孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

ブラジル  病んだ社会の不満を抱える国民が選んだ「ブラジルのトランプ」

2018-10-29 22:29:42 | ラテンアメリカ

(支持者の集会で笑顔を見せるボルソナーロ氏(左)=9月、ブラジリア近郊【10月27日 HUFFPOST】)

【「ミニトランプ」が、またひとり】
昨日28日に行われた二つの選挙結果が明らかになり、大きく取り上げられています。
一つはドイツ中部ヘッセン州の州議会選挙、もうひとつはブラジル大統領選挙。いずれも予想されていた結果となっています。

ドイツではメルケル首相の中道右派CDUと中道左派・社民党という二大政党が大敗し、リベラルな「緑の党」と移民排斥を主張する「ドイツのための選択肢」(AfD)が躍進。中道政党が沈んで、両極が伸びるという形です。

バイエルン州議会選挙に続く大敗を受けて、メルケル氏は12月の党首選への立候補を断念し、与党・キリスト教民主同盟(CDU)の党首を退く意向を党幹部に伝えたと報じられています。ただ、首相ポストについては当面続投する考えだとのこと。【10月29日 時事より】

ドイツの話は一昨日ブログ“ドイツ 州議会選挙での連続大敗予測で揺らぐメルケル首相の足元 躍進する「緑の党」”で取り上げたばかりなので、今日はブラジル大統領選挙のほうで。

開票率99.9%の得票率はボルソナロ氏が55.2%、アダジ氏が44.8%。
「ブラジルのトランプ」と称される極右ボルソナロ下院議員が左派のアダジ元サンパウロ市長を破って当選という、予想された結果ですが、また「ミニトランプ」が一人増えたということで、個人的には気乗りしない話題です。

気乗りはしませんが、これが現在の民主主義の状況ですから直視する必要があります。

ドラスティックな変化を求めた有権者
軍事政権を擁護し、女性蔑視や同性愛者への嫌悪、人種差別をむき出しにした発言を繰り返し、市民による銃携行を主張し、「犯罪者をたくさん射殺した警察官には賞を与えるべきだ」など過激な発言を繰り返す・・・・という同氏が当選するには、それなりの背景があってのことでしょう。

****「ブラジルのトランプ」極右候補が大統領に選ばれた理由****
<汚職と失政の象徴となった左派政党に背を向け、ドラスティックな変化を求めた有権者がいやいやながら選んだ「もう1つの選択肢」>

(中略)ブラジルの政府機関に関する情報収集や監視を行っているジョタ社の北米ディレクター、アンドレア・ムルタは本誌に対し、ボルソナロの勝因はいくつかあるが、アダジを擁立した労働党(PT)を支持する人々とそうでない人々との間の分断が深まっていることもその1つだと語った。

ムルタは最近の研究をいくつか挙げ「この数年、ブラジルでは『ペティスタ』(PT支持者)と『反ペティスタ』との分断が深まってきた。今は反ペティスタ陣営のほうが優勢なようだ」と述べた。「経済の現状と(高い)失業率に鑑みればそれほど驚くことではない」

労働党=汚職のイメージ
またムルタはこうも述べた。「景気の下降局面では、有権者は最も最近政権を握っていた者たちに厳しい傾向がある」

ブラジル経済は03年から8年間にわたったルイス・イナシオ・ルラ・ダシルバ大統領の時代に「黄金期」を迎え、ルラは高い支持率を誇った。ルラの下でブラジル経済は急速な発展を遂げ、多数の国民が極貧状態から抜け出すことができたが、一方で汚職スキャンダルにより与党PTのイメージは悪化した。ルラの後継者でブラジル初の女性大統領となったジルマ・ルセフは16年、選挙資金をめぐる不正で弾劾され、ルラも汚職罪で収監されている。

支持者や多くのアナリストは、ルセフやルラにかけられた汚職の容疑は左派指導者の信用を失わせるためのでっち上げだと主張する。にもかかわらず、スキャンダルにより多くのブラジル人が、PTに関わったあらゆる人を疑いの目で見るようになってしまった。

