家訓は「遊」

幸せの瞬間を見逃さない今昔事件簿

スタートから255キロ

2016-05-31 08:16:41 | Weblog
自宅の駐車場に到着した時にメーター内を写真撮影した。

スタートから255キロ 5時間20分 48キロ/時 14.5キロ/L

ゴールは我が家だが出発地点は松本市内の知人の駐車場だ。

いつもなら 長野道 中央道 国道151号線 三遠南信道 新東名と経由して一般道となる。

今回は比較的早い時刻から帰宅ができたので、ちょっと道を変えてみた。

いつものように長野道に乗るのは一緒。

で、岡谷ジャンクションで名古屋方面に向かわず甲府方面に向かう。

そして諏訪ICで降りて一般道へ。

茅野市の安国寺西という交差点から152号線に入る。

ここからは山道を走ることになる。

この山道は中央構造線という日本列島の西半分を縦断する日本最大の断層の上の道路だ。

ただの山道というだけでなく何となく神秘的で怖い感じがする。

そのせいか交通量は少なく走りやすかった。

一部道路幅が狭い所もあり注意を要する走行だった。

でもたまに対向車が来ても困った事態にはならなかった。

妻は助手席で何度もブレーキを踏んだと言っていたが。

助手席というのは車幅感覚もうまく分からないしブレーキをかけた時の制動感覚も分からないから無理もない。

「大丈夫。前から来たら俺のほうがまず止まってバックするから」と言い聞かせても暗く狭く急角度の道だったりすると、すぐに「怖い」とか「帰れる?」とか言い始める。

「女なんだから仕方ないの」と言う時は胸を張って言う。

道幅も広く良い景色の時には「ちょっと止めて」と言って降りて余裕たっぷりに景色を楽しむ。

その繰り返しをしながら自宅にというよりまずは、県境を目指す。

途中分杭峠というところに差し掛かる。

なんでもゼロ磁場ということらしい。

私にはよくわからないが多くの車が駐車場に止まっていてシャトルバスが彼らを乗せて往復している。

出発から到着までの所要時間は5時間45分だから25分間だけ休憩したということだ。

結局山道の走行は3時間半で運転した時間は5時間20分平均48Km/hでリッターあたり14.5キロメートル走ったということだ。

以前走った時よりも道路が格段と良くなっているから楽だった。

道幅が広がっただけでなくトンネルも増えて思った以上に疲れなかった。

帰宅してから見てきた植物を検索したらトチノキだった。

トチノキの花がきれいに咲いていた。

ミツバチ今年は

2016-05-25 08:42:41 | Weblog
今年はミツバチ用の空き箱を3箇所用意した。

近所でミツバチを飼っている人の箱には4月末から入り、そこを通る私は自分のところの箱を今日か今日かと待っていた。

5月の13日を過ぎても何の進展もなかった。

それからは私のスケジュールが忙しくなり次に行けたのは21日。

その日に第二ミツバチ箱に入っていた。

もう既に前から住んでいたかのように活気がある。

入れ替わり立ち代り出たり入ったり。

花粉を脚に付けて入る者もいるから幼虫が育っていることは確かだ。

この箱は新規の箱ではあるが、いままで別の位置に置いていたものを移し替えしたものである。

「新規の」という意味はミツバチが入ったことがないので巣がその中に無い箱という意味である。

去年までミツバチで賑わっていた箱はというと、活発というほどでもないが出入りはしている。

これは分蜂の際、元の女王蜂が仲間を引き連れて出て行くというミツバチ独特の掟があるからだと思っている。

だから第二は元の女王蜂が入り活発に活動している。

で、第一は数が激減して不活発。

ただし既に巣ができているのでそこを使えるのは便利だ。

新しい女王蜂が楽に子を増やせるように、という種の保存を考慮して決まっていることなのだろう。

でも第一には、さらに分蜂が起きるという可能性がある。

そうなると一番あとに生まれた末娘が、そこに住むということになる。

これが起きたとしても、まだ箱は2ヶ所に準備してある。

それらにうまく入ってくれたらいいなと思っている。

