
(9月6日 暴漢に刺される直前のボルソナロ氏 【9月7日 Bloomberg】
【差別主義的発言で「ブラジルのトランプ」の異名がある元軍人が支持率トップ】
ブラジル大統領選挙が今日7日に行われます。
現在収監中のルラ前大統領は、もし出馬が認められれば絶対本命と観られていましたが、結局、高等選挙裁判所はルラ氏の立候補を認めませんでした。
2003〜10年に大統領を務めたルラ前大統領は、建設会社に便宜を図った見返りに高級マンションを提供されたとして、今年1月に禁錮12年1月の2審判決を受け、4月に収監されています。ブラジルの法律は、2審でも有罪となった場合は8年間被選挙権を失うとしています。
投票日まで1か月を切った9月11日、ルラ氏の所属する労働党(PT)は、ルラ氏の立候補を取り下げるとともに、代わりに副大統領候補のアダジ元サンパウロ市長(55)を大統領候補に繰り上げると発表。
一方、ルラ前大統領以外では支持率でトップにあった差別主義的発言で「ブラジルのトランプ」の異名がある元陸軍大尉のボルソナロ下院議員は、9月6日に暴漢に襲われて重傷を負って入院。投票日も近い9月29日にようやく退院しています。(どこまで回復したのかは知りません。政治家ならこの状況では多少の無理はするでしょう)
なお、ボルソナロ氏の過去の言動については、以下のようにも。
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ボルソナロ氏は2011年には米プレイボーイ誌の取材で、「同性愛者の息子を愛することはできない」と述べ、もしそのような息子がいたら「事故で死んでほしい」と語った。
2015年には、新聞社の取材でマリア・ド・ロザリオ下院議員について「とても醜いのでレイプする価値がない」と発言し、名誉毀損の罪で損害賠償を支払っている。
また現在、アフリカ系ブラジル人に対する人種差別的な発言をめぐって捜査されている。【9月7日 BBC】
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数年前まではとても大統領を狙える位置にあるとは思われていませんでしたが、“労働党政権の崩壊や2016年のルセフ前大統領の弾劾裁判などが、ブラジル政局の深い溝を浮き彫りにした。ボルソナロ氏の歯に衣を着せない発言や法の秩序を守る姿勢に、汚職や経済危機で左派を非難する多くの有権者が共感を覚えた。”【同上】ということで、選挙戦トップへ。
さらに暴漢に襲われたことで、同情票も期待できます。
選挙は、上記の極右「ブラジルのトランプ」ボルソナロ氏とルラ氏の差し替え候補である左派アダジ氏の争いで、第1回投票ではいずれも過半数には達せず、決選投票にもちこまれるだろうと予測されています。
アダジ氏が再替えとなって、ルラ人気の一部を引き継いで支持率を伸ばした際には、決選投票ではアダジ氏が有利とみられていました。
****ブラジル大統領選、首位ボルソナロ氏をアダジ氏がさらに追い上げ=世論調査****
24日に公表された調査機関Ibopeの世論調査によると、10月7日のブラジル大統領選で、極右候補ボルソナロ下院議員(63)のリードを、ルラ元大統領の代わりに労働者党候補で出馬しているアダジ元サンパウロ市長(55)が縮めており、決選投票では勝利する可能性が高まっている。
調査では、第1回投票におけるボルソナロ下院議員の支持率が28%で先週の前回調査と変わらず。アダジ氏は3%ポイント上昇して22%だった。
調査結果は、エスタド・デ・サンパウロ紙とグロボ・テレビが伝えた。
第1回投票で過半数を獲得する候補が出なかった場合に行われる決選投票については、アダジ氏の支持率が43%で、ボルソナロ氏の37%を上回った。先週の調査では、両氏の支持率はともに40%だった。
一方、ボルソナロ氏の不支持率はこれまでで最高の46%に上昇し、決選投票で逆風になる可能性があるとみられている。アダジ氏の不支持率は30%だった。(後略)【9月25日 ロイター】
