
(緊縮策否決をよろこぶギリシャの人々 【7月7日 CNN】)
【キャメロン首相の“賭け”は?】
EUなどの金融支援の条件となる財政緊縮策の受け入れに関するギリシャの国民投票は、周知のように、賛成38.69%、反対61.31%と、事前の予想に反して、圧倒的に反対が多いという結果になりました。
今後、ギリシャがどうなるか・・・という問題は別にして、個人的な一番の印象は、事前の世論調査があてにならないということでした。
国民投票が発表になった時点では、ユーロ離脱につながることを不安視する「賛成」が優勢のような雰囲気もありました。
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世論調査で賛否は二分しており、プロトテマ紙では賛成57%、反対29%、ビマ紙では賛成46%、反対33%だった。両紙はいずれも右派系で「賛成」の立場だ。
一方、「反対」の立場の左派系紙エフシンの調査では賛成が37%で、反対46%を下回った。ただ、6月29日の銀行窓口の閉鎖前に行われた調査では賛成が30%、反対57%で、賛成が急増した。【7月2日 読売】
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その後、投票直前では“最新の世論調査でも、賛成と反対がほぼ拮抗(きっこう)。世論分断のまま、国家の命運を左右する投票が行われる。”【7月4日 産経】“ロイター通信は3日、複数の世論調査でEU案の受け入れ賛成派への支持が僅差でリードしたと伝えた。数日前までは反対派が優勢だった。”【7月4日 産経】と報じられていました。
しかし、ふたを開けてみると、「反対」の圧勝・・・・世論調査が不正確だったのか、国民の意向が「これ以上の屈辱的なEU支配は耐えられない」「ギリシャの尊厳を」といったエモーショナル方向に一気に流れたのか・・・。
イギリスのスコットランド独立を問う国民投票も、賛否の動向に関する調査、そして結果が随分動きました。
またイギリス総選挙の保守党単独過半数も、事前の調査とは異なる結果となりました。
世論調査の数字というのはなかなか信用できないところがありますし、有権者の意識が投票に至る過程で大きく動くこともあります。特に、「独立」とか「尊厳」といったものが前面に出てくると。
イギリス・キャメロン首相はEU離脱を問う国民投票を行うことになっています。首相本人はある程度のEUとの交渉成果をもって、離脱は阻止する方向で収めたい意向ですが、この種の投票は“やってみないとわからない”部分が多々あるようです。まさに“賭け”です。大丈夫でしょうか?
【EU内の“反緊縮・反EU”派に勢い】
今回のギリシャ国民投票は、他のEU諸国にも大きな影響を与えています。
****反緊縮・反EUに勢い 各国、拡大警戒 ギリシャ問題****
欧州連合(EU)などが求めた改革案への反対が多数を占めた5日のギリシャの国民投票に、欧州の反緊縮政策派や反EU勢力が勢いづいた。EU首脳らは、経済回復の恩恵を受けられない各国国民の不満に火をつけないか警戒する。
「誇りある主権国民たちが自らを守った」。英国独立党(UKIP)のナットール副党首が6日、ギリシャ国民をたたえた。英国で脱EUを掲げ、5月の総選挙で十数%の得票率を得たばかりだ。
緊縮政策に反対し、11月の総選挙で躍進を狙うスペインの左派新党「ポデモス」のイグレシアス党首も5日夜、ツイッターに「ギリシャで勝利したのは民主主義だ」と書き込んだ。
フランスの右翼・国民戦線のルペン党首は「単一通貨を押しつけ、指図する欧州への反乱だ」と述べた。
ギリシャの最大支援国で、チプラス政権を批判するドイツでも5日、旧東ドイツ地域で勢力を伸ばす、「反緊縮」を掲げる左派党のベルント・リーキシンガー党首が「交渉を直ちに再開し、民主的意思表明を尊重すべきだ」と語った。
EU首脳は、ギリシャ政府の主張に同情する声が欧州全体に広がることを恐れる。経済がようやく回復しつつある国でも、恩恵は国民にまで届いていない。
各国が国民投票実施に強く反発するなか、メルケル独首相が「ギリシャには国民投票の権利がある」と強調したのも、ギリシャ国民の声を無視しているとの批判を避けるためだ。
