
(ジャカルタの職業フェアで仕事を探す若者ら 【6月22日 ロイター】)
【「中所得国の罠」】
庶民派として改革が期待されたインドネシア・ジョコ大統領ですが、インドネシアの経済状況は好転していないようです。
****インドネシア、若年失業率は20%突破か****
インドネシア経済がおよそ6年ぶりの低成長に落ち込むなか、企業の人員削減が止まらない。経済の立て直しなどを公約に昨年の選挙で当選したジョコ・ウィドド大統領にとって、雇用情勢の悪化は頭の痛い問題だ。
公式統計を見る限り雇用が特に悪化したという印象はない。2月の失業率は5.81%で、前年同月の5.70%から小幅上昇にとどまった。
しかし公式統計は信頼性が低く、同国経済の3分の2に相当するとされる「非公式部門(地下経済など)」は適切にカバーされていない。
企業はインドネシア全土で人員削減を加速しており、企業幹部や人材派遣会社、求職者らは、状況は悪化しつつあると指摘する。
なかでも大きな打撃を受けているのは若年層だ。国際労働機関(ILO)の推計によると、インドネシアでは若年層の失業率は2013年に20%を突破。エコノミストは、現在はさらに上昇しているとみる。
インドネシアでは労働人口のおよそ3分の1が15─29歳の若年層。かつての中国や韓国のような人口ボーナスを享受できるはずだが、それも毎年労働市場に参入してくる200万人分の職があればの話だ。
経営者協会のスカムダニ会長は「政府には労働力を吸収するための青写真がない」と指摘。「こうした状況が続けば、人口ボーナスどころか人口災厄だ。犯罪率が高まり、社会が混乱しかねない」と述べた。
<インフラ投資は約束通りに進まず>
ウィドド大統領は8カ月前の就任時、インフラ投資と製造業の育成を約束した。しかし、官僚主義の悪弊でプロジェクトは停滞、土地接収をめぐる紛争も絶えないため、インフラ投資は計画通りに進んでいない。
また、熟練労働者不足が付加価値の高い産業の成長を阻んでいる。
特に鉱業は鉱石禁輸と商品相場急落という二重苦にあえいでいる。
また、インドネシアの通貨ルピアが17年ぶりの水準に下落し、原料の輸入コストが膨らんだことから、繊維や製造業などの労働集約型の産業も打撃を受けている。
経営破綻し資産が差し押さえられたある衣料品工場の従業員は今週、ジャカルタの金融街でデモを繰り広げた。
失業の増加はインドネシア経済の半分以上を占める消費を直撃。5月の自動車販売台数は前年同月比18.4%減と、9カ月連続で減少した。
インドネシア繊維協会のスドラジャト会長は「誰も買わないまま、在庫ばかりが積み上がっている。消費者の購買力は弱い」と嘆く。「こんなことは過去45年間、経験したことがない」と述べている。
<外国人も逃げ出す>
財務相助言役のブディマンタ氏は、政府は中小企業向けの貸出金利を半分にしたり、大半の物品をぜいたく税の対象から外したりするなどの対応をとったと強調。ただ、こうした対策も焼け石に水の感がある。
人材紹介会社ロバート・ウォルターズのインドネシア担当マネジャー、ロブ・ブライソン氏は、金融サービスなどの相対的に高給のポストにも、雇用情勢悪化の影響が及んでいるとの見方を示している。
ブライソン氏によると、インドネシアの労働ビザを持っている外国人の数は、2013年半ばから昨年末までの間に20%減のおよそ6万2000人となった。外国人の間では、インドネシアでの求職活動を打ち切り、雇用機会の豊富な西側諸国に流出する動きが出ているという。
ブライソン氏は「インドネシア企業は生産性向上を重視している」と指摘。「企業は多くの場合喜んで、1人を採用して2人を解雇するだろう。労働市場への圧力がますます高まるのも当然のこと」と語った。【6月22日 ロイター】
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大きな括りで見れば、インドネシア経済の停滞は「中所得国の罠」にはまった状態にあると言えるのでは。
「中所得国の罠」は、“自国経済が中所得国のレベルで停滞し、先進国(高所得国)入りが中々できない状況をいいます。これは、新興国が低賃金の労働力等を原動力として経済成長し、中所得国の仲間入りを果たした後、自国の人件費の上昇や後発新興国の追い上げ、先進国の先端イノベーション(技術力等)の格差などに遭って競争力を失い、経済成長が停滞する現象を指します。”【iFinance http://www.ifinance.ne.jp/glossary/global/glo200.html】
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中所得国において、この罠を回避するには、規模の経済を実現すると共に産業の高度化が欠かせませんが、そのために必要な技術の獲得や人材の育成、社会の変革(金融システムの整備や腐敗・汚職の根絶等)が進まないのが大きな課題となっています。
