孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

ロシア  輸入代替で経済制裁・原油価格下落の打撃は軽減 アメリカの対ロシア政策は?

2015-05-23 22:11:14 | ロシア

(【5月18日 AFP】)

息吹き返すロシア経済
ウクライナ問題でのロシア・プーチン大統領の強硬な姿勢には、経済合理性を超えた「強いロシア」への願望、東方拡大を続けるNATOへの不信感・警戒感が背景にあるのは事実でしょうが、そうは言うものの、欧米による対ロシア経済制裁、及び時期を同じくして起きた原油価格の下落によってロシア経済は打撃を受け、やがてプーチン大統領も従来の強硬姿勢を軟化させざるを得ないのでは・・・・といった見方が(期待感を込めて)広くなされてきました。

私もそのように考えていました。
しかし、ロシア経済は思ったほどのダメージは受けていないのではないかとも指摘されています。

****ロシア企業、ルーブル安と禁輸で息吹き返す ****
(2015年5月18日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)
ロシアは長い間経済苦境に悩まされてきた。そのため、15日に発表された国内総生産(GDP)の下落は同国ではむしろ朗報と見なされた。

連邦統計庁が発表した2015年1~3月期のGDPは1.9%の下落にとどまった。これは一部のアナリストの悲惨な予測よりもかなり下落幅が小さかった。

エコノミストの大半は、救いとなっている要因はそもそも苦境の発端となったロシア通貨ルーブルだという見方で一致している。

ルーブルは13年半ば以降は下落基調で、12月の急落後は対ドルで価値がほとんど半分になった。
これにより輸入品の価格がさらに高くなったものの、停滞したロシアの工業部門がこれによって息を吹き返した。

■消費者、輸入品よりも国内製品へ
ルーブル建てのコストが下がったことで、消費者や企業は場合よっては輸入品よりも国内製品を買うようになった。これは輸入代替と呼ばれるプロセスだ。

ドイツの化学品メーカーであるランクセスのロシア部門の幹部は「ロシアの産業にルネサンスが起きている。長い間待ちに待ったルネサンスだ」と述べた。

「ルーブルの下落前、取引先は資金繰りに苦しんでいた。中国やトルコ、韓国の競合他社がそれらの会社の生き残りにとって脅威となっていたが、通貨安で救われた。それ以降、これらの企業の財務状況は回復し、現在はフル稼働している」

マクロ経済データにも一部それが反映されている。小売業の販売額の減少は家計の逼迫を示唆するものだが、工業生産高の減少はそれよりもはるかに緩やかで、2月に1.6%縮小したものの、3月の縮小幅は0.6%と横ばいとなった。

ロシアは欧米が昨年ウクライナでの戦争を巡って広範囲に及ぶ経済制裁を科したことに対抗し、欧米からの農産品や食品の輸入を禁止してから、こうしたことを予告していた。

同国政府は禁輸を国内農業を再生する機会だと宣伝し、また、制裁によって打撃を受けた武器の部品や石油・ガス生産に使用する機器などの他のセクターの輸入代替も推進した。(中略)

だが、輸入代替の効果は産業により大きく異なる。

食品セクターの一部は、食肉とチーズの生産が急増するなど好調だ。ロシア二大大手食肉生産会社の昨年の売上高と利益は共に増加した。その1社は国営の対外経済銀行(VEB)から4億2500万ドルの融資を受け、高収益が見込める牛肉の生産を急速に拡大している。
化学産業もルーブル安の恩恵を受けており、肥料メーカーの業績が好調だ。

一方、その他のセクターは苦戦している。自動車産業は新規販売が急激に落ち込むなか、減産を発表した。機械、電気製品、電子機器、光学機器の第1四半期の生産高も引き続き縮小した。

エコノミストは、ルーブル安が長期的に続き、政府がビジネス環境の抜本的な改善を行わない限り、輸入代替(による効果)は一時的なものにとどまるだろうと述べている。

ルネサンス・キャピタルのエコノミストであるオレグ・コウズミン氏は、今年の景気予測を4.3%の縮小から3.5%の縮小に上方修正することになるだろうと語った。【5月18日 日経】
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通貨安による輸入代替は教科書どおりですし、ロシア当局も“国内産業を促進させるための好機”とアピールしていた訳ですが、実際はなかなか難しいのでは・・・と思われてもいました。

現実には、教科書どおりそれなりに輸入代替が進み、制裁による落ち込みをある程度カバーしているようです。

ただ、マイナス成長に落ち込んでいるのは事実ですし、上記【英フィナンシャル・タイムズ紙】は“輸入代替(による効果)は一時的なものにとどまるだろう”との見方を紹介しています。

