家訓は「遊」

幸せの瞬間を見逃さない今昔事件簿

体温計の電池切れ

2020-04-30 08:33:19 | Weblog
毎朝使っている体温計の電池が切れた。

外出のついでにホームセンターに寄ったがなかった。

それでは、と思い電気屋に行った。

私の探している電池だけが売り切れだった。

会計で聞いてみると、その場で状況を見てくれて

「入荷の予定はありませんね」と残念そーな顔で応えてくれた。

それなら、と体温計を見に行くと、そちらも売り切れていた。

私のPCに記録してあるだけでも2006年からあり、それ以前から毎朝測る体温。

とりあえず昔使っていた物を探してみると、やはり出てきた。

アナログ式のものだ。

カイザーと書いてある。

ということは、これはカイザーというミニチュアシュナウザーの肛門に挿して測ったやつだ。

だが問題ない。

それを使うことにした。

今までは1分で計測できたが、この機種は5分かかる。

朝の5分は、ずいぶんゆっくりに感じる。

実は去年車仲間から「安いし便利だから買っておきなよ」と言われていた。

非接触温度計というものだ。

車のエンジンの温度を直接測り車に付いている温度計との誤差を見るためだ。

これだと瞬時に体温が分かるし体に接触させないから感染予防にもなる。

テレビの映像で何度も見ているから知ってはいたが買おうとは思わなかった。

体温以外にもいろいろ面白そうな使い方ができることは確かだ。

だが犬も猫もいないし、とりあえず私と妻の体温が分かればいい。

今使用しているテルモの体温計は2012年の4月7日に電池を替えた。

8年間毎日使ってきたのだ。

ネットではLR41という電池は山ほど売られている。

だが2個使用するのに10個入りだったりするから残りの8個は次の8年後を待つ事になる。

5分間待つ余裕は充分に持っている。

このまま長寿であった犬のご利益にあやかることにする。



野草を知りたい

2020-04-28 09:37:28 | Weblog
4月の初めに妻を美容院に送っていった。

妻が終わると連絡が来て迎えに行く。

私が店に入っていくと妻は会計をしていた。

椅子に座ってテーブルの上に置いてあった本の中から野草の本に目が止まった。

それを手に取って見ていると「あげるよ」と言ってくれて、ありがたくもらってきた。

26年前のハンドブックだ。

帰宅後毎日ペラペラとその本を見ることが増えた。

すると妻が「これ子供たちが小さい頃買ったのだけど見る?」と言う。

33年前の絵本だが全く記憶になかった。

私は特に植物に関心を持たなかったからだろう。

春の植物の様子だけでなく秋になってからの枯れた様子も描かれていた。

散歩の時「あれ?これは、あの本に載っていた奴だな」ということが始まる。

すると同じ場所に到達すると「やはり、これはあれだ」となる。

少し物知りになれたような気分の良い感覚になった。

「この本のこれだけを1週間で覚えようと思う」と妻に伝えて覚えたい絵本の植物名を付箋に書き込んでハンドブックの方に貼り付けた。

絵本の方は植物名の上に付箋を貼り付けて名前を隠した。

本当はハンドブックを持って散歩に行きたかったが「いかにも」ふうになってしまうので、それはやめた。

1週間で26種類の名前は覚えられた。

だが実際の植物と合致しない。

ハンドブックに載せてある写真は使い物にならないものがあり私の知りたいことを満足させてはくれない。

絵本の方も細かい部分の表現が出ていない。

結局は、その場で写真を撮って帰宅後にPCで調べるということになった。

ノボロギクとノゲシが、どっちがどっちなのか分からない。

それらしい物を茎から摘んで持ち帰り調べても既に花の時期は終わっていて、やはり分からなかった。

それでも散歩の途中で、今もそこここに咲いている姿を見ると、したたかに生きる植物の強さが嬉しく思えた。

