
(パレスチナ人を隔離する分離壁に描かれたタミミさん(イスラエル兵士を平手打ちして禁固刑となった16歳少女)の巨大な肖像画。絵を描いたイタリア人2人は器物損壊などの疑いでイスラエル当局に逮捕された(7月30日、パレスチナ自治区ベツレヘムで)【8月1日 読売】)
【不穏な情勢が続くパレスチナ】
中東パレスチナ情勢は、“相変わらず”不穏な状況が続いています。
7月20日には、パレスチナ自治区ガザとイスラエルの境界で、毎金曜日に行われている「帰還行進」デモもあり、この際の衝突や報復攻撃でパレスチナ人計4人が死亡、120人が負傷。
同日、やはりガザ境界で、ガザ地区を実効支配するイスラム組織ハマスがイスラエル兵を銃撃し、兵士1人が死亡。
ヨルダン川西岸では7月26日夜、パレスチナ人の男がフェンスをよじ登って入植地アダムに侵入。無差別にイスラエル人3人を刺した後(1人が死亡)、射殺されています。
上記事件への報復として、イスラエルのリーベルマン国防相は7月27日、「テロリズムに対する最良の答えは入植地の拡大だ」と、パレスチナ自治区ヨルダン川西岸内の入植地に住宅400戸を建設すると明らかにしています。
【「占領に対する抵抗の象徴」か、パレスチナ側のプロパガンダか】
こうした状況の中で、素手でイスラエル兵士に立ち向かう姿が映った動画がインターネット上で拡散し、パレスチナ人の間で「占領に対する抵抗の象徴」と英雄視された16歳(当時)少女が、禁固刑から釈放されています。
****イスラエル兵を平手打ちしたパレスチナ少女、母親と釈放される****
パレスチナ自治区ヨルダン川西岸で昨年12月にイスラエル兵2人を平手打ちするなどした罪で禁錮8月の有罪判決を受けたパレスチナ人少女、アヘド・タミミさんが29日、釈放された。
イスラエルの矯正当局者がAFPに語ったところによると、アヘドさんは同時に禁錮刑判決を受けていた母親のナリマンさんと共に収監されていたイスラエルの刑務所から自宅があるヨルダン川西岸に通じる検問所までイスラエル当局の車で移送された。
アヘドさんは16歳だった昨年12月19日、ヨルダン川西岸ナビサレハにある自宅前でイスラエル兵2人に平手打ちなどを加えたとして、母親のナリマンさんやいとこのヌールさんらと共にイスラエル軍に逮捕された。
その後、司法取引に応じたアヘドさんらは、イスラエルの軍事裁判所で禁錮8月を言い渡された。ヌールさんは今年3月に釈放されている。
当時のパレスチナでは、ドナルド・トランプ米大統領がエルサレムをイスラエルの首都と認定したことに抗議するパレスチナ人とイスラエル軍との衝突が頻発していた。
アヘドさんらは、イスラエル兵は自宅の庭にいたと主張。一方、イスラエル軍側は、イスラエル人が運転する車に対するパレスチナ人の投石を防ぐために兵士を配備していたと説明している。
この事件では、アヘドさんらがイスラエル兵2人に近づいて出ていくよう要求した後、兵士を小突いたり蹴ったり平手打ちしたりする様子を捉えた動画がネット上に拡散し、大きな注目を集めた。
動画から、アヘドさんらの行動に危害を加える意図はなく単なる挑発とみられ、重装備のイスラエル兵士らも相手にしていない。
この動画が拡散したことで、アヘドさんはイスラエルの占領に抵抗するパレスチナ人の象徴として英雄視されるようになった。
ソーシャルメディアにはアヘドさんを支持する投稿があふれ、パレスチナ自治政府のマハムード・アッバス議長もアヘドさんを称賛。イスラエルとヨルダン川西岸を隔てる壁にはアヘドさんの肖像画まで描かれている。【7月29日 AFP】
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重装備のイスラエル兵士は相手にしていない自制的様子でしたが、“極右政党の閣僚からは「テロリストに情け深すぎる。兵士をたたくような者には厳正に対応すべきだ」との声もあがる”【8月1日 朝日】と、イスラエル国内でも議論がありました。
この少女の一家は、抗議デモを組織するなど抵抗運動の活動で知られ、父親も収監されたことがあります。
少女に対しては、「抵抗の象徴」というより、パレスチナ側のプロパガンダの主役だとの批判もあります。
****イスラエル兵を平手打ちの少女、抵抗運動の象徴か宣伝道具か****
・・・・アヘドさんの動画が激しい議論になったのは、これが初めてではない。タミミさんの家族はこれまでも意図的に兵士を挑発し、反イスラエルのプロパガンダを仕立てたとして、イスラエル側から非難されている。
イスラエルを支持する活動家たちは、このような動画をハリウッドになぞらえて「パリウッド(パレスチナ製のハリウッド)」と呼んでいる。
ある動画では、当時11歳のアヘドさんが兄を逮捕した兵士を殴ろうとしている様子が撮影された。また2年前は、弟を拘束しようとした兵士の手をかんだ。【1月18日 BBC】
