
(ザルツブルクで開催されたEU非公式首脳会議でのメイ首相 “黒のスーツ姿の男性たちの中で1人だけ赤のジヤケットを着て立つ姿は、メイ英首相の孤立を浮き彫りにしているように見えた(写真)”【10月2日号 Newsweek日本語版】)
【残り半年 合意なき離脱の現実味も】
イギリスのEU離脱(ブレグジット)は来年3月末ということで、いよいよ残り期間も少なくなってきましたが、いまだに方向性が定まらない状況にあることは連日の報道のとおりです。
名前も聞いたことがないような途上国ならいざ知らず、過去には世界をリードし、現在でも国際政治・経済に一定の影響力を有する国家が、その将来を大きく左右する重大事案に関して、期限まで半年を切るというこの期に及んで未だ方向が定まらない・・・というのは、異例の事態とも言えます。
****離脱交渉、英とEU平行線 英の「貿易は自由、移民は制限」通らず****
英国が欧州連合(EU)から離脱する交渉がまとまらない。双方が折り合えないまま、離脱する3月29日まで半年。交渉が決裂し、経済が混乱する事態も現実味を帯びてきた。交渉はどこへ向かうのか。
英首相官邸で21日、演説したメイ首相の声は上ずり、怒りがにじんだ。
「交渉終盤にもなって、提案をただ拒むのは受け入れがたい」
前日までオーストリアのザルツブルクで開かれたEU非公式首脳会議後の記者会見で、EU首脳会議のトゥスク常任議長が英国の提案を「うまくいかない」と切り捨てたことで、メイ氏は面目を潰されていた。
英国は、モノに限ってEUルールに従い、円滑な貿易を続けることを提案する。一方、日本など第三国とはEUにとらわれず自由貿易協定を結ぶ考えだ。人の移動の自由は認めず、移民の流入も制限する。
EUにしてみれば「人、モノ、サービス、資本の移動の自由」を不可分とする基本理念に反する「いいとこ取り」で受け入れがたい。
EUは、北アイルランドだけをEUの関税同盟に残すことを提案している。だが、これには英国が「領土を分割するようなこと」(メイ氏)と猛反発する。
英領北アイルランドとEU加盟国アイルランドが一つの島であることが、問題を難しくしている。
かつて北アイルランドでは、英国統治を望む多数派プロテスタント系住民と、アイルランドとの統一を求める少数派カトリック系住民が対立し、多数の犠牲を出した。
この歴史的背景を考慮し、英・EUは厳しい国境管理を復活させないことでは一致した。だが、離脱後、陸続きの土地で人やモノのやりとりをどう管理していくのか、具体案で折り合えないのだ。
3月末の離脱までに、双方は離脱条件を定める「離脱協定」と、その後の通商関係などを定める「政治宣言」の合意を目指す。議会承認手続きを考えれば、10~11月が期限だ。
国境問題の解決抜きに離脱協定は結べない。合意がないまま離脱すれば、英・EU間の貿易で急に関税や税関検査が復活し、物流の停滞が予想される。物価の上昇や通貨安も招き、市民生活が混乱する恐れがある(シナリオA)
双方とも経済への打撃は避けたい。メイ氏は21日の演説で、国境問題で何らかの新提案をすることを示唆。離脱協定の合意にこぎ着けたい考えをにじませた。政治宣言はあいまいな表現にとどめ、協議を移行期間に実質先送りする案も浮上する(シナリオB)。
英国の与野党の一部では、離脱に関する2度目の国民投票や解散総選挙の実施を求める声も上がる。もし実現すれば、EU残留を含めた大転換もありうる(シナリオC)。(後略)【9月27日 朝日】
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各紙が詳しく書いているアイルランド国境管理問題や「モノの自由貿易圏創設」、あるいは「合意なき離脱」の影響などについては今回はパスします。
(ひとことだけ言えば、アイルランド国境の問題は当初から懸念されていた話で、その対応策も熟慮せずに「EUを出れば問題解消。カネも戻る」と扇動した政治家が無責任のようにも思えます。)
「まあ、なんだかんだ言っても、合意なき離脱なんてことはしないだろうから、いずれどこかで英・EU双方が妥協するんだろう・・・・」と眺めていたのですが、交渉は一向に前進せず、場合によっては合意なき離脱も・・・とも懸念される事態にもなっています。
【冷淡なEUには譲れない事情も】
