家訓は「遊」

幸せの瞬間を見逃さない今昔事件簿

自分の黄斑

2017-07-31 13:26:17 | Weblog
TV番組で目のことをやっていた。

司会者と眼科医が丁寧に説明していた。

「片目で障子を見てみてください」というので、それに従った。

「あっ。歪みがある」

両目で見ている時には全く正常に見えていたのだが片目にしたら歪んだ。

これは大変と思い眼科医を訪れることにした。

このところ毎年眼科医を訪れている。

不定期的に視野の一部欠損があるからだが、毎回正常ですと言われて気が楽になって帰宅していた。

たぶん瞳孔を広げる検査をするのだろうから、とサングラスを持ち病院まで妻に送ってもらった。

開院時刻から10分程度経過していたが待合室は既に老若男女30名ほどの患者で座る場所も残り少なくなっていた。

それでも、さほど待つこともなく診療室に呼ばれた。

なぜ来院したのかを聴かれたため障子のサンが歪んで見えることを告げた。

すると障子のようにタテヨコに筋の書かれた用紙を差し出し「真ん中の白い点を見ながら、どのあたりが歪んでいるか書いてください」と言われた。

「このあたりと、このあたりですかね」と言ってペンで歪んだ線を書き込んだ。

視力検査の後今回は初めての機械による検査を受けた。

オデコとアゴを固定するのは同じ。

網膜を見る機械らしい。

全ての検査が終わり先生から私の症状についての話を聴く。

先ほど撮ったと思われる写真がPCの画面に映っている。

「これは私の黄斑ですか」と担当の看護師さんに聴くと

「そうです」と答えた。

「写真を撮ってもいいですか」と聴くと「先生に聞いてみますね」と答えた。

といっているうちに先生が席に着き説明を始めた。

私の感じている歪みは画面の中の、ほんの少しの黒い点が影響させているかもしれないが心配するようなものではないことを教えてくれた。

加齢黄斑変性症ではないことで気が楽になった。

視力もいいし白内障もない。

先生が早口でしゃべる中で私の瞳孔を開かせる薬を入れる時に「産道を開く薬を入れます」と聞こえて「おれ、産道ないけど」と思ったが帰宅して調べると散瞳の間違いであることを知った。

