(ベルファストの居住区を分断する“平和の壁” “flickr”より By pachete_ http://www.flickr.com/photos/pachete/863939315/ )
【「極めて良好な両国関係のさらなる進展をしるすものだ」】
最近は“テロ”と言えばイスラム過激派がすぐに連想されますが、一昔前はイギリス・北アイルランドのカトリック系抵抗組織「アイルランド共和軍(IRA)」やプロテスタント系の対抗組織によるテロも頻繁にありました。
約40年間に3600人もの犠牲者を出した、いわゆる「北アイルランド問題」と呼ばれるものですが、1998年4月10日のベルファスト合意により、イギリスとの連合維持のプロテスタント系ユニオニストとアイルランドとの統一を目指すカトリック系ナショナリストの双方が北アイルランド政府に参加することとなり、一応の終息に向かっています。感情的な“しこり”は別問題ですが。
1998年の和平合意では、南北の統一は北アイルランドの住民が合意しない限り実現できないこと、アイルランド共和国が憲法を修正し、北アイルランドの領有権を訴えている部分を取り除くことが定められています。
これを元にアイルランド共和国では憲法修正を行い、領有権の主張を放棄しています。
そのアイルランドを英エリザベス女王が訪問することが正式に発表されました。
英元首としては100年ぶり、アイルランド独立後は初めての訪問だそうです。
****英女王、年内にアイルランド初訪問=元首としては100年ぶり*****
英王室は4日、エリザベス女王(84)が年内に隣国アイルランドを公式訪問すると発表した。英国の元首によるアイルランド入りは、1911年の国王ジョージ5世のダブリン視察以来100年ぶり。同国は当時、まだ英国の一部で、独立後の英元首訪問は初めて。
英王室は「女王はアイルランド大統領から年内に公式訪問するよう要請を受け、喜んで受け入れた」との声明を発表。アイルランド政府は「極めて良好な両国関係のさらなる進展をしるすものだ」と歓迎した。具体的な日程は今後、明らかにされるという。
英国は長年、アイルランドを植民地として支配。1937年の同国独立後も北アイルランドについては分割統治し、少数派のアイルランド系カトリック住民を弾圧するなどしたことから両国関係は悪化した。その後、98年の北アイルランド和平合意を経て、関係は完全に正常化している。【3月5日 時事】
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財政・金融危機に陥っているアイルランドでは、2月末の総選挙で経済失政の批判を受けている与党・共和党が歴史的大敗を喫し、14年ぶりの政権交代で、統一アイルランド党が野党第2党の労働党と連立政権を樹立する可能性が大きいと報じられています。
自ら新首相に就任する見通しを示している統一アイルランド党のケニー党首は、英BBC放送とのインタビューで「女王がいらっしゃれば、アイルランド国民の大半は温かく歓迎する」と語っています。【2月19日 読売より】
“大半”であり、“全員”ではないところが微妙ですが、独立戦争、北アイルランド問題の歴史を考えれば、それもやむを得ないところでしょう。
【和平定着】
北アイルランド問題のその後については、あまりマスメディアで目にする機会がなくなりましたが、IRAは武装解除しており、下記のような報道を見る限りは、いろいろな紆余曲折はあるものの、概ね和平定着の方向に進んでいるものと思われます。
****北アイルランド:両宗派指導者が訪米…和平定着を印象付け****
今年5月に4年半ぶりに自治政府が復活した英領北アイルランドのペイズリー首相(プロテスタント)とマクギネス副首相(カトリック)が7日、ホワイトハウスを訪れ、ブッシュ米大統領から和平実現への祝福を受けた。対立してきた両宗派の指導者が和平プロセスを支えてきた米国をそろって訪問するのは初めてで、和平の定着を印象付けた。
ペイズリー氏は英国残留を望むプロテスタントの最強硬派で、マクギネス氏はアイルランドへの併合を求めるカトリック系の過激組織アイルランド共和軍(IRA)元幹部。2人は約40年間に3600人の犠牲者を出した紛争と和解を象徴する当事者だ。
ブッシュ大統領は会談で「私の大統領時代の最大の経験の一つは、歴史的機会(和平)に遭遇したことだ」と両氏の和平努力を称賛。ペイズリー首相は「平和は一度で勝ち取るものではなく、闘いながら維持するものだ」と語り、マクギネス副首相はクリントン前大統領時代からの米国の支援に謝意を表明した。【07年12月8日 毎日】
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****北アイルランドで武装解除 プロテスタント系過激組織*****
英国・北アイルランドのプロテスタント系過激組織、アルスター義勇軍は27日、武装解除を完了したと発表。中立の国際委員会も武装解除を確認した。別のプロテスタント系過激組織アルスター防衛協会も同日、武装解除の作業を始めたと公表、英国のウッドワード北アイルランド相は「歴史的な日だ」と一連の動きを歓迎した。カトリック過激派アイルランド共和軍は05年に武装解除を完了。【09年6月28日 共同】
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また、北アイルランド問題を象徴する事件ともなった1972年の「血の日曜日事件」について、昨年6月、キャメロン英首相が英政府として正式に謝罪しています。
****英首相、北アイルランド「血の日曜日事件」を正式に謝罪****
デービッド・キャメロン英首相は15日、議会下院で、1972年に英国・北アイルランドのロンドンデリーで公民権デモに対する英軍兵士の発砲により13人が死亡した「血の日曜日事件」について「正当化できない」と述べ、英政府として正式に謝罪した。
同事件の調査委員会は同日、5000ページにおよぶ報告書を公表し、被害者に武器を持っていた人はおらず、英兵は警告無しに発砲したと結論付けた。事件に関与した英兵のほとんどは報告書では階級とイニシャルだけで表記されているが、今後、訴追される可能性もある。
