日牟禮八幡宮といえば、“左義長まつり”が有名ですが、今年も3月の12・13日に開催されたそうです。
“左義長まつり”は数年前に偶然見る機会があったのですが、にぎやかなお祭りだった記憶があります。
“左義長まつり”は織田信長の時代には安土城下で行われていたが、信長亡き後に豊臣秀次が日牟禮八幡宮の近くにある八幡山に城を築き、近江八幡に城下町を開いた頃より祭礼として定着したそうです。
かなりの手間と経費をかけて作った「山車(ダシ)」を担いで練り歩き、最終日には境内で左義長を燃やしてしまうそうですから豪快な祭りですね。
参拝したのは祭りが終わった翌週でしたからガラガラかと思いきや、近江八幡は人気の観光地ですから参拝客は多かったですよ。
駐車場もほぼ一杯でしたし、電車で来られて徒歩で観光されている方も多いようでした。
この日牟禮八幡宮の御祭神は「誉田別尊(ほんたわけのみこと)」「息長足姫尊(おきながたらしひめのみこと)」「比売神(ひめかみ)」の三神で平安時代の創建とされています。
八幡山の麓に鎮座するこの神社は京都府八幡市の石清水八幡宮の神霊を勧請したものだそうです。近江商人の守護神として信仰を集めているそうです。
結構リアルな白馬の像が奉納されていましたが、何やろと思って見てみると、これは左義長祭りのダシでした。
「近江八幡御馬揃え」という名が付いていて、平成25年製作と書かれてありましたよ。
さて、神社を出るとすぐに八幡堀の風情ある景色が目に入ってきます。
時代劇の撮影などによく使われるとのことですが、確かに雰囲気たっぷりの場所ですね。
桜が満開の頃に八幡堀めぐりの舟で桜見物をしてみたいところだけど、人が多そうですね。
“左義長まつり”は数年前に偶然見る機会があったのですが、にぎやかなお祭りだった記憶があります。
“左義長まつり”は織田信長の時代には安土城下で行われていたが、信長亡き後に豊臣秀次が日牟禮八幡宮の近くにある八幡山に城を築き、近江八幡に城下町を開いた頃より祭礼として定着したそうです。
かなりの手間と経費をかけて作った「山車(ダシ)」を担いで練り歩き、最終日には境内で左義長を燃やしてしまうそうですから豪快な祭りですね。
参拝したのは祭りが終わった翌週でしたからガラガラかと思いきや、近江八幡は人気の観光地ですから参拝客は多かったですよ。
駐車場もほぼ一杯でしたし、電車で来られて徒歩で観光されている方も多いようでした。
この日牟禮八幡宮の御祭神は「誉田別尊(ほんたわけのみこと)」「息長足姫尊(おきながたらしひめのみこと)」「比売神(ひめかみ)」の三神で平安時代の創建とされています。
八幡山の麓に鎮座するこの神社は京都府八幡市の石清水八幡宮の神霊を勧請したものだそうです。近江商人の守護神として信仰を集めているそうです。
結構リアルな白馬の像が奉納されていましたが、何やろと思って見てみると、これは左義長祭りのダシでした。
「近江八幡御馬揃え」という名が付いていて、平成25年製作と書かれてありましたよ。
さて、神社を出るとすぐに八幡堀の風情ある景色が目に入ってきます。
時代劇の撮影などによく使われるとのことですが、確かに雰囲気たっぷりの場所ですね。
桜が満開の頃に八幡堀めぐりの舟で桜見物をしてみたいところだけど、人が多そうですね。
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