箱に出入りするミツバチを見ていると可愛くて仕方がない。

だが早くもスズメバチがやって来てウロウロしている。

自然というものはたくましくもあるが残酷でもある。

またミツバチを通して自然を満喫する一年が始まった。





山道ツーリング

2016-05-21 08:57:16 | Weblog
ロータスエランとカニ目のスプライトそして私のモーガンの3台でツーリングに出た。

私は朝6時25分に出発した。

佐久間町の原田橋がダムの放流で通行禁止になったため秋葉ダムまで下り、そこから山道で白倉峽を抜け県道9号線に出て約30分遅れで集合場所に到着した。

原田橋は橋が崩落したため河原に仮設の道路と橋を架けてある。

月曜日に佐久間町の役場に電話をして担当者から通行できることを知った。

「いやあ当分の間通行禁止になることはないと思いますよ。佐久間ダムの放流があれば別ですが」と通行を確保したい人の自信を感じた。

ところが私が電話をした、その夜から強い雨が降り急遽放流が決まったようだ。

すでに彼らは到着していたが彼らも遅れたため「そんなに待たなかったよ」ということだった。

そこからエランの先導で473号そして257号線アグリパーク名倉から茶臼山に向かった。

茶臼山の駐車場に止め下に降りた。

リフトに乗り山頂まで行って芝桜を見て降りた。

パーキングを出て今度は151号線に向かった。

集合場所に止まってもらって県道9号線を走ることを進め私が先導することになった。

県道9号線に入ると今までのような幅の広い山道ではなく、すれ違いのできないような狭い道だ。

そこに静岡ナンバーのジムニーが居てなかなか道を譲ってくれない。

前照灯をつけて、すぐ後ろをピッタリ走行してもミラーで私を見るだけでどかない。

もうこのまま行くのかと思ったとき左に寄せて停まった。

「やれやれ」

しばらく楽しく走行していると再び老人の運転するワゴンRが出てきて、そいつがこれまた道を譲らない。

今度は地元ナンバーなので、その走行方法は、ある程度尊重する。

この道はネズミ捕りをすることがあると知っていたからだ。

結局最終地点までイライラしながら付いていく羽目になった。

私一人なら当然追い越すのだが後ろの2台まで捕まる訳にはいかない。

結局約1時間ストレスとも戦った。

天竜川の流れを真上から見られる和食屋で昼食をとった。

「よく曲がったなぁ」全員の合意だった。

熱海を楽しむ

2016-05-19 08:10:32 | Weblog
車仲間に熱海に詳しい男が居る。

仕事で熱海に来てから20年だという。

彼の後ろをついていくと

「なんて坂の多い街なのだ」と感じる。

目的地までは曲がりくねって、とんでもない方向から行くしかない。

チンプンカンプンの地理だが慣れれば特徴がモロにあるから間違えようのない道路になるのだろう。

道路が狭くて曲がっているから注意深く走らないと、すぐに渋滞してしまいそうだ。

すれ違う場所を常に意識して走る。

宿泊するホテルの前の道が最も狭かった。

上からタクシーが2台来て私が止まっていると、そこに歩きの観光客が来てその上スクーターが降りてきてテンヤワンヤになった。

が、落ち着いて譲り合ってあっという間に通れるようになった。

熱海は、こうしてずいぶん前から譲り合って生きてきたということはすぐに体感した。

夕方皆で夕食に焼き鳥屋に入った。

熱海の彼が予約してくれてあったから待ち時間なく当然座れた。

カウンターは我々だけで占領する形になった。

ぶっきらぼうなオヤジが愛想もなく焼いては出してくれる。

オヤジの出す皿をこちらから回してそれぞれの前に置いて食べる。

レバーが特に美味しかった。

普通のレバーが、いかに焼きすぎているか分かった。

フワフワトロトロの肉を食べたあとの生ビールが口の中をキレイに片付けてくれて次の肉を要求する。

部屋に戻り皆と再びアルコール。

急いで屋上の温泉に行った。

今夜は熱海の花火の日なのだ。

湯船から花火が見られたら贅沢だなと思っていたのだ。

たしかに湯船からの花火は綺麗だった。