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【ネタニヤフ首相がガザ情勢を理由に外遊を中止 その背景は・・・・】
上記のように、パレスチナ情勢が“不穏”なのは間違いありませんが、残念ながら、それは“いつものこと”で、きのう・今日のことではありません。
そのことからすると、下記のネタニヤフ首相がガザ情勢を理由に外遊を中止したというのは“奇異”な感もありました。
****イスラエル首相が外遊中止=ガザ隣接地の治安状況懸念****
イスラエル首相府筋は2日、ネタニヤフ首相が来週予定していたコロンビア訪問を取りやめたと明らかにした。パレスチナ自治区ガザと接するイスラエル南部をめぐる治安状況が理由だという。
イスラエルのメディアによれば、首相は6〜9日、コロンビアを訪問し、6月の大統領選で勝利したイバン・ドゥケ氏の就任式出席などを予定していた。
ガザの対イスラエル境界沿いでは3月以降、反イスラエル抗議デモが続いており、イスラエル軍による発砲などでパレスチナ人150人以上が死亡、イスラエル兵も1人死亡した。7月には、ガザからロケット弾数百発が発射され、イスラエル軍もガザを大規模空爆し、緊張が高まった。
一方、イスラエルのリーベルマン国防相は2日、ガザから火炎瓶をぶら下げた「火炎たこ」が飛ばされ、イスラエル側で火災被害が依然続いていることなどを理由に、「ガザへの燃料やガスの輸送を停止する」と発表した。【8月2日 時事】
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どうもネタニヤフ首相の外遊中止の背景には、パレスチナをめぐる“取引”が進行していることがあるようです。
****ガザ問題*****
ガザに関しては、エジプトと国連がイスラエルとハマス間の調停を試みてきましたが、エジプト等はまたハマスとPLO(西岸を支配するパレスチナ暫定政府)間の調停も試みてきました。
アラビア語メディアとイスラエルのメディアによると、どうもこの調停が大きく動きそうな感じです。
al qods al arabi net は、海外のハマス指導部がカイロでエジプト等と協議した後2日夕刻ラファ検問所からガザに入り、ハマスとPLOの和解についてガザのハマス指導部と協議することになっていると報じています
これに対して、haaretz net は、ガザを巡り重大な進展がある可能性があるとして、ネタニアフ首相は2日、コロンビアへの外遊を中止したと発表したと報じて居ます。
ネタニアフはこの外遊でアルゼンチン、チリ、グアテマラ、ホンジュラスの首脳とも会談する予定であった由
記事はその背景として、エジプト等の仲介でイスラエルとハマスの間で重大な合意が成立する可能性があるとしています(内容は不明)
他方y net news の方は、レバノン紙al akhbar等を引用してガザに到着した海外ハマス指導部を入れたハマス指導部はエジプトの斡旋によるイスラエルとの合意(停戦、ガザの生活環境改善、シナイ半島に港及び空港を建設する)について協議することになっているとしています。
それによると、停戦合意の第1段階は、最初の週から実施され、境界線への「帰還行進」の中止を含む由
それと引き換えに、イスラエル及びエジプトとの境界の検問所が現在よりも広く開放される由
合意の第2段階は、ガザの生活環境の改善で、ガザ包囲の完全な撤廃で、境界を越えて物資の供給及び電力供給の増大がある由
第3段階は、これまで国連等が提案してきたプロジェクトの実施で、シナイ半島への港の建設、シナイ半島における空港の運営、シナイ半島への発電所建設等で、合わせてガザの再建が進められることになる由
更にハマスが合意を飲みやすいように、ガザへの電力供給の4時間増、カタールからの援助31百万ドル、UNRWAからの援助91百万ドルの援助、ガザ公務員への給与支払いのための百万ドルの移転等が提案されている由。
(中略)
上記の報道のうち、y net news の和解合意案についての真偽のほどは不明ですが、その他のハマス海外指導部のガザ到着、ネタニアフの海外旅行取りやめは、事実でしょうから、実現するか否かはともかく、ガザを巡り何か大きな取引が実現しかかっていることも事実なのでしょう。
合意の内容は、確かにこれまで指摘されてきたように、ガザ問題の解決のためには、その生活条件の改善が不可欠であるということを踏まえ、封鎖の解除とか物資の供給とかが含まれている点で、ハマスが飲みやすい形となっていて、より現実的な提案かと思います。
またシナイ半島へのガザのための港、空港、発電所の建設は、そもそもエジプトのイニシアティブでなければ実現できないことで、その意味でもエジプトが今次協議で終始主導的な役割を果たしてきたことと合致する話かと思います。
しかし、この第3段階の話は、若干規模が大きすぎ、また実現の為には特に北シナイからのISの掃討が絶対的な条件だろうと思われ、それがなければ絵に描いた餅に過ぎなくなるのではないでしょうか?