メイ首相は“声は上ずり、怒りがにじんだ”9月21日の演説で、「交渉が大詰めを迎えた今、何が問題なのか説明もせず、代替案も示さないまま相手を拒絶することは許されない」と、EUは英国に「敬意」を持って交渉に当たるべきだと強く批判。
さらに「我々は国民投票の結果を尊重しないいかなる提案も拒否する。悪い合意なら、合意なしの離脱の方がましである」と、EU側も返り血を浴びる「合意なき離脱」も辞さない姿勢をアピールしています。
交渉の一般論としては、間近に迫った期限を背にして、「合意なき離脱」という最悪事態をちらつかせて相手に譲歩をせまる・・・という、これからの交渉が正念場とも言えます。こうした状況設定でなければ譲歩・合意も引き出せないとも。
“EU離脱交渉は、これまでのジャブの打ち合い(腹の探り合い)から、ようやく本格化するというところだろう。”【10月1日 笠原 敏彦氏 現代ビジネス】
一般論としてはそうですが、EU側には切迫感がいまひとつ欠けるようにも見えます。
フランスのルメール財務相などは、「今EUは大変な時期で、イギリスなんかには構っていられない。出ていくなら好きにすれば」とつれない対応です。
****EUには英国の将来より重要な喫緊の課題ある=仏財務相****
フランスのルメール財務相は、欧州連合(EU)には英国とEUの将来的な関係より優先しなければならない差し迫った課題があると述べた。
EU加盟国首脳らは20日、英国が離脱した後の同国との貿易に関するメイ英首相からの提案を拒否。首相の提案は、欧州単一市場を損なうものだとの姿勢を貫いた。
ルメール財務相は25日、外国人記者団との会見に臨み「英国は自らの選択をした、それは構わない。だが、残酷な言い方で申し訳ないが、われわれには英国の将来よりも大事なものがある。EUの将来だ」と発言。
「EUを離脱したにもかかわらず、それまで享受していた利点をそのまま維持することは可能との印象をEU市民に与えるようなあらゆる決定は、自殺行為だ」と述べた。
さらに、銀行の破綻処理基金の補強や予算の共有を中心にユーロ圏を強化し、新たな財政・経済危機に対処できるようにすることが優先課題だと主張した。
フランス政府は英国との離脱交渉が長引くことに懸念を示している。マクロン大統領は前週、英国が10月に新たな提案を行うことを期待していると述べた。
メイ首相は、一部与党内からも強い反対が出ているにもかかわらず、計画をまとめた首相別邸にちなみ名付けられた「チェッカーズ案」を維持すると表明している。【9月26日 ロイター】
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ルメール財務相の言うようにEU側には、イギリスに譲歩すれば各国で大きな勢力となっているEU懐疑派を勢いづけ、EU崩壊を招きかねないという懸念があります。
そもそも、イギリスはこれまでユーロにもシェンゲン協定にも参加せず、EUのコアな部分とは距離を置いてきました。したがって、EUとしてはイギリスを“切り捨てやすい”とも言えます。
****英国のEU離脱、メイ氏の誤算 三井美奈****
英国の欧州連合(EU)離脱は、双方の合意なしの「破局」が濃厚になってきた。9月19、20の両日、オーストリアのザルツブルクで開かれたEU非公式首脳会議で、メイ英首相の離脱案は「機能しない」と27カ国に一蹴された。離脱は英時間で、来年3月29日午後11時。200日を切った。
マクロン仏大統領は「英国民は『EUを出れば問題解消。カネも戻る』という連中にあおられた。彼らは嘘つきだと示された」と手厳しかった。英国はポピュリズム(大衆迎合主義)に便乗した。報いを受ける時だ、というのだ。
EUはいつも内輪もめをしているが、対英交渉では一枚岩を保つ。会議で対英妥協を求める声は皆無。「われわれのやり方は変えない。出ていくなら迷惑をかけるな」という姿勢だ。
というのも、英国に甘い顔をすれば、反EU派のポピュリストを勢いづけるからだ。来年5月には欧州議会選が控えている。
そうでなくても、トランプ米政権が地球温暖化、貿易、安全保障で米欧同盟をひっくり返してしまった。移民やテロ対策、中東外交など喫緊(きっきん)の問題が重なり、EUが結束して危機に対処すべき時に、「出ていく」という国のわがままに付き合う余裕はない。
