熱闘の余韻冷めやらぬまま、今回の稚内ツアーのもうひとつの目玉である、懇親会の準備が始まった。
部屋の前の庭にはブルーシートが張られ、即席の焼き場が造られていた。きのうは植山悦行七段もこちらに来て、設営の手伝いをしたという。ありがたいことである。
底の深いケースの中には、殻付きのウニ、ホタテ、毛ガニ、タラバガニ、ズワイガニ、北寄貝、ツブ貝、タコ、イカなどの海産物が、これでもかというくらい入っていた。漁師を生業にしている会員が、きのう獲ってくれたものだ。目も眩む光景である。
テーブルの上には刺し身の盛り合わせ、ウニなどが載り、みなが好みの席に座った。私の前は渡辺俊雄氏、その左に金内辰明氏が座った。こんな重量級が眼前にいては、緊張で海鮮の味も分からない。私は極度の人見知りなのである。
中井広恵女流六段、植山七段、大野八一雄七段はというと、向こう側に固まって談笑しており、まったく戦力にならない。
私の左にはHis氏が座っているが、両強豪に関心はなさそうだ。こちらが戸惑っている中、午後4時10分、中井女流六段の音頭で「乾杯!」となった。
さっそく殻付きのウニが配られる。二つに割られているが、トゲの部分が蠢いている。新鮮さの証である。
中の身をプラスチックのスプーンで掬って食べるが、そのスプーンが足りなかった。
私は
「こんなこともあろうかと、保存していたのがあるんですよ…」
とつぶやき、スーツのポケットからプラスチックのスプーンを取り出す。それを見ていた渡辺・金内両氏が爆笑した。
ウニはなめらかで、美味かった。ウニ特有の臭みがまったくなく、いくらでも入りそうだ。これがウニ本来の味なのだろう。
両強豪とは、ひょんなことから、話の糸口をつかむことができた。私はふたりを退屈させないよう、話題を振る。
渡辺氏は元アマ竜王、金内氏は元朝日アマ名人という、輝かしい棋歴の持ち主。最近はプロアマの垣根も低くなってきているが、おふたりにプロ入りの意向はないのか、聞いてみた。渡辺氏だったか金内氏だったか失念したが、稚内の将棋熱をアテこんで、いま勤めている会社に、自ら稚内勤務を申し出たほどなのだ。その将棋熱はハンパではない。
「仮にプロになれたとしても、いいとこC2どまり。プロになる意志はまったくない」
と異口同音の答えだった。
将棋が強くなるには? の問いには、金内氏が「将棋に勝つためには」と捉え、それには「得意戦法を持つこと」と答えてくれた。
私は刺し身の盛り合わせを食す。続いてズワイガニ。瑞々しくて美味い。
私は北海道を30回以上訪れているが、食にはあまり関心がなく、ランチに握り寿司を食べることが贅沢の部類に入るほどだった。しかしそれは大きな損失だったと考えざるを得ない。
しばらく経つと、大野七段がこちらに来た。雑談のあと、渡辺氏と隣室で一局指すことになった。これはゼニの取れる一戦である。
金内氏にはHis氏が対局を申し込んだ。私は臆してしまって対局どころではないが、His氏はいい機会と捉えているのだ。
私は引き続きカニと格闘。美味いには違いないが、食べ切れない量である。別の支部の方と歓談。
His氏の対局が終了したあとは、引き続きKun氏が挑む。Kun氏は対抗戦2回戦で、渡辺氏と交えている。両強豪と指せるのは稀有なこと。これはKun氏、至福の時間だったろう。
タコのブツ切りが出てくる。焼いたものに塩コショウがかけられていた。これが美味い! 東京では絶対にできない食べ方である。
タラバガニも焼かれて出てきた。アツアツのところを食べる。これも美味い! 本当に美味いものは、何も手をかけなくていいのだ。
刺し身の皿がようやく空になった。支部の人がそれを下げたら、すぐに同量のおかわりが出てきたので、目が点になった。
