孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

ポーランド  保守ポピュリズム「法と正義」政権で進む非リベラル・中国型モデル

2019-11-20 22:33:43 | 欧州情勢

(10月13日、選挙の出口調査の発表後、支持者に語りかける与党「法と正義」のカチンスキ党首(右)と笑顔のモラビエツキ首相【10月14日 朝日】)

 

【司法の独立を脅かす司法改革 自由市場からの決別】

****姜尚中「ベルリンの壁崩壊から30年、米中対立は似た者同士のねじれが生じている」****

11月9日、ベルリンの壁崩壊から30年を迎えました。(中略)


あの頃、私たちはどこかで東西対立を水と油のように考えていて、壁の崩壊とともに冷戦が終わり世界は平和になっていくはずだという多幸症的な高揚感がありました。

 

しかし、世界はむしろ混乱のるつぼと化し、至る所で揺り戻しが起きています。旧ソ連をはじめ東側の処方箋の間違いが歴史によって証明された一方で、資本主義は今や地球の隅々を覆うようになり、その内部に格差や環境破壊など大きな矛盾を抱え込んでいます。

 

そして、米ソ対立に代わって米中対立が新たな冷戦として語られるようになりました。

現在の米中対立は、他面では似た者同士の角逐という側面があることを見逃してはなりません。

今の中国が望んでいるのは、国家社会主義ならぬ国家資本主義です。他方米国では世代間の対立、階層間の格差、さらに地理的な分断が進み、民主社会主義が広がっています。

 

中国は国家資本主義、米国には民主社会主義の動きが出ているのですから、冷戦たけなわの頃には想像もできないねじれが生じています。社会主義対資本主義という冷戦のロジックで米中対立を考えていくのは誤りでしょう。

ベルリンの壁崩壊から30年。この機会に、西側を形作っていた基本的な価値を見直す時です。冷戦崩壊後、称揚されてきた北欧型福祉社会でもポピュリズムが台頭しています。

 

そして、独裁的な統治システムで、高い成長率を誇り、テクノロジーの面でも進化しつつある中国型モデルが、民主主義や議会主義で混乱する社会より、より効率的で望ましいという考えが広がろうとしています。

 

果たして、かつての西側諸国も中国型モデルにより接近していくか。それとも、そのモデルはどこかで破綻するのか。今後の大きな課題になるはずです。【11月20日 姜尚中氏 AERAdot.】

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“独裁的な統治システムで、高い成長率を誇り、テクノロジーの面でも進化しつつある中国型モデルが、民主主義や議会主義で混乱する社会より、より効率的で望ましい”という「中国型モデル」への接近の一例が東欧におけるハンガリー・オルバン政権であり、ポーランドの「法と正義」政権でしょう。

 

ポーランドについては、10月14日ブログ“ポーランド “EU懐疑派”の右派与党「法と正義」、総選挙で過半数維持 微妙なEUとの関係”でも取り上げたように、「法と正義」政権が進める司法改革が司法の独立を脅かしているとしてEU司法裁判所から違法判決を受けています。

 

しかし、政権側はEUの批判を無視して更に司法の政治化を進め、経済分野においても自由市場を制約する方向に踏み出すことを表明しています。

 

****ポーランド、経済分野で国家の役割拡大 司法改革推進へ=首相****

ポーランドのモラウィエツキ首相は19日、議会で施政方針演説を行い、経済分野で国家の役割を拡大すると表明、欧州連合(EU)が批判する司法改革をさらに進める意向を示した。

首相は、与党「法と正義」が引き続き福祉予算と国内企業の政府保有株を拡大すると表明。自由市場改革を進めていた過去の政権と決別する姿勢を強調した。

首相は「ネオリベラル派は我々の価値体系に混乱をもたらした。多くの人が、国家は足かせだと信じるようになってしまった」とし「極端は良くない。普通の状態に戻るべきだ」と訴えた。