欧州議会のシュルツ議長は5日夜、独テレビに「最貧困層がギリシャ政府の政策の重荷を背負わされてはならない」と、貧困層への人道的援助が必要との考えを示した。【7月7日 朝日】
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EU首脳としては、今後のギリシャへの対応にあたって、こうした“反緊縮・反EU”の流れを加速させない・・・ということが重要な視点ともなります。
【「失うものは何もない」者の選択】
で、ギリシャの話ですが、今回の投票結果の根底にあるのは、長年の緊縮策のもとで疲弊しきった国民感情があります。
****<ギリシャ>国民投票「ノー」疲弊国民が選んだ「尊厳」****
ギリシャ国民は5日の国民投票で、欧州連合(EU)など債権者側が金融支援の条件として提示した財政緊縮策に「ノー」を突き付けた。
背景には、5年に及ぶ緊縮策で経済の疲弊が長引く中、若者を中心に高まる「反緊縮」の機運がありそうだ。未来に希望を見いだせない国民の多くは、欧州他国からの「ユーロ圏離脱につながる」との警告に屈するよりも、チプラス首相の掲げる「ギリシャの尊厳」を選んだ形だ。
政府統計によると、ギリシャの国内総生産(GDP)は、債務危機を受けて緊縮策が導入された2010年から14年までに25%も縮小した。
景気の冷え込みで企業が新規採用を控えているため、25歳未満の若者の失業率は国民平均(25.6%)の倍にあたる49.7%に上る。大学を卒業したものの就職できない若者があふれている。
国民投票前の世論調査によると、若者の8割は反対派だったとされる。
EUとの金融支援交渉でチプラス首相の対応は迷走し、銀行閉鎖や預金引き出し制限などの資本規制に追い込まれた。だが、1月の総選挙で急進左派連合を勝利に導いた若年層は「ノー(EU案拒否)なら強い立場で交渉できる」と主張する首相を信じた。
また、緊縮策によって拡大した貧富の経済格差も投票行動に影響を及ぼしたとみられる。首都アテネの中心部ではEU案への賛否が拮抗(きっこう)したが、労働者や低所得層の多い地区では反対が多く、地方の大半で反対が賛成を大幅に上回った。
エリートや知識人が主流の賛成陣営が、チプラス政権に対抗できるだけの求心力を作り出せなかった側面もある。アテネ経済ビジネス大学のスピロス・ブラブコス准教授は「急進左派連合は終盤で強力なキャンペーンを展開したのに対して、賛成陣営は中核組織がなく、ゆるやかな連合体にすぎなかった」と指摘する。【7月6日 毎日】
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職もない若者たちにとっては、「失うものは何もない」という感もあるのでしょう。
実際「失うものは何もない」のかどうかは、今後わかる話ですが。
ギリシャの再建をどのように進めるべきか・・・は、多くの専門家が多くの議論をメディアでも明らかにしていますので、素人がとやかく言う話でもないでしょう。
今回の投票結果をも含めた印象で言えば、長引く治療、結果が出ない治療に患者が「もうこれ以上の痛みには耐えられない」と言っているとき、医者は「いやいや、もっときちんとした手術をしないよくならない」と迫っている・・・・といった感があります。
患者の今後を考えてベストな方法を提案するのが医療だと言えばそうですが、患者の苦しみを無視して医療がなりたつのか?という問題もあります。
5年にわたる緊縮策が成果を出せていないのも事実です。
常識的なところで言えば、疲弊しきったギリシャ経済に緊縮策を強いることで本当に改善が見込めるのか・・・という自省もEU側には必要ですし、ギリシャ側にも、従来のような公務員が膨張したような状態、政府が補足しきれない地下経済が蔓延したような状態は正常ではなく、是正していかなければ将来はない・・・との自覚も必要でしょう。
そうした観点で両者の歩み寄りを・・・というところですが、ギリシャ及び支援国側双方の国民感情も絡んで打開策は難しいのも現実です。
【7月20日 ECBへの返済期限 失敗すれば、資金供給が打ち切られる恐れ】
現実のスケジュールとしては、ギリシャ金融システムがどこまで耐えられるのか、ギリシャ金融システムを支えている欧州中央銀行(ECB)がどのような対応にでるのか・・・が、大きな分かれ道になります。