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ただ、選挙戦最終盤にきて、ボルソナロ氏が支持を伸ばしているとの報道もあります。
****ブラジル大統領選、トップの極右候補が支持伸ばす ****
左派急追に中間層や既得権益層が危機感
7日投開票のブラジル大統領選に向け、過去の軍政賛美や差別発言を繰り返す極右のジャイル・ボルソナロ下院議員(63)の支持率が伸びている。
汚職で収監されたルラ元大統領(72)の後継候補である左派のフェルナンド・アダジ元サンパウロ市長(55)の急追を受け、危機感を募らせる中間層や既得権益層がボルソナロ氏支持に回っている可能性がある。(中略)
大手調査会社ダタフォリャが3~4日に調べた最新の支持率はボルソナロ氏が35%で、9月末(26~28日)の調査から7ポイント上昇。2位のアダジ氏は22%で伸び悩んだ。3位は左派陣営の一角であるシロ・ゴメス元財務相(60)で11%。同社は不支持率も調査。最新はボルソナロ氏が45%、アダジ氏は40%だ。
小政党のPSLを基盤とする元軍人のボルソナロ氏は黒人や同性愛者を差別する過激な言動で注目を集めるが、反発も受けやすい。
アダジ氏は9月中旬、労働党がルラ氏擁立を断念し、差し替えた候補。貧困対策に熱心だったルラ氏は低所得層に人気で、アダジ氏はそれを当て込むが、左派のバラマキ体質を嫌う中間層や既得権益層は多い。
市場にはボルソナロ氏を望む声が多い。同氏は政権獲得後の財務相として、市場原理を重んじる経済学者のパウロ・ゲジス氏を指名。同氏は財政収支の赤字削減や国営企業の民営化などによる構造改革を主張する。
一方、アダジ氏は低所得層への配慮で年金改革など財政支出抑制に消極的だ。
投票行動はなお流動的だ。世論調査で下位に沈む中道右派のジェラルド・アルキミン前サンパウロ州知事(65)や、中道左派のマリナ・シルバ元環境相(60)らの支持者の票がほかの候補に流れる可能性もある。ダタフォリャの最新調査では「支持候補なし」が6%、「(投票先は)分からない」は5%だった。【10月5日 日経】
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結論としては、投票箱を開けてみないとわからない・・・・といった状況です。
【極右候補を押し上げた、国民の現状への怒り】
泡沫的な極右ボルソナロ氏の当選が現実味を増しているのは、一言で言えば、ブラジルの状況がうまくいっていないからであり、国民の怒りを背景に、型破りな同氏への期待が増しているといえます。
****ブラジルにも「極右政権」が誕生か?****
ブラジルで、国民の怒りがかつてない高まりを見せている。その怒りは「ブラジルのトランプ」こと極右、ジャイール・ボルソナロ候補支持に向かっている。
その結果、10月7日の大統領選挙は混戦模様となり誰が勝利するか見通し難い。
「経済の低迷」が怒りの原因
ブラジル国民は怒っている。1985年の民政復帰以来、ブラジル政治はうまく機能していなかったのではないか。この国の政治家は統治能力を欠くのではないか。
1964年に軍がクーデターを起こし、以来20年にわたり軍事独裁制を敷いた。クーデターの際、軍は「政治家に任せてはおけない、エリート集団の軍が混乱した国を立て直すしかない」と血気にはやり政治刷新を断行した。
しかし、当初こそよかったものの結局経済は行き詰まり、20年の軍政の後、ブラジルは民政に移行した。
その後、国民は3000%に及ぶハイパーインフレで塗炭の苦しみを味わったものの、1994年からのエンリケ・カルドーゾ大統領の下で行われた「ドラリザソン(通貨のドルリンク政策)」により、奇跡的にインフレを克服。
2003年からは、それまで万年野党だった労働党(PT)が政権に就き、ルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルバ(通称ルーラ)大統領の下、「ボルサ・ファミリア」と称する貧困対策により多くの中間層を創出、経済成長の期待が一気に高まることとなった。