同国では先月13日に下院選が実施され、法と正義が勝利。さらに4年間、政権を担うことが決まった。

2015年に政権に就いた同党は、司法改革を実施。EUは法の支配と司法の独立が脅かされるとして、訴訟を起こしている。

モラウィエツキ首相は、今後どのような司法改革を進めるか詳細は明らかにしなかったが、同党は司法制度の効率化に向け改革を実施する方針を表明。野党は、これまでの司法改革で司法の政治化が進んだと批判している。

19日遅くに行われた信任投票では、454議員中237議員が賛成票を投じ、首相が信任を得た。【11月20日 ロイター】

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【ナショナリズムを鼓舞するポピュリズム】

EUから非民主主義的との批判を受けながらも、カチンスキー氏率いる「法と正義」は、ナショナリズムに訴える形で、国民の強い支持を維持しています。

 

****ポピュリスト政権がまい進を続けるポーランド****

10月13日に行われたポーランドの総選挙では、保守ポピュリストの与党「法と正義」(PiS)が、下院での得票率を4年前の37.6%から約44%に伸ばし安定多数を獲得、大勝した。野党「市民のプラットフォーム」は得票率27.4%にとどまった。

 

欧州にいわゆるポピュリスト政権が複数成立してから一定の時間が過ぎ、その成否が分かれ始めている。イタリアやギリシャのように、余り何もできなかったポピュリスト政権が支持を減らしている国がある一方、今回のポーランドPiSのように大勝するものもある。

 

勝利するのは、よかれあしかれ「実績」があると見られているということである。

 

PiS人気を支える最大の要因は、社会的弱者への手厚い保護政策である。特に子育て世代への手厚い支援(子供一人当たり月500ズロティ、約127ドルを支給)、年金支給年齢の引き下げ(67歳であったのを男性65歳女性60歳に)、26歳以下の若者への所得税免除など、一見左派的な政策は、強い支持を獲得した。再選されれば、最低賃金をほぼ2倍にすると約束している。

 

これら福祉政策は、ポーランドの好調な経済に支えられてきた。今やポーランド経済はEU第7位であり、2018年も5.4%の高い経済成長率を記録している。

 

同時に、カチンスキーPiS党首は、巧みにポーランド人のナショナリズムに訴えてきた。彼の双子の兄弟レフ・カチンスキーは2010年4月10日に、カチンの森追悼記念式典に出席するため搭乗していた飛行機の墜落事故で亡くなった。

 

それ以来、ヤロスラフ・カチンスキーは黒の背広と黒のネクタイで過ごしている。そもそも双子のカチンスキー兄弟は、ポーランドで人気の子役俳優であった。

 

EUは、PiSの敗北を望んでいたであろう。ハンガリーのオルバン政権と並んで、「非リベラルな民主主義」に大真面目に取り組んでいるのがPiSであり、特に最高裁の権限に対して制限をかけている政策は、EUから法の支配の観点より再三にわたり注意を受けているが、ポーランドは聞く耳を持たない。

 

10月10日には、欧州委員会が、ポーランドが司法の独立を脅かしているとして、欧州司法裁判所に提訴した。しかし、ポーランド国民にはほとんど影響がなかった。PiSは前回選挙よりもさらに得票率を伸ばした。

 

カチンスキーは、いわゆる「西側」のリベラリズムを否定している。これは、1990年代以降東欧諸国に対して「高圧的」に接してきた西側諸国への、旧共産諸国内の反発に支えられている。

 

無条件、無批判に、ブリュッセルの言うまま改革を進めてきたが、それはあまりに単なるコピー「ゼロックス近代化」であった、その中で自分たちを見失ってしまった、という感覚が国民に持たれており、PiSの自己主張は、国民の支持を受けている。

 

特にカトリック色の強いポーランドで、伝統的な家族観の復活を訴えるPiSの戦略は支持されている(カトリック教会もPiSを支持)。ドイツに対して今更のように第二次大戦の賠償を請求しているのも、同じである。PiSはポーランド国民に、「尊厳を取り戻させた」と感じられている。

 

