だいぶ待って、ポークカレーが運ばれてきた。ちょっとレトルトっぽい味が懐かしい。
食後にコーヒーが運ばれてきた。アメリカンは薄い、というイメージがあるが、実際薄い。私には合わないようである。
ここからマジックショーまでまだ時間がある。ヒマつぶしに私は、年賀状用の「2017年・私の10大ニュース」を選定する。これも毎年の定跡だが、今年は会社の廃業、自動車事故、失職数ヶ月、プレス機廃棄、新車同様の軽トラ売却、水道管水漏れ、諸々の書籍や雑誌の処分、など暗いニュースばかりで、気が滅入った。
向かいの子供たちの動きがせわしない。さっきから席を離れてはあっちこっち移動しているが、マジックが始まったらじっとしてくれるだろうか。
午後2時を過ぎ、やっとお会計になった。後ろを振り向けば、壁には無数のチェキ写真が貼られている。有名人ばかりで、将棋ファンなら誰でも知っている(女流)棋士の写真もある。
いよいよマジックのスタートである。私の整理番号は「28」。定員は33だから、私の後に5人の予約があったことになる。
慣例ではジョッキの中に人数分の割り箸が入れられ、そこに番号が振ってある。おもに3の女性がそれを引き、当たった数字の人が、マスターのマジックの「お相手」になるわけだ。
席替えだが、1~6まではカウンターだから分かりやすい。その後方は基本的に番号順だが、「背の順」がだいぶ配慮される。私は背が高いので、大テーブルの上に乗らないまでも、3列目以降であろう。
だが今回は、5の後ろを指示された。これはかなりの好位置で、手を伸ばせば、コインをカウンターにほうれる。
だが他の客の配置がハッキリしない。子供は背が低いから、前から2列目になったりする。こういう「優遇」があるからややこしいのだ。
それでごちゃごちゃやっているうち、私は3列目の椅子の上、になった。
だがそれでも安住とはいかず、最終的には4列目の最も左、ミニ脚立の上に乗って観戦、という体勢になった。カウンターからは最も遠く、とてもコインをほうれる位置にない。来席19回目にして、最悪の席になってしまった。
ちなみに例の母親も、私と同じ列だった。これでは私同様、コインはほうれまい。
14時18分、いよいよマスター登場である。1年振りにマスターを拝見したが、1年どころか18年前と全然容姿が変わっていない。その間私は2度会社を辞め、結婚もせずブクブク太り、貯金はほとんどナシ。頭もハゲ散らかして、見るも無残な姿になってしまった。
マスターは挨拶代わりに、右手にオバケの手を付け、客を驚かす。
ここからマジックのスタートである。まずは指環を取り出し、掌の上で15度、28度、43度…と任意の角度に指環を浮かせていく。
さらにご婦人3人から指環を借りた。それらをマッチ箱大の木箱に入れて振ると、カラカラと音がした。箱をライターであぶると、徐々に音が小さくなり、やがて止んだ。
箱を開けると、果たして指環がない。マスターは「指環は消えました」とトボケるが心配無用。マスターがセーターの下からネックレスを取り出すと、そこにはさっきの指環が三連で括られていた。みんなオオーッと驚く。
私は何度も見ているが、「三連」は初めてである。マスターのマジックは年々進化しているのだ。
次はESPカードを取り出す。○、□、△、+、波形の5種×5枚のカードで、それぞれの種類の当てっこをするものである。
と、マスターがこちらを見て、「カズヨシ君、カズヨシ君、大丈夫?」と言った。
どうもマスターが私の名前を当ててくれたようだが、微妙に読みが違う。
正しい読みを言うと、マスターは「そうか。でもカズから始まるイメージがしました」と言った。
私もあんでるせんは19回目だから、マスターが私の名前を記憶した、という考え方はできる。しかしふつうは忘れているから、やはり超能力で私の名前をイメージしたのだろう。
ESPカードで見事なマジックを堪能したあと、次はカード(トランプ)に移る。布袋が取り出され、3番の女性が、マスターの指示により、その布袋の中でカードを選ぶ。すなわち、
