両ペアの棋力を考えた場合、金内元朝日アマ名人がいる相手ペアが有利だ。
しかしペア将棋では何が起こるか分からない。こちらはそこだけが付け目だった。
振り駒で私たちの先手。N→金内→一公→Isの順番だ。▲7六歩△3四歩▲2六歩△5四歩。後手はゴキゲン中飛車模様だ。これは意外だった。
もっとも私たちが準決勝を戦っているとき、金内氏とIs氏がゴキゲン中飛車談議をしていた。それが記憶に残っていれば、初手に▲2六歩として、スンナリゴキゲン中飛車にさせない手はあった。
8手目に角を換わられたが、私たちは▲2四歩~▲2三角~▲3四角成と馬を作る。このあたりはお互い指したい手が一致して、ひとりで指しているかのようだった。
しかしそののち、角金交換で駒損した上、馬を二枚作られては模様が悪くなった。▲4三とに△4六香。この局面が下である。
先手・N・一公ペア:1三竜、1七歩、3八歩、4三と、4七金、5七歩、6七歩、6八金、7六歩、7七銀、7八玉、8七歩、8九桂、9六歩、9九香 持駒:金、桂2、香、歩
後手・金内・Isペア:1九馬、3六歩、4五銀、4六香、5四歩、6一金、6二飛、6三歩、6四馬、7二銀、7三歩、8一桂、8二玉、8三歩、9一香、9四歩 持駒:銀、歩3
以下の指し手:▲4六同金(一)△同馬引(Is)▲2三竜(N)△3五馬(金)▲5三金(一)△2二歩(Is)▲3三竜(N)△3四馬(金)▲同竜(一)△同銀(Is)▲6二金(N)△同金(金)▲4一飛(一)△6一金打(Is)
この時点で双方30秒の秒読み。△4六香には▲5三との攻め合いを考えたが、△4七香成と急所に成り駒を作られるうえ、次に△5八金と張りつかれる手が早く見えて、指し切れなかった。
次に▲5六金をかわす手を考えた。これはプロっぽい手だ。しかし30秒では分かりやすいほうに手がいってしまう。私は▲4六同金と取ったが、これが悪手。好所に馬を引かれたうえ竜当たりになっては、一遍に形勢を損ねた。
金内氏の△3四馬に▲同竜も早まった。ここは▲6二金と飛車を取るべき。対局中は以下△3三馬▲7二金△同金▲3三とで、と金がソッポに行くのが気に入らなかったのだが、この局面は先手の角得。よって▲6二金には△同金の一手で、そこで落ち着いて▲3二竜と指せば、先手が面白い形勢だった。
さらに本譜、▲4一飛が信じられない手。これ、ふつうの人間だったら、▲3二飛と金銀両取りに打つ。このあたり、全然手が見えなかった。
数手後、△5八金と打たれたら、金のないこちらは受けがなかったが、△6四歩と手を戻してくれたので、▲5八角で一息つくことができた。
しかし苦しいことに変わりはなく、以下も辛抱の順が続く。局面はだいぶ悪いが、先手▲7六銀▲7七銀、後手△5六竜△7二金△7四金の局面で、私が▲7五歩と打ったのが最後の悪手。まだしも▲7五香と打つべきだった。
対局中は△7五同金▲同銀に△7六歩を気にしたのだが、そんなことを言っている場合ではなかった。
最後は△8六桂で私(たち)の投了。Is氏の報告によると、総手数170手。不動駒3枚の大熱戦だった。
結果は残念だったが、1時間半近くの熱闘で、こんなに集中して将棋を指したのは久しぶり。心地いい疲れだった。
なお大野八一雄七段の見解では、▲4六同金で▲5三とと寄れば、先手が優勢だったという。ああ、見ていてくれたんですか…。私はそれだけでうれしかった。そして私は中井広恵女流六段の隣にすわり、癒された。
海鮮は相変わらずテーブルに出ている。もう腹はくちているが、つい箸をつけてしまう。
支部の人が気を利かせて、毛ガニの肉を掘り出し、甲羅に盛ってくれた。カニ肉が山盛りになっている。これは贅沢だ。ほぐされた身を味噌につけて食べる。美味い!! 両親に食べさせたい、と思った。
中井女流六段のお父さんと将棋を指すことにする。中井女流六段に手合いを確認すると、私の二枚落ちで、とのことだった。その手合いはないと思う。
