(インドの街角で スズキの主力車スイフト “flickr”より By gayamz http://www.flickr.com/photos/gayamz/6948461570/ )
【海外進出の成功例】
今月18日に、インド北部ハリヤナ州マネサールにあるスズキ子会社であるインド自動車企業最大手「マルチ・スズキ・インディア」の工場で暴動が発生し、放火された建物内ではインド人幹部が焼死体で発見され、日本人2人を含む約100人が負傷しました。
“組合員が幹部に鉄の棒で殴りかかった後、建物に放火した。死亡した人事部長は、殴打され動けなくなったところで炎に巻き込まれたとみられる。”【7月23日 読売】
負傷した経営陣の日本人2人は暴動の際「殴られた」と話しており、工場の再開時期は未定とされています。
暴動に至った経緯は下記のように報じられています。
****スズキのインド工場で暴動****
・・・・同社によると、マネサール工場でこの日朝、従業員が上司に暴力をふるう騒ぎがあり、労働組合側が経営者側に懲戒処分を行わないよう要求した。役員や管理職が退社しようとしたところ、出口を封鎖された。
その後、双方が話し合いを行っていたが、従業員側が暴れて家具や窓ガラスなど事務所内の備品を壊し始めたという。報道によれば、従業員ら約3000人が工場に殺到して18日夜、事務所に放火し、91人が逮捕された。
従業員の家族や地元記者によると、マルチ・スズキは工場用地を地権者から取得した際、その親族を雇用すると約束したが、多くが正社員になっていないことに従業員らの間で不満を募らせていたという。
労働組合側は、インド人の上司が従業員にカースト制度下の不可触民であることを理由に、差別発言をしたことが混乱の発端だと主張しているという。
マルチ・スズキの広報担当者は取材に対し、差別発言は「まったくなかった」と否定し、社員の雇用形態をめぐる主張の隔たりが事件の原因ではないとしている。【7月19日 MSN産経】
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このところインド経済は、財政赤字やインフレなどで、ひところの勢いを失っているとされてはいますが、自動車販売については、将来的にはインドが中国を抜いて世界最大の自動車市場となることも期待されています。
そのインド自動車販売において、韓国の現代、地元のタタ、あるいはGM・トヨタ・ホンダといった世界的企業を引き離して、50%前後の圧倒的シェアを長年占め続けているのが「マルチ・スズキ・インディア」です。
インドでは「SUZUKI」は自動車の代名詞であり、また、海外進出に取り組む日本企業にあって「マルチ・スズキ・インディア」は輝かしい成功事例でもありました。
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(マルチ・スズキの元最高経営責任者(CEO)の)ジャグディシュ・カッタール氏は、その強さの秘密を「(マルチ・スズキは)インドの消費者の心理を深く理解している」と解説。さらに「長年にわたって他社がうらやむような流通・販売網を構築してきた」とした上で、「新規参入組が一夜でこれに対抗するのは不可能だ」と断言する。また、そのスケールメリットで、スペア部品の価格を大幅に低く抑えられることも強みだという。【10年7月22日 NNA.ASIA】
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最近の「マルチ・スズキ・インディア」について、ネットで簡単に調べると、昨年は3回のストライキにより10%程度の販売減少があったものの、12年に入ってからの販売は概ね好調に推移していたようです。
それだけに、生産現場はフル稼働状態にあったと思われます。
また、生産能力の逼迫を解消すべく、生産拡大の計画も報じられていました。
****スズキ、インドに560億円投資し新工場建設…年産200万台へ****
インド新車市場でトップシェアを誇るスズキのインド子会社、マルチスズキは2日、インドに四輪車の新工場を建設すると発表した。
新工場は、インド西部のグジャラート州に建設されるもの。マルチスズキは400億ルピー(約560億円)を投資して、新工場を建設。2016年までに稼働する予定で、年産能力は25万台を想定する。
新工場が稼働する2016年には、スズキのインド現地生産能力は200万台へ拡大する計画。またマルチスズキは、段階的に生産能力の拡大も検討している。
マルチスズキの2011年度(2011年4月から2012年3月)の新車販売台数は、113万3695台。2010年度実績に対して10.8%減と、2000年度以来、11年ぶりに前年実績を割り込んだ。マルチスズキは新工場の建設によって、需要増を目指す。【6月4日 Reseponse】