ちなみに、東アジア地域においては、韓国や台湾が1990年代後半にかけて、この罠に陥り伸び悩みましたが、その後、電機やITなどを核に産業を高度化し、高所得国入りを果たしました。【同上】
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企業が生産性を上げようとすると、「企業は多くの場合喜んで、1人を採用して2人を解雇するだろう」ということで、労働市場への圧力ともなり、失業問題が悪化します。
【官僚主義の悪弊】
この罠を断ち切る改革がジョコ大統領に期待されている訳でもありますが、そうそう事はうまく運びません。
改革を阻む壁のひとつが、上記ロイター記事にもある“官僚主義の悪弊”です。
ジョコ大統領の苛立ちも報じられています。
****インドネシア、経済成長阻害する官僚主義 インフラ整備費執行わずか8% ****
インドネシアは、官僚主義が経済成長の阻害要因となっている。
同国政府によると、今年度予算のインフラ整備費290兆3000億ルピア(約2兆7000億円)のうち、6月下旬時点で執行されたのは8%に当たる23兆2000億ルピアにとどまった。現地紙ジャカルタ・グローブなどが報じた。
官僚主義は事業停滞や貨物上陸の遅滞などにつながっており、ジョコ・ウィドド大統領が視察先で声を荒らげるなど、政府のいらだちは募っている。
バンバン・ブロジョネゴロ財務相は予算執行の遅れについて、昨年10月の新政権発足後に実施した省庁再編により計画立案や入札で混乱が生じているためと説明。「各省には執行を急ぐよう催促している。執行手続きも簡略化した」と述べ、年後半は執行が加速するとの見解を示した。
また、官僚主義による停滞は予算執行にとどまらない。インドネシア政府によると、同国の港湾における貨物の滞留日数は8日で東南アジア諸国連合では最長、滞留による政府の損失額は年間780兆ルピアともされる。
政府は5月に4.7日への短縮を目標に掲げていたものの、通関手続きの簡略化に手間取るなどして、現在も状況は変わっていないという。
先月、北ジャカルタにある主要港タンジュンプリオク港を視察したジョコ大統領は、政府高官や国営企業幹部らを前に滞留日数短縮が実現できない原因を尋ね、返事がなかったことに立腹。「理由がわからないなら自分で調べる。これ以上、状況が悪化すれば人事を考慮せざるを得ない」と声を荒らげた。さらに「短縮が実現しないのは、迅速化への意思が欠けているためだ」とも述べ、居並ぶ全員にハッパをかけた。
インドネシアは、複雑な法制度や煩雑な手続きなどがビジネス上の障壁として各方面から指摘されており、世界銀行が年に1度発表する報告書「ビジネス環境の現状」の各国・地域のビジネス環境を順位付けしたランキング最新版では、189カ国・地域中114位と下位に位置している。
政府は、投資承認手続きの簡略化や、土地法など各種の法改正、税制優遇などで投資誘致に注力しているが、一方で承認を受けた投資案件が官僚主義による最終的な許認可の遅れで停滞するといった状況も指摘されている。
インドネシアの国家経済企画庁は、インフラ整備費約290兆ルピアの執行により、同国の国内総生産(GDP)は0.6%押し上げられると予想。投資案件の実行は産業近代化、雇用増に貢献するとみられている。官僚主義を打破して成長加速を実現できるか、ジョコ政権の戦いは始まったばかりだ。【7月22日 SankeiBiz】
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【大統領と与党の確執】
もうひとつジョコ大統領の改革を難しくしているのは、4月20日ブログ“インドネシア 与党党首メガワティ元大統領の「院政」に苦しむジョコ大統領”(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20150420)でも取り上げた、党内基盤の弱さでしょう。
この点については、大統領の意向に沿わない閣僚を更迭した内閣改造や野党も含んだ与野党再編の動きも報じられていますが・・・・。
****内閣改造へ閣僚評価 大統領 与野党再編も視野 レバラン前後か****
ジョコ・ウィドド(通称ジョコウィ)大統領は、レバラン(断食月明け大祭)前後の内閣改造も視野に入れ、閣僚評価を進めている。
大統領への忠誠より党の利害を優先する与党所属閣僚の更迭を訴える声が高まる中、政権安定化を図りたい与党は野党の政権入りも模索。
地方統一首長選の候補者登録を目前に控え、足並みをそろえたい野党がこれに応じ、与野党再編につながる可能性もある。(後略)【7月2日 じゃかるた新聞】
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【宗教保守化のなかで、アザーン“騒音”が認められるのか?】
最近のインドネシア関連の話題として、イスラム教モスクのアザーン“騒音”が報じられています。