1989年の革命を支えた人々も、彼らのヴィジョンがないがしろにされたままブリュッセル(EU)主導の「改革」が無批判に勧められたと感じている。PiSは、EUで不評の「司法改革」についても、旧共産党との決別のために必要であると説明してきている。

 

ただ、今回の勝利は、PiS自身が期待していたほどには大きくなかった。得票率は伸ばしたものの、下院での議席数は変わらなかった。

 

その上、上院では野党の統一候補擁立が成功し、これまでの過半数を失った。これまで上下院で過半数を持っていたため、必要な社会保障改革法制を容易に議会で通すことができたが、これからはやや難しくなる。PiSが掲げていた憲法改正も、難しいだろう。

 

しかし、下院で安定多数を持っている限り、政権は安泰であり、ブリュッセルは煙たい政権ともう4年付き合わねばならない。

 

リベラル・デモクラシーを支持する側としては、経済原理だけでなく、最低限の生活保障、人々の誇りや尊厳と言った気持ちに対する配慮を取り戻さなければ支持を獲得することは難しいという教訓をポーランドの選挙結果が改めて示していると、認識する必要があろう。【11月5日 WEDGE】

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上記にある「ポーランド司法改革」のEUによる司法裁判所への提訴は、11月5日に「EU法違反」との判決が出ています。補助金削減等の制裁措置がとられるのでしょうか。

 

【歴史の書き換え】

「法と正義」(PiS)が鼓舞するナショナリズムは、「ホロコースト」へのポーランド人の関与という歴史的事実の否定にも向かっています。

 

****歴史はどうして書き換えられるのか ポーランド首相がネットフリックスに抗議 世界を覆う歴史修正主義****

「ポーランドの死の収容所」は正しくない

急激に保守化が進むポーランドのマテウシュ・モラウィエツキ首相が米映像ストリーミング会社ネットフリックス(Netflix)に対し「作品で使用された地図は第二次大戦でナチス・ドイツによって占領されていたポーランドが死の収容所の責任があると誤って伝えている」と抗議しました。

 

問題になったのはナチス・ドイツの強制収容所で2万7900人の虐殺に関わったとしてドイツで有罪判決を受けたものの、判決が確定する前に死亡したウクライナ系米国人ジョン・デミャニュク氏に焦点を当てたネットフリックスの『The Devil Next Door(隣に住む悪魔)』です。

 

モラウィエツキ首相はフェイスブックでその書簡を公開しています。「多くのポーランド人が隣人のユダヤ人を助けようとして殺害された。ポーランドはナチスに占領された国々の中でユダヤ人を匿ったとして死刑宣告を受けた唯一の国だ」

 

「にもかかわらずポーランドが強制収容所の設置や維持管理、そこで行われた犯罪に責任を負っていたと視聴者に信じ込ませるように騙している。当時、ポーランドは独立した国家として存在しなかったばかりか、強制収容所では何百万人ものポーランド人が虐殺された」

 

「この恐ろしい間違いは意図的ではないと信じている。できるだけ速やかに訂正されることを望んでいる」。

 

モラウィエツキ首相はアウシュビッツ強制収容所から逃れた後にレジスタンスに参加したポーランド人情報部員の報告書を添付しました。

 

ポーランドはホロコーストに加担したのか

ポーランド外務省はツイートでも「ネットフリックスは歴史の真実を語れ!」と抗議しています。(中略)

 

これに対してネットフリックスの広報担当者はメディアに「作品に対する懸念があるのは知っている。至急、検討する」とコメントしています。

 

ドイツは1939年にポーランドに侵攻。アウシュビッツを含む6つの強制収容所を開設し、ユダヤ人を中心に流浪の民ロマ、スラブ人、同性愛者、心身障害者ら300万人以上を虐殺しました。ホロコースト(ナチスによる大虐殺)の犠牲者は全体で600万人とモラウィエツキ首相は指摘しています。

 

しかし歴史は単純に「加害者」と「被害者」に二分できるわけではありません。「加害者」に支配された「被害者」が自らの命を賭してさらに弱い立場の「被害者」を守ることもあれば、自分の身を守るために虐殺する側の「加害者」に回ることもあるのです。

