
(干上がったユーフラテス川【太陽商事株式会社HP】 問題は上記写真は2009年当時のもので、その後の気候変動・政治の無策によって、事態はさらに深刻化しているということです)
【ようやく再集計終了 今後は3派連合で新政権か】
5月12日に行われたイラク国会選挙は、不正があったとの主張を受けて投票を監督した選挙管理委員会を解散、約1000万票の手作業による再集計を行ってきました。
6月には首都バグダッドにあるイラク最大の票保管庫で火災が発生するなどのトラブルもありましたが、再集計には大きな支障はなかったようです。
ようやく再集計が終了しましたが、結果には大きな変動はなく、当初結果どおり、かつての反米闘争指導者で、現在はイランともある程度の距離を置く、ポピュリストとも評されるイスラム教シーア派指導者ムクタダ・サドル師が率いる勢力が第1党となっています。
****イラク総選挙、再集計でもサドル師勝利****
イラク選挙管理委員会は10日、5月投票の総選挙で行われていた再集計の結果、民族主義的な主張を掲げるイスラム教シーア派指導者ムクタダ・サドル師の政党連合が勝利したと発表した。
選挙から3か月近くを経て、新政権樹立への道が開けた。
今回の選挙は5月12日に投票が行われたが、不正があったとの訴えを受け、手作業による票の再集計が実施されていた。しかし、サドル氏が共産主義勢力と結成した政党連合が329議席中54議席を獲得したとの結果は変わなかった。
再集計による変化は、親イラン派の元民兵からなる「征服連合」の獲得議席が1増えたことだけだった。同連合が第2党であることは再集計前後で変わっていない。【8月10日 AFP】AFPBB News
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手作業での再集計は9 月までかかるとも見られていましたので、その意味では順調に作業が進んだようです。
こうした再集計が大きな混乱もなく終了したということは、イラクの政治状況がそれなりに安定してきている・・・というようにも見ることができるでしょう。(ひと昔前なら、熾烈な街頭行動が繰り返され、衝突・混乱もあったとろでしょう)
ただ、それにしても「そんなに、ゆっくりと構えていていいのか?」という疑問も。
大きな問題がないならともかく、IS後の再建が急務となっているイラクには、それほどの政治空白を許容する余裕は、本来はないはずですが・・・。
6月にサドル師は、イランと関係が強い第2党勢力と、続いて現首相アバディ氏の第3党勢力との連携を発表していますので、今後はそうした3派による連立が基本となると思われます。
****なかなか安定化しないイラク政治*****
5月に行われたイラク連邦議会選挙は、投票自体は比較的スムーズに行われたが、票の再集計、連立協議をめぐって混乱が深まっている。イラクの政情は、イランのイラクに対する影響力、ひいては中東における影響力を左右するという意味で、地政学的に大変重要である。
選挙では、シーア派の指導者、ムクタダ・サドル師が率いる政治連合「改革への行進」が第1党となった。しかし、定数329(過半数165)に対し、サドル師派は54議席を獲得したにとどまる。
サドル師はイラクに対する米国、イランなど外国の干渉を排除すべしとする、ナショナリスト色の強い姿勢を示す一方、宗派色は薄くテクノクラート的政権を目指すとしている。
親イランのハディ・アミリ元運輸相が率いる「征服連合」は47議席で2位、現職のアバディ首相の「勝利連合」は42議席で3位であった。
アミリ氏はイランの支援を受けてISと戦ったPMF(人民動員隊)の指導者であり、同氏を通じてイランが影響力を強めようとすることが懸念されている。
サドル師は、元来アミリ氏に強く批判的であり、PMFを国軍に編入するよう主張してきた。
一方、アバディ首相はバランスの取れた外交を展開してきたとして、サドル師派とアバディ首相派の連立が期待されている。しかし、両派を合わせても96議席であり、過半数には遠く及ばない。
大きな動きは、6月12日に訪れた。サドル師が、アミリ氏との政治同盟を発表したのである。両氏はシーア派の聖地ナジャフで共同記者会見を開き、サドル師は、あらゆる教条主義から距離を置いた中央政府の設立を急ぐための真の同盟が成立した、と述べた。
続いて、6月23日には、アバディ首相とサドル師が会談し、両派が次期政権樹立に向けて連携することで合意した。3派が連携すれば143議席となり、過半数にかなり近づく。
アバディ首相とサドル師の勢力が連携するのは期待されていたことであるが、問題となるのは、アミリ氏の勢力との連合をどう見るべきかである。
親イラン派では、同じくシーア派で、極めて宗派的なマリキ元首相率いるダアワ党が第4の勢力となっている。サドル師派とマリキ派との間には、強い確執がある。
サドル師は、マリキ派が汚職とスンニ派との戦争によって石油収入を浪費してしまったと非難している。他方、マリキ派は、今回の選挙が不正なものだと主張している。
これまでは、少数派であるスンニ派の疎外が、ISの台頭も含め、イラクの政治危機を招いてきたが、今度はシーア派同士の対立が問題となってきた。
