現代の虚無僧一路の日記

現代の世を虚無僧で生きる一路の日記。歴史、社会、時事問題を考える

有漏路より

2011-11-12 22:02:05 | 一休と虚無僧
「有漏路(うろじ)より 無漏路(むろじ)に帰る一休み
  雨降らば降れ 風吹かば吹け」

師から「一休」の名をもらって、すかさず詠んだと
されるが、これも、後世(江戸時代)の人の創作だ。


「漏」は穢れ、煩悩。有漏路は穢れや煩悩のある世界、
すなわち現世。無漏路は穢れも煩悩も無い世界、前世、
来世、あの世。「現世は、前世から来世に行くほんの
一休みの間なのだから、怖いものもない。雨降ろうと
風吹こうと平気平気」と、一般に解釈されているが、
私はちょっと違う解釈だ。

一休は禅僧だから「前世や来世など知らん」と言って
いる。「あるのは現実の今だけだ」と。

人は煩悩に苦しむ。煩悩を捨て悟ったかなと思っても、
また煩悩が湧き出てくる。悟りと煩悩の間を行ったり
来たりすることにもまた悩む。その迷いに疲れて一休み。
もういいや、雨降ろうと風吹こうと、いちいち悩み
苦しむのもバカらしい。や~めた。

というのだ。良寛も「悟りを得ようと努力することも
やめた」と言っている。その境地と同じだ。

私も、もう何も悩まず、「過去を悔やまず、明日を
憂えず」で、生きることが楽になった。


「尺八と一休語りの虚無僧一路」のホームページも見てください。


暗譜の苦手を克服

2011-11-12 21:05:05 | 虚無僧日記
11/6 は、津の○○寺の「落慶法要」に一絃琴の
「真道」さんとお弟子さん4人が演奏。その尺八
伴奏を務める。一絃琴は全員暗譜。感心する。
私も初めて暗譜に挑戦。一番慣れている曲で
ずっこけた。“慣れ”は怖い。


11/12は、長者町の「えびす祭り」。特設ステージで 
30分の独演。譜面を見ての演奏はみっともない。
なんとか、暗譜で吹ける曲で 30分の時間をこなした。
『ドラエもん』のイントロでずっこけた。だいたい
『ドラエもん』も『アンパンマン』も区別がつかない
私。苦手なものは やめとくべきだったか。

11/19は、「短歌会館」の文化祭。詩吟の伴奏は
譜面無しのアドリブ。これはOK。尺八は『手向』
の暗譜に挑戦する。こうして少しずつは成長している。
それが“生きる喜び”となっている。