不服ながらも対局開始。お父さんは▲4五歩~▲3五歩と定跡どおりに進める。やがて銀交換を果たし、▲7二銀。△同玉は▲5三角成だから△5二玉だが、以下も快調に攻められ、私の玉は逃げ回るばかり。最後は金とと金で着実に攻められ、私の投了となった。
お父さんは続けてFuj氏と指す。お父さん、お父さんも将棋バカだったんですね…。
私は刺し身をつまむ。植山悦行七段、W氏が近くにいたので、LPSA金曜サロンのころを懐かしんだ。
「あのころはサロンに行くのが楽しくて、こんなにいいことが続いていいのかな、って思いながら通ってた」
と私。それを聞いた中井女流六段が
「大沢さんて、そういうところあるよね。私のときも…」
と言った。
たしかにそうで、中井女流六段とデートしていても、私は
(こんないいことがあるのはおかしい。絶対しっぺ返しがある)
と悪い方へ悪い方へ考えていた。
「近代将棋」のバックナンバーがあった。中を繰ると、植山四段、中井女流名人の婚約会見の記事があった。師匠の佐瀬勇次八段が立ち会い、報道陣を招いての正式なものである。男性棋士とトップ女流棋士の結婚は、当時センセーショナルだったことが分かる。
植山四段は好青年。いまと違って頭髪もあった。中井女流名人はいまと変わらぬ顔立ちだ。しかし時の移ろいは残酷だ。中井女流六段、あの髪にはダマされた、というところだろうが、まあなんであれ、ふたりがいまも幸せなのはいいことだ。
A氏が中井女流六段らを前にしみじみと語る。
「いや最初はねえ、東京から来る四段の人はひとりだけって聞いてたから、こちらはホッとしてたんですよ。ところが改めて聞いてみたら、四段が何人も来てるっていうでしょう。こりゃ対抗戦やっても、1勝しか挙げられないんじゃないかってね…。ところが対抗戦やってみたらあんた…」
こちらは穴があったら入りたい気分だった。
まだあっちこっちで将棋が指されている。将棋バカ万歳、である。私はそのA氏と対局。A氏の四間飛車穴熊を銀冠で迎え討ったが、A氏の捌きがさえ、居飛車陣は崩壊寸前。しかしそこでA氏が決め手を逸し、私が辛勝した。
この時点で時刻は、10日午前0時30分を過ぎていた。
あれほどあった食材も、ほぼなくなったようである。と思ったのは浅はかで、まだジンギスカンの食材が手つかずで残っていたらしい。稚内支部の皆さまのおもてなしに、ただただ感謝する私たちだった。
1時過ぎ、楽しい宴もついに中締めとなった。こんなによくしてもらって、なんと御礼を言っていいか分からない。皆さん気さくで、人当たりがよくて、本当に楽しい会だった。稚内支部、関東組とも口には出さねど、これを機に交流会を定期的に開きましょう、という雰囲気だった。
しかしその前に、私たちがもっと将棋を精進しなければならない。今回の成績では、とても稚内に再訪できない。
昭和30年代の丸の内を彷彿とさせる稚内の市街に出て、クルマで「ホテル奥田屋」に戻った。322号室に入り、みんなには悪いが、先にシャワーを浴びさせてもらう。
浴室から出てドライヤーを手に取ったが、誤って落としてしまった。なんか、ドライヤーの動きがカクカクしている。見ると、ツガイの一部が欠けていた。
私は青くなる。ヤバイ…。His氏に続いて、私も粗相をしてしまった。やっぱりこれも、ホテルに申し出なくてはいけないのだろうか。
自分の中で激しい葛藤があったが、私は黙っていることにした。そしてこの判断が、のちのちまで私を苦しめることになる。
ともあれ、ドライヤーで頭を乾かす。相変わらず頭頂部が薄い。こんな薄毛で、よく中井女流六段の前に出られたものだ。植山七段も薄いが、アチラは前のほうからズゥーッときているから、まだ指せる。こちらは中央に穴が空いている形で、修正が利かないのだ。
暗澹たる気持ちで、脱衣所を出た。と、私の布団の中に、植山七段が寝ていた。
!? これは、どういうことだ…!?