****モスク・祈りの呼びかけ、大音量は「騒音」 インドネシア政府、対策へ****
イスラム教のモスク(礼拝所)がスピーカーから大音量で流すお祈りの呼びかけが耳障りだとして、インドネシアのカラ副大統領がこのほど、騒音を計測するチームを作った。複数の都市で集めたデータをもとに対策に乗り出す構えだ。
インドネシアはイスラム教徒の人口が世界最多で、モスクの数は80万カ所。ジャカルタでは数百メートルおきにあるモスクが、1日5回のお祈りのたびに大音量で呼びかけるのが日常風景だ。
特に日の出前のそれは複数の呼びかけが反響、「聞こえるのは騒音だけ。お祈りの1時間前に起こされることもある」(カラ氏)という状態になっている。
同国のモスク協議会議長も務めるカラ氏は、大半のモスクが肉声ではなくカセットやCDを使って呼びかけていることも問題視。
「コーランの暗唱者には神の恩賞が与えられるが、カセットなら恩賞の対象は日本人。だって日本製(の音響設備)を使っているんだろ」とも協議会の会合で述べたという。【7月17日 朝日】
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旅行者にとっては、朗々と流れる礼拝を呼びかけるアザーンは旅情を高めるものでもありますが、早朝にいくつものモスクから流されると、確かに「うるさい」という感もあります。
2010年にはアザーンがうるさいと、スピーカーのケーブルを引き抜いたアメリカ人男性が「神に対する冒とく」の容疑で逮捕された事件もありました。
もっとも、うるさく感じるのは地元の人々も同様のようです。
ただ、“肉声ではなくカセットやCDを使って呼びかけていることも問題視”というのどうでしょうか?
以前旅行していた際に、「騒音」としか言いようのない音程の外れた男性の肉声アザーンに閉口した経験があります。
まだ、うっとりする美声によるカセットやCDの方が・・・・。
それはともかく、この話題が興味深かったのは、インドネシアは前にも取り上げたことがあるように、社会全体として宗教保守化の傾向が見られます。
“世界最大数のイスラム教徒を抱えるインドネシアの2大イスラム政党は、国内でのアルコール飲料の消費活動全般を禁止し、違反者には最高2年の実刑を科す法案を議会に提出した。
同法案にどの程度の支持が集まるかは不明だが、国内で広く飲まれている地酒など1%超のアルコールが含まれる飲料すべての販売・製造・流通・消費を禁じるもので、早ければ今年末にも立法化されるとの見方もある。”【4月14日 ロイター】といった報道も。
まあ、禁酒ぐらいはかまいませんが(私は酒は殆ど飲みませんので)、他宗教への不寛容、原理主義的規制強化による人権侵害となると大きな問題にもなります。
そうした宗教保守化の流れの中で、アザーンを「騒音」視するような問題提起が受け入れられるのか・・・関心が持たれます。
【ニューギニアでは暴動も】
一方、ニューギニア島では、このモスクからの大音量がきっかけとなった“宗教対立”・暴動も報じられています。
****インドネシアで宗教間対立…警察発砲で1人死亡 東部パプア州、モスクなど炎上****
インドネシア東端のパプア州トリカラで17日、キリスト教徒がイスラム教徒を襲撃してモスク(礼拝所)などが炎上する騒ぎがあった。警察は発砲して鎮圧。当局は20日までに、1人が死亡、11人が負傷したと発表した。
政府は宗教間対立への発展を警戒し、19日、バドロディン国家警察庁長官を現地に派遣した。
現地からの報道によると、イスラム教の断食月(ラマダン)明け大祭初日の17日朝、集団礼拝に集まったイスラム教徒に約200人の集団が投石を加え、近くの店舗兼住宅に放火した。50戸以上が炎上し、モスクにも延焼。イスラム教徒は軍施設に逃げ込んだ。
集会中だったキリスト教徒が、モスクの拡声器の大音量に抗議したことが発端とみられる。パプア州ではイスラム教徒の入植者と、キリスト教徒住民の摩擦が増えている。
オランダ植民地だった同州は、1960年代にインドネシア帰属が決まった。民族や文化的にパプアニューギニアに近く、独立派組織「自由パプア運動」(OPM)などが活動を続けている。【7月20日 産経】
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詳細はわかりませんが、“宗教対立”と言うよりは、記事後半にもあるように独立運動なども含んだ、インドネシアによるニューギニア支配に対する不満が根底にあるのではないでしょうか。
インドネシア領ニューギニアの分離独立運動については、2012年10月1日ブログ“インドネシア パプアの分離独立運動 広がる宗教的不寛容”(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20121001)でも取り上げたことがあります。
モスクのアザーン「騒音」とは言いながら、宗教保守化の流れとの関係、民族・文化対立の刺激など、無視できない問題ともかかわってくるように思われます。