
(IS傘下の過激派がエジプト治安部隊を襲撃したシナイ半島のラファとシェイクズウェイド 【7月2日 毎日】)
【政変から2年、安定への正念場】
エジプトでは、2013年7月3日、当時のシシ国防相(現大統領)主導の事実上のクーデターによってイスラム組織ムスリム同胞団出身のモルシ元大統領が失脚した政変から2年が経過しました。
シシ大統領は、ムスリム同胞団をテロ組織として徹底した弾圧を行っており、エジプトの刑事裁判所は6月16日、モルシ元大統領(63)に対して、11年の革命時に刑務所襲撃事件に関与した罪で死刑を言い渡しました。
一方で、そうした封じ込めへの反動のようにイスラム過激派の活動が活発化しています。
****エジプト首都で爆弾攻撃、検事総長が死亡****
エジプトの首都カイロで29日、検事総長の車列を狙った強力な爆弾攻撃があり、検事総長は死亡した。同国ではイスラム過激派が、弾圧への報復として司法当局に対する攻撃を呼び掛けていた。
保健省やアハメド・ジンド法相をはじめとする政府高官がAFPに明かしたところによると、ヒシャム・バラカト検事総長(64)は同市東部の高級地区ヘリオポリスで同日午前に攻撃を受け、搬送先の病院で数時間後に死亡したという。
2013年にムハンマド・モルシ元大統領が軍によって退陣に追い込まれて以降、イスラム過激派による現体制への攻撃による犠牲者の中でも、バラカト氏は最高位の政府関係者となった。
現場入りしたAFP記者によると、この爆弾で複数の車両が破壊され、店舗の窓も吹き飛んでいたという。保健省の報道官は、民間人2人とバラカト氏の護衛に当たっていた警察官5人を含む8人が負傷したと伝えている。この攻撃に関する犯行声明は出されていない。【6月30日 AFP】
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従来からイスラム過激派の活動拠点となっていたシナイ半島では、治安部隊とIS系の過激派武装組織「イスラム国シナイ州」との衝突で、双方合わせて百数十人の死者が出たとも報じられています。
****<エジプト軍>武装勢力100人以上を殺害 シナイ半島****
エジプト軍は1日、シナイ半島北部で起きた軍検問所襲撃事件に関連し、過激派組織「イスラム国」(IS)の分派とみられる武装勢力に反撃し、戦闘員100人以上を殺害したことを明らかにした。
軍は戦闘機やヘリコプターで空爆するなど異例の大規模な掃討作戦を展開した。IS分派がパレスチナ自治区ガザ地区に近いシェイクズウェイドの占拠を図っているとの情報もあり、軍は掃討作戦を継続する。
軍の声明によると、武装勢力はシェイクズウェイドやラファにある軍や治安部隊の拠点少なくとも5カ所を襲撃した。軍側は武装勢力を撃退し、20台以上の車両を破壊した。
軍側も4人の将校を含む17人が死亡、13人が負傷した。地元メディアは武装勢力の攻撃で70人以上が死亡したと報じており、多数の民間人が巻き添えになった可能性もある。
ロイター通信は、武装勢力は総勢約300人規模だったと報じており、イスラム過激派による武力闘争が活発化する契機となった2013年7月の軍事クーデター以降では最大規模の攻撃だったとみられる。
一連の襲撃は、軍がクーデター以降に始めた過激派の掃討作戦が思うように進展していないことを浮き彫りにした格好で、治安回復を最優先に掲げるシシ政権への不満が高まる可能性もある。【7月2日 毎日】
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イラク軍とは違い、エジプト軍は過激派の攻撃を撃退しましたが、“軍は集中的な空爆などでひとまず阻止した。失敗すれば、半島北部にイラクやシリアのような「イスラム国領土」が誕生しかねない状況だった。”【7月2日 時事】とも。
【イスラエル、エジプト、ハマスの対IS戦線?】
今回、シナイ半島で軍や警察を標的に大規模襲撃を仕掛けたイスラム過激派組織はIS傘下の「シナイ州」を名乗る武装勢力です。