 

「ポーランド人のホロコースト加担は否定できない」

前者より後者の方が多くても何の不思議もありません。それが戦争であり、人間の弱さだからです。

 

英BBC放送は「戦中、戦後、ユダヤ人や他の民間人に対するポーランドの残虐行為はいくつかあった。1941年、おそらくナチスの扇動を受けたポーランド北東部イェドバブネの村人は、300人以上のユダヤ人を生きたまま焼き殺した」と指摘しています。

 

しかしポーランドでは昨年2月、ホロコーストにポーランドが国として加担したと非難した人に対して、最高3年の禁錮や罰金を科す法律が成立しました。しかし同年6月、米国やイスラエルの反発を受けて最高3年の禁錮などの罰則が取り除かれました。

 

イスラエルのルーベン・リブリン大統領は「多くのポーランド人が第二次大戦でナチスと戦う一方で、ポーランドとポーランド人がホロコーストに関与したことを否定できない」と指摘しています。

 

ロシアの脅威に直面するポーランドの安全保障は米国なしでは成り立ちません。来年の大統領選で再選を目指す米国のドナルド・トランプ大統領は喉から手が出るほどユダヤ人の票がほしいため、イスラエルに同調する必要があります。そしてポーランドは米国には逆らえないのです。

 

今年はベルリンの壁崩壊から30年。新自由主義(ネオリベラリズム)にのみ込まれたポーランドでは2004年の欧州連合(EU)加盟で若者の国外流出がさらに加速、国内では経済格差が拡大し、急激に保守化が進んでいます。

 

保守の与党「法と正義」は10月の上下両院選でともに44%前後の得票率を記録し、強さを見せつけました。旧ソ連に支配されていた冷戦下では共産主義というイデオロギーがナチスによる占領とホロコーストという民族の悪夢を封印していました。

 

しかし「法と正義」はポーランドの歴史に一点のシミもないという民族的ナショナリズムをあおることで経済格差を解消できない失政への不満を他に向けようとしているのです。

 

世界中に広がる歴史修正主義

こうした傾向はポーランドだけにとどまりません。(中略)

 

冷戦終結でイデオロギーの時代が幕を下ろして30年。従軍慰安婦や徴用工問題に象徴される日韓「歴史戦争」は被害救済そっちのけで対立がエスカレートしています。再び台頭するナショナリズムによって不都合な歴史は世界中で塗りつぶされるか、書き換えられようとしています。

 

過剰に歴史を語る政治家を信用してはいけません。歴史は政治家ではなく、歴史家によって語られるべきだからです。【11月2日 木村正人氏 YAHOO!ニュース】

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 「ポーランドが国として」ということと、「ポーランド人が」ということとの間には差異がありますが、往々にして無意識あるいは意図的に区別されないこともあるようです。

なお、ホロコーストにポーランドが加担したという表現を禁止する法案を成立させたとき、激しいイスラエルからの批判に対し、モラウィエツキ首相は法案成立後、「ホロコーストに協力したユダヤ人もいた」と述べ、イスラエルとの関係はさらに悪化しました。(「ホロコーストに協力した」云々については、そういう者・組織もあったでしょう。ユダヤ人であれ、ポーランド人であれ)

 

その際、元政治家で首相の父親がインタビューで「ユダヤ人をワルシャワ・ゲットーに追い込んだのは誰か知っているか? ドイツ人だと思うだろう。違う。ユダヤ人が自主的に行ったんだ。そこは別天地で、厄介なポーランド人と付き合わなくて済むと聞かされたからだ」と語り、息子の首相を擁護しています。【2018年3月22日 Newsweek】

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ここまでくると「やれやれ・・・」という感じですが、ポーランドにしろ、イスラエルにしろ、あるいは日本にしろ、韓国にしろ、自分たちの歴史に一点のシミもないという民族的ナショナリズムは「危険」な発想でしょう。

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