イラクの政治的混乱は、イランがイラクに対する影響力を増大させるチャンスを与える。西側と湾岸諸国は、当然、そうした事態を回避したい。(中略)
仮に、サドル、アミリ、アバディ各派が参加した包摂的な政府ができるとすれば、イラクにとっては望ましいことである。アミリ氏派の有力議員は「連携はイラクにとって安全弁の役割を果たす」と言っている。もちろん、アミリ氏のイランに対する姿勢には、依然として強い警戒を要する。(中略)
もう一つの大きな問題は、票の再集計である。(後略)【7月12日 WEDGE】
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【貧弱な公共サービスに憤るデモ頻発】
一応、票の再集計の問題はクリアされたようなので、あとはシーア派内の対立、あるいはイランとの距離感、そしてスンニ派・クルド人勢力との協力体制・・・といった問題への対処です。非常に難しい問題ですが・・・・。
新たな政権づくりに時間を要している間にも、イラク国内には国民生活改善に手間取る政治への不満が高まっています。
****イラク 猛暑の中、連日デモ・・・・失業、停電、断水に抗議****
連日40度を超す猛暑が続くイラク南部の油田地帯バスラなどで、高い失業率や、電気や水道などの公共サービスが行き届かないことに対する市民の抗議デモが続いている。
AFP通信などによると、バスラとアマラではこれまでに治安部隊と衝突したデモ参加者3人が死亡し、数十人が負傷したという。
イラクでは、2014年から勢力を拡大した過激派組織「イスラム国」(IS)に対する掃討作戦が昨年にほぼ終結。戦闘で荒廃した国土は現在、復興途上にある。しかし政府の統治能力欠如に対するデモが拡大すれば、復興がさらに遅れる懸念もある。
一連のデモは8日にバスラで始まり、やがてイスラム教シーア派の聖地ナジャフや首都バグダッドにも拡大した。猛暑の中、停電や断水が続く貧弱な公共サービスに憤るデモ参加者は「水をよこせ」などと抗議。
若年層では2割を超すとされる高い失業率や、同じシーア派が多い隣国イランの政治介入に抗議する声も上がっているという。
デモ参加者の一部は、政党施設や治安部隊に投石するなど暴徒化している。ナジャフでは13日、デモ隊が空港に押し入り、航空機の発着も一時停止した。
ロイター通信によると、国民への影響力が強いシーア派指導者シスタニ師は「市民は公共サービスの極度の欠如に直面している」と指摘し、政府に対策を取るよう要求。
アバディ首相も水不足対策などに早急な資金拠出をする考えを示したが、デモが収束する兆しはない。【7月15日 毎日】
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“(7月)27日金曜、数日ぶりに公共サービスの不徹底や政府内の腐敗に抗議するデモが実施されました。”【7月28日 Pars Today】とありますので、抗議行動は収まっていないようです。
アバディ首相は7条に渡る政令を発表し、市民の問題や要求を早急に調査すると強調しています。
一連の抗議行動の背景に特定の政治勢力の関与があるのかどうかは知りません。
一方で、抗議デモ鎮圧行動での死者も出ており、拡散防止のためネットも遮断されたとか。
****イラク:ネットを遮断してデモ隊弾圧か****
治安部隊が、インターネットを遮断した上でイラク南部とバグダッドでデモ隊の鎮圧に乗り出したのではないかと危惧されている。
イラクの南部全域で7月8日から、高い失業率と行政の失策に抗議するデモが始まった。7月12日の深夜から、全土でインターネットが使えなくなった。4日後の週明けには、接続はほぼ回復したが、回線状況は悪く、複数のソーシャルメディアが使えなかった。
信頼できる情報によると、治安部隊は、今回のデモの鎮圧にあたり、事前にネットを遮断して、弾圧の様子を撮った動画や写真をネットで共有できないようにしているのではないかという。
弾圧には、無抵抗の人たちへの暴行や拘束、さらに発砲もともなう。当局は、デモ隊への対応に自由裁量を与えるために、故意にネットを遮断し、治安行動の記録を撮られないようにしたおそれがあるのだ。(後略)【7月24日 アムネスティ・インターナショナル日本 国際事務局発表ニュース】
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【気候変動・政治の無策で干上がるメソポタミア 「環境難民」の危機】
一方、イラクでは、“水不足”という、もうひとつの深刻な問題が進行しています。
****干ばつに見舞われたイラク、耕地面積が半減****
イラクでは今年、集約的な水利用を必要とする作物の栽培が干ばつの影響で禁止されたため、耕地面積が前年比で半減したことが分かった。同国政府が明らかにした。
政府は6月、大規模なかんがいを必要とするコメやトウモロコシといった穀物の栽培を中止させる前代未聞の措置を導入。当局によると、稲作農家の今年の損失額は、3400万ユーロ(約44億円)に上る見通しだ。
干ばつの影響は家畜にも及び、イラク南部では牛が水不足で死んだり、例年より多く食用に出荷されたりして、家畜数は30%減少した。
