(ポーランド・ワルシャワで、出口調査結果の1回目の発表を受けて花束を受け取る右派与党「法と正義(PiS)」のヤロスワフ・カチンスキ党首(右、2019年10月13日撮影)【10月14日 AFP】)
【西欧的民主主義とは異なる価値観を掲げる右派与党】
ハンガリーやポーランドなど東欧諸国において、ハンガリー・オルバン首相の掲げる中国・ロシアをイメージした「自由でない民主主義(illiberal democracy)」に代表されるような、自由や人権を重視した西欧的民主主義とは異なる動きがあること、具体的には移民受け入れ政策をめぐってEU方針に反対していることなどは、これまでもしばしば取り上げてきました。
(1月10日ブログ“東欧諸国 ポピュリズムに身を任せ、西欧民主主義を葬り去る動きに”など)
****2019年、ヨーロッパの民主主義が試される年になる****
(中略)
東欧に広がる民主主義を葬り去る動き
先述したように、20世紀において社会主義体制の崩壊に果たした東欧諸国の役割は大きい。21世紀になって、東欧諸国などの加盟によって、EUが拡大していった。
2004年5月に加盟したのが、チェコ、スロヴァキア、ポーランド、ハンガリー、スロヴェニア、エストニア、ラトヴィア、リトアニア、マルタ、キプロスの10カ国である。2007年1月にはブルガリアとルーマニアが加盟している。
イギリスがBREXITを決めた背景の一つはEUに加盟したポーランドからの移民の急増である。これがイギリス人労働者の職を奪い、賃金を下げているという不満が、EUに対して爆発したのである。
ハンガリーでは、米ソ冷戦時代に共産党政権を批判し、ベルリンの壁崩壊への先駈けを造った若き活動家、ビクトル・オルバンが今や首相となって国を統治している。
彼は、政権党「フィデス」を率いて、反移民政策などで大衆を煽り、大衆の支持さえあれば民主主義的価値観が損なわれてもよいという「自由でない民主主義(illiberal democracy)」を唱道していることで有名である。
ポーランドでは、極右政党「法と正義」が政権に就いているが、司法に政治介入したり、ナチス占領下でポーランド人が行ったユダヤ人迫害という歴史的事実を否定したり、右寄りの姿勢を強めている。
チェコも同様で、一昨年10月の下院選挙で中道右派の「ANO2011」が勝利し、「チェコのトランプ」の異名を持つ富豪のバビシュが首相に就任した。因みに、日系のトミオ・オカムラ率いる極右政党「自由と直接民主主義」が第3位の議席を獲得し躍進したことも話題を呼んだ。
ソ連に押しつけられた共産主義を打破する先頭に立った東欧諸国が今度は、民主主義を葬り去る動きに先鞭を付けようとしている。
東欧から始まった自由化の動きが、30年後に「逆コース」を辿り、ポピュリズムに身を任せようとしている。
大衆民主主義においては、政治家は、善悪二元主義で、敵を作り上げて徹底的に攻撃し、支持率をあげるという安易な手法を採用しがちである。
それがまさにポピュリズムであるが、ユダヤ人を諸悪の根源としたヒトラーの大衆操縦法と大同小異である。東欧を含むヨーロッパ諸国の政治の行方は、民主主義の将来を左右しそうである。【1月5日 舛添要一氏 JBpress】
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ポーランドに関して言えば、右派与党「法と正義」の政権が「司法改革」の名のもとに、政権に批判的な裁判官を一掃して、そのあとに政権に近い人物を据えようとする司法への政治介入を進めているとして、EUはEU司法裁判所にポーランドを提訴しています。
****EU、ポーランド提訴、ハンガリーにも制裁手続き****
欧州連合(EU)の欧州委員会は24日、ポーランドが施行した最高裁判所に関する新法について、司法の独立を侵害するとしてEU司法裁判所に提訴することを決めた。
EUは今月、EUの基本理念に違反したとしてハンガリーへの制裁手続きにも動き出した。東欧2カ国の現政権による強権政治が大きな懸念となる中、相次ぐ措置で是正への圧力を高める狙いだ。
欧州委によると、ポーランドの新法は4月に施行され、同国の最高裁判事の定年を70歳から65歳に引き下げる内容。現職判事約70人のうち最高裁トップを含む約3分の1以上が退職を迫られることになった。
ポーランドの保守系政権与党「法と正義」は近年、裁判官人事への権限拡大など司法介入を強める改革を推進。EUは「法の支配」を脅かすとして、昨年末にはEUの政策決定に対する同国の議決権の停止もできる制裁手続きを始めた。
