孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

イラン  ガソリン価格引き上げで抗議デモ

2019-11-18 22:19:01 | イラン

(イランの首都テヘランでは16日、ガソリン価格の値上げに抗議した市民らが幹線道路に自動車を停車して通行できないようにした=ロイター【11月17日 朝日】)

 

【「麻薬」のように抜け出すのが困難な補助金政策】

アメリカによる経済制裁で市民生活が困窮するイランで、ガソリン価格値上げ(補助金削減)が実施され、市民からの激しい抵抗にあっています。

 

****イラン、ガソリン価格が3倍に 全土で反政府デモ****

イランで15日夜以降、ガソリン価格の値上げに抗議する反政府デモが全土で続いている。政府が15日にガソリン価格を最大約3倍に値上げしたためだ。

 

イランメディアによると、デモ参加者らは反政府のスローガンを叫び、高速道路を封鎖するなどしており、少なくとも1人が死亡した。

 

デモはイラン全31州のうち20州以上で起きた。首都テヘランでは市民が道路を封鎖するなどした。他の都市では暴徒化したデモ隊の一部が、パトカーや銀行などに火をつけたとの情報もある。

 

南東部ケルマン州シルジャンではデモに参加した市民1人が死亡したが、治安部隊による銃撃を受けたのかどうかなどは分かっていない。

 

政府は、全土で携帯電話によるインターネットの接続を大幅に制限するなどして対応にあたっている模様だが、事態を収拾できるかは不明だ。

 

デモの引き金になったガソリン価格は、15日未明に政府が値上げを発表した。産油国のイランでは、政府が補助金を出してガソリン価格を統制しており、世界有数の安さに抑えられている。

 

これまでは1リットル1万リアル(実勢レートで約9円)だったが、15日以降は1カ月間に60リットルまでは1万5千リアル(約14円)に、それ以上を購入した場合は3万リアル(約28円)に値上がりした。

 

2015年のイラン核合意から昨年に離脱した米国による制裁の影響で、イランの経済は低迷。物価高や通貨の下落が起きたため、市民生活を直撃している。

 

今回の値上げについて政府は「値上げ分の増収は、中間層や貧困層への補助金に回される」と説明しているが、市民からは、政府の経済政策の失敗とエリート層の腐敗が経済的苦境を招いているとの批判が強く、ガソリン価格の値上げが火に油を注ぐ結果となった。

 

ガソリン価格が上昇すると輸送費が増えるため、多くの商品が値上がりする。市民はガソリン価格の値上げには神経をとがらせており、07年には暴動が起きた。17年末にも全土で物価高に端を発した反政府デモが発生。治安部隊との衝突などで25人が死亡した。【11月17日 朝日】

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常識的には「1リットルが9円? そりゃ無理だろう・・・」という感もありますが、イラン市民にとっては生活の前提となっています。

 

上記記事差後に“市民はガソリン価格の値上げには神経をとがらせており・・・”とありますが、神経をとがらせているのは政府側も同様、あるいは市民以上でしょう。

 

記事にもあるように、同様騒動は2007年にもありました。

 

当時、このブログを書き始めた間もない頃でで、その時の印象が強く残っています。

 

イラン ガソリン輸入と石打刑”【2007年7月17日】

 

当時のブログにも書いたように、ホメイニ師以来の神権政治とか、アフマディネジャド大統領(当時)の強権支配とは言っても、市民の反発に非常に気を使う必要があるという点では、日本や欧米の民主主義政治とそれほど大きな差はないようだ・・・というのが、そのときの印象です。

 

以来、アメリカはイランのことを「悪の枢軸」「ならず者国家」と激しく罵っていますが、もちろんイラン固有の特殊性は多々あるものの、上記のように民意を無視できない社会であるという基本的な点では、言うほどの差異はないのでは・・・と考えています。

 

ガソリンなど燃料に対する補助金、食糧に対する補助金は多くの国が政権維持のための貧困層対策として行っていますが、このような補助金政策は麻薬のような性格があります。

 

いったん導入すると、次第に国家財政を圧迫して国家の体力を奪っていきますが、補助金の削減・廃止は国民の激しい反発を招き、場合によっては政権の命取りにもなります。それは、世間で独裁政治とか強権支配とか呼ばれている体制にあっても同様です。

 

そのため、イランを含めて補助金削減・燃料・食糧価格引き上げを行おうとする政権は、政治生命をかけた取り組みともなりますし、そのため、なかなかそこから抜け出せず、事態はますます悪化するということにもなります。

 

今回のイランに話を戻すと、政権側はなんとかこの値上げを乗り切ろうとの構えです。

 

****イラン大統領、社会の「不安定」容認しないと警告 抗議デモ受け****

ガソリンの値上げに対する抗議デモが起きているイランで、同国のハッサン・ロウハニ大統領は17日、イランは社会の「不安定」を容認しないと警告した。2日間の抗議デモでは2人が死亡、数十人が当局により拘束され、インターネットへのアクセスも制限された。

 