(23日につづく)
しかしペア将棋では何が起こるか分からない。こちらはそこだけが付け目だった。
振り駒で私たちの先手。N→金内→一公→Isの順番だ。▲7六歩△3四歩▲2六歩△5四歩。後手はゴキゲン中飛車模様だ。これは意外だった。
もっとも私たちが準決勝を戦っているとき、金内氏とIs氏がゴキゲン中飛車談議をしていた。それが記憶に残っていれば、初手に▲2六歩として、スンナリゴキゲン中飛車にさせない手はあった。
8手目に角を換わられたが、私たちは▲2四歩~▲2三角~▲3四角成と馬を作る。このあたりはお互い指したい手が一致して、ひとりで指しているかのようだった。
しかしそののち、角金交換で駒損した上、馬を二枚作られては模様が悪くなった。▲4三とに△4六香。この局面が下である。
先手・N・一公ペア:1三竜、1七歩、3八歩、4三と、4七金、5七歩、6七歩、6八金、7六歩、7七銀、7八玉、8七歩、8九桂、9六歩、9九香 持駒:金、桂2、香、歩
後手・金内・Isペア:1九馬、3六歩、4五銀、4六香、5四歩、6一金、6二飛、6三歩、6四馬、7二銀、7三歩、8一桂、8二玉、8三歩、9一香、9四歩 持駒:銀、歩3
以下の指し手:▲4六同金(一)△同馬引(Is)▲2三竜(N)△3五馬(金)▲5三金(一)△2二歩(Is)▲3三竜(N)△3四馬(金)▲同竜(一)△同銀(Is)▲6二金(N)△同金(金)▲4一飛(一)△6一金打(Is)
この時点で双方30秒の秒読み。△4六香には▲5三との攻め合いを考えたが、△4七香成と急所に成り駒を作られるうえ、次に△5八金と張りつかれる手が早く見えて、指し切れなかった。
次に▲5六金をかわす手を考えた。これはプロっぽい手だ。しかし30秒では分かりやすいほうに手がいってしまう。私は▲4六同金と取ったが、これが悪手。好所に馬を引かれたうえ竜当たりになっては、一遍に形勢を損ねた。
金内氏の△3四馬に▲同竜も早まった。ここは▲6二金と飛車を取るべき。対局中は以下△3三馬▲7二金△同金▲3三とで、と金がソッポに行くのが気に入らなかったのだが、この局面は先手の角得。よって▲6二金には△同金の一手で、そこで落ち着いて▲3二竜と指せば、先手が面白い形勢だった。
さらに本譜、▲4一飛が信じられない手。これ、ふつうの人間だったら、▲3二飛と金銀両取りに打つ。このあたり、全然手が見えなかった。
数手後、△5八金と打たれたら、金のないこちらは受けがなかったが、△6四歩と手を戻してくれたので、▲5八角で一息つくことができた。
しかし苦しいことに変わりはなく、以下も辛抱の順が続く。局面はだいぶ悪いが、先手▲7六銀▲7七銀、後手△5六竜△7二金△7四金の局面で、私が▲7五歩と打ったのが最後の悪手。まだしも▲7五香と打つべきだった。
対局中は△7五同金▲同銀に△7六歩を気にしたのだが、そんなことを言っている場合ではなかった。
最後は△8六桂で私(たち)の投了。Is氏の報告によると、総手数170手。不動駒3枚の大熱戦だった。
結果は残念だったが、1時間半近くの熱闘で、こんなに集中して将棋を指したのは久しぶり。心地いい疲れだった。
なお大野八一雄七段の見解では、▲4六同金で▲5三とと寄れば、先手が優勢だったという。ああ、見ていてくれたんですか…。私はそれだけでうれしかった。そして私は中井広恵女流六段の隣にすわり、癒された。
海鮮は相変わらずテーブルに出ている。もう腹はくちているが、つい箸をつけてしまう。
支部の人が気を利かせて、毛ガニの肉を掘り出し、甲羅に盛ってくれた。カニ肉が山盛りになっている。これは贅沢だ。ほぐされた身を味噌につけて食べる。美味い!! 両親に食べさせたい、と思った。
中井女流六段のお父さんと将棋を指すことにする。中井女流六段に手合いを確認すると、私の二枚落ちで、とのことだった。その手合いはないと思う。
