14日(土)は午後7時から、埼玉県朝霞市の「一福鮨」で、大野八一雄七段の引退慰労会があった。主催は大野教室メンバーである。
一福鮨は東武東上線朝霞台駅から徒歩7~8分の場所にある。私はちょっと立ち読みしておきたい将棋書籍があったので、まず池袋のジュンク堂書店に寄った。
ジュンク堂は品揃え豊富なので目当ての本は見つかったが、あいにく両手が塞がっていたのと、元来立ち読みは好きでないので、ものの1分でその場を離れた。その後も別の本屋に寄ったりして、私は6時20分に東武東上線に乗った。
一福鮨は2度ほどお邪魔したことがある。1回目は植山悦行七段の「公式戦2連勝」を祝ってのものだった。「2連勝」とはずいぶん緩い設定ではあるが、これには理由がある。
すなわち、むかしW氏と植山七段が親しくなった際、W氏が同所で「鍋」をご馳走することになったのだが、ふつうにそれをやったら面白くないので、W氏は植山七段に「2連勝のごほうび」という条件を課した。2008年10月のことである。まあ何か月かで達成してくれるだろう、とW氏は読んだのだが、これは正しい。
ところが植山七段が意外にその条件をクリアせず、やがてその勝負は私たちLPSA駒込サロンメンバーも知るところとなった。それで私たちも、その話に乗ることになったのである。
結局植山七段が2連勝したのは、最初の約束から9か月後、2009年7月のことだった。すでに鍋の季節は終わっていたが、私たちは社団戦の日に植山七段と中井広恵女流六段にお越し願い、ようやっと一福鮨にお邪魔することができたのである。
なおこれには後日談がある。この植山七段の「2連勝で鍋&鮨」に不満を漏らしたのが、その中井女流六段だった。たかが2連勝で鍋&鮨なんておかしいッ!! というわけである。
これに植山七段は「いや2連勝するのは大変なんだよ」と反論し、そのころは私たちも植山七段の勝ち運のなさを理解していたので、「そうだそうだ」と植山説に同意した。
そこで中井女流六段に、じゃあ私も女流公式戦で2連勝したら…という雰囲気はあったのだが、私たちは黙殺した。中井女流六段にとって2連勝は日常茶飯事。植山七段の苦労とは比べ物にならないからであった。
これに立腹? いや呆れた? のが中井女流六段である。中井女流六段は猛然と勝ちだし、2010年7月、何と公式戦19連勝を達成してしまったのである。さすがに私たちもごほうびとして、中井女流六段との焼肉パーティーを催したのだった。
2回目に一福鮨を訪れたのは何のイベントだったか、記憶にない。
一福鮨を訪れるのは久しぶりなので、事前にスマホで所在地を再確認した。そのおかげで、一福鮨はすぐに分かった。
15分前に店に入る。が、先客が誰もいない。というか、そもそもW氏が予約したお座敷がまだ「使用中」だった。私が早く来過ぎたということか。
私はセブンイレブンでおにぎりを買い小腹を満たし、店の前でなおも待つこと数分、やっとHon、Kaz、Fuj、Okの各氏が現れた。
しかし肝心の主役がまだである。定刻を遅れること2分、大野七段が自らクルマを運転し、W氏を伴って到着した。あとはKun氏が来るが、遅刻予定。私たちは入店し、いよいよ慰労会の始まりとなった。
(つづく)
一福鮨は東武東上線朝霞台駅から徒歩7~8分の場所にある。私はちょっと立ち読みしておきたい将棋書籍があったので、まず池袋のジュンク堂書店に寄った。
ジュンク堂は品揃え豊富なので目当ての本は見つかったが、あいにく両手が塞がっていたのと、元来立ち読みは好きでないので、ものの1分でその場を離れた。その後も別の本屋に寄ったりして、私は6時20分に東武東上線に乗った。
一福鮨は2度ほどお邪魔したことがある。1回目は植山悦行七段の「公式戦2連勝」を祝ってのものだった。「2連勝」とはずいぶん緩い設定ではあるが、これには理由がある。
すなわち、むかしW氏と植山七段が親しくなった際、W氏が同所で「鍋」をご馳走することになったのだが、ふつうにそれをやったら面白くないので、W氏は植山七段に「2連勝のごほうび」という条件を課した。2008年10月のことである。まあ何か月かで達成してくれるだろう、とW氏は読んだのだが、これは正しい。
ところが植山七段が意外にその条件をクリアせず、やがてその勝負は私たちLPSA駒込サロンメンバーも知るところとなった。それで私たちも、その話に乗ることになったのである。
結局植山七段が2連勝したのは、最初の約束から9か月後、2009年7月のことだった。すでに鍋の季節は終わっていたが、私たちは社団戦の日に植山七段と中井広恵女流六段にお越し願い、ようやっと一福鮨にお邪魔することができたのである。
なおこれには後日談がある。この植山七段の「2連勝で鍋&鮨」に不満を漏らしたのが、その中井女流六段だった。たかが2連勝で鍋&鮨なんておかしいッ!! というわけである。
これに植山七段は「いや2連勝するのは大変なんだよ」と反論し、そのころは私たちも植山七段の勝ち運のなさを理解していたので、「そうだそうだ」と植山説に同意した。
そこで中井女流六段に、じゃあ私も女流公式戦で2連勝したら…という雰囲気はあったのだが、私たちは黙殺した。中井女流六段にとって2連勝は日常茶飯事。植山七段の苦労とは比べ物にならないからであった。
これに立腹? いや呆れた? のが中井女流六段である。中井女流六段は猛然と勝ちだし、2010年7月、何と公式戦19連勝を達成してしまったのである。さすがに私たちもごほうびとして、中井女流六段との焼肉パーティーを催したのだった。
2回目に一福鮨を訪れたのは何のイベントだったか、記憶にない。
一福鮨を訪れるのは久しぶりなので、事前にスマホで所在地を再確認した。そのおかげで、一福鮨はすぐに分かった。
15分前に店に入る。が、先客が誰もいない。というか、そもそもW氏が予約したお座敷がまだ「使用中」だった。私が早く来過ぎたということか。
私はセブンイレブンでおにぎりを買い小腹を満たし、店の前でなおも待つこと数分、やっとHon、Kaz、Fuj、Okの各氏が現れた。
しかし肝心の主役がまだである。定刻を遅れること2分、大野七段が自らクルマを運転し、W氏を伴って到着した。あとはKun氏が来るが、遅刻予定。私たちは入店し、いよいよ慰労会の始まりとなった。
(つづく)