ロウハニ師は「抗議を行うのは国民の権利だ。だが、抗議行動は暴動とは違う。われわれは社会の不安定を容認すべきではない」と明言。抗議デモの発端となったガソリンの値上げを擁護した。イラン政府は急激な景気悪化の中、ガソリンの値上げを社会福祉費用に充てる計画だとしている。(中略)

 

抗議デモでは、道路が封鎖されたり公共物が放火されたりし、複数の負傷者が出て、数十人が拘束された。

 

デモ発生の翌日にはインターネットへの接続が制限された。インターネット監視団体ネットブロックスの16日のツイッター投稿によると、「イランでは現在、インターネットがほぼ全土でシャットダウンされている」という。 11月18日 AFP】AFPBB News

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最高指導者ハメネイ師もロウハニ大統領の施策を支持しています。

 

****イラン最高指導者がガソリン値上げ支持、抗議デモは敵対者や外国主導と批判****

イラン最高指導者のハメネイ師は17日、政府のガソリン価格引き上げを支持する姿勢を表明し、値上げに対して全国的な抗議行動が起きていることについては、イランの敵対者や外国勢力が主導していると批判した。

 

ハメネイ師は国営テレビの演説で「一部の人々が値上げの決定に不安を抱いているのは疑いない。だが破壊行為や放火はわが国民ではなく、フーリガンの仕業だ。反革命者とイランの敵はいつも破壊や安全保障の侵害をこれまで後押ししてきたし、今も続けている」と語った。

 

イランの複数の通信社やソーシャルメディアによると、政府がガソリン価格を引き上げた翌日の16日に、首都テヘランや他の多くの都市でデモ参加者と警察や治安部隊が衝突。デモ参加者は政府トップの辞任も求めた。

 

約1000人が拘束され、100カ所の銀行が放火される事態になった。当局者によると南東部の都市では15日に死者も発生した。(後略)【11月18日 ロイター】

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【穏健派と保守強硬派がせめぎあうイラン政治】

しかし、イラン政治が一丸となってこの難局を乗り切ろうとしている・・・という訳では決してないようです。

 

政権が政治生命を賭けた政策にうって出るとき(そうせざるを得ないほど追い詰められているとき)は、反対派にとって格好の狙い時となるのは、日本を含めて政治世界における共通現象です。

 

特にイランの場合は、ロウハニ大統領に代表される穏健派政権に対し、保守強硬派は「核合意で譲歩したにもかかわらず、アメリカは制裁を解除せず、経済はますます苦しくなっている」と批判を強めており、その政治バランスが微妙な状況にあります。

 

ガソリン価格値上げは5月段階でもイラン国内で報じられて騒動になっており、このときの報道は保守強硬派側の政権揺さぶりとも見られています。

 

*****「ガソリン値上げ」報道、誤報だった イラン各地で混乱****

イランで5月初旬、反米保守強硬派の有力通信2社が特ダネとしてガソリン価格の値上げを報道したことで、市民がガソリンスタンドに殺到し、各地で混乱が起きた。

 

政府はすぐさま報道を否定。司法当局が両通信社の幹部を事情聴取するなどして事態の収拾を図ったが、騒動の背景には国内の政治対立があるのではないかとみられている。

 

イランではガソリン代に政府の補助金が充てられており、ガソリンが1リットル1万リアル(実勢レートで約7円)と、ベネズエラやスーダンと並び、世界有数の安さを誇る。

 

ガソリン価格が上昇すると、輸送費もかさみ、物価上昇に直結するため、市民はガソリンの値上げには神経をとがらせている。2007年には値上げに端を発して首都テヘランで暴動が起きたこともある。


合意から離脱したトランプ米政権がイランへの制裁を再開して以来、物価高や現地通貨の価値急落などで経済は低迷。

 

米国がイラン産原油の完全禁輸措置に踏み切る矢先の報道とあって、国家歳入の約6割を占めるとされる原油収入の激減が予測される中、政府が予算不足からガソリンへの補助金を削減するのではないかとの観測が強まっていた時期でもあった。

 

各地での混乱にザンガネ石油相は「事実無根だ」と値上げを否定。市民が過敏に値上げ報道に反応したため、政府が急きょ方針転換をしたのではないかとの見方もでている。

 

また、背景には保守穏健派のロハニ政権と、反米を基調とする保守強硬派との政治的対立があったのではないかともみられている。

 

というのも、特ダネを報じたのがイランの精鋭部隊・革命防衛隊傘下のタスニム通信とファルス通信だったからだ。革命防衛隊は最高指導者ハメネイ師の直轄で、反米を基調とする保守強硬派の牙城(がじょう)だ。このため、両通信社が、対立する保守穏健派のロハニ政権の「失点」となりかねない上げをいち早く報じたのではないかとの見方もある。

 

さらに、国内では「フェイクニュースだった」との批判が高まり、タスニム通信によると、国内治安を統括する司法当局が両通信社の幹部らを事情聴取。すると、幹部らは「石油省の下部組織の人物から聞いた」と個人名を暴露した。この人物は、メディアに情報を伝えるように命じた石油省幹部とともに逮捕され、その後保釈された。今後在宅で訴追される可能性がある。

