスラム教徒少数民族ロヒンギャがタイ南部で多数見つかった問題を受け、タイ外務省は12日、関係国と対策を話し合う高官級の会合を首都バンコクで29日に開くと発表した。
ミャンマーと隣国バングラデシュのほか、ロヒンギャの最終的な避難先であるマレーシアやインドネシアなど計15カ国が参加する。
ロヒンギャをめぐっては、タイ南部で今月に入り集団墓地が見つかったほか、衰弱した人たちも保護されている。組織的な人身売買や虐待の可能性があるとして、暫定政権のプラユット首相が対応を検討していた。【5月13日 産経ニュース】
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TVでもコメントしていましたが、29日に会合を開くとして、今現在漂流している6000人とも言われる難民をどうするのか?という問題は残ります。まさか29日まで「人間ピンポン」ゲームを続けるつもりでもないでしょう。
まずは救済したうえで、今後の対応を話し合うべきでしょう。
【難民「割当制」を発表したEU 東南アジア各国は?】
難民受け入れで苦慮するのは欧州各国も同じですが、地中海を「巨大な墓地」としかねない事態に、EUは難民受入を各国に義務付ける「割当制」の指針を発表していますが、反対の声も出ています。
****EU、難民「割当制」 各国に義務づけ指針 英など拒否****
地中海で密航船の事故が相次ぐ中、欧州連合(EU)の行政を担う欧州委員会は13日、移民に関する指針を発表した。
紛争や迫害を逃れた難民を毎年2万人受け入れるほか、欧州に入った難民申請者の一時受け入れのため、各国への割り当ての義務づけを目指す。だが移民規制の強化を求める英国などは「割当制」への拒否を示している。(後略)
【5月14日 朝日】
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アンダマン海のロヒンギャ難民が地中海と異なるのは、難民の発生元がASEAN加盟国のミャンマー(あるいは域外のバングラデシュ)と特定されていることです。
従って、ミャンマーなりバングラデシュなりが対応に協力すれば、難民発生を抑える効果的対策も可能になります。
逆に、協力が得られなければ、周辺国は「難民発生源の国が対応しないのなら、自分たちも何もする義務はない」ということにもなります。
ミャンマー政府のこれまでのロヒンギャ対応を見ると、ロヒンギャ迫害を認めることにもなる難民流出対策を表立ってとることは考えられません。
ミャンマー政府の「核心的利益」に直接触れない形で、裏から何か実質的対応を促すか・・・。
今年末までには、ASEAN域内で「ヒト・モノ・カネ」の移動を自由にして経済発展を実現しようという「ASEAN経済共同体」が発足する予定です。
一方で、ASEANはEUとは異なり多様な政治体制・宗教の国々の集合体であり、内政不干渉が原則となっています。
ASEAN加盟国とも重なる関係国が今回の難民問題にどのように対応できるのか?
今後のASEANの方向を占う試金石でもあります。
とにもかくにも、まずは今漂流している6000人の救出が先決です。