金内氏との将棋を終えたKun氏に呼ばれた。行ってみると、中井女流六段が庭で焼き手をやっていた。
私は縁側に腰掛ける。
「何がいいですか?」
と中井女流六段。その軍手姿が、マニアにはたまらない。
私はホタテを焼いてもらう。中井女流六段は、「師匠、もう醤油入れていいですか?」「これ、もう焼けてますか?」とA氏にイチイチ聞いている。
これじゃ中井女流六段、焼き網に食材を乗せただけじゃないか!? などと言ってはいけない。中井女流六段がくれた焼きホタテは、バターがじんわり利いて、美味だった。
宴もたけなわだが、懇親会にはさらなる目玉企画があった。稚内支部と関東組がペアを組んでの、ペア戦である。その組み合わせは中井女流六段と支部有志で決めたようだ。今回は中井女流六段のお父さんも参戦する。
部屋の一隅に再び対局場を作る。今度は脚付きの将棋盤だ。
全13ペア参加で、1回戦はぶら下がりの5局。×2、×2で、総勢20人が盤を挟んだ。なんだか男臭いというか加齢臭漂うというか(失礼)、凄まじい人いきれの中、7時40分、ペア戦の開始となった。
優勝ペアには活きホタテが贈られる。優勝候補は渡辺・Honペア、金内・Isペアだろう。私は1回戦休み。現在焼き手をしている、N氏がペアだった。
持ち時間は10分だから、ポンポン進む。先の2ペアは手堅く勝利を収めたようだ。
進行にバラつきが出たが、構わず2回戦を始める。N氏は三田村邦彦似のイケメン。ある支部員氏によると、ペア将棋を指したことがあるのだが、自分の指し手に自信が持てないようで、一手指すごとに相方の顔色を窺うという。
何とも頼りないが、だからといって弱いわけではなさそうだ。私との指し手が噛み合えば、優勝も夢ではないと思った。
2回戦、私たちの相手は、植山・Kubペア。変則的だが、関東組のペアである。
Kub氏は対抗形を好むが、どちらかといえば居飛車党だろう。急戦を勉強しているから、逆にいえばこちらが居飛車で急戦を仕掛ければ、うまく攻めこめるような気がした。
時間が押しているので、持ち時間5分で対局開始。私たちは予定どおり居飛車明示。植山・Kubペアは四間飛車に振った。私たちは▲5七銀左から元気よく仕掛ける。N氏はやはり一手指すごとに私を見るが、その指し手は正確だ。
私は、こちらのほうが形勢がいいんだから、自信を持ってくれよっ!! という意味で、力強く駒を打ちつける。
結果は私たちの快勝。植山七段によると、こちらの指し手は「パーフェクト」だったらしい。
金内・Is戦はHis氏ペアを相手に大逆転勝ち。厄介なペアが残ってしまった。
準決勝、私たちの相手は中井女流六段と。その相方は、先ほどN氏の人となりを教えてくれた方だ。中井女流六段とはペアを組みたかったが、それは無理な話。とにかく盤面に集中することだけを心掛けた。
こちらの先手で対局開始。作戦どおり、四間飛車に振った。しかし早めに▲6七銀としなかったのは私のミス。△7五歩から△7二飛とされ、立ち遅れを衝かれた格好になった。
将棋が2局になって、だいぶ人いきれが薄くなっている。準決勝のもう一局は渡辺・Hon-金内・Is戦。第三者だったら、これが事実上の決勝戦と言いたいところ。しかし私たちがどちらかと決勝戦を戦うことになるかもしれない。簡単に優勝はさせない。
その前にこちらの将棋だ。私たちが非勢のまま終盤に突入したが、その差は意外に離れていなかったようである。
金内氏とIs氏が歓談している。どうも、決勝に進出したようだ。私はどちらかというと、こちらのペアがイヤだった。
私は端を攻める。△1二歩に▲1三香、△1二香に▲1三角と強引だ。しかしこの強襲が何とか通り、ここからは最後まで私たちの息が合って、逆転勝ち。まさかの決勝進出となった。
対局が終わった人々は、食事と歓談に夢中だ。ほとんど注目されない中、すぐに金内・Isペアとの決勝戦が始まった。