同国南部のジーカール州では、当局によると水利の良い土地を求めて400世帯超の農家が離村したという。
チグリス川とユーフラテス川が国土を流れ、「2本の川が流れる土地」として知られるイラクだが、近年は水資源が減少している。
専門家らによると、イラクの干ばつの主因は今年見舞われた深刻な雨不足ではなく、水資源の地域配分だという。
国境を接するトルコとイランでは近年、イラクと共有する国際河川やその支流の流れが変動。またトルコ側のチグリス川にイリスダムが設置されたことで、イラクの農業はさらなる打撃を受けた。【8月5日 AFP】AFPBB News
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世界史の教科書では「肥沃な三日月地帯」と称されるメソポタミアは、今や様変わりしているようです。
****メソポタミア「渇水」の惨状****
イラクから「環境難民」が溢れ出る
古代メソポタミア文明を生んだ中東の大河、ユーフラテス川とチグリス川が今夏、イラクで深刻な渇水に直面している。
異常高温や乾燥といった気候要因、イラクの度重なる戦争や政府の無策に加え、トルコやイランなど上流国のダム建設が追い打ちをかける。「肥沃な三日月地帯」の中核は、破滅的な水不足により、今や瀕死の状態にある。
琵琶湖五個分の水が消えた
今年は日本も猛暑だが、イラクの高温は桁外れだ。(中略)七月上旬から中旬にかけては、四十五~四十八度が
十日以上続いた。(中略)
両大河の水位は記録的に下がり、バグダッドでは今夏、市民がチグリス川を歩いて渡ることもできた。(中略)
集落間の水争いは深刻化する一方で、各集落は男性の「戦闘員」をそろえ銃撃戦も辞さない。(中略)
米航空宇宙局(NASA)の解析では、イラク戦争が起ごった二〇〇三年から一〇年までの期間だけで、チグ
リス、ユーフラテス両川の水系では、百四十四立方キロメートルも貯水量が減った。琵琶湖五個分以上が消えた計算になる。
高温と干ばつか続いただけではなく、国内の水の八割を使う農業が両大河の水を浪費した。今年はついにコメのような、水を大量に使う農作物の栽培に制限がかかった。
イラクはかつて、食料自給率一〇〇%を誇ったが、今年は七割を輸入に頼るという。政府が石油収入を使って、国際市場で食料を買い、三千七百万人の国民にばらまくのである。(中略)
問題は、イラクの水不足が、人災によるものだという点だ。
イラク国内では、濯漑設備がメソポタミア文明の時代とさほど変わっていないところが多く、水資源管理の近代化が遅れた。
独裁者サダム・フセイン元大統領が、湿地帯に巣食う反フセイン勢力をあぶりだそうと、湿地帯に注ぐはずの水源を強引にせき止めたこともあった。
九一年の湾岸戦争、○三年以降のイラク戦争、一四年以降の対「イスラム国(IS)」戦争と、戦乱続きで経済・農業の近代化には千加つかなかった。
民主化後も事情は変わらない。今年五月の総選挙から二ヵ月以上たっても、政治家たちは新政権作りどころか、投票の再集計でもめている有様だ。
人間の居住が不可能に
しかも、今回の極端な渇水には、国際紛争の要素がある。
上流国のトルコ、イラン、シリア三国でそれぞれ水需要が増えて、ダムを乱造しているためだ。
今夏から本格稼働のトルコのイリスダム(ユーフラテス川)は、貯水容量が百億立方メートルを超える、巨大ダムである。(中略)エルドアン政権は、全ダムを来年末までに完成させるという、極めて野心的な意向である。(中略)
イラクの政治家や国民は、水不足が先鋭化した最近になって、ようやく事態の重要性に気づき、両大河の水量激減をトルコのせいにし始めた。
ただすでに見てきたように、両大河の水位低下は数十年にわたる無駄使いと無策、さらに気候変動など様々な原因によって起きたもので、イリスダム建設は水不足の主因ではない。(中略)
一方、イランもチグリス川に注ぐ支流でダム作りを進めている。イランは過去に、イラク鎖に流れ込んでいた川の水路を、強引な工事でイラン領内だけに流れるように変えたこともあり、水争いにかけてはこちらも真剣である。
中東の水資源確保が刻々と切迫化するのも、砂漠の多い中東・北アフリカ地域が、他の地域に比べて、地球温暖化の影響を受けやすいからだ。
ドイツのマックス・プランク生化学研究所の予測によると、中東・北アフリカの夏の気温は、地球全体の平均より二倍のスピードで上昇しているという。
二一○○年には、ペルシヤ湾岸一帯は事実上、人間の居住が不可能なほど気温が高くなるとの見通しが、気象学者の間では一般的だ。
メソポタミア湿地帯を中心に、両大河周辺で起きている渇水騒動は、来るべき惨事の、ほんの序章でしかなさそうである。
気候変動などにより、川や湿地帯が干上がって、生活の糧を完全に奪われた住民たちは、経済難民、環境難民としてやがて、国外脱出以外の選択肢を持だなくなる。その数はゆうに数十万人単位になるだろう。
メソポタミアの悲劇は、人類全体の関心事なのである。【「選択」8月号】
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日本は巨大地震で崩壊、中国・華北平原は熱波に襲われ、中東・北アフリカは干上がり・・・難民が世界を覆う悪夢も。