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【さまざまな憶測】
今回の暴動は、そんな超優良企業であり、海外進出の老舗でノウハウを熟知しているはずの企業で起きました。
暴動の背景については、極左勢力「インド共産党毛沢東主義派」(毛派)の介在を指摘する地元報道もありますが、「日本の会社が計画的に狙われた」「政治家による陰謀だ」などの憶測もあり、現段階でははっきりしていません。
****インド:スズキ子会社暴動1週間 さまざまな憶測飛び交う****
スズキのインド子会社、マルチ・スズキのマネサール工場(インド北部ハリヤナ州)で暴動事件が起き、役員1人が焼死、日本人2人を含む約100人が負傷して24日で1週間を迎えた。
警察は工場の組合幹部ら約100人の労働者を拘束し、調べを進めているが、背景の解明は進んでいない。日系企業関係者や地元住民の間では「日本の会社が計画的に狙われた」「政治家による陰謀だ」などさまざまな憶測を呼んでいる。
工場から約3キロ離れたカサン村。マネサールの工業団地で働く地方出身の約5万人が間借りして住んでいるが、マルチ・スズキの従業員数千人は事件直後、逮捕を恐れて一斉に逃亡した。うち数人が住んでいた長屋を23日訪ねた。別の企業で働く男性住人(27)は「私の月給は5000ルピー(約7000円)。スズキの連中は最低でもその3倍以上もらっており、生活に不満はないはずだ」と話した。
地元の農民が建てた2階建て長屋の各部屋は四畳半もない狭さだ。コンクリートの床と壁が刑務所を想起させる。周囲にはドブの汚水があふれ出していた。この男性は「これが(インドの)普通の生活。貧しいからといって、暴動を起こそうとは思わない」と話した。
国内の主要紙は、インド中部で武力闘争を展開する極左勢力「インド共産党毛沢東主義派」(毛派)が暴動の背後にいた可能性を報じた。しかし、カサン村の長老の一人、ジャスラジ・シンさん(57)は「村に左派はいないし、外からの流入も許さない」と否定した。シンさんら多くの住民は「スズキの従業員の多くは、(ハリヤナ州中部)ロタクから来ている。州政府にはロタク出身の有力政治家がおり、彼が地元への工場移転を狙って会社に圧力をかけようとしたのではないか」と、「政治家による陰謀説」を口にした。
一方、日系企業の労働問題に詳しいインド人は「礼儀正しい日本人は、欧米企業と違ってインド人労働者を大切に扱おうとする。ストなどが起こると、多額のカネを問題社員に払って辞めてもらうなどしてきた。ゴネ得だから、日本企業だけがしばしば標的になった」と指摘する。今回の事件も、労組側が会社からカネを引き出そうと騒ぎを起こしたところ、血気盛んな若者たちが暴走し過ぎた、という見方だ。
マルチ・スズキ側は「昨年の長期スト以降、労組とは対話ができており、労務に関する深刻な問題はすべて解決済みだった」(中西真三社長)という。上司を殴りつけた従業員が停職処分を受けたのが暴動の発端だったが、いかなる真相であれ、規模の大きさから、「偶発事件ではなく、あらかじめ計画されていた」との観測が強まっている。【7月24日 毎日】
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暴動を警察が制止せず傍観していた・・・との報道もあります。警察側は否定しています。
****インド警察に傍観疑惑=実態解明続く―スズキ暴動****
スズキのインド子会社、マルチ・スズキの自動車工場で18日起きた暴動で、警察部隊が労働者の破壊行為を数十分間傍観していた疑惑が浮上している。複数の目撃者の話として地元紙が24日報じた。
地元紙ヒンドゥスタン・タイムズによると、襲撃が始まったのは18日午後6時15分ごろ。その前に武装警官50人が到着していたが、敷地外で傍観。同7時ごろにようやく制止するため工場に入ったという。
ある目撃者は「建物が放火されて初めて警察が動いた」と証言。「対応が早ければ死者は出なかったはずだ」と憤った。
地元マネサール警察署署長は24日、時事通信に対し疑惑を全面否定。「70人の警察官が即座に工場内に展開した」と主張した。【7月24日 時事】
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【熟練工の年収が30万円~50万円】
労働者の待遇、労組事情については、ジェトロ・アジア経済研究所・内川秀二氏へのインタビューとして、下記のように報じられています
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(今回、暴動が起きたこのスズキは、インドでも有数の優良企業で、乗用車販売シェアが5割に近いという。老舗で、インドでのノウハウも熟知しているはずにもかかわらず、こういうことが起きてしまったのは、どういう状況だったのか?)