ポーランドは新法について裁判所の効率化などが目的と主張するが、欧州委は一連の改革と同様に「司法の独立の原則を損なう」との立場。EU司法裁には新法の効力を停止させる仮処分も求めた。
ハンガリーに対しては欧州議会が12日、表現の自由や人権の保護など、EUが定める基本的価値をめぐり違反があるとして、ポーランド同様に制裁手続き開始を求める提案を採択した。
ハンガリーではこれまでオルバン首相がメディア統制を強めたり、不法移民や難民の支援を犯罪化したりし、EUで批判を受けてきた。「脅しに屈しない」と対決姿勢のオルバン氏に対し、ユンケル欧州委員長も制裁手続きは「発動する必要がある」と強調した。
ただ、EUの対処にも難点がある。議決権停止の制裁には対象国を除く加盟国の全会一致の決定が必要だが、ポーランドとハンガリーは互いに発動を阻止する構え。チェコやブルガリアも反対だ。東欧はEUの移民・難民受け入れ政策を拒否してEUと対立しているだけに、対応次第ではその溝が一層深まりかねない。【2018年9月25日 産経】
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この提訴を受けて、EU司法裁判所は6月24日、最高裁判所判事の定年を引き下げるポーランドの改正法について、EU法に違反するとの判断を下しています。(昨年11月には、暫定的な措置としてポーランド当局に対して昨年4月以前の最高裁の判事に戻すよう命じていましたが、ポーランド側が実行しているのかどうかは知りません)
更に、裁判官の懲戒制度でも。
多分、下記記事の“また”というのは、上記の最高裁判事の定年を70歳から65歳に引き下げる新法に続いて・・・ということだと思います。“3度目”ということになると、もう1回は・・・知りません。
****EU、ポーランドをまた提訴=今度は裁判官懲戒制度に異議****
欧州連合(EU)欧州委員会は10日、ポーランドが新たに導入した裁判官の懲戒制度は司法の独立を侵害し、EU法に反しているとして、EU司法裁判所に提訴すると発表した。
ポーランドのEU懐疑派政権が進める一連の司法制度改革をめぐる欧州委の提訴は3度目。13日のポーランド総選挙を前に、「法の支配」を順守するよう圧力を強めた形だ。
欧州委は新制度について「裁判官が自らの判決内容によって懲戒調査や制裁を受けることになる」などと指摘。政治介入への懸念を示している。【10月10日 時事】
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【EU懐疑派の右派与党「法と正義」 バラマキ的な福祉政策の充実も奏功して総選挙勝利】
このようにEU指導部とは対立を深めるポーランド右派政権ですが、国内的には国民支持が強いようです。
****ポーランド総選挙、EU懐疑派の右派与党が過半数維持へ 出口調査****
ポーランドで13日に行われた総選挙は、欧州連合懐疑派の右派与党「法と正義」が過半数を維持する見込みとなった。PiSは、LGBT(性的少数者)の権利や欧米的な価値観を非難しながら、福祉政策の充実を図っている。
世論調査会社イプソスの出口調査に、14日未明に発表された一部の公式結果を加えた下院(定数460)選の得票率は、PiSが43.6%で239議席を得る勢い。中道野党の「市民プラットフォーム」は27.4%(131議席)、左派連合は12.4%(46議席)を獲得した。
イプソスによると、昨年結成された自由主義の極右政党連合「コンフェデレーション」は、6.4%(13議席)、農民党とクキズ15の政党連合は9.1%(30議席)を獲得した。
PiSのヤロスワフ・カチンスキ党首は、首都ワルシャワの党本部で支持者らに対し、「この先4年間、大変な仕事が待っている。ポーランドはもっと変わらなければならない。良い方に変わっていくべきだ」と訴えた。
専門家らは、強硬派のPiSの勝利によって、司法の独立や法の支配を侵害する危険のある司法制度改革が続けられ、この先EUと対立する可能性があると警鐘を鳴らしている。
ワルシャワ大学の政治学者、アンナ・マテルスカ・ソスノフスカ氏はAFPに対し、総選挙の最終結果で与党の過半数獲得が決まれば、「PiSが自由民主主義をさらに制限することが予想される」と指摘した。
ワルシャワを拠点に活動する専門家のエバ・マルチニャク氏は、ドイツで進む景気減退のあおりを受けてポーランドの歳入が伸び悩み、PiSの福祉政策に痛手となるだろうと指摘した。 【10月14日 AFP】
