四方源太郎日記(京都府議会議員・綾部市選挙区)

これからの綾部のために、さらなる「挑戦」を!

晋三と貞任

2025年02月10日 | 論評・研究

10日㈪今朝はようやく雪が止んだ。気温は今シーズンで一番低いのではないだろうか。事務所前の雪かきをしてスタート。

 

 石破総理とトランプ大統領との日米首脳会談は「成功」したということだろう。

 予想していたように、土曜朝からマスコミの論調が180度変わっているが何か薄気味悪い。日本はいつまで経っても「植民地」としての立場から抜け出せそうにない。

 安倍晋三元総理が2006年9月に初めて総理に就任した時、「戦後レジームからの脱却」という言葉を掲げた。戦後日本の総理では田中角栄元総理に続いて二人目の「独立」を目指す総理になろうとしたが、大きな力の前には全く歯が立たなかった。

 2012年12月から2020年8月まで続いた二度目の安倍政権は、全く「別人」による政権だと言っていい。「別人」にならないと政権が長続きしないのも現実。石破総理もおそらく、その力に屈服したのだろう。これで参議院選挙はそれほど負けずに済むかもしれないが、日本にとってはどうなのだろうか?

 石破総理が遠くに行ってしまったような気持ちになって、ここ数日のニュースを観ている。

 

 旧「源太郎新聞」の2006年7月6日付で「晋三と貞任」という記事を書いていた。

 安倍さんは「安倍」と「岸」の間に生まれた。それは「縄文文明」と「田布施の王朝」の合流であり、最初の政権は「安倍(縄文)」、二度目は「岸(田布施)」だったのだと思う。

※余談だが、安倍貞任の弟、安倍宗任は陸奥から落ちのびて来て、綾部市東八田地区の八代町で亡くなったと伝えられ、八代神社に祀られている。

 

◆晋三と貞任(2006年7月6日記)

 自民党総裁選の日程も決まって、ポスト小泉への動きが加速している。下馬評では、安倍晋三官房長官が最有力のようだ。福田康夫氏や麻生太郎外相、谷垣禎一財相の名前も挙がっているが、情勢は安倍総裁に向かいつつある。

 安倍家は安倍貞任という東北の豪族に由来がある。貞任は征夷大将軍・坂上田村麻呂によって滅ぼされたアテルイ、モレといった蝦夷の末裔である。

 安倍一族は、中世には秋田県北部、青森全域、北海道南部を支配し、津軽十三湊を拠点としていた。「蝦夷管領」「日の本将軍」と呼ばれて権勢を誇った。

 戦国時代には南部氏の勢力に押されて出羽(現在の秋田県)に移った。安倍愛季の代、天正17年(1589)、現在の能代市から秋田市に居城を移して、以後、秋田姓を名乗るようになった。

 秋田(安倍)氏は愛季、実季親子の時代に隆盛を極めたが、関ヶ原の戦後に国替えとなり、最終的には福島県三春町を領して明治を迎えた。

 安倍貞任は「前九年の役」で、源義家に攻められ滅ぼされた。追いかける義家が詠んだ「衣のたてはほころびにけり」に対して、貞任が逃げながら「年を経し糸の乱れの苦しさに」と、絶妙の返し歌(上の句)を詠んだので、義家に逃がしてもらったとの逸話が有名である。

 安倍一族は東北の野蛮人ではなく、一流文化を備えていたことが推測できる。秋田や新潟、富山、敦賀、小浜、宮津などは、江戸時代まで北前船の寄港地として栄えた。日本海側の航路が日本の海運の主要ルートだった。

 江戸末期、ペリーが黒船で神奈川県浦賀沖にやって来て、開国を迫った。鎖国が終わり、開国された時から、日本はアメリカの方を向くようになり、太平洋側が中心になったが、それ以前は中国大陸を向いており、日本海側が物流の中心だった。安倍一族も東北の地で、大陸と交易して稼ぎ、勢力を築いていた。

 先日、富山市に行った時に、岩瀬地区という回船問屋で栄えた地区に行った。

 富山の回船問屋は米を北海道で売りさばき、昆布やニシンを買い込んで大阪で売り、巨利を得た。1回の航海で約1億円(当時のお金で)を稼いでいたという。

 

◆小浜にもゆかり

 安倍一族は福井県小浜市にもゆかりがある。正暦寺(綾部市寺町)住職のご長男が住職を務める羽賀寺(小浜市羽賀)には、安倍(秋田)愛季、実季親子の像がある。羽賀寺には江戸時代に安倍家が多額の寄進をしている。晋三氏やその母(岸信介元首相の娘)が寺を訪れたこともあるそうだ。

 羽賀寺には有名な十一面観音像があり、観光客も多く訪れる。この観音様は女帝・元正天皇(680~748)をモデルにしている。元正天皇は美人で有名だったらしい。観音様の顔は仏様というよりも、確かに誰か人間をモデルに作られたようなリアル感がある。

 天武天皇と持統天皇の息子である草壁皇子と阿閉皇女(後の元明天皇)の間に生まれたのが元正天皇(日高皇女)であった。

 草壁皇子は病弱で、即位せずに亡くなった。後を継いだ文武天皇が亡くなった後、母と姉が間をつなぎ、草壁皇子の孫が即位した。聖武天皇である。彼は奈良・東大寺の大仏を建立する。

 安倍家に話を戻すと、晋三氏の父、晋太郎氏は竹下登元首相の盟友で、自民党の要職、重要閣僚を歴任した。ゆくゆくは総理就任が確実視されていたが、病魔には勝てなかった。

 安倍総理・総裁が誕生することは、朝廷に迫害された蝦夷の復権にも見える。明治以後、「裏日本」と呼ばれるようになった日本海側の復権とも思える。

 その日本海の端っこに、遠慮がちに撃ち込まれた北朝鮮のミサイルは、拉致問題などで強硬姿勢をとる安倍総裁実現への援護射撃のようでもある。

 安倍政権は、世代交代を印象づけることにもなる。それだけにつまらないことでつまづき、歴史の流れを元に戻さないように、身辺整理をきちんとした上で、総理を目指してもらいたいと思う。(了)


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