メイ首相の離脱案は、「モノの自由貿易圏」構築を掲げた、いわゆる「ソフト離脱」だ。サービスが移動する単一市場には入らず、物品貿易だけEUルールに添って続けるという内容だ。
一見、緻密に構築されていても、EUには「人もモノも域内は自由に往来する分、域外との国境管理は厳格に」という大原則があるから、話にならない。
オランダのルッテ首相は「英国のために、4億人超のEU市場を犠牲にしてはいけない」と冷淡だった。少し前まで、英国の盟友だった人物だ。
実は、今の欧州大陸は、英国がなくても痛みを感じない。ユーロ導入とシェンゲン協定の発足で「単一通貨、国境なき欧州」が定着したが、英国はどちらも不参加。パリからロンドンに渡ると、入国審査の順番待ちやポンド両替が面倒で、EU非加盟のスイスに行く方がずっと楽なのだ。シェンゲン協定圏内だから入国審査がなく、国際列車にすぐ乗れる。
大陸欧州は制度面ではすでに英国と切り離されており、「破局」への危機感に乏しい。7年前の債務危機で、ユーロ圏が「ギリシャ離脱か」と大騒ぎしたときとは全く違う。
英政界でEU離脱をめぐる混乱が続く中、大陸欧州では静かに準備が進む。
欧州最大のオランダ・ロッテルダム港は9月、内外の記者を集め、新たな税関手続きを説明。「要員は100人増員し、万一の『破局』離脱に対応できるよう準備中だ」とアピールした。ブリュッセルでは早くも、3月に指名される「EUの駐英大使」の人事争いが話題になっている。
来年3月末の離脱には、11月と12月のEU首脳会議がタイムリミット。高い外交力を誇った英国も離脱問題で消耗し、いまは地盤沈下が著しい。
メイ首相は最近、「EU離脱後、英国の法人税率はG20(20カ国・地域)で最低にする」と言い出した。国ごと「大きなタックスヘイブン(租税回避地)」にするのが次の国家戦略なら、英国も堕ちたものである。【10月1日 産経】
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【四分五裂の国内情勢】
メイ首相の交渉を難しくしているのは、ひとつは上記のようなEU側の頑なな、あるいは冷淡な対応、もう一つは国内の対立です。
国内世論がメイ首相の「チェッカーズ案」を後押ししている・・・・という状況には全くなく、残留支持派も与党内の離脱強硬派もいずれもメイ首相の方針に反対で、それぞれが逆方向に走ろうとしており、首相の足元が極めて不安定な状況です。
****英野党、再国民投票も視野=EU離脱めぐり****
英最大野党・労働党は25日、中部リバプールで開いた党大会で、難航している欧州連合(EU)離脱交渉の展開次第では、新たな国民投票の実施を目指すことを視野に入れた決議を採択した。英国は2016年の国民投票で離脱を決めたが、あくまで残留を望む市民らが再投票を求めている。
「影の内閣」のスターマーEU離脱担当相は採択に先立つ演説で、EUとの交渉が決裂したり、妥結しても合意案が議会承認で否決されたりすれば「(前倒し)総選挙が必要だ」と主張。選挙が不可能なら「国民投票のためのキャンペーンを選択肢に含むべきだ」と訴えた。
ただ、メイ政権は再投票に断固反対の立場で、実現の可能性は未知数。労働党内にも、改めて離脱の是非を問うことには否定的な意見がある。【9月26日 時事】
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労働党コービン党首自身は、総選挙優先で再度の国民投票には否定的ですが、労働党党員の86%が2回目のEU国民投票を支持しているという調査結果もあるように、党員は圧倒的に国民投票再実施を求めています。
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「隠れ離脱派」と目されるコービン氏は離脱派なのか、残留派なのか態度をあいまいにしてきた。心の中では欧州の経済統合は英国の単純労働者を苦しめていると考えているのだが、おいそれと口には出さない。自分の支持基盤が若者中心の残留派だからだ。
コービン氏は英BBC放送の番組でこう話した。「好ましいのは総選挙だ。勝てば労働党が欧州との未来を交渉できる。しかし、今は党大会の結果を待とう。私は党内民主主義に従う」。政府の交渉結果が議会で否決され、コービン執行部の望む総選挙に持ち込めない場合、2回目の国民投票も選択肢に加えられる見通しだ。【9月25日 Newsweek】