 

イランには42の通信社と353の新聞社があるが、通信社や新聞は、政府や各省庁、司法府といった組織の傘下にある。各組織の利益を代表しつつ特ダネ競争を続けている。【5月14日 朝日】

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“火のないところに・・・”で、このときも政府側は実際に値上げを検討したものの、保守強硬派系メディアのリークによって慌てて「否定」に転じたのでは・・・・という推測がなされています。

 

今回の抗議デモについても、その背後に特定の政治勢力が・・・といったことがあっても不思議ではありません。

実際のところはよくわかりませんが。

 

【相当に水増しされた「大油田」発見発表】

上記は保守強硬派の情報戦略ですが、政権側の石油に関する世論操作の試みも。

 

先日、イランで「大油田」が発見されたとの報道がありました。

 

****イランで「大油田」発見、原発も公開 米欧牽制が狙いか****

イラン政府は10日、南西部フゼスタン州で大規模油田が見つかったと発表するとともに、南部ブシェール原子力発電所の2号機の建設現場を現地メディアなどに公開した。

 

核合意から離脱した米国による制裁が続くなか、国内で政権の求心力を保つとともに、核の平和利用を国外にアピールする狙いもありそうだ。

 

ロハニ大統領は10日、油田発見を公表した際、「政府から国民への心ばかりの贈り物だ。原油が増えれば歳入も増える」と強調し、「米国の制裁にもかかわらず、大油田を発見できた」と誇った。

 

11日にはザンガネ石油相も会見し、新たに見つかった油田の推定埋蔵量は220億バレルに上り、既に発見済みだった310億バレルと合わせて、530億バレルになるとの見通しを示した。

 

英石油大手BPの統計によると、これまでに判明していたイランの原油確認埋蔵量は1556億バレル(2018年末)で、世界4位とされている。

 

ただ、イランは、トランプ米政権が核合意から離脱した影響で今年5月から自国産原油の全面禁輸を強いられ、経済苦境が続いている。

 

イランはトランプ政権に対抗し、核合意で定められた濃縮ウランの貯蔵量を超過する措置などを段階的に実施。一方で、核合意の維持をめざす英仏独に原油取引再開などを求めている。

 

10日に公開された原発は、1号機がロシアの管理下で稼働しており、2号機の建設もロシアの支援を受ける。イラン政府は「使用済み燃料もロシアに戻され、完全に平和的利用だ」と強調しており、ロシアとの協力関係をちらつかせて、米国や英仏独を牽制(けんせい)するねらいもありそうだ。

 

イランでは、2012年から同国初の商業用原発であるブシェール原発の1号機(出力100万キロワット)を稼働。イランメディアによると、10日に公開された建設中の2号機は23年の完成をめざしており、3号機の建設も予定されているという。【11月11日 朝日】

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ただ、この「大油田」発見の発表は、フェイクとは言わないまでも、相当に“見かけ倒し”のようだとの指摘もあります。

 

****イラン、「大油田」発見は見かけ倒し 実際の採掘量は?****

イランのハッサン・ロウハニ大統領は10日、国営石油会社が埋蔵量530億バレルの油田を発見したと発表した。文字通りに受け取れば、桁外れの大油田が見つかったということになる。(中略)


これほど大規模な油田の発見は、イランの経済見通しや世界の原油埋蔵量にとって大きな朗報のように聞こえる。事実、ロウハニ大統領は演説の中で、今回の発見をまさにそのように位置づけていた。

 

イランは米国の経済制裁によって原油輸出が大幅に落ち込み、経済が深刻な打撃を受けているが、大統領は発表を機に、それでも制裁に屈しない姿勢を強調したわけだ。

ところがその後、ロウハニ大統領の発表内容は、見かけ倒しに近いものだったことが明らかになった。それは、経済的な苦難が続くなかで国民の支持を集めるために、巧妙に演出されたものだった。

発表から数日後、ビージャンナムダル・ザンギャネ石油相が発見された油田について詳しい説明を行った。それによると、新油田により増えるイランの原油埋蔵量は、実際は220億バレルにとどまるという。それでも確かに相当な量ではあるが、大統領が誇示した530億バレルに比べると、ずいぶんかけ離れた数字だ。

さらに、新油田の原油回収率は10%にとどまるため、実際の採掘量はたった22億バレルほどになる見通しだという。API比重が20余りとかなり重質の油で、ベネズエラ産原油と同じように採掘が難しく、そのコストも高いからだ。

 

イランの現在の状況からすると、この油田から実際に原油が採掘される可能性は低く、市場に出回る可能性はさらに低いと言わざるを得ない。

ロウハニ大統領は巧みな宣伝をし、実際、国際的なメディアの注目を集めた。だが、今回の油田発見によってイランの運命、富が変わることはなさそうだ。 【11月15日 Forbes】

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この種の期待感を煽るための情報操作は各国政府が常々やっているところで、特に頻繁にやっているのが「中国が農産物を大規模に購入」といった類を連発しているアメリカ・トランプ大統領でしょう。

 

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