プーチンがいなくなるのを待っていても無駄だ
しかし、もっと踏み込んだ見方もあります。

****経済制裁なんか怖くない****
ロシア 頼みの原油価格は急落し、国際社会の経済制裁と通貨ルーブル安に苦しむロシア経済が好調な理由

6ヵ月前、ロシア経済は危機的状況にあった。経済の活力源である原油価格が急落。ロシアがウクライナ南部クリミアを併合したのを受けて、アメリカ主導の経済制裁も実施された。通貨ルーブルは暴落し、神経質になったロシアの富裕層は次々と資産を国外に移して資本逃避が加速し始めた。
 
そうした状況は当然ロシアの今後に疑問を投げ掛けた。ウラジーミル・プーチン大統領の支配力も陰り始めたのか。経済的圧力がプーチンを抑え込む、あるいは権力の座から引きずり降ろすほど強まっているのか。

その答えは明らかになりつつある。ただし、欧米が望んでいたのとは違う答えだ。

プーチンは今もしっかりと権力の座にとどまり、ロシア経済は大方の予想に反して回復している。
ロシアの株式市場は今年に入って世界トップクラスの運用成績を記録。ルーブルは1年間で対ドル価値が半分近く下がった後で回復基調にある。金利は制裁実施後のピーク時から下がってきた。

政府歳入は政府の予想を上回り、外貨準備も危機後の最低額から100億ドル近く増加している。

原油安はいまだに痛手だ。シティコープによれば、国際的な指標となるブレント原油の価格が10%下がるごとにロシアのGDPは2%減少する。原油安がさらに進めば成長は鈍化するだろう。

世界最大にして最も低コストの産油国サウジアラビアが今も記録的な産油量を維持しているため、あり得ないことではない。しかし原油価格が回復しなくても、過去18ヵ月間縮小してきたロシアのGDPが年率3・5%の成長に転じる可能性もあるという。

「輸入代替」産業が成長
この回復力は一体どこから来るのか。ロシア北西部ウォログダ州のチェレポベツ市を例に考えてみよう。

人口約31万人、判で押したように退屈で陰気な工業都市だ。街一番の雇用主はソ連時代に創業した鉄鋼大手、セベルスタフ。経済制裁と原油価格下落のあおりで、世界の工業都市の中でも特に活況とは縁のなさそうな街だ。

ところが現実はその逆で、チェレポペツは活況を呈している。昨年の第4四半期、セベルスタルは記録的な増産となり、収益性はこの6年間で最高に。先月9日には、旧ソ連圏とアフリカヘの輸出拡大を計画しているルノー・日産連合の自動車生産工場に圧延鋼材を供給する契約を結んだ。

セベルスタルは決して例外ではない。ブルームバーグによれば、今年第1四半期、ロシア株の指標であるMICEX指数の構成銘柄企業の78%が世界平均以上の増収を達成。ロシア企業の収益性も総じてMSCI新興市場指数の構成銘柄企業を上回っている。

何かロシア政府の窮地を救っているのだろうか。通貨の急落は悪いことばかりではない。ロシアはそれを、この20年間で2度も証明することになった。

急激なルーブル安がロシア経済に打撃を与えるのは確かだ。輸入品が値上がりした分、国家や企業が抱える対外債務はルーブル換算で増大している。その一方で、ゆくゆくは教科書どおりの経済的利益も生む。通貨安は輸入品の価格を上昇させるため、「輸入代替」産業の成長が見込まれる。つまり消費者が、輸入品の代わりに安い国産品を買うようになる。

製品の30%近くを輸出しているセベルスタルのような企業にとって、ルーブル安の恩恵は明らかだ。鉄鉱石、マンガン、ニッケル、電力、人件費など、ロシアでの鉄鋼生産に必要なコストはすべてルーブル建てなので、外国の鉄鋼メーカーに比べてコストがぐんと安くなる。一方、輸出する場合はドル建てかユー口建てだから、売り上げは1年前に比べて大幅に増える。

98年にも危機から回復
ロシアの広大なエネルギー部門でも状況は同じだ。ロシア政府は石油とガスを大量に輸出し、収入をドルで得ている。その結果、昨年は世界の競合各社が増収1%未満と低迷するなか、ロシアの政府系石油大手ロスネフチは約18%の増収を達成した。

おかげでロシア政府は税収激減を免れ、昨年の危機の痛手を緩和できている。ロシアの石油生産は今も記録的水準を維持しており、サウジアラビアが産油量を維持していることと並んで原油安の一因となっている。

これとまったく同じような状況が、98年にも起こった。アジア金融危機がロシアに飛び火した際、ロシア政府は対外債務の支払いを停止し、ルーブルの価値を切り下げた。その直後に経済は打撃を受けたが、やがて輸入代替産業が主導する形で、専門家の予想を上回る急ピッチの回復を遂げた。(中略)

昨年、原油価格が下落したのを受けて、欧米では希望的観測もかなり飛び交った。効果の薄い制裁に代わってロシアに打撃を与えるのではないか。ロシアはウクライナ問題での譲歩を迫られ、ひょっとしたらプーチンは内政に目を向けざるを得なくなるのではないか……。