先生が私の黄斑の映っている画面のコピーをくれるというので嬉しくなった。

持ってきたサングラスを掛け帽子を被っている自分の姿は自分で見ても怪しい。

その姿で、いつものように見えない分キョロキョロ周りを確認しているから、ひょっとしたら職務質問を受けるのではないかなと思いつつ無事帰宅した。


カミキリムシの産卵

2017-07-22 13:41:05 | Weblog
コナラ林を歩いていた。

一部切り倒してシイタケのホダ木として売却したため明るく広くなった。

その分草の生え方がすごくなった。

異変に気がついた。

コナラの根から少し上の位置に丸い跡が付いている。

跡は、まるでスプーンでコナラの皮を剥いだようになっている。

そして、その跡が同じ高さで木を一周している。

その跡を観察してみると針でつついたような小さな穴が空けられている。

シロスジカミキリの産卵跡であった。

道路近くであったり、栄養の行き届いた立派な木に付いている。

約8本が、その跡を残していた。

カミキリムシの幼虫を駆除するためのスプレーを持参しカメラを持ち度の強い老眼鏡を持って、もう一度コナラ林に行った。

穴にスプレーして回ったことは言うまでもないのだが、それ以外にも気づいたことがあった。

コナラの木の下にオガクズが落ちている。

これは木の中に木を食っている幼虫がいるということだ。

近づいてみると皮に、やはり小さな穴が空いている。

そこにもスプレーした。

オガクズをどけてみたらカミキリムシの成虫が出てきた。

すかさず現行犯逮捕し写真撮影の後処刑した。

キイロミヤマカミキリらしい。

また別の木の下のオガクズをどけてみると何かの幼虫が出てきたが、すぐに地中に潜り込んでしまった。

悔し紛れに幼虫駆除スプレーを吹いてみたら下から地上に上がってきた。

すかさず写真を取った後殺処分した。

そうこうしている間に「ブーン」という音がして見上げてみるとオオスズメバチの女王蜂だった。

残念ながら今日はハチ用のスプレーは持っていなかった。

「これでも喰らえ」と幼虫駆除スプレーを吹いてみた。

このスプレーは直線的に射出するだけでなく上下についた穴からも射出されるので3方向に液体が飛び散る。

だがこれがハチに効く訳もなくムザムザ取り逃がしてしまった。

TVでは最近外来種が新たな敵として入り込んでいることを報道する。

今日の行動が何勝何敗なのかは分からないが、これからも続く戦いであることは確かだ。

斜面用ゲタ

2017-07-11 08:24:17 | Weblog
どうしても斜面の上側が苦手だった。

草刈の話である。

斜面の下は当然少しだけ登って刈れる範囲を刈る。

しかし上側は斜面の途中に居ながら刈り続ける必要がある。

左足が上、右足が下になるように姿勢をとり刈り始める。

すぐに右足の足首が痛くなる。

当たり前だが斜面の角度から右足のクルブシの外側に私の体重がかかる。

疲れると左足に体重をかけて、しばし右足を休ませる。

斜面を登って休むのはもったいないと思い、その場で休む。

そこで斜面用のゲタを作ることにした。

初めは木製にしようと考えていたのだが市販の物があることを知った。

それを見ているうちに「これ、タイヤストッパーでなんとかなるんじゃないの」と思うようになった。

で、タイヤストッパーで作ってみることにした。

タイヤストッパーは、そのまま利用し足に止めるためのベルト通しだけ作ればいいだろう。

グラインダーでタイヤストッパーに穴を開けてヤスリで整える。

ベルトが外れてこないようにボンドで留めた。

いざ使用してみた。

右足の角度が、きちっと合えば右足は平らだ。

「楽だなぁー」

だが右足の移動が難しい。

左足に体重をかけた途端に二度ほど斜面を落ちかけた。

落ち着いて右足をゆっくり移動して足場を固めるために二度三度足の位置を決めなおす。

ガッチリ斜面を捉えれば仕事は完全に行える。

休憩なしで終了までこぎつけた。

ただ最後に斜面の上に移動するときには少し怖かった。

右足にゲタをつけたまま登るから不自然な姿勢で、しかも左足にはスパイクはついていない。

今後の課題としては左足と右足の地下足袋を違うものにしてみること。

終了時にはゲタを外して移動する。

これは実際に草刈をしなくても試せそうだから近いうちにやってみよう。







子供の頃嫌いだったが

2017-07-04 16:28:34 | Weblog
子供の頃嫌いだった食べ物が年を経ると好きになる。

こんなものはたくさんある。

子供の頃も名前も知っていたし味も知っていた。

姉は大好きだった。

たぶん塩っぱいのが嫌だったのだと思う。

今でも強い塩は感じるが酸味がたまらなく好きになった。

浜納豆という食べ物だ。

納豆は納豆でも糸を引かないし色が違う。

「この納豆、いたんでるんじゃない?常温で長く放っておいたのか?」

糸を引く納豆を知っている人は黒くて糸を引かない大豆を見ると、そう思うかもしれない。

いつもはスーパーで袋入りのものを購入しているのだが三ケ日まで行く用事があったので大福寺という寺まで行ってみた。

この寺が発祥の地らしい。

東名高速道路からつながる細い道をクネクネと曲がり新東名高速道路の上を通り過ぎるとあった。

受付と書かれた看板のある立派な門の下に従業員が待っていてくれた。

まずは階段を下りて妻と私に丁寧に挨拶してくれて、そのあと受付のところまで案内してくれた。

引き戸を妻が開ける。

すかさず案内の従業員が先に入った。

従業員は皿に置かれたリベートをいただくが誰も出てこない。

呼び鈴を妻と私が同時に鳴らした。

妻は家の中のもの私は外の柱に着けてあったもの。

意外と近くから「はい」という落ち着いたテンションの低い声が聞こえた。

若い坊さんだった。

ひと袋800円。

従業員は若く見えたが、もう14歳になるという。

来たついでに寺を見て回った。

高野山真言宗ということで、たいそう立派な建物ばかりだ。

由緒を感じるにはもってこいの雰囲気だ。

由緒ある納豆もスーパーで買った納豆も同じ味だった。

あったかい白いご飯にピッタリだ。

一粒でご飯一口。

弁当に入っていても嬉しい。

知らなかった浜松名物。