因みにイスラエルの安全保障閣議は5日開催の予定とのことです。取り敢えず【8月3日 「中東の窓」】
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“エジプトの斡旋によるイスラエルとの合意(停戦、ガザの生活環境改善、シナイ半島に港及び空港を建設する)”に関する動きというのが、どこまでの話かはわかりません。
【トランプ大統領の「世紀の取引」など、イスラエル・エジプト・アメリカの協力関係という枠組みの中で進む和平案検討】
一方、パレスチナに関してはアメリカ・トランプ政権が「世紀の取引」を進めている・・・という話が以前からあります。
*****パレスチナ問題(ガザと「世紀の取引」)****
al qods al arabi net の伝えるトランプ政権の「世紀の取引」案について取りまとめたところ次の通りです。
「世紀の取引」は消息筋から漏れ出た情報とのことで、、勿論確認できる筋合いのものではありませんが、なるほど、、イスラエルの立場からすれば(パレスチナ側さえ受諾すれば)実現可能な和平案ということか?という気はします。
報道の内容からは、「世紀の取引」とは大きく出過ぎたものですが、パレスチナ側が飲めば、サウディや湾岸諸国が莫大な金を払うとでも言うのでしょうか?
いずれにしても流出情報の程度の話ではありますが・・・
(中略)
米筋及びイスラエル筋によれば、「世紀の取引」は、これまでのオバマ、クリントン政権が提案していたところに、イスラエルに対する配慮を加えたもので
解決はイスラエルとパレスチナの2国家方式とする
イスラエルがユダヤ人の民族国家であることを認める
パレスチナは非武装国家とする
エルサレムはイスラエルの首都とするが、同時に1967以前はエルサレム市域ではなかった地域(具体的場所は不明)をエルサレムと呼び、この地域をパレスチナ国家とする。この地域はそもそものエルサレムとは接続していない
ヘブロンを含む占領地の10%を見返りなしでイスラエルに併合する
その他両国家で土地の交換を交渉する
この案は1月に米調停官からアッバス議長に提示され、議長は不満であったが、彼を追い出すことはしなかった。他方サウディ皇太子は4月に訪米の際、この案を見せられ、同意した。(中略)
これまではイスラエルを抑え、バランスをとる役割を果たしていた米がトランプの下で完全にイスラエル側につき、またサウディ等湾岸諸国もかなり露骨に米国支持を表明していることを考えれば、ある意味ではパレスチナ側は抑え込まれつつあるという状況で、客観的な力のバランスは圧倒的にイスラエルに有利となっている状況ですので・・・
しかし、パレスチナ側としては下手な妥協をするよりは、アラブ、イスラム世界の支援を当てにして、妥協を排して、力比べ、長期の持久作戦の方をとる可能性の方が強い気もします。
ま、いずれにしても、今後現実に米国の「世紀の取引」案が正式に提示され、トランプが強力に双方の妥協をもたらすことができるのか、甚だ興味のあるところです
そもそもトランプにとって、中東和平=パレスチナ問題の政治的解決は、イランの核合意問題やシリア問題その他の中東の一連の問題の中で、どの程度の重要性を有する問題なのか、正直言って良く分かりません)
【5月26日 「中東の窓」】
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内容がどのようなものになるのか、漏れ伝わるような内容なのか・・・そのあたりはわかりませんが、6月に中東を訪問した中東和平特使クシュナー氏(トランプ大統領の娘婿)は、「世紀の取引」について、イスラエル、エジプト、ヨルダン、サウジアラビアなどと協議したものと思われます。ただ、パレスチナ側とは話し合いはもたれていません。
トランプ大統領のイスラエル寄りの姿勢、イアスラエルとパレスチナの力関係を考えると、相当にイスラエル寄りの内容になるものと想像されます。
そうしたトランプ流「世紀の取引」と連動する形で、エジプトが仲介する和平の動きというのも以前からあります。
パレスチナ人が歴史的なパレスチナをあきらめる代わりに、湾岸諸国からの1000億ドルの支援を得て、シナイ半島に移住し、そこに彼らの国家を作るのをトランプ政権としても認めよう・・・・といった“うわさ”がエジプトで広まったこともあります。【2月10日 「中東の窓」より】
エジプトが持て余しているシナイ半島をパレスチナ問題解決に使うという発想は、以前からもあって、2014年には、エジプトがシナイ半島の一部をパレスチナ側に提供してガザ地区とくっつけて、「グレータ―・ガザ」をパレスチナ国家にするという案が、いまイスラエルとアラブの間で話題になったこともあるようです。【2014年9月 9日 日本イスラム連盟HPより】
今回y net newsが伝える内容の第3段階(シナイ半島への港の建設、シナイ半島における空港の運営、シナイ半島への発電所建設等)が、「グレータ―・ガザ」の流れをくむ発想なのかどうかは知りません。
いずれにしても、イスラエル・エジプト・アメリカの協力関係という枠組みの中で、いろんな“うわさ”や和平案が検討・流布されている状況です。
パレスチナ側としては、そうした案を受け入れるかどうか・・・という受け身の立場に立たされているようにも。