珍しく同級生から電話が来た。
要らなくなった本をくれるという。
彼は職業で半田付けをやっていたことを思い出した。
「ヘッドフォン端子の半田付けをやってもらえるか?」と聞いてみると二つ返事でOKした。
電話を切ろうとすると「実はガンらしい」と打ち明けた。
ははーん。それで身辺整理の一つとして本の処分か、と感じた。
本は現代政治のものが多く、それ以外にはヒモでしばられた漫画本も数束あった。
それらを玄関の隅に置き、早速ヘッドフォン端子の半田付けをしてもらった。
ニッパでケーブルを切るその手が両方ブルブルと震えている。
大丈夫か?と思う。
震えながらも細いケーブルをニッパで挟み器用に中の銅線を取り出す。
グリグリと銅線の先端を絞り込み端子の小さな穴に通そうとするがが通らない。
針に糸を通せないおばあちゃんのようだ。
私が工作をするときに使う度の強い老眼鏡を持ってくると、それに替えた。
何とか穴に銅線を通し、半田付けしようとすると「カタカタカタ」と半田ゴテの先端とヘッドフォン端子が当たり合い大きな音を立てた。
自分で同じ作業をしたときに「こんな細かな作業はできない」と感じたのだが彼はそれ以下のものだった。
「一度身についたスキルは一生続くよ」と電話では言っていたが自分の事ではなかったらしい。
「OK あきらめた」と私が言って作業は中断した。
その後は彼の話に付き合った。
だが彼の半田付けの真似をしてペンでテーブルを叩き「カタカタカタ」と音を立ててやると「あはははは」と大笑いをしていた。
ガンは確かなのだが医師が言うには「ガンの進行が遅いので10年は大丈夫でしょう」と80歳まで太鼓判を押してもらったという。
「おめでとうございます」とお辞儀をする私。
「手術が終わって退院したらまた来るね」と言って帰っていった。
午後4時から風呂に入り、その後夫婦で1.8リットルのウイスキーを3.5日で1本の割合で飲むという。
午後4時は、とうに過ぎていたから彼の居心地がよかったことを実感した。