時あたかも新興国経済台頭の頃、ブラジルはBRICSの一角として一躍世界の注目を集めた。当時、世界のGDP成長率の大きな部分を新興国が占め、最早、先進国が世界経済をけん引する時代は終わったとさえ言われた。2000年代半ばのことである。
その後のリーマンショックで先進国経済が大きく後退したこともあり、ブラジル、中国等の存在は更に脚光を浴びていく。
事態が急展開したのはルーラ大統領の後を継いだディルマ・ルセフ大統領の時からだ。ルセフ大統領はルーラ大統領の官房長官として手腕を発揮、国民はルセフ大統領の下でもルーラ氏の路線が継承され繁栄が継続するものと期待した。
しかし、ルセフ大統領はやがて政治家として力量が劣ることを露呈していく。ブラジル経済は2014年から16年にかけ大きく後退、ブラジルはかつてないほどのリセッションに見舞われた。
政府は、ルーラ大統領の目玉だった貧困層対策どころでなくなり、国民のルセフ大統領への信頼が一気に低下していく。同大統領は2016年ついに弾劾され、副大統領だったミシェル・テメル氏が大統領に就任した。
「汚職」が蔓延するブラジル社会
国民の怒りの根底にあるのは経済の混迷である。しかし、ブラジルの混迷はそれだけにとどまらなかった。今度は大規模な汚職疑惑が発覚する。
汚職はこの国では日常茶飯事だ。政府上層部から社会の底辺層に至るまで、汚職はブラジル文化の一部ですらある。根底にあるのは、社会の一体性の欠如である。他人のことなど構っていられない、獲れるものは他人のものをくすねてでも懐に入れる、そういう空気が社会を覆う。
汚職は誰もが行う普通のこと。いちいち目くじらを立てる方がおかしい。そういうブラジルにあって2016年、あのルーラ氏が汚職で逮捕された。建設業者から海辺の瀟洒な別荘をもらった。司法はルーラ氏に12年の刑を言い渡しクリチバの刑務所に収監した。
しかし事はこれだけでは済まない。現在も捜査中のブラジル国営石油会社ペトロブラス社を巡る「ラヴァ・ジャト」疑獄事件では、ルーラ氏のPTだけでなく、かつてのカルドーゾ大統領のブラジル社会民主党(PSDB)や、そのほか主だった政党の有力政治家に軒並み汚職嫌疑がかかった。実にブラジル史上最大の疑獄事件である。
テメル大統領でさえ、ワイロを要求するテープの存在が明るみに出た。しかし議会決議により何とか訴追を免れる始末。
さすがのブラジル国民もあきれ果てた。国民が経済の低迷に苦しんでいる。それに有効な手を打つわけでもなく、政治家は私腹を肥やしている。
そのとばっちりは至るところに見られる。9月2日、国立博物館が火災に見舞われた。2000万点に及ぶとされる国の重要文化財が失われた。実に国家的損失である。原因は博物館の老朽化。メンテナンスの必要性が叫ばれながら、国は経費削減を言い訳にとるべき手を打ってこなかった。
ブラジルの治安の悪さは有名である。特に大都市がひどく、リオデジャネイロは犯罪の巣窟として有名。
リオのコパカバーナ海岸の美しさは類を見ないが、そこに半ズボン、Tシャツ、サンダル姿以外で立ち入るのはご法度である。腕時計をしていれば直ちにはぎとられるし、少しでも金がありそうだと見られればすぐに襲われる。ブラジルの2016年の殺人件数は6万3千人だが、これは世界でも最悪の部類に属する。
この国で行政サービスが機能不全に陥っているのは周知の事実である。治安も社会インフラも教育も、すべてが大きく機能低下をきたしているにもかかわらず、政治家は私腹を肥やすことに余念がない。
「現在の政府に満足しているのは13%」という数字は中南米で最悪。有権者の3分の1が「投票には行かない」、もしくは「行っても白票を投じて帰ってくる」と言っている。【9月29日 WEDGE】
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この国民の怒りが差別主義言動が目立つ極右大統領を誕生させることになるのか・・・・。