だが見知らぬ老人と一緒なので話は楽しかったがロマンティックのかけらもなかった。

再び部屋に戻って10階の窓から目の前に打ち上がる火の芸術を見た。

音が耳を通って身体中に響き爆風が腹筋を貫いて背骨を揺らせた。

目まぐるしく打ち上がる花火は、それでも今までよりは質が落ちたと聞いた。

あのぶっきらぼうのオヤジが話好きで明るい人と聞いた。

ヤギの気持ちは分からない

2016-05-17 15:27:42 | Weblog
熱海に行く途中に酪農王国オラッチェというところに寄った。

県道11号線(熱函道路)を外れると急に田舎になる。

富士山がよく見える田んぼ有り畑ありの山あいだ。

駐車場には自家用車やバスが止まっていた。

ゲートの代わりに土産物を売る施設を通り抜けて入る。

その隣に建っているのは牛乳やアイスクリームを売ったり木の実で作る木工教室のある建物。

向かい側は地ビールを作る棟。

どこもお金がかかりそうな雰囲気。

でも入場料は無し。

客のほとんどは家族連れだ。

ヤギに餌をやる人たちがいた。

手に持つ野菜は100円で買った数本のキュウリやニンジンだ。

ここでできた野菜を客が買って、ここでできた野菜をヤギに与える。

何重に儲けるつもりなんだろう。

ヤギたちの主食は、きっと従業員たちが、ここで生えた草か何かをくれていて客の与えるここでできた野菜はたぶんヤギたちのおやつに相当するのではないか。

だからヤギたちは客の与えてくれるここでできた野菜を、じゃなくて客を好きになり客はヤギに餌を与えるというありがたい貴重な経験を積ませてもらえる。

その対価が100円なら安いもんだハハハ。

私はその100円が惜しくて買わない。

でもヤギの体に触らせてもらおうと思った。

近づくと「何かくれるのか?」という雰囲気で私を待つ。

だが何も出てこない。

もっと近づいてみる。

黒目が変な角度にある目を見ると「気持ちを分かり合えない」という気がしてきた。

「同じようなヒゲが生えているね俺たち」と思うが奴は興味なし。

あまり近づくと顔をガブリとやられそうな気がした。

残念ながら奴に触ることはできなかった。

少し離れたところに少し小さなヤギがいた。

こいつは触らせてくれそうだ。

不思議なことに、こやつは危なそうなオーラは出ていない。

安心して角に触っているところを写真に収めてもらった。

角を持つ手に少し力を入れてヤギの顔を動かしてみた。

それぞれのその後

2016-05-11 08:40:20 | Weblog
「あれっ! まっすぐ駐車してるじゃん」妻が言う。

私は真っ直ぐにバックして駐車できない。

ほとんど毎回曲がっている。

だがシエンタのおかげで真っ直ぐに駐車できるようになった。

なにが変わったか。

シエンタのバックミラーが大きくて見やすい。

そして古くて白っちゃけた映りの悪いバックカメラ。

画面に白線があり、それに沿って動かせれば真っすぐになる。

気にしていた燃費は3回測定して平均17.49Km/Lだから安心した。

絶対悪化すると思っていたが、ヴィッツの燃費の良い時よりは悪いが悪い時よりは良い。

排気量が1.5倍になった分力強くなり坂道の多い、いつもの道が楽になった。

オートマチックのエアコンも気に入っている。

吹き出し口も自動的に変えてくれるので冷えによって肩を痛めることもなさそうだ。

走っている間中かけっぱなしにしている。

電動で開く左側のスライドドアも便利だ。

荷物を持って車に乗るときドアを開けて待っていてくれる感覚。

「助かった」と毎回ありがたい。

古い古いナビも、それなりに楽しい。

イオンによく出かけるが○○紡績という地名になっているのには笑える。



人感センサーライトのその後。

階段の上にもう1箇所センサーライトをつけた。

電池式の人感センサーライトは、ほとんどやめた。

電池の交換が多い割には明るさが足りない。

つまり使い物にならない。

妻はよく階段の電灯の消し忘れがあった。

これでその問題は解消できた。

今までは40ワットのところ今は7ワット。