ただし散歩に要する時間が増し、結局は歩く距離が少なくなってしまった。

鳥に興味を持ちイチイチ何の鳥か確認したり、間違えて覚えていたりした頃を思い出した。

でも草刈は別だ。

ドンドン刈り取るからな。


掛け時計を電波時計に

2020-04-20 11:40:03 | Weblog
掛け時計が遅れ始めた。

日に10分狂っていると生活に支障が出る。

だが癖で、つい壁に掛かった、この時計を見てしまう。

この時計は元々母の姉の形見分けの品だ。

当初そのまま使用していたが、いかんせんコチコチ音が邪魔で邪魔で。

思い切ってゼンマイ式時計の機械部分を取り出し中身をクオーツの狂いの少ないものにした。

さすがに静かで狂いの少ない時計に満足した。

それでも機械というものは永遠ではありえない。

中身を何度交換して使ったことだろう。

今回も「時期だな」と感じて中身を交換しようと思った。

だが今は安くて正確な時計がたくさん売られている。

まずはホームセンターで壁に掛けられた時計を見てみた。

「安っぽい」

安いのだから当たり前なのだが、それにしても我慢できない。

これはプラスチックで作られているせいだろうと思い木製の物を探す。

「あった」

だが木製の割にはプラスチック製と変わらないほど安っぽい。

あきらめて今まで通り中身だけ交換することにした。

今は電波時計という自動で時刻合わせをしてくれる機械が売られている。

それは1870円で送料なしだった。

出来上がった時計が2000円台で売られていることを考慮すると割高な気もするが安っぽすぎる物を使う気にならないから、しかたな
い。

注文して3日で届いた。

今までは中身を交換するときには時刻合わせをして電池を入れれば終了だった。

今回は電波時計だから注意が必要だ。

だって自分で勝手に時刻を合わせるのだから。

答えは簡単だった。

針を12時に合わせてセットし電池を入れて作動させる。

すると針がクルクルと回り始め、もう一度12時に戻る。

そしてしばらくすると正確な時刻を示してくれている、という魔法のようなことが起こる。

いちばん気を使ったのは現代の針だと様にならないので当時の針を紙で作成し、それを現代の針に貼り合わせる作業だった。

今も調子よく動いている。

癖で見てしまう壁に正確な時刻を示す時計がかかっていることが最高だ。



まだ見ぬ管理者

2020-04-17 08:50:59 | Weblog
気がついたのは3月31日だった。

物置の下のネットが少し外れたようになっていた。

その場で直しておいたが次に春野を訪れたとき今度はひどくズレていた。

アナグマだ。

アナグマが入り込んだのだ。

もう去年からアナグマが我が家にやって来て穴を掘りミミズなどを食べている。

そこで私は縄張りを主張することにした。

やつの通り道にpeeをしておいた。

老人でもオスには違いない。

ケモノは臭いを着けて縄張りを主張する。

その野生の原則に従ったのだ。

このマーキングは効いた。

しばらく来なくなった。

ところが再び敷地に入り込んできた。

掘られた穴を遡ってみて分かった。

いつものようにマークの所まで来ると一旦斜面に降りてマークを通り過ぎた所で再び敷地に戻る。

「奴め、なかなか頭がいいな」と感じた。

私の主張は「中に入るな」だが彼は「ここを通るな」と解釈したようだ。

奴は敷地の中にある物置の縁の下を自分の居場所に定めた。

私が物置を開けて中に入り作業をしていると、たぶん寝ていた奴が目を覚まし危険を感じたらしく逃げようと金属製の物置をガリガリやり始めた。

物置の一箇所に与えた、かじり音はその板全体に響きまるで天井でもかじっているかのようで物置の内側に入り込んだかなと内側と外側を何度も見て回った。

私が帰宅するとき出入り口にしている場所にコンクリート製のドブ板を置いておいた。