キャメロン首相の演説はロンドンデリー市内の巨大スクリーンで生中継され、謝罪を聴いた遺族や支援者たちは歓声をあげた。
「血の日曜日事件」をきっかけに、北アイルランドでは少数派カトリック系住民と多数派プロテスタント系住民との対立が激しさを増していき、これまでに3500人以上が死亡している。1998年に包括和平合意が成立しほぼ終息したものの、これまでの暴力の歴史に対する北アイルランドの人びとの感情は依然として収まっていない。
事件の調査委員会は和平交渉が本格化した1998年に、当時のトニー・ブレア首相が設置した。事件直後の1972年にも調査は行われたが、その後、粉飾行為があったとして否定されている。【10年6月16日 AFP】
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調査委員会は、報告書作成にあたり、計約2500人の証人から聴取したとされています。
【アパルトヘイト、平和の壁】
上記のように、概ね和平定着の方向で動いているのは間違いないところですが、北アイルランドにおけるカトリック系住民とプロテスタント系住民の感情的な“しこり”はいまだ解消されてはいません。
両者は“住み分ける”ことで、一応の平穏を保っているとも言われています。
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それでも、北アイルランドの約170万人の人口をほぼ2分するプロテスタント系(53%)とカトリック系(43%)の住民がそれぞれ一定の地域に住み、交流をしない傾向は強まっていると指摘する。「一言で言うと、アパルトヘイトだ」。
2001年の国勢調査を見ると、ベルファーストのアルドイン地区には圧倒的にカトリック系住民が多く、プロテスタント系は1%だけ、逆にプロテスタント系が多いシャンキル地区ではカトリック系は3%のみとなっている。ベルファーストだけに限らず、北アイルランドの大部分の地域ではいずれかの住民が宗派ごとに固まって住む傾向がある。多くの人が自分が所属する宗派同士で住んだほうが安全だと考えるからだ。ある地域で少数派となれば、いじめや暴力行為の対象になりやすく、それぞれの宗派の自警民兵組織(実際は「暴力団」と言ったほうが近いのだが)に、出て行けと様々な脅しを受けることも珍しくない。(10年6月18日 日刊ベリタ 「北アイルランドは今」(http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201006180042035)
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両者の居住区域は“平和の壁”とも呼ばれる壁で隔てられています。
抗争の激化を防ぐために造られた壁で、相互の往来は可能ですが、壁越しに火炎瓶や石が投げ込まれることもあるようです。
こうした状況を変革していこうとする試みもあります。
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「北アイルランドで唯一明るいニュースがあるとすれば、『統合学校』を希望する親が増えていることかしら」と、英週刊誌「エコノミスト」に北アイルランドの分析記事を書く、ジャーナリストのフィオヌアラ・オコナー氏は言う。
北アイルランドの子供たちのほとんどは、カトリック系かプロテスタント系かいずれかの学校に通い、大学や会社に入るまで異なる宗派の住民同士との交流はほとんどないが、1981年、カトリック、プロテスタント、他の宗派・宗教、無宗教の子供たちが一つ屋根の下で勉強する学校ができた。別々の教育体制やコミュニティーに所属する中で生まれる、互いに対する無知、偏見、憎しみを自分の子供たちには決して経験して欲しくない、と考えた親たちが作った統合教育学校だ。【同上 日刊ベリタ】
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“南北のアイルランド人たちがよく使い、イングランドに住む人が「またか」という顔をするのが、「イングランド(英国)がアイルランドを800年間植民地支配してきた」という表現だ。イングランド人側から見れば、「全くアイルランド人は昔のことを良く覚えている。そんな昔のことを今言っても始まらないだろう」という思いがあるのだろう。しかし、どこの国の歴史を見ても、あるいはどのような社会でも、支配された、抑圧されたあるいは虐げられた側の方はその経験を長い間忘れないでいるものだ。”【同上】
【近くて遠い国】
支配・被支配の歴史、王室が訪問してこなかった「近くて遠い国」、感情的なしこり・・・日本と韓国の関係を彷彿とさせるものがあります。
****韓国、来年の天皇訪韓を希望 李大統領、鳩山政権に期待****
韓国の李明博大統領は15日、共同通信と会見し、16日に発足する民主党の鳩山政権下での日韓関係発展に強い期待感を示した上で、日本の植民地支配が始まった1910年の日韓併合から100年となる来年中の天皇陛下訪韓を希望すると表明した。 大統領府によると、韓国大統領が天皇訪韓時期に具体的に言及したのは初めて。(後略)【09年9月15日 共同】
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しかしながら、日韓双方の国民感情を見ると、なかなか天皇訪韓は難しそうです。
個人的には、両国の歴史的経緯を考えれば韓国側の一部に反発があるのはやむを得ないところで、たとえ10人が反対しても100人が歓迎してくれるならそれはそれでいいじゃないか・・・と思うのですが、日韓双方ともそんな曖昧な対応は許さない向きが多々あるようです。
日韓には北アイルランドといった“グレーゾーン”がない分、対応しやすいはずですが、すぐに謝罪、慰安婦、竹島、自虐・・・といった話になってしまいます。
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