****IS、エジプトに照準 シナイ半島、軍と交戦****
・・・・「シナイ州」の前身は、アルカイダ系の「エルサレムの信奉者」。ムルシ氏の失脚後にシナイ半島で軍や警察部隊に対する攻撃を活発化させ、これまでに500人以上の兵士、警察官が死亡した。この組織が昨年11月、ISへの忠誠を誓って改名した。
ムルシ氏の出身母体「ムスリム同胞団」は、同氏の失脚後にテロ組織に指定され、これまで同氏を含めてメンバー1千人以上に死刑判決が出た。
政権はシナイ半島の武装勢力についても、同胞団や、その関連組織でパレスチナ自治区ガザを実効支配するイスラム組織「ハマス」が支援しているとみる。
一方、同胞団は政権の見方を否定している。シリアでは同胞団系の反体制派組織とISは対立しており、シナイ半島で同胞団がIS系組織を支援することは考えにくいとの指摘もある。
ムルシ氏失脚から2年となる7月3日を前に、エジプトの治安は緊迫している。6月29日には検事総長が暗殺された。実行グループは不明だが、シーシ大統領はテロ対策の強化を明言した。
1日にはカイロで、元国会議員を含む同胞団メンバー9人が治安当局に殺害された。治安当局は、同胞団側が先に発砲したとしているが、同胞団は武装を否定。9人は獄中のメンバーを支援する弁護士らだったとしている。【7月3日 朝日】
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ただ、IS、エジプト、ハマスなどの関係は複雑怪奇になっています。
確かに上記のように、シナイ半島の武装勢力をガザ地区を実効支配する「ハマス」が支援している・・・という話は従来からありますが、一方で、ISはハマスに対する「宣戦布告」動画を発表しています。
****ハマスに宣戦布告=動画でガザ「制圧」宣言―「イスラム国」****
過激派組織「イスラム国」が、パレスチナ自治区ガザを実効支配するイスラム原理主義組織ハマスに「宣戦布告」したとされる動画が6月30日、インターネット上に公開された。
ハマスがシャリア(イスラム法)を厳格に適用していないと非難し、「われわれの仲間に制圧されるだろう」と予告している。
約17分間の動画は、シリア北部アレッポで撮影されたとみられ、銃を持った戦闘員らが登場。うち数人がカメラの前で「ユダヤ人とハマスと(パレスチナ主流派)ファタハの国を根絶する」などと宣言している。
また、「イスラム国」が4月、シリアの首都ダマスカス南部にあるヤルムーク・パレスチナ難民キャンプの大半を制圧したことに触れ、「ガザでも繰り返す」と断言した。【7月1日 時事】
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このあたりの事情については、下記のようにも。
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ガザでは昨夏、イスラエル軍とハマスとの戦闘で市民ら2100人以上が死亡した。両者は停戦で合意したが、境界封鎖などの影響でガザの復興は進まず、住民には不満が高まっている。
ガザではこうした状況下で、IS支持のイスラム厳格派組織がハマスと対立。この組織は5月以降、イスラエルへのロケット弾攻撃への関与を主張した。
一方、イスラエルの有力紙ハアレツは2日、同国防筋の話として、IS傘下を名乗るエジプト・シナイ半島の武装勢力とハマスの軍事部門が結びついているとの情報を伝えた。【7月3日 朝日】
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従来からエジプト・シシ政権は、シナイ半島過激派を支援しているとしてハマスとは敵対関係にありましたが、ハマスがIS及び、その傘下にある「シナイ州」と敵対するということになると、シナイ半島の過激派を共通の敵とするエジプトとハマスが接近し、更にはイスラエルもこれに加わる・・・という構図もできてきます。
中東情勢に詳しい野口雅昭氏の「中東の窓」(http://blog.livedoor.jp/abu_mustafa/)では、以下のように指摘されています。