次に訪れたときドブ板の横を出入り口にしている痕跡があった。

奴は夜勤だから私と遭遇することは、ほぼない。

それに調べてみたら奴は大人しく誰とも仲良くやれる性格らしい。

同じ穴のムジナという言葉は奴のことを指し誰とでも同じ穴に居られるほど良い奴だということらしい。

雇ったつもりのない夜の管理者だ。

家を無償で貸している。

本当は出ていって欲しい。

今奴はどこにいるのか分からない。



タラの芽ふかし栽培

2020-04-14 08:39:22 | Weblog
タラの芽ふかし栽培を以前から試してみたかった。

ふかし栽培というのは水耕栽培のことだ。

木に生っているタラの芽を採るわけではなく栽培するのだ。

適当と思われる発泡スチロール製の容器を見つけて、もうこれで準備が整った。

道路下に行けばタラノ木は、いつでもあるからだ。

1月6日 着手した。

ところが今年に限ってタラの木は、ことごとく枯れていた。

やっと見つけたのは一本だけ。

まあそれでもやってみたかったから切って作業場に持って上がる。

節ごとに芽が出るのでノコギリでタラの木を裁断する。

それらの穂木を水洗いして容器に並べ水を注ぐ。

24本並んだ。

あまり多く注ぐと並べた木が浮き上がってしまうので底から5ミリ程度入れた。

春野に行くたびに水の入れ替えをした。

捨てる水が粘りを持っているし容器の底が茶色に色づいている。

この粘りが栽培に適さないと読んだので寒い中穂木を水洗いして容器に戻し水を注ぐ作業を繰り返した。

春野に到着すると、まずは容器のフタを開けては写真を撮り水の入れ替えをする。

2月9日 芽が出てきた。

なおも水の取り替え作業が続く。

穂木の上に白いワタのようなカビが生えていた。

それらを水で洗い流す。

穂木の水に浸っている辺りがブクブクになっている物が出た。

それらは捨てた。

3月も終わろうとしている頃残りは8本となっていた。

でもそれらは発芽し、その芽は元気に育っている。

そこからは陽に当てることにした。

といっても直射ではなく明るい日陰に置くことで緑に成っていった。

だがネットで見たような天ぷらにして美味しそうな丸々と太った芽ではない。

発芽の後すぐに枝分かれして伸び、しかも栄養状態の悪そうな芽だ。

やはり簡単ではない栽培。

「どこかが違う」

たぶんいろいろなところが少しずつ違うのだろう。

近々食う。




近所の桜

2020-04-12 15:59:06 | Weblog
歩いて行ける距離の桜が見事に咲いている。

桜を車に乗って見に行ったことは記憶では一度しかない。

さすがに見事な桜の景色だった。

車で見に行くその価値はあったが、それ以前も、その後も行っていない。

近所の桜は川の土手に生えているもので手入れされているかどうかも分からないが美しさは十分だ。

歩行者用の道路ではない箇所もあるので少し気は使うが観光客が押し寄せているわけではないので落ち着いて見られる。

第一無料だ。

川の土手なので通路側は剪定というより通行しやすいように切り詰められている。

だが川側は伸び放題で見事な枝ぶりだ。

その近所の人たちは椅子を持ってきて座りながら飲み物を楽しんだりしている。

また犬を連れた人たちもいて自由な感覚が気持ち良い。

ただし犬は桜の花を気にする様子はなく地面もしくは桜の木の根元を気にしている。

1時間の散歩中土手で川面の水鳥を狙う猫と草の中で日差しと、そよ風を楽しむネコの2匹を発見したのは嬉しかった。

また頭上の桜だけでなく地上には青々とした草やら菜の花の黄色い花が目に飛び込む。

桜とて薄ピンクのものだけでなく白いものもある。

このご時世だから親子で楽しむ家族も多く、子供たちの楽しそうな顔を見られるのも嬉しいものだ。

望むのは、このコロナ騒ぎが終了したあとでも家族で楽しんで欲しいと思う。