「真ん中あたりのカードを1枚選んでください」
「そのカードを裏返して、いちばん上に載せてください」
である。この行為は当の女性もカードの数字やマークが見えていない。それをマスターが当てた。
そして、さらに驚く仕掛けもあった(それは秘密)。
3の女性が割り箸を引く。その番号に当たった男性にマスターが
「あなたは将来結婚しますよ」
と言った。結婚する人には、横に伴侶の影が見えるのだという。
…という感じで、どんどんマジックが繰り広げられていくのだが、例の子供たちは飽きてきたようだ。3人の子供うち、年少の2人は私の前にいたが、早くも席を離れ、近くのテーブルでごちゃごちゃやりだした。
私が恐れていたのはこれである。こっちは集中してマジックを楽しみたいのに、これでは場の空気が乱れる。さっき母親は「マジックは2時間」と語っていたが、ここ数年はショーを3時間近くやる。まだ2時間以上もあるのにこの有様では、先が思いやられる。
マスターがカードを2つにちぎり、それをカードの束に戻して、壁に投げつける。するとちぎられたカードが、壁際に掛けられてある額縁の「中」に入った。
マジックはどんどん続く。マスターがシルクハットと生卵を取り出す。ハットに生卵を入れ、さらに、お客に任意に出してもらった千円札を一緒に入れる。
するとその千円札が一瞬にして消えた。マスターが生卵を割ると、ドロッとした白身の中から、そのお札が出てきた。
絶対に入るはずのない場所からお札が出てくる、というマジックはある。だがライブでそれを見ると、ホントに超能力に見えてくるのだ。
マスターは語る。おなじみの講話である。
「人は過去には戻れませんね。今30代の人が、20代のころは若かった、と思う。40代の人が、30代は若かった、と思う。50代の人は、40代はよかった、と思う。60代の人も、50代に戻りたい、と思う。70代の人も…。人生はそれが延々と続きますネ。永遠にじゃないですけどね。
でもひとつだけ、過去に戻れる方法がありますよ。10年後の自分を想像すれば、今自分がそこから10年過去に戻って、ああ儲けたな、という気分になりますよ。
そしたらもう、10年後の自分に向けて、のんびりとはしてられないですね。いろいろやらなくちゃならないことがありますね」
これは私が1999年にお邪魔して以来、毎年拝聴した。そう、あんでるせんはマジックショーばかりが注目されるが、肝はマジックの間に挟まれる「講話」にある。私は毎年しっかりと拝聴していながら、それを後の生活に活かすことをせず、のんべんだらりと過ごしてきた。
そしてその結果が、今年起こった数々の災難である。少なくとも私がもっと早くに策を講じていたら、こうまでヒドくなることはなかった。
結局私は、ダメ人間だった。
(つづく)
食後にコーヒーが運ばれてきた。アメリカンは薄い、というイメージがあるが、実際薄い。私には合わないようである。
ここからマジックショーまでまだ時間がある。ヒマつぶしに私は、年賀状用の「2017年・私の10大ニュース」を選定する。これも毎年の定跡だが、今年は会社の廃業、自動車事故、失職数ヶ月、プレス機廃棄、新車同様の軽トラ売却、水道管水漏れ、諸々の書籍や雑誌の処分、など暗いニュースばかりで、気が滅入った。
向かいの子供たちの動きがせわしない。さっきから席を離れてはあっちこっち移動しているが、マジックが始まったらじっとしてくれるだろうか。
午後2時を過ぎ、やっとお会計になった。後ろを振り向けば、壁には無数のチェキ写真が貼られている。有名人ばかりで、将棋ファンなら誰でも知っている(女流)棋士の写真もある。
いよいよマジックのスタートである。私の整理番号は「28」。定員は33だから、私の後に5人の予約があったことになる。
慣例ではジョッキの中に人数分の割り箸が入れられ、そこに番号が振ってある。おもに3の女性がそれを引き、当たった数字の人が、マスターのマジックの「お相手」になるわけだ。