****ギリシャ、「緊縮策拒否」でどこへ行くのか 国民投票「反対」多数でユーロ離脱も****
・・・欧州の政府関係者からは投票前に「受け入れ拒否はギリシャのユーロ離脱を意味する」との趣旨の発言も聞かれた。
ただ、こうした発言の多くはギリシャ国民の不安に訴えかけることで投票結果を賛成多数に導くことを意図したものと考えられる。反対多数の投票結果が直ちにギリシャのユーロ離脱を意味する訳ではない。
ユーロ離脱をめぐる長い攻防戦が続く
そもそも、EU条約にはユーロ離脱規定が存在せず、どういった手順で離脱が決まるのかは不透明だ。
単一通貨ユーロの導入基準を満たしたEU諸国はユーロの採用を義務付けられている(例外は適用除外が認められた英国とデンマーク)。そのため、ギリシャがユーロ圏から離脱するためにはEUから離脱する必要があるとの見解がある一方で、ユーロ圏から離脱したうえでEUにとどまることが可能との見解もあり、法解釈は必ずしも定まっていない。
仮にEUからの脱退規定を援用するにしても、離脱は協議に基づいて行われることとされており、一方的な離脱や離脱の強制は原則として認められていない。また、ギリシャ国民がユーロ残留を希望する限り、債権者側が離脱を強要することは本来できない。
支援協議が物別れに終わったとしても、今度はギリシャのユーロ圏やEUからの離脱の是非を巡る長く激しい攻防が繰り広げられることが予想される。(中略)
その間、追加の金融支援を受け取る望みがなくなったギリシャは、IMFへの融資返済やECBが保有する国債の元利払いを履行することが出来なくなる。
国家財産の接収などができない財政破綻国家の唯一最大のペナルティーは新規の借り入れができないことにある。通常、新たな借金ができなくなった財政破綻国は、公共サービスを切り詰める必要がある。
ただ、プライマリーバランスが昨年黒字化したギリシャでは、税収などの歳入によって利払いを除く歳出を賄うことができる。したがって、対外債務を踏み倒し続ける限り、公共サービスを切り詰める必要はない。(中略)
引き金を引くのはECBか
支援協議がこのまま物別れに終わり、ギリシャ政府が民間部門やECBが保有する国債の償還を履行しなかった場合、ECBがギリシャの銀行に供給している緊急流動性支援(ELA)を打ち切る可能性が出てくる。
ギリシャの銀行は債務交換後の国債を保有しており、これらを担保にECBから資金供給を受けている。
こうした国債の償還そのものはまだ先のことだが、他の国債の償還が滞った場合にクロスデフォルト(ある債務がデフォルト事由に該当すると、他の債務もデフォルトとみなされる)条項が発動し、ギリシャの銀行が保有する国債も事実上のデフォルトが確定する可能性がある。
この時、ECBがギリシャ国債の担保価値をこれまで通りに評価できるかは疑わしい。担保の掛け目(時価評価額に対する担保価値の評価割合)を変更すれば、仮にECBがELAの上限引き上げを認めたとしても、ギリシャの銀行が預金引き出しをカバーするだけの資金を受け取ることは出来なくなる。
また、ELAは健全な銀行に対する一時的な流動性支援の枠組みで、民間部門やECBが保有する国債の償還に応じず、国債が格付けの上でデフォルトとされた場合、ECBがギリシャの銀行へのELAの供給を継続できるかは疑わしい。
ギリシャの銀行が健全であるかの判断はECBによるもので、外部の格付け機関の国債の信用評価によるものではないとは言え、銀行の健全性が疑われるなかで、ELAを継続することに対して、ECBの内外から批判が高まることは避けられないだろう。
ECBがELAを打ち切る場合、資本規制下でも銀行破綻は避けられないとみられ、金融システムを維持するためには銀行救済が必要となる。
銀行救済の必要に迫られた時こそが、ギリシャがEUによる銀行救済に駆け込むか、政府の借用証書(IoU)を発行し、自力で銀行救済費用を捻出しようとするかの分かれ道となる可能性がある。
借用証書や独自通貨の発行に踏み切るのか
EUの金融安全網である欧州安定メカニズム(ESM)には銀行への直接資本注入や銀行救済を目的とした政府への財政支援の仕組みがあるが、何れもギリシャ政府からの求めに応じ、支援提供国との間で改革条件(コンディショナリティ)で合意する必要がある。追加の財政支援協議が滞るなかで、銀行救済だけが切り離されて実行されることはないだろう。