****シナイ情勢(エジプト)****
・・・・al cods al arabi net は、1日エジプト軍からシナイ半島への部隊の増派を求められたイスラエル政府は短期間で合意し(両国の平和条約でシナイ半島への増派のはイスラエルの同意が必要な由)、又ネタニアフ首相はイスラエルはエジプトを支持していると表明し、テロと戦うために、エジプトの他、ヨルダン、湾岸諸国等がイスラエルと協力することを呼びかけたとのことです。
又、ガザでは治安部隊(ハマスの支配下)が国境地帯に増強され、イスラエル軍も国境地帯に増派されたとのことである意味では実質的な、イスラエル、エジプト、ハマスの対IS戦線が構築されつつある感じもします。
http://www.alquds.co.uk/?p=366499
この問題に関して、y net newsの分析 は、これまで極端に関係の悪化していたエジプト―ハマス間に関係改善の動きが見られると報じています。
勿論真偽のほどは不明ですが、興味ある記事なので、ごく要点のみ次の通り。
個人的には、そこまでいけば、シーシにとってムスリム同胞団の、少なくとも穏健派と目されるグループを取り込むことが、対テロ戦争上極めて重要かと言う気がしますが、現在のところそのような気配は感じられません。
ISの攻撃の前に、これまでの敵対勢力であったエジプトとハマスは共通の立場を見出している。
最近では多くのアラブ報道が、両者の接近をにおわせている。
ISの方でも最近シリア内で、ガザでのハマスの支配を終わらせるという警告がネットで流れている。
かつてシーシは、エジプトはイスラエル等に対するテロの根拠地にはならないと見えを切ったが、現在は自分自身が生存の戦いただなかに居る。
シナイ半島の過激派細胞は、多くの武器をガザから得ているが、これを止めるためにはエジプトはパートナーを必要とし、それがハマスである。
ハマスの軍事部門が過激派を支援しているという疑いはあるも、シーシにとってハマスの政治部門と20%の合意に達するだけでも大きな意味がある。
これを反映して、最近ではエジプトマスコミのハマスに対する攻撃は減少している。
更に、これがラファ検問所(エジプト―ガザ間の出入り口)にも現れ、最近では検問所が開かれる機会が増えている。
エジプトは、カタールでイスラエルとハマスの接触が行われていることも承知していて、そこから除外されることは望んでいない。
又サウディが、ハマスがイランとよりを戻すことを防ぐためにも、エジプト、トルコ、湾岸諸国を入れた連帯を築こうとしていることも知っている。
エジプトとしてはイスラエルとPLOの関係改善にも重大な関心があり、自分でも最近駐イスラエル大使の任命、イスラエル外務省幹部のエジプト訪問等、イスラエルと接近しつつある。
又アラブ政治でも積極的になり、アラブ合同軍の設立の他、アラブ連盟のエルサレム委員会から、イスラエルとの和解に関心を持たないカタール、スーダン、アルジェリア、レバノンを追い出し、エジプト、サウディ、ヨルダン、モロッコが主導権を有する新委員会を立ち上げた。【7月3日 野口雅昭氏 「中東の窓」】
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“敵の敵は味方”という入り組んだ関係はシリアなどでも見られますが、その関係はまた流動的でもあります。
今のところは、ISを共通の敵として、エジプト、ハマス、イスラエルが接近している・・・・との様相のようですが、どの程度の段階なのかはわかりません。
【ISが共通の敵とはならないシリア】
ちなみに、シリアではアサド政権、IS、アルカイダ系ヌスラ戦線、その他イスラム武装組織、穏健派反政府勢力、クルド人勢力、トルコ、アメリカなどの勢力・関係国が入り乱れており、誰を敵として戦うべきかで混乱も生じています。
アメリカはISとの戦闘のために穏健派反政府勢力の訓練を行っていますが、参加者はアサド政権との戦闘を望んでいます。
