写真撮影日 2016/6/28~29
写真上:由布川奥詰の美しい棚田風景 由布岳が背景にあり
国東半島はもちろん「くにさきはんとう」ですが、「東をサキと読む」のはかなり古い時代なのでしょう。おそらく「九州北部~中部にあった国(九州王朝?)の東方あるいは東の端、さき」の意味かと想像しましたが・・・?(伝説では聖徳太子の父にあたる天皇が「大和勢力の一番サキ(端)」と呼んだから、とも。でもちょっと位置が変?)
丸い半島は両子山(ふたごやま・標高720m)を中心に峰や谷が放射線状に広がり、それに沿って多くの寺社や多彩な石仏、石造物が点在する「山岳仏教文化の聖地」です。な~んと日本の約7割の石仏がこの半島にあるのだとか!
海岸線に近いにもかかわらず、意外なことに森林はうっそうとして山道は険しく、未開発で古いものが保存されている印象を持ちました。なるほど「日本の秘境100選」なんですね。 10年に一度実施される山岳修行の「峰入り」難行なども、今なお行われているのです。
また沖に浮かぶ「姫島」には古事記の「国産み」神話、さらに日本書紀の「比売語曽(ひめこそ・美女として名高い神様)伝説など神秘的な伝説・遺跡が残ります。この美女神さまゆかりの「姫島の七不思議」はぜひ次回巡ってみたいです。
磨崖仏のなかでも圧倒的な迫力を持つ「熊野磨崖仏」には興味深い鬼伝説があります。案内所の方が「つえをお持ちくださいね。下りが大変ですので」と言われたので従うと、登りはともかく、下るときに杖があるとほんと大助かりでしたよ。ぜひつえを使ってね。
このゴロゴロとした大石つくりの階段は「鬼が一晩で築いた石段」と言われ、99段あります。実はここの権現さまは紀州熊野から移られているので「熊野磨崖仏」だそうです。権現様の霊験のおかげで人々は健康で良く肥えていたのですが、ある時一匹の鬼が住み着き、太った人間の肉が食べたくてたまりません。(!)
ですが力のある権現さまは「日が暮れて、翌朝の鶏が鳴くまでの間に100段の階段を造ったら、人間を食べることを許してやる」と告げます。
ところが絶対に無理だろうと思っていたのに、鬼は99段造り終えて、最後100段目の石を担いでいたので、権現さまは「これは大変!」と「コケコッコウ~~!」と鶏の鳴き真似をします。
鬼は「ああ~もう一個なのに時間切れだ~、できなかったら自分が食べられる。それはいやだ!(すみません、あいよっこの想像です)」とあわてて最後の一個の石を捨てて逃げたので、村人たちは食べられずに済んだ、という。
面白いことに最終日に行った「菅尾石仏群」(豊後大野市三重町・約80kmの距離)にも似てるけどちょっと違う鬼伝説があるのですよ。
由布川渓谷から別府市に向かう両側に広がる棚田
高千穂渓谷にそそぐ「玉垂の滝(たまだれのたき)」
高さは5mだけど幅は15mもあり、細い水流が幾筋も流れる
天岩戸(あまのいわと)神社:上下 雨模様の朝なので荘厳さと静かさ
ひときわ。「心が凪ぐ(なぐ)」ということばを初めて実感。
神楽女湖(かぐらめこ) 古池特有のひつじ草やしょうぶが群生し、
野鳥の宝庫でもある。 名の由来は、平安時代に鶴見岳社の歌舞女が住んで
いたからという
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