不服ながらも対局開始。お父さんは▲4五歩~▲3五歩と定跡どおりに進める。やがて銀交換を果たし、▲7二銀。△同玉は▲5三角成だから△5二玉だが、以下も快調に攻められ、私の玉は逃げ回るばかり。最後は金とと金で着実に攻められ、私の投了となった。
お父さんは続けてFuj氏と指す。お父さん、お父さんも将棋バカだったんですね…。
私は刺し身をつまむ。植山悦行七段、W氏が近くにいたので、LPSA金曜サロンのころを懐かしんだ。
「あのころはサロンに行くのが楽しくて、こんなにいいことが続いていいのかな、って思いながら通ってた」
と私。それを聞いた中井女流六段が
「大沢さんて、そういうところあるよね。私のときも…」
と言った。
たしかにそうで、中井女流六段とデートしていても、私は
(こんないいことがあるのはおかしい。絶対しっぺ返しがある)
と悪い方へ悪い方へ考えていた。
「近代将棋」のバックナンバーがあった。中を繰ると、植山四段、中井女流名人の婚約会見の記事があった。師匠の佐瀬勇次八段が立ち会い、報道陣を招いての正式なものである。男性棋士とトップ女流棋士の結婚は、当時センセーショナルだったことが分かる。
植山四段は好青年。いまと違って頭髪もあった。中井女流名人はいまと変わらぬ顔立ちだ。しかし時の移ろいは残酷だ。中井女流六段、あの髪にはダマされた、というところだろうが、まあなんであれ、ふたりがいまも幸せなのはいいことだ。
A氏が中井女流六段らを前にしみじみと語る。
「いや最初はねえ、東京から来る四段の人はひとりだけって聞いてたから、こちらはホッとしてたんですよ。ところが改めて聞いてみたら、四段が何人も来てるっていうでしょう。こりゃ対抗戦やっても、1勝しか挙げられないんじゃないかってね…。ところが対抗戦やってみたらあんた…」
こちらは穴があったら入りたい気分だった。
まだあっちこっちで将棋が指されている。将棋バカ万歳、である。私はそのA氏と対局。A氏の四間飛車穴熊を銀冠で迎え討ったが、A氏の捌きがさえ、居飛車陣は崩壊寸前。しかしそこでA氏が決め手を逸し、私が辛勝した。
この時点で時刻は、10日午前0時30分を過ぎていた。
あれほどあった食材も、ほぼなくなったようである。と思ったのは浅はかで、まだジンギスカンの食材が手つかずで残っていたらしい。稚内支部の皆さまのおもてなしに、ただただ感謝する私たちだった。
1時過ぎ、楽しい宴もついに中締めとなった。こんなによくしてもらって、なんと御礼を言っていいか分からない。皆さん気さくで、人当たりがよくて、本当に楽しい会だった。稚内支部、関東組とも口には出さねど、これを機に交流会を定期的に開きましょう、という雰囲気だった。
しかしその前に、私たちがもっと将棋を精進しなければならない。今回の成績では、とても稚内に再訪できない。
昭和30年代の丸の内を彷彿とさせる稚内の市街に出て、クルマで「ホテル奥田屋」に戻った。322号室に入り、みんなには悪いが、先にシャワーを浴びさせてもらう。
浴室から出てドライヤーを手に取ったが、誤って落としてしまった。なんか、ドライヤーの動きがカクカクしている。見ると、ツガイの一部が欠けていた。
私は青くなる。ヤバイ…。His氏に続いて、私も粗相をしてしまった。やっぱりこれも、ホテルに申し出なくてはいけないのだろうか。
自分の中で激しい葛藤があったが、私は黙っていることにした。そしてこの判断が、のちのちまで私を苦しめることになる。
ともあれ、ドライヤーで頭を乾かす。相変わらず頭頂部が薄い。こんな薄毛で、よく中井女流六段の前に出られたものだ。植山七段も薄いが、アチラは前のほうからズゥーッときているから、まだ指せる。こちらは中央に穴が空いている形で、修正が利かないのだ。
暗澹たる気持ちで、脱衣所を出た。と、私の布団の中に、植山七段が寝ていた。
!? これは、どういうことだ…!?
(23日につづく)