まず、インド全般的に言えることですけれども、待遇の格差というものがあると思います。
インドではホワイトカラー層と、現場で働くブルーカラー層の間に大きな差があります。
さらにブルーカラー層の中でも、正規労働者と非正規労働者の格差というものがあります。
労働者は、年収にして30万円~50万円程度しか得られません。
(年収で30万円~50万円程度?)
これは熟練工でその程度です。
ですから彼らがどれだけ頑張っても、彼らが作っている車に乗るということは、できないわけですね。
(車はインドではどれぐらいの値段?)
そうですね、大体80万円~100万円はするかと思います。
(インフレということもあると思うが、マルチ・スズキでは、2011年6月以降も断続的にストが何回か起きている。そして、ほかの日本の企業でも、こういう状況が相次いでいるわけだが、これはインドならではの背景というのもあるのか?)
インドにおきましては、各政党の下に労働組合というのがあります。
そしてその労働組合が、自分たちの勢力を拡大したいがために、それぞれの企業に入り込んで、自分たちの主張をするということがあります。
今回の場合も、第2組合というのはこの政党の影響下にあったかと思います。
(政治的な部分も背景にあるということか?)
そうですね、はい。
(やはり、大企業だから注目が集まるという部分もあるのか?)
もちろんあります。
外から入ってきた勢力にとってみれば、有名な企業で実績を上げたというのは、彼らは支持基盤を拡大するためのアピールになるんですね。(後略)【7月21日 FNN】
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賃金水準が高いか低いかは、比べる対象や利益分配に関する考え方にもよります。
前出【7月24日 毎日】にあるように、一般労働者よりかなり高い水準にあったとの見方もありますが、莫大な企業利益の労働者への還元が不十分だったのではないか・・・との指摘もあります。
****マルチ・スズキを襲った中流インド人労組****
労組はマルチ・スズキの儲け過ぎを暴いたが、暴力に驚いた世界の企業は対インド投資を警戒し始めた
日本の自動車メーカー、スズキの子会社マルチ・スズキの工場で先週、従業員による暴動が発生。インド人幹部1人が死亡し、日本人幹部を含む少なくとも40人以上が負傷した。インドで過激さを増している労使対立を象徴するような今回の事件は、対外的なインドのイメージを損ないかねない。政府は火消しに躍起になっている。
地元紙ヒンドゥスタン・タイムズは「政治問題と無関係とはいえ、この事件は投資先としてのインドの評判を落とすものだ」という匿名の政府高官の発言を紹介。「政府は労働法や企業統治を含む様々な問題に取り組んでいく」
インディアン・エクスプレス紙も、インドの労働問題は「国家的な課題だ」と指摘した。「インドでは強力な労働組合運動が発展してきたが、正規ビジネスの足を引っ張り、対インド投資を減らすような不当かつ暴力的な活動に対する法的な予防措置は不十分だ」
同紙は近年勃発した類似の暴動5件を例に挙げ、「諸外国は予防措置が不十分な国に投資するのをためらうかもしれない」と警告。「事業者の安全を守る権利に比べて労働者の雇用を守る権利が極端に重視されている」として現行法の改正を呼び掛けている。
一方、タイムズ・オブ・インディア紙は、先週のマルチ・スズキの暴動に過激組織「インド共産党毛沢東主義派」が関与している可能性を1面で報じた。マルチ・スズキのマネサール工場があるニューデリー郊外の一帯ではこの数年、労使対立によるトラブルが起きており、情報当局は左翼過激派の毛派が労働組合に食い込んでいた可能性を調べているという。
もっとも、匿名の情報によって毛派との関係が指摘されるときは注意したほうがいい。暴動行為は非難に値するが、だからといって労働者の怒りを聞き流していいわけではない。
統計を熟知した労組に経営側がびっくり