で、今まで以上に明るくて、しかも消し忘れなし。

とても便利で安価で気に入っている。

センサーが反応すれば点いてしまうので猫が通過してもパッと明るくなる。

夜中に家中を猛ダッシュしている音とコウコウと点いた階段電気。

寝室まで明るさが洩れてくる。

猫は夜目が利くから関係ないんだけどね。

連休の終わり

2016-05-09 09:14:54 | Weblog
この連休は、いろいろなことがあった。

不調で家から出なかった姉も復調しランチを共にすることができた。

ほぼ2ヶ月ぶりだ。

連休に春野に遊びに来た友人がヒルに食われた。

ガン手術を受けた友人とは別人だ。

「どうぞ。上がってください」と言って上がってきた彼の左足の親指に、

「あれ?それ血豆?」と聞いたら、

「あっ。ヒルだ」

その彼が、ヒルとは無関係に見る見る体調を崩した。

奥さんが急いで連れ帰ったのだが帰宅後益々体調が悪くなり結局入院することになった。

その夜は39.9℃まで発熱したそうだ。

腎臓が悪かったらしい。

でその後メキメキと回復して、5日目にして早々に退院してきた。

見舞いに寄ってみたが冗談が出るほど回復していた。

彼は入院前後の記憶がないという。

彼の左足の指にはポツンと赤い斑点が残っている。

ヒルが食いついた跡だ。

入院中そのことを考える余裕は一切なかったに違いない。

彼の息子は最近ニホンカモシカが車に衝突したという。

傷やヘコミは無かったが毛が付着していたという。

獣道の途中に道路が横断する形ででき、そこを走行していた彼に突っ込んできた。

「さあ、次は誰の番でしょう」と彼が言う。

「妻はムカデに食われたから、順番でいったら私か。一番遭いやすい環境にいるしね」

と言うとなぜか皆納得した顔をしていた。

「根拠ないのに」と思いつつも「気を付けよう」と思った。

連休前に起きたことで、この連休で収束したものが多かった。

ヤレヤレという思いがする。

この先も作業の予定が有り遊びの予定がある。

濃い生活は望むところだ。






スイカと薪ストーブ

2016-05-07 16:50:28 | Weblog
友人がガン手術を受けた。

手術は成功に終わり自宅で療養していた。

この連休に一緒に昼食をとる約束をした。

つい最近まで晴れ予定だったのに曇りのち雨の予報に急変した。

当日、やはり曇りだった。

昼前に春野に集合した。

まずは山を案内した。

今の時期主な花は咲き終わりミツバチはまだ行動していない。

自生しているアヤメが10ほど咲いているので、それを見せた。

妻が作業用のスニーカーに履き替えて我々に合流した。

4人で歩き出した途端に妻の悲鳴。

慌てて左足の靴を脱ぐ。

妻の親指の先には黒々としたムカデがマトワリ付いていた。

「キャー」と妻は足についた気色悪い色の物体を払いのける。

地面に落ちたムカデは人間の猛攻を受けた。

ジカジカっと感じたが毒は注入されなかったようだ。

思わぬハプニングの後予定通り天ぷらをした。

コシアブラとタラの芽を食べさせたかったのだ。

「ジャー」と天ぷらの鍋の中で衣が泡を立て始めた。

美味しそうな匂いがあたり一面に立ちこみ始めた。

急に腹が減るのを感じる。

「ザク」とカラッと上がったコシアブラが良い音を立てて口の中に。

タラの芽 レンコン アスパラガス マイタケと続く。

午後は友人の持つ土地に流れる小川に行ってせせらぎの中に足を入れ、その冷たさで体の中に流れる暖かいものを覚醒させたかった。

だが雨が降り始めてしまった。

しかたなく天ぷらだけを外で食べて残りは家の中で続けることにした。

雨は庭や屋根で音を立てるようになり窓を閉めても肌寒く感じてきた。

久しぶりに薪ストーブをつけた。

お客様が持参してくれたスイカを水辺でなく炎を見ながらいただくことになった。

柔らかく揺らぐ炎は暖かさで体の中に流れる暖かいものを覚醒させてくれた気がする。

「天ぷらとスイカは食い合わせ」という言葉が脳裏をかすめたが大丈夫だった。

走りの物の美味しさは格別であることを知ってしまった。