(つづく)
部屋の前の庭にはブルーシートが張られ、即席の焼き場が造られていた。きのうは植山悦行七段もこちらに来て、設営の手伝いをしたという。ありがたいことである。
底の深いケースの中には、殻付きのウニ、ホタテ、毛ガニ、タラバガニ、ズワイガニ、北寄貝、ツブ貝、タコ、イカなどの海産物が、これでもかというくらい入っていた。漁師を生業にしている会員が、きのう獲ってくれたものだ。目も眩む光景である。
テーブルの上には刺し身の盛り合わせ、ウニなどが載り、みなが好みの席に座った。私の前は渡辺俊雄氏、その左に金内辰明氏が座った。こんな重量級が眼前にいては、緊張で海鮮の味も分からない。私は極度の人見知りなのである。
中井広恵女流六段、植山七段、大野八一雄七段はというと、向こう側に固まって談笑しており、まったく戦力にならない。
私の左にはHis氏が座っているが、両強豪に関心はなさそうだ。こちらが戸惑っている中、午後4時10分、中井女流六段の音頭で「乾杯!」となった。
さっそく殻付きのウニが配られる。二つに割られているが、トゲの部分が蠢いている。新鮮さの証である。
中の身をプラスチックのスプーンで掬って食べるが、そのスプーンが足りなかった。
私は
「こんなこともあろうかと、保存していたのがあるんですよ…」
とつぶやき、スーツのポケットからプラスチックのスプーンを取り出す。それを見ていた渡辺・金内両氏が爆笑した。
ウニはなめらかで、美味かった。ウニ特有の臭みがまったくなく、いくらでも入りそうだ。これがウニ本来の味なのだろう。
両強豪とは、ひょんなことから、話の糸口をつかむことができた。私はふたりを退屈させないよう、話題を振る。
渡辺氏は元アマ竜王、金内氏は元朝日アマ名人という、輝かしい棋歴の持ち主。最近はプロアマの垣根も低くなってきているが、おふたりにプロ入りの意向はないのか、聞いてみた。渡辺氏だったか金内氏だったか失念したが、稚内の将棋熱をアテこんで、いま勤めている会社に、自ら稚内勤務を申し出たほどなのだ。その将棋熱はハンパではない。
「仮にプロになれたとしても、いいとこC2どまり。プロになる意志はまったくない」
と異口同音の答えだった。
将棋が強くなるには? の問いには、金内氏が「将棋に勝つためには」と捉え、それには「得意戦法を持つこと」と答えてくれた。
私は刺し身の盛り合わせを食す。続いてズワイガニ。瑞々しくて美味い。
私は北海道を30回以上訪れているが、食にはあまり関心がなく、ランチに握り寿司を食べることが贅沢の部類に入るほどだった。しかしそれは大きな損失だったと考えざるを得ない。
しばらく経つと、大野七段がこちらに来た。雑談のあと、渡辺氏と隣室で一局指すことになった。これはゼニの取れる一戦である。
金内氏にはHis氏が対局を申し込んだ。私は臆してしまって対局どころではないが、His氏はいい機会と捉えているのだ。
私は引き続きカニと格闘。美味いには違いないが、食べ切れない量である。別の支部の方と歓談。
His氏の対局が終了したあとは、引き続きKun氏が挑む。Kun氏は対抗戦2回戦で、渡辺氏と交えている。両強豪と指せるのは稀有なこと。これはKun氏、至福の時間だったろう。
タコのブツ切りが出てくる。焼いたものに塩コショウがかけられていた。これが美味い! 東京では絶対にできない食べ方である。
タラバガニも焼かれて出てきた。アツアツのところを食べる。これも美味い! 本当に美味いものは、何も手をかけなくていいのだ。
刺し身の皿がようやく空になった。支部の人がそれを下げたら、すぐに同量のおかわりが出てきたので、目が点になった。
金内氏との将棋を終えたKun氏に呼ばれた。行ってみると、中井女流六段が庭で焼き手をやっていた。