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西欧主要国における極右・ポピュリズム勢力の台頭は、先日のオーストリア総選挙にも見られたように、やや一段落的なところも見られますが、東欧諸国の方はこれからもEU指導部の悩みの種になりそうです。
【“EU懐疑派”とは言いつつも、微妙なEUとの関係】
上記のように異なる価値観を掲げてEU指導部とは激しく対立して“EU懐疑派”と称されるポーランドなど東欧諸国ですが、経済的に見ると、EUからの補助金の受益国で、EU加盟のメリットを最大限に享受している国でもあります。
“冷戦後に加盟した東欧勢はEUからの補助金が拠出金より多い「受益国」で、補助金は西欧より遅れた経済の発展に大きく貢献してきた。現行の7年間の中期予算では格差是正の補助金総額約3500億ユーロ(約47兆円)のうち、ポーランドに最多の770億ユーロ、ルーマニアやチェコ、ハンガリーには220億~230億ユーロが振り分けられている。”【2018年4月26日 産経】
EU側は、この補助金の減額をちらつかせることで東欧諸国に圧力をかけていますが、ハンガリー・オルバン首相は“「EUが資金を出せないなら、中国に頼る」と強気の構えも見せている。”【同上】とも。
東欧諸国には、単に経済的依存ということにとどまらず、若者が西欧主要国に流出し、国内が空洞化するという問題もあります。
****若者は所得税ゼロ、ポーランドが奇策 170万人流出で****
若者よ、出て行かないで――。ポーランド政府は8月1日から、26歳未満の就業者を対象に所得税を免除する。給与や就業機会など、より良い条件を求めて国を去る若者が多いことから、少しでも食い止めるとともに、国外にいる若者を呼び戻そうとの考えだ。
現地報道などによると、自営業者を除く26歳未満の就業者で、年間の総所得が8万5千ズロチ(約240万円)までであれば、18%の個人所得税を免除する。対象者は約200万人。
ポーランドでは2004年の欧州連合(EU)加盟以来、約170万人が他の加盟国へ移り住んだという。ここ数年、3〜5%の安定した経済成長を続けており、熟練労働者の不足が懸念されている。
若者の所得税免除は5月の欧州議会選前に、与党の「法と正義(PiS)」が政策に掲げていた。モラビエツキ首相は「(首都)ワルシャワの人口が全て国を出たようなものだ。若者が戻るよう、ひきつけねばならない」と訴えていた。
今秋には総選挙も控えており、野党議員からは「若い世代の票を狙ったもの」と冷ややかな見方も出ている。
ほかにも、PiSが提案した所得税の17%への引き下げ法案がこのほど国会を通過した。1人目の子どもを産んだ家庭に500ズロチ(約1万4千円)を支給したり、年金1カ月分を「ボーナス」として上乗せしたりと、PiSは庶民受けする政策を次々と導入している。【7月30日 朝日】
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ポーランド以外の中東欧諸国も同様の状況です。
****所得税なし、子供3人で多額補助 東欧、若手確保に優遇次々****
東欧諸国が国の将来を担う若者の確保のため、財政上の優遇策に次々と乗り出した。ポーランドは若者に対して所得税を免除し、ハンガリーは3人目の子供を産んだ夫婦に多額の補助金を出す制度を導入。背景には若者がよりよい条件の欧州諸国に流れ、労働力が不足している事情がある。(中略)
EU内では加盟国の国民は仕事や勉強のため、自由に他の加盟国に移住することができる。このため東欧では、多くの若者が給与面などよりよい就労条件を求め、英国やドイツなどに流出することが問題化し、対処が求められていた。
現地の報道では、クロアチア政府もポーランド同様に若者に対する所得税免税の導入を目指している。
ハンガリーでは7月、家族支援として新たな補助金制度を開始。利子や使途の制限なしで1千万フォリント(約360万円)を融資し、3人目の子供をもうければ返済が不要となる仕組みで、1カ月間で数千世帯が申請したという。
ただ、いずれの政策も財政負担となる一方、その効果を疑問視する声は少なくない。ポーランドとハンガリーはそれぞれ10月に総選挙と地方選挙も控え、政権による支持固めの「バラマキ」との懐疑的な見方もくすぶっている。【8月9日 産経】
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