「ルラとそれに連なるPTは汚職と失政の象徴になった。10年以上にわたって与党だったPTを、多くの国民はブラジルが抱える問題の元凶だと見ている」と、大西洋協議会ラテンアメリカセンターのロベルタ・ブラガは本誌に語った。

ブラガによれば景気後退や暴力事件の増加、縮まらない社会格差を背景に、多くのブラジル人が「劇的な変化を望み、いわゆる既存の政治勢力に背を向けた」という。

多くの有権者は性差別や同性愛者への差別、人種差別といった問題への懸念を抱いてはいたものの、そうしたテーマは今回の選挙ではあまり「重きを置かれなかった」。「安全や失業、経済成長」を巡る懸念のほうが大きかったからだ。

ブラジルの殺人事件の発生率は極端に高い。ウォール・ストリート・ジャーナルによれば、16年の人口10万人あたりの殺人事件数は、アメリカでは約5件だったのに対しブラジルでは30件近かったという。また、失業者の数は1300万人近くに上り、率にして12.1%。経済は元気がなく、GDPはマイナス成長だ。

だが「支持しない」と答える人が多いのはボルソナロもアダジも同じで、決選投票の当日までどちらに票を投じるか決めかねていた有権者は多かった。(中略)

かき消された人権や差別問題への懸念
(中略)9月末、フェミニズムの活動家たちはソーシャルメディア上でボルソナロへの不支持を訴える大規模なキャンペーンを開始した。だがこうした反発にも関わらず、ボルソナロは女性有権者の間でも支持を拡げた。

「女性有権者に対してボルソナロが問題を抱える可能性があるのは明らかだった」と、フェイスブック上のボルソナロ支持のコンテンツを追跡調査したサンパウロ大学のマルシオ・モレト・リベイロ教授は英紙ガーディアンに語った。「(だが)ボルソナロとインターネット上のボルソナロ陣営はこれに手を打った。ボルソナロは女性の味方だがフェミニストには反対しているという風に表現を変えたのだ。危険な戦略だがそれが効を奏した」

ウッドロー・ウィルソン国際研究センター・ブラジル研究所のアンナ・プルザは、今回の選挙は「支持票ではなく不支持票」の選挙だったと語る。

「ブラジル国民は政府の失敗にいらだっていた」とプルザは言う。

ボルソナロは自分は汚職まみれの政界において「アウトサイダー」であり汚職とは無縁という印象を国民に植え付けることに成功した。

「これは『指導者ありき』の選挙だったように思える。有権者は政策を選ぶのではなく、自分たちの求める指導者に近い候補を探した」とジョタのムルタは言う。「まず候補者を選び、その後でその人の政策綱領を受け入れたわけだ」

ボルソナロは、既成勢力や制度・機関を激しく批判する選挙運動を展開した。ブラジル人が「民政移管以降、耳にしたことがないほど激しい体制批判だった」と語った。

「民主主義下で長年ずっと過ごしてきた国にとって、民主主義を脅かす直接かつ高いリスクに向き合うのは容易なことではないだろう」とムルタは言う。「だが報道機関や最高裁といった機関への攻撃は、『先にリーダーありき』型政治という文脈において懸念材料だ」

だがそのボルソナロも、法案を通すためには連立を組まざるを得ない。PTは、有権者の拒否反応にも関わらず、今もブラジル議会の多数を占める。極右大統領の権力をチェックできる立場にあるのだ。

ブラガは言う。「ボルソナロは好きと嫌いとにかかわらず、左派のブラジル社会民主党(PSDB)や中道のブラジル民主運動(MDB)、その他の中道右派や中道左派政党と組むことになる」 
あとは、ブラジル国民がボルソナロに何を望むか、だ。【10月29日 Newsweek】
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「ルラとそれに連なるPTは汚職と失政の象徴になった」ということに関して、特に汚職についていえば、ブラジル政界の構造的汚職体質はルラ以前からのもので、PTを汚職の象徴とするのはやや筋違いかも。

