昨日の井上尚弥選手の世界戦が行われた12月14日は、
大石内蔵助以下47名の赤穂藩士が
吉良邸に討ち入りをした日でした。(赤穂事件)
赤穂城
赤穂事件を題材にした忠臣蔵は、
12月になると毎年のように
新たな切り口で作成された忠臣蔵のドラマが
テレビで放映されていましたが
最近は、見かけなくなりました。
ドラマの忠臣蔵では、
忠義に生きた47藩士として描かれている
赤穂藩士が正義で
討ち取られた吉良上野介は、
意地悪な悪者ですが、
史実としてはどうなんでしょうね。
大石内蔵助像
江戸城で幕府が朝廷からの使者を接待している最中に
江戸城の松之大廊下において
播磨赤穂藩主の浅野内匠頭長矩が
吉良上野介義央に切りかかったとされています。
『殿中でござる!殿中でござるぞ!』
殿様と言えど侍が頭を狙って小太刀を振りぬいて
鉢金もしていない吉良上野介の額に
少し傷をつけただけで終わったのが不思議ですし、
違和感を感じています。
浅野内匠頭は、
頭の皮一枚だけを切ることが出来る
剣の達人だったと言う話は聞きませんから
もしかすると小太刀ではなくて
新選組の芹沢鴨が好んで使ったとされる
鉄扇のようなものであったか
あるいは峰打ちの可能性もと考えたりします。
これが鉄扇や峰打ちだったとしたら
忠臣蔵の物語は、ドラマや演劇で描かれているような
単なる主君の敵討ちではなくて
もっと深い物語が潜んでいるかも知れないと
1人楽しんでいたりします。
今の世でも大切な信義の一つの形を
観られる物語なのは間違いないように思うのです。