甘い考えだったのかもしれない。いずれにしろ、もうそんな議論は無意味だ。ロシア経済は十分な回復力を示しており、プ‐‐チンの対外政策の足かせになるとは思えない。ロシアの世論調査を見る限り、国民はプーチンを見捨ててはいないようだ。

アメリカとその同盟国は、そろそろ現実を直視するべきだろう。プーチンがいなくなるのを待っていても無駄だ。【5月26日号 Newsweek日本版】
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EUに重い経済制裁の負担
経済制裁は、制裁の対象国だけでなく、実施する側にも大きな負担を課すことになります。

****経済制裁を仕掛けているEUにも打撃****
・・・・米露の経済関係は対露制裁の下でも深まりを見せ、昨年の貿易額は前年比5.6%増の292億ドルだった。しかし、欧州諸国では甚大な被害が発生している。

EU第1の経済大国、ドイツからロシアへの投資額は200億ユーロに達し、6300社の企業が生産や営業活動の拠点を設立している。貿易額も欧州1位である。

だが、ドイツの2015年1月のロシア向け輸出は前年比35.1%急減した。2009年10月以来最大の落ち込みであり、欧米の対露制裁とルーブル安が予想以上に深刻な影響を及ぼしていることが浮き彫りになった。
今年のロシアへの輸出額の減少はドイツ商工会議所の予想(最大15%減少)を大きく上回る可能性がある。(中略)

EU第2の国であるフランスも、ウクライナから地理的に遠い上に、ユーロ危機による不況の影響を克服するためにロシア市場は欠かせない。

米国との協調をアピールする英国でさえ、ロシアの富豪たちの投資を逃したくないため、本音では経済制裁に消極的である。

(ただし、ウクライナに国境を接するポーランドや、かつてロシアに併合されていたバルト3国では「ロシアに対し厳しい制裁措置を取るべきだ」という声が依然強い。2015年7月に期限を迎える対露制裁の緩和に向けたEU全体の足並みは揃わない状況にある)【5月22日 藤 和彦氏 JB Press】
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アメリカの対ロシア政策転換の可能性
こうした状況で、ケリー米国務長官は5月12日にウクライナ危機以降初めてロシアを訪問し、プーチン大統領・ラブロフ外相と8時間にわたり会談を行いました。

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「ウクライナの不安定な停戦合意が完全に履行されるならば、その時点で欧米がロシアに課している制裁を解除することもありうる」 こう述べたのはケリー米国務長官である。(中略)

今回の会談では米露首脳会談実現に向けた調整は行われなかったとされているが、「11月のトルコ南部アンタルヤで開催される20カ国・地域(G20)首脳会談などの場で両首脳が接触するのではないか」との観測も出ている。【同上】
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上記記事では、IS対策でロシアとの協力が必要なアメリカが、ロシアとの関係を改善させる形で、“EUは梯子をはずされる”事態もあるのでは・・・とも指摘しています。

ただ、アメリカはEUはもちろん日本にもロシアに対する慎重対応を要求しています。

****日本の対ロ外交けん制=慎重対応、異例の要求―米高官****
ラッセル米国務次官補(東アジア・太平洋担当)は21日、ワシントン市内で記者会見し、日本の対ロシア外交について「ウクライナ情勢を踏まえ(ロシアとは)『通常の関係』を追求しない原則に責任を持っていると信じる」と述べ、日ロ両政府がプーチン大統領の年内訪日を調整している動きをけん制した。

米高官がロシア大統領の訪日に関し、慎重な対応を明示的に求めるのは異例だ。

ラッセル氏はこの中で、ケリー国務長官が12日にロシア南部ソチでプーチン大統領と会談したことに触れて「(ウクライナ)停戦合意の順守を後押しするのが目的で、緊急で特別な問題に取り組んでいる」と説明。「日本政府がケリー長官の行動や米国の政策を取り違えているとは思わない」と強調した。【5月22日 時事】
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「日本政府がケリー長官の行動や米国の政策を取り違えているとは思わない」とまで言うのですから、“梯子をはずす”云々はないのでしょう。

しかし、アメリカは南シナ海で中国と厳しく対峙しています。
ロシアは制裁の穴埋めに中国との蜜月をアピールしてはいますが、本音では、自国への影響だけでなく、中央アジア情勢などを含め、中国の急速な台頭と中国の風下に立つことを非常に警戒していることは間違いないでしょう。

そうした国際情勢を踏まえれば、負担が大きくあまり効果が見られない対ロシア経済制裁を取りやめ、アメリカ・ロシアが関係改善に転じるということは十分に考えられることではあります。

ただし、ウクライナが安定していれば・・・という条件が付きます。
ウクライナが緊迫すれば、双方とも後に引けない状況ともなります。
コメント (1)
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