****米軍のシリア穏健派の訓練難航、100人以下で脱退者も多数****
米軍が過激派「イラク・シリア・イスラム国(ISIS)」への対抗戦力としてシリア反体制派の穏健派の訓練を続けている問題で、米国防総省高官は2日までに、訓練への参加者が100人以下に減少し、計画が難航していることを明らかにした。
多くの訓練参加者が取り除かれている事態を指摘し、低年齢の問題や体力不足などを理由に挙げた。CNNの取材に応じた同高官によると、数週間の訓練を受けた多数の参加者がシリアでの戦闘任務を拒み「除隊」した事例もあった。
参加者の大多数がISIS掃討よりシリアのアサド政権と闘うことを望む意思表示をしているという。
穏健派の訓練計画は1年前に発表され、5億ドル(約617億円)の資金を投入している。訓練参加者の確保などの課題も抱えており、3年間にわたり年間3000〜5000人の参加者を見込むオバマ米政権の目標の達成は無理との見方も出ている。
カーター米国防長官は最近の米議会の公聴会で、精神的もしくはイデオロギー的に訓練への適正な参加者を選別するのは非常に難しいことを認めていた。
ただ、国防総省当局者は訓練計画をあきらめたわけではないと主張。訓練への志願者に不足はないとし、過去10日間で1000人以上が応募したことも明らかにした。【7月2日 CNN】
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一方、ISを攻撃するクルド人勢力の動向に、隣国トルコが神経をとがらせています。
トルコにとっては、クルド人勢力が支配を強めるよりは、ISの方が好ましい・・・といったところのようです。
****トルコ大統領「国境脅かす」 シリアのクルド組織、IS拠点制圧****
シリアのクルド人組織「民主統一党」(PYD)の軍事部門が15日、過激派組織「イスラム国」(IS)が支配していたトルコ国境沿いの町を「完全制圧」したことで、トルコのエルドアン大統領が懸念を深めている。
PYDはトルコがテロ組織に指定する国内のクルド人武装組織「クルディスタン労働者党」(PKK)と密接な関係があり、同氏はトルコ国内への余波を警戒している。
PYDの軍事部門「人民防衛隊」(YPG)が制圧したのはシリア北部テルアビヤド。ISが「首都」とするラッカの北約80キロで、ISは昨年6月ごろに占領して以来、トルコ側から外国人戦闘員を密入国させたり、物資を密輸したりする拠点にしていたという。
ロイター通信やトルコの主要メディアによると、YPGは15日までに町中心部のほか、ラッカへ続く主要道路を掌握。米軍主導の有志連合もIS戦闘員を狙った空爆で支援した。
一方、エルドアン氏はYPGのテルアビヤド制圧について「(トルコ・シリア)国境を脅かす」などと繰り返し懸念を表明した。【6月17日 朝日】
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また、アサド政権とISが“持ちつ持たれつ”の関係にあるというのは、以前から指摘されているところです。
こうした入り組んだ関係にあって、ロシア・プーチン大統領がISを共通の敵とする「テロとの戦い」を呼びかけていますが・・・・。
****シリアと周辺国に共闘呼び掛け=対「イスラム国」―ロ大統領****
ロシアのプーチン大統領は29日、モスクワを訪問したシリアのムアレム外相と会談した。プーチン大統領は、シリアなどで勢力を拡大する過激派組織「イスラム国」に対する「テロとの戦い」で、親ロシアのシリアと、親米のトルコ、ヨルダン、サウジアラビアの共闘を呼び掛けた。
ただ、ムアレム外相は会談後の記者会見で、共闘には「奇跡が必要だ」と述べ、実現は困難と厳しい認識を示した。これら親米国が、アサド政権打倒を掲げるシリアの反体制派を支援してきた点を理由に挙げた。【6月29日 時事】
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アメリカやロシアは、まずはISを抑えたい思いですが、現地勢力・関係国はまた別の思惑で動いています。
確かに「奇跡」でも起きないと「共闘」も難しい情勢ではあります。