「おくりびと」という映画があった。今NHK大河ドラマ『麒麟が来る』にも出演している本木雅弘氏主演で好評だった。本木氏は、青木新門の『納棺夫日記』を読んで、映画化を決意したという。その青木新門の書から。
「末期患者には、激励は酷(こく)で、善意は悲しい。説法も言葉もいらない。きれいな青空のような瞳をした、すきとおった風のような人が、側にいるだけでいい」(青木新門著『納棺夫日記』 136-137頁 文春文庫)
ウーム。末期患者に自分なら何ができるだろう。慰めも励ましも空しいか。自分が末期患者になったら何を望むだろう。
3年前から 時々背中が痛む私。テレビでは「背中が痛むようになったら、すい臓がんの末期」と不安をあおってくれる。日頃「死んでも病院には行かない」と豪語している私。いつ死んでもいい覚悟はできている。
「すい臓がんは、自覚症状が出てきたらもう手遅れだってさ。もう死ぬかもしれないから、お願い一度食べさせて」と 彼女に言ったら、 「もう死ぬんだから、食べなくても言いでしょ」と。
あれから3年、私はまだ生きている。
実は、その彼女が 3年前くも膜下出血で倒れた。一カ月意識不明。生死の境をさまよって、奇跡的に回復した。でも「5年生存率5割。あと2年の命。一度死んだ身、もうこわいものはない。いつ死んでもいい」と彼女は云う。
今、私は、手足が不自由な彼女の手となり足となっている。靴を履かせてあげ、手を引いて買い物に付き合っている。そんな できない彼女にイライラせず、腹も立たなくなった。そうすることで、随分人に優しくなった。
衣食住すべて彼女に頼っている私「あなたに死なれたら、もう餓死するしかない。いや私の方が先に死ぬかもしれない」というと、「あなたに死なれたら、私は生きていけない」と。お互い頼りにされているということが生きる力になっている。
5月10日名古屋能楽堂で公演を行う。彼女が企画、演出すべてを行っている。以前はお互いの意見が対立して、けんか別れになった。
今回は、すべて彼女のやりたいようにさせてあげている。彼女にとっても私にとってもこれが最後の舞台となるだろう。今までご縁のあったすべての方に来ていただきたいと、600名の集客を目指し毎日大忙し。
ひとつの目標に向けて、心ひとつに取り組んでいることに、大きな喜びを見出している。
“きれいな青空のような瞳をした、すきとおった風のような人が側にい るだけでいい” 。お互いその“風”になっている。