私は縁側に腰掛ける。
「何がいいですか?」
と中井女流六段。その軍手姿が、マニアにはたまらない。
私はホタテを焼いてもらう。中井女流六段は、「師匠、もう醤油入れていいですか?」「これ、もう焼けてますか?」とA氏にイチイチ聞いている。
これじゃ中井女流六段、焼き網に食材を乗せただけじゃないか!? などと言ってはいけない。中井女流六段がくれた焼きホタテは、バターがじんわり利いて、美味だった。
宴もたけなわだが、懇親会にはさらなる目玉企画があった。稚内支部と関東組がペアを組んでの、ペア戦である。その組み合わせは中井女流六段と支部有志で決めたようだ。今回は中井女流六段のお父さんも参戦する。
部屋の一隅に再び対局場を作る。今度は脚付きの将棋盤だ。
全13ペア参加で、1回戦はぶら下がりの5局。×2、×2で、総勢20人が盤を挟んだ。なんだか男臭いというか加齢臭漂うというか(失礼)、凄まじい人いきれの中、7時40分、ペア戦の開始となった。
優勝ペアには活きホタテが贈られる。優勝候補は渡辺・Honペア、金内・Isペアだろう。私は1回戦休み。現在焼き手をしている、N氏がペアだった。
持ち時間は10分だから、ポンポン進む。先の2ペアは手堅く勝利を収めたようだ。
進行にバラつきが出たが、構わず2回戦を始める。N氏は三田村邦彦似のイケメン。ある支部員氏によると、ペア将棋を指したことがあるのだが、自分の指し手に自信が持てないようで、一手指すごとに相方の顔色を窺うという。
何とも頼りないが、だからといって弱いわけではなさそうだ。私との指し手が噛み合えば、優勝も夢ではないと思った。
2回戦、私たちの相手は、植山・Kubペア。変則的だが、関東組のペアである。
Kub氏は対抗形を好むが、どちらかといえば居飛車党だろう。急戦を勉強しているから、逆にいえばこちらが居飛車で急戦を仕掛ければ、うまく攻めこめるような気がした。
時間が押しているので、持ち時間5分で対局開始。私たちは予定どおり居飛車明示。植山・Kubペアは四間飛車に振った。私たちは▲5七銀左から元気よく仕掛ける。N氏はやはり一手指すごとに私を見るが、その指し手は正確だ。
私は、こちらのほうが形勢がいいんだから、自信を持ってくれよっ!! という意味で、力強く駒を打ちつける。
結果は私たちの快勝。植山七段によると、こちらの指し手は「パーフェクト」だったらしい。
金内・Is戦はHis氏ペアを相手に大逆転勝ち。厄介なペアが残ってしまった。
準決勝、私たちの相手は中井女流六段と。その相方は、先ほどN氏の人となりを教えてくれた方だ。中井女流六段とはペアを組みたかったが、それは無理な話。とにかく盤面に集中することだけを心掛けた。
こちらの先手で対局開始。作戦どおり、四間飛車に振った。しかし早めに▲6七銀としなかったのは私のミス。△7五歩から△7二飛とされ、立ち遅れを衝かれた格好になった。
将棋が2局になって、だいぶ人いきれが薄くなっている。準決勝のもう一局は渡辺・Hon-金内・Is戦。第三者だったら、これが事実上の決勝戦と言いたいところ。しかし私たちがどちらかと決勝戦を戦うことになるかもしれない。簡単に優勝はさせない。
その前にこちらの将棋だ。私たちが非勢のまま終盤に突入したが、その差は意外に離れていなかったようである。
金内氏とIs氏が歓談している。どうも、決勝に進出したようだ。私はどちらかというと、こちらのペアがイヤだった。
私は端を攻める。△1二歩に▲1三香、△1二香に▲1三角と強引だ。しかしこの強襲が何とか通り、ここからは最後まで私たちの息が合って、逆転勝ち。まさかの決勝進出となった。
対局が終わった人々は、食事と歓談に夢中だ。ほとんど注目されない中、すぐに金内・Isペアとの決勝戦が始まった。
(つづく)