家訓は「遊」

幸せの瞬間を見逃さない今昔事件簿

いったい何をしていたのか

2025-02-20 14:43:56 | Weblog

ブログの最後の更新が1月の24日だから、ずいぶん間を開けたものだ。

元気だし忙しく動いてもいる。

ただ11月にサルスベリの枝払いをした頃から肩が痛くなり治りかけてはまた次の作業で傷めたりして結局まだ痛い。

春野ではシイタケのホダ木用のコナラを切ったはいいが隣の木に引っ掛かって掛かり木になってしまった。

いつもならもう菌打ちも済んでいる頃なのに、まだ玉切りも済んでいない。

掛かり木を地面に落とすのは、たいへん危険を伴うということなので慎重に行動している。

ロープを使い滑車も使い友人から借りてきた電動ウインチも使った。

だがワイ字に伸びた枝が隣の木のワイ字の枝に掛かりずっとそのままだ。

少しだけ切った木が動いた時があったが、それは強い風が吹いた時だけだ。

自然の力というものは人間の出しうる力など問題としないほど大きい。

知人の母親が亡くなり、その母親の残した物の片づけを手伝った。

山ほど遺品が出てきて、それらを我が家に持ち帰り、手を尽くしてもう一度それらの品物が息を吹き返すことに腐心した。

また友人が、こちらも亡くなった人の後を継いでそのアトリエを使うことになった。

私は、そちらにも手伝いに行きモノの移動やゴミ捨て等をした。

そして電動ドリルやリューターなどもらった。

中古で安価に手に入るが自宅と春野で使用するため2個ずつ在ると便利なのだが、なかなか2個買うには気が引けていた。

3G佐鳴湖は活発に活動している。

寒くなった2月に何と3回も行った。

アオジやカワセミと出会うことが多くなりあっという間の1時間半を過ごす。

その後はミニ打上げを行い2000円程度の出費をして楽しむ。

一人呑まない友人が残り二名を迎えに来て送ってくれる。

運動不足の解消と脳トレをして体と脳からストレスを放出している。

脳トレと言っても昔話をするだけだが、子供の頃の思い出を語るとき皆の眼が輝いているので脳が活発になっていることを自覚できる。

同じ時期を過ごした者にしか分からないことだから薄くなってしまった記憶でも我々にはクッキリと映像が蘇るのだ。

夕方5時か5時半から始まり7時台には帰宅する。

早く寝てしまう年寄りとしては有効な時間の過ごし方なのだ。

このように老人らしい素晴らしい生活をしている。

若い頃になど戻りたくもない今が最高なのだ。


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