ただ、政界全体がそうした構造的汚職体質にあるだけに、これまで泡沫候補でもあったアウトサイダーのボルソナロ氏の激しい既成政治への攻撃は、有権者の心をとらえたのでしょう。

「(汚職が相次いだ)伝統的な政党は議会での議席を減らしている。国民が現在の状況を変えてほしいという証拠だ。ボルソナロ氏はその支持を集めた。ブラジル政治にはポピュリズム(大衆迎合主義)が昔からあるが、同氏はこれまでの左派的バラマキ主義とは異なるポピュリズムだ。強権的なボルソナロ氏は民主主義にとって脅威となるだろう。だが、それを生み出したのは、(対立候補のアダジ氏が所属する)労働党に対する国民の反感だった」(メシアニカ大・ダニエル・メンデス・ゴメス教授)【10月29日 産経】

既成メディアでなく、SNSによる有権者への直接アピール重視
社会的少数者を攻撃する差別的言動もさることながら、SNSを活用して“泡沫候補”から主役に躍り出る選挙戦でのアピールの仕方も「ブラジルのトランプ」という表現がよくあてはまるものでした。

****SNS活用 “泡沫”一転、勝利に****
28日投開票のブラジル大統領選で当選した極右、社会自由党のジャイル・ボルソナロ下院議員(63)は勝利宣言で、トランプ米大統領の決まり文句を意識しながら「ブラジルを偉大で栄える国にする」と誓った。

自分に不都合なニュースを「フェイクニュース」と決めつけ、「ブラジルのトランプ」と呼ばれるボルソナロ氏は、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)を有効に活用し、泡沫(ほうまつ)候補とみなされていた序盤から一転、勝利につなげた。
 
党の資金や組織力が乏しく、知名度が低かったボルソナロ氏の選挙戦は、有力政治家の応援もなく、政党議席数に応じて配分されるテレビの政見放送時間も短かった。

だがSNSで汚職非難のメッセージや動画を繰り返し投稿し、直接有権者に訴えると、熱心な支持者が勝手連的に増え、メッセージが拡散していった。

フォロワー数は9月時点で約1000万人に上り1月から4割増加。陣営は否定するが、企業を使った違法な大量メッセージ送信やフォロワー数の水増しなどの疑惑が浮上した。
 
またボルソナロ氏は9月、遊説中に自身に反発する元左派政党党員にナイフで刺され重傷を負い、「同情票」でも支持を集めた。

医師から討論会参加の許可が出た後も体調不良を理由に公開の討論会には出席せず、最後までSNS中心の選挙戦を続けた。勝利宣言もフェイスブックの動画中継で済ませ、街頭に出ることはなかった。(後略)【10月29日 毎日】
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フィルター(それを「良識」と呼ぶか、既成枠組みが押し付ける「偏向」と呼ぶかかは別にして)のかからないSNSなどのツールが主役ともなる現代の民主主義においては、真実かどうか、現実性があるかどうか、副作用はないかどうか・・・ではなく、いかに過激な主張で有権者にアピールするかが勝因となる傾向にあるようで、その意味では従来の民主主義とは異なる側面を持つことにもなっています。

いったん「指導者」として受け入れた人々にとっては、どんな批判・スキャンダルも大した意味をもちません。「フェイクニュース」として退けるか、あるいは、ネガティブ評価が既存秩序の破壊者としてのカリスマを増大させるだけです。

【外交も「トランプ流」】
外交に関しても、ナショナリズムを鼓舞し、中国に対して強い態度を示し、2国間協定を重視するなど、「トランプ流」で臨むようです。

****ブラジル新大統領、外交は「トランプ流」 ボルソナロ氏、政策一変の可能性****
28日に投開票されたブラジル大統領選の決選投票で、極右のジャイル・ボルソナロ下院議員(63)が初当選した。

ソーシャルメディアを駆使して「ブラジルを偉大に」とナショナリズムを鼓舞する姿勢は、心酔するトランプ米大統領にうり二つ。中国に対して強い態度を示し、2国間協定を重視するなど、通商・外交方針でもトランプ氏のひそみにならう。