ギリシャが銀行救済での資金援助を要請するならば、財政再建を含めた債権者側の要求を受け入れることが求められる。他方、借用証書や独自通貨を発行して銀行救済費用を捻出するならば、ユーロ離脱への第一歩を踏み出すことにもつながる。
投票結果を受けて、ギリシャ問題の解決の糸口はますます見通せなくなった。ギリシャはこのまま膨大な借金の踏み倒しとユーロ離脱へと突き進むかもしれない。
ギリシャ危機が再燃した当初、波及リスクが限定的な今回は最終的にギリシャ政府が折れざるを得ないとの見方が大勢を占めた。
だが、チプラス首相の瀬戸際戦術は交渉当事者や市場関係者の想定の先をいっている。ユーロ離脱という前例のない出来事が現実味を帯びるなか、ギリシャ問題を通じて欧州は団結の意思を問われている。【7月6日 東洋経済online】
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カギを握る欧州中央銀行(ECB)は、現段階ではギリシャへの厳しい姿勢を崩していません。
****欧州中央銀、ギリシャ銀への資金増額を拒否****
欧州中央銀行(ECB)は6日の緊急理事会で、ギリシャの中央銀行を通じて同国の銀行に供給している資金の上限を据え置いたと発表した。欧州連合(EU)側の改革案の受け入れに「反対」した国民投票を受けて、ギリシャ側が上限の引き上げを求めていたが、ECBはこれを拒否したかたちだ。
ギリシャの銀行は資金の過度な流出を防ぐため預金の引き出しを制限しているが、資金繰りがより厳しくなる可能性がある。
この仕組みは、資金の流出が続くギリシャの銀行に資金を供給する「緊急流動性支援(ELA)」。欧州メディアによると、国民投票で支援交渉が難航する見通しになったことから、ギリシャの中央銀行は現在約890億ユーロ(約12兆円)の上限を60億ユーロほど引き上げることを要請していた。
ECBは同時に、ギリシャの銀行が差し出す担保の割引率(担保である国債の額面上の価値と、担保としての価値の差の割合)を調整すると発表。具体的な内容は明らかにしていないが、銀行が差し出すギリシャ国債などの担保価値をより厳しく見る内容とみられる。ギリシャの銀行は、同じ額の資金を得るにはより多くの担保が必要になる。【7月7日 朝日】
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すでにギリシャ金融機関は厳しい資金不足に追い込まれています。
****ギリシャ、カネ詰まり深刻 銀行の営業停止延長 すっからかんATM続出****
5日の国民投票で、欧州連合(EU)の財政緊縮策にノーを突き付けたギリシャだが、一夜明けて厳しい現実が待っていた。
国内銀行の資金繰りは一段と悪化が予想され、営業停止は8日まで延長。現金が底をつくATM(現金自動預払機)も出始めた。チプラス首相はドイツやフランスに新提案を行うと表明するが、残された時間はほとんどない。(中略)
ギリシャの銀行は6月29日からほぼ営業を停止し、預金引き出しが制限されたままだ。当初は1日60ユーロ(約8100円)が引き出せたが、現在は50ユーロ。一部では現金が切れ、ATMを探し回る市民も。ギリシャ国民の不満が一転して政権側に集まる懸念も残る。【7月7日 夕刊フジ】
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当然に、チプラス政権とEU側の交渉は行われていますが、その政治的結論が出る以前に、ギリシャ金融システムがダウンする、それへの対応策を講じざるを得ない・・・と言う形で、経済事実が先行して流れが決まっていく事態も考えられます。
“2012年半ばにギリシャが今と同じくらい「グレグジット」に近づいた時、ECBのマリオ・ドラギ総裁は、これは選挙で選ばれたわけではない中央銀行家が下すには重大すぎる決断だとし、EUの政治指導者に対し、彼らが究極の決断を下さなければならないと警告した。”【7月5日付 FT.com】
ECBが保有するギリシャ国債について、ギリシャが35億ユーロ相当を償還する期日は7月20日です。