確かにマルチ・スズキの賃金は農業労働者のそれよりはマシだ。だが、工場での仕事が楽園のように楽しいものなら、日本人幹部社員が「危険地手当」を受け取っているのはどういうわけか。インドの生活費は日本より安いはずでは? 彼らがインド人労働者と同じように喜んで賃金カットを受け入れれば、従業員の賃金をもう少し引き上げられるのではないか。
ブロガーのアマレシュ・ミシュラは、インド人労働者の賃上げ要求が不当でない根拠として、彼らが一定の社会階級の出身であることを挙げる。「70〜80年代の労働者は貧しい農夫や何の資産もない労働者階級が主流だった。一方、最近の労働者は中流からアッパーミドルクラスの農家出身者が多い」
今年3月、マネサール工場で新たに結成された労働組合と会社側の賃金交渉が行われた際、労組側の2人が統計学に詳しいことに経営陣は衝撃を受けた。2人は、07年から11年にかけて同社従業員の年収が5.5%増だったのに対し、消費者物価指数は50%以上上昇したと指摘。しかも、同社の利益は01年以来、2200%伸びていた。
なのに、マルチ・スズキの経営陣は労働者に微々たる賃金増しか認めなかった。どうみても会社の収益増を反映していない数字だ。
同社社員の月収はわずか1万7000ルピー(約300ドル相当)。彼らは現地ホンダの賃金体系にならって、1万5000〜1万8000ルピーの賃金増を要求したが、会社側は抵抗した。
このままでは、いくら暴動を鎮圧しても、本当の解決にはつながらない。【7月24日 Newsweek】
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「危険地手当」云々の議論はよく理解しかねますが、現地労働需給で決まる現地労働者賃金と、日本の賃金水準に依拠する日本人社員の賃金の間に格差があるのはやむを得ないとも言えますし、現地労働者からすれば不満に思えるとも言えます。
企業利益の分配は、すべての企業において労使間の永遠の課題でもあります。
【警戒感はあるものの、インドへの投資拡大の流れは維持】
“老舗”のスズキに起きた今回の暴動で、他の日本企業の警戒感を強めていますが、今のところはインド進出への姿勢は変わらないようです。
****インド・スズキ暴動に警戒感 日本企業、成長へ積極投資は変えず****
インド・ニューデリー近郊、北部ハリヤナ州にあるスズキのインド子会社「マルチ・スズキ」での暴動発生に対し、インド投資を加速する日本メーカーは警戒感を強めている。経済成長を続けるインドでの事業拡大は、国際競争力の拡大に不可欠だが、「労使問題のリスクを一層考慮しなくてはならない」(日産自動車幹部)など、対応に追われている。
インドに進出している鉄鋼大手の幹部は「インドで“老舗”のスズキだけに、ショックは大きい。暴動で、中国よりもインドのカントリーリスクが高まった」と警戒する。
18日に起きた暴動は、政治的な思惑に加え、日系企業を標的にしている可能性も指摘されている。このため、各社は「情報収集を急がせているが錯綜(さくそう)している」(別の鉄鋼大手幹部)と、対応に苦慮する。
それでも、インドへの投資拡大の流れは、維持される見通しだ。ここ数年で参入を果たした自動車各社は「変化に適切に対応し、その国のやり方になじんでいなくてはいけない」(トヨタ自動車の前川真基副社長)として、当面の投資計画は変更しない。
2005年に二輪工場で3カ月間の大規模ストライキを経験したホンダは、3年に1度の労使契約改定を意識し、「現地の社長や日本人幹部が、組合側の要望を事前にヒアリング」(同社幹部)し、混乱を最小限に抑えるようにしている。
インドを中東やアフリカ市場も視野に入れた生産拠点に育てようと狙うパナソニックなど電機各社も、戦略の要衝というスタンスは変えず、事業拡大のペースを維持する方向だ。【7月23日 MSN産経】
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