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なお、コービン党首は「停滞する離脱交渉を引き継ぐ準備がある」とも語っています。【9月27日 ロイターより】
まあ、野党・労働党が政府方針に反対するのはごく普通のことでしょう。もし、「隠れ離脱派」のコービン党首でなければ、国民投票再実施の要求はもっと先鋭化していることでしょう。
与党内にも離脱に反対する議員が一定に存在します。
“少数与党・保守党内でメイ政権の離脱方針を批判し、造反の意思を明確にした議員は現時点で約30人。野党と造反組の共闘が実現すると、首相が議会で過半数を確保するのは困難で、さらに窮地に追い込まれる。”【9月25日 時事】
さらに問題は、与党内では離脱強硬派からも首相方針への不満・批判が強いことです。
****ジョンソン英前外相、メイ首相にEU離脱提案の破棄求める****
英国のジョンソン前外相はメイ首相に対し、欧州連合(EU)離脱に関する首相の提案を破棄するよう呼び掛けた。28日付のデーリー・テレグラフ紙が寄稿を掲載した。
前外相は「交渉の方針を変更し、ブレグジット(英国のEU離脱)における大望と可能性の価値を十分に発揮させる時が来た」と主張。ブレグジットのための代替案を6点挙げた。
さらに「国民の負託の遂行において、政府による集合体としての間違いと、英国の政治組織による意思の崩壊があった」と述べた。(中略)
ジョンソン前外相は16年の国民投票時、最も著名な離脱支持派としてキャンペーンを行ったが、メイ首相が目指す穏健路線に反対して今年7月に辞任した。【9月28日 ロイター】
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さらに、交渉がうまくいかない場合は合意なき離脱も辞さないとの首相方針に反対する閣僚も。
“ラーブEU離脱担当相やハント外相、ゴーブ環境相、ジャビド内相ら閣僚は、EUが10月18日の欧州理事会でメイ首相の案を再び拒否した場合、プランBとしてカナダ方式の自由貿易協定を検討するようメイ首相に求める方針という。”【9月27日 ロイター】
なんだか与党内は四分五裂状態で、一致してメイ首相を支えるという雰囲気は全くありません。
【再度の国民投票は?】
****世論調査「残留」が「離脱」上回る****
イギリスの世論調査では、残留を支持する人の割合が離脱を求める人の割合を上回るなど、国民の間で不安と焦りが広がっています。
大手新聞のタイムズと世論調査会社が今月22日に行った調査では「離脱交渉がうまくいっていない」と答えた人は71%に上りました。
また、合意のないまま来年3月に離脱を迎える可能性が高いと考える人は64%で、交渉の行方を楽観視していないことがうかがえます。
離脱を阻止することを目指す市民団体は、EUとの合意がまとまったあとにその是非を問う国民投票の実施を求める運動を展開しています。
運動への支持は徐々に広がっており、最大与党の労働党は今週開かれた党大会で、合意がないまま離脱することになった場合には、再び国民投票を要求することも辞さない方針を打ち出し、メイ政権への圧力を強めています。
メイ首相は国民投票を再び行う可能性を強く否定していますが、与党内でもEUへの妥協を許さない離脱強硬派と、EUとのつながりを重視する残留派の主張の溝は埋まらず、難しいかじ取りを迫られています。【9月29日 NHK】
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メイ首相は、「EU離脱を決めた国民投票は、イギリスが経験した最大の民主主義の実践だ。その結果を覆すことは決してない」と再度の国民投票を否定していますが、この理屈がよくわかりません。(もちろん、今弱みをみせたら、すべてが一気に崩壊するという現実的な話はありますが・・・)
国民の過半が「残留」を希望しているという数字があっても、「いや、一度決めたことだから」と突き進むのでしょうか?
詳細が明らかになって「間違った」と思ったら、どの時点でも、何度でもやり直せばいいだけ・・・と、私は思うのですが。