【アメリカにも似た白人社会の不満も】
おそらく、単に汚職や経済不調、治安悪化への怒りというだけでなく、ルラ・ルセフ左派政権による貧困対策に対して、富裕層そしてブラジルの中流層を占めている白人社会が不満を強めていることが、「ブラジルのトランプ」を押し上げることになっていると思われます。
その点では、マジョリティの地位を失いつつあるアメリカ白人社会の不満・不安がトランプ大統領を岩盤支持しているのと似ているようにも。
第1回投票で過半数を制する候補がいない場合、決選投票は10月28日です。
【民主主義の危機を招くことを承知で、法律を順守するという選択】
もし、極右ボルソナロ氏の勝利となれば、法律の定めを順守してルラ前大統領の出馬を認めなった結果(そもそもルラ氏の罪状は、ブラジル政界を覆う大規模汚職のなかでは比較的軽微なもので、有罪判決には政治的意図が見られるとの指摘もあります)、民主主義そのものの基盤をあやうくする人物を大統領に据えることに・・・・という悩ましいことにもなります。【10月9日号 Newsweek日本語版「民主主義を破壊しても汚職つぶしを選ぶブラジル」】
もちろん、それも国民の選択の結果ですが。
民主主義が脆弱なブラジルにあっては、極端な思想の政治家のもたらす危険性はアメリカ以上との指摘も。【10月5日 白石和幸氏「迫るブラジル大統領選。トランプより危険な極右差別主義候補が台頭した理由」 HARBOR BUSINESS】
【いずれが勝利しても議会運営には苦慮】
なお、いずれが勝利しても、議会運営には苦慮することになりそうです。
****ブラジル次期大統領、避けられない連立相手探しの試練****
ブラジルの次期大統領は就任直後から財政悪化や景気低迷などの課題に直面するが、どの候補が勝っても議会で改革を通すための連立相手探しに苦慮しそうだ。
7日は大統領選の第1回投票と同時に議会選が行われ、下院は513の全議席、上院は81議席の3分の2が改選される。
大統領選は右派候補ボルソナロ下院議員と左派の労働党候補アダジ元サンパウロ市長による一騎打ちの展開が予想される。
ブラジルは過去数十年で最悪の景気後退からの回復途上で、国民に負担を強いる年金制度改革も控えており、次期大統領は来年1月1日の就任後に迅速な行動が求められる。
大規模な変革を進めるには議会対策が不可欠だが、有力大統領候補2人はいずれも議会対応や連立合意で苦戦が見込まれる。
選挙戦で首位に立つ極右のボルソナロ氏は、議会との癒着がはびこるブラジルの政治体質を批判している。しかしボルソナロ氏が勝てば、右派勢力は政権樹立に向けた議会での交渉が避けられない。
ボルソナロ氏の出身政党、社会自由党(PSL)は連立を組める相手が1つしかなく、しかも規模はPSLよりも小さい。
ルラ元大統領に代わって労働党候補で出馬し、世論調査で2位につけているアダジ氏は、ルラ氏への支持が頼みの綱になっている。
今のところアダジ氏が頼れる連立相手は小規模政党である共産党に限られる。しかし労働党と共産党は、ルラ氏の後を継いだルセフ元大統領の弾劾を巡って連立が崩壊した経緯があり、連立の再結成は難航しそうだ。
労働党が下院で50議席を抑えても、アダジ氏の連立相手探しはボルソナロ氏よりも難しいとアナリストはみている。
ブラジリア大のデービッド・フレッシャー教授(政治学)は「アダジ氏は中道勢力からも(現与党の)ブラジル民主運動党(MDB)からも完全な支持を取り付けられないだろう。アダジ氏の方が困難な状況に見舞われそうだ」と述べた。
一方、ボルソナロ氏が連立を組む上で、農業系業界団体、農牧畜系議員前線(FPA)が最近同氏への支持を決めたことが明るい材料だ。FPAは下院で3分の1、上院で4分の1の議席を占めている。【10月7日 ロイター】
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