地域連合や途上国との関係を重視してきた過去の左派政権の政策が一変する可能性がある。

 ■依存回避
「中国はブラジルで(物を)買っているのではない。ブラジルを買っているのだ。ブラジルを中国の手に委ねてよいのか」
 
中国資本がブラジル国内で天然資源事業への投資を強めていることに、ボルソナロ氏は警鐘を鳴らす。
 
ブラジル企画予算省によると、2003年から今年8月までの中国企業による投資件数は104件。総額で約541億ドル(約6兆円)に上る。投資先の内訳(03〜17年)は電力関連が46%、石油・ガスが30%などと資源関連が圧倒的だ。
 
た、中国資本が米国系企業のブラジルでのトウモロコシ種事業を買収したことに、ボルソナロ氏は「ブラジルは食糧安全保障も失っている」と訴えた。
 
資源外交を進める中国への警戒感について、元IBMEC大教授で経済コンサルタントのフイ・キンタンス氏は「ボルソナロ氏はブラジルの資源を守ろうとしている。中国に依存しすぎると、ブラジルの自立を失うという危機感がある」と解説する。

 ■2国間主義
「トランプ手法」の踏襲は、2国間外交を重視する点にもみられる。
 
ブラジルなど南米諸国の関税同盟である南部共同市場(メルコスル)が進めている自由貿易協定(FTA)交渉が遅々として進まないことに業を煮やし、「われわれはメルコスルの呪縛から解放され2国間主義に向かうべきだ」とし、各国との個別FTAを志向。中国、ロシアなどと構成する新興5カ国(BRICS)や途上国との関係にも懐疑的だ。
 
ボルソナロ氏は勝利宣言で「イデオロギーに基づいた外交からブラジルを解放する。ブラジルはこれから先進国に接近する。経済と技術の価値を与えてくれる国と2国間関係をつくる」と述べ、歴代左派政権が注力してきた多国間関係を一変させる意思を示した。
 
先進国の中でも重視するのが米国やイスラエルで、米国と同様、在イスラエル大使館をエルサレムに移転する考えを示している。「私はトランプ大統領のファンだ。私はブラジルを偉大にしたい」とトランプ氏への好感を隠さず、当選直後のトランプ氏との電話を「間違いなく大変友好的」だったと喜んだ。
 
トランプ氏の模倣ともとれる姿勢だが、キンタンス氏は「両者は似てはいるが、物まねではない。ボルソナロ氏は元軍人だけに、(安全保障上)特定の1国に依存しないという意識が強烈だ。スローガンである『ブラジル最優先』という観点から外交を進めるとみられる」と指摘している。【10月29日 産経】
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【民主主義の負の側面】
汚職・治安・経済・・・その病根が深いほど、その原因となっている構造要因に関する冷静な分析・対応が必要になります。時間も要します。

しかし、多くの人々はマシンガンを撃ちまくるポーズで問題一掃をアピールする者のほうに惹かれてしまいます。病んだ社会は病んだ指導者を求める・・・ということにも。

ただ、フィリピン・ドゥテルテ大統領の超法規的殺人による麻薬対策のような過激な対応は短期的には目覚ましい効果をあげても、一部の人々への大きなしわ寄せを生みます。

多数が満足するなら少数者の犠牲はやむを得ないという考えが当然のことのように思われるようになったとき、民主主義は異なる性質のものに変質していきます。

一定のエリート層やメディアに誘導された民意ではなく、「自国第一」を当然のこととし、少数者の権利擁護より多数者の満足を重視する人々が銘々の好み・利益でつくりだす民意が、そしてSNSなどで増幅される過激な民意が主流となる時代にあって、民主主義というものが言われているほどに優れた制度なのか、民意に良識を期待できるのか・・・疑問も生じます。さりとて、それに代わるべき制度もありません。

これからの社会にあっては、イギリスの元首相ウィンストン・チャーチルの有名な言葉「民主主義は最悪の政治といえる。これまで試みられてきた、民主主義以外の全ての政治体制を除けばだが」を改めて吟味し、その“最悪”部分を軽視せずに直視する必要がありそうです。

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