席替えだが、1~6まではカウンターだから分かりやすい。その後方は基本的に番号順だが、「背の順」がだいぶ配慮される。私は背が高いので、大テーブルの上に乗らないまでも、3列目以降であろう。
だが今回は、5の後ろを指示された。これはかなりの好位置で、手を伸ばせば、コインをカウンターにほうれる。
だが他の客の配置がハッキリしない。子供は背が低いから、前から2列目になったりする。こういう「優遇」があるからややこしいのだ。
それでごちゃごちゃやっているうち、私は3列目の椅子の上、になった。
だがそれでも安住とはいかず、最終的には4列目の最も左、ミニ脚立の上に乗って観戦、という体勢になった。カウンターからは最も遠く、とてもコインをほうれる位置にない。来席19回目にして、最悪の席になってしまった。
ちなみに例の母親も、私と同じ列だった。これでは私同様、コインはほうれまい。
14時18分、いよいよマスター登場である。1年振りにマスターを拝見したが、1年どころか18年前と全然容姿が変わっていない。その間私は2度会社を辞め、結婚もせずブクブク太り、貯金はほとんどナシ。頭もハゲ散らかして、見るも無残な姿になってしまった。
マスターは挨拶代わりに、右手にオバケの手を付け、客を驚かす。
ここからマジックのスタートである。まずは指環を取り出し、掌の上で15度、28度、43度…と任意の角度に指環を浮かせていく。
さらにご婦人3人から指環を借りた。それらをマッチ箱大の木箱に入れて振ると、カラカラと音がした。箱をライターであぶると、徐々に音が小さくなり、やがて止んだ。
箱を開けると、果たして指環がない。マスターは「指環は消えました」とトボケるが心配無用。マスターがセーターの下からネックレスを取り出すと、そこにはさっきの指環が三連で括られていた。みんなオオーッと驚く。
私は何度も見ているが、「三連」は初めてである。マスターのマジックは年々進化しているのだ。
次はESPカードを取り出す。○、□、△、+、波形の5種×5枚のカードで、それぞれの種類の当てっこをするものである。
と、マスターがこちらを見て、「カズヨシ君、カズヨシ君、大丈夫?」と言った。
どうもマスターが私の名前を当ててくれたようだが、微妙に読みが違う。
正しい読みを言うと、マスターは「そうか。でもカズから始まるイメージがしました」と言った。
私もあんでるせんは19回目だから、マスターが私の名前を記憶した、という考え方はできる。しかしふつうは忘れているから、やはり超能力で私の名前をイメージしたのだろう。
ESPカードで見事なマジックを堪能したあと、次はカード(トランプ)に移る。布袋が取り出され、3番の女性が、マスターの指示により、その布袋の中でカードを選ぶ。すなわち、
「真ん中あたりのカードを1枚選んでください」
「そのカードを裏返して、いちばん上に載せてください」
である。この行為は当の女性もカードの数字やマークが見えていない。それをマスターが当てた。
そして、さらに驚く仕掛けもあった(それは秘密)。
3の女性が割り箸を引く。その番号に当たった男性にマスターが
「あなたは将来結婚しますよ」
と言った。結婚する人には、横に伴侶の影が見えるのだという。
…という感じで、どんどんマジックが繰り広げられていくのだが、例の子供たちは飽きてきたようだ。3人の子供うち、年少の2人は私の前にいたが、早くも席を離れ、近くのテーブルでごちゃごちゃやりだした。
私が恐れていたのはこれである。こっちは集中してマジックを楽しみたいのに、これでは場の空気が乱れる。さっき母親は「マジックは2時間」と語っていたが、ここ数年はショーを3時間近くやる。まだ2時間以上もあるのにこの有様では、先が思いやられる。
マスターがカードを2つにちぎり、それをカードの束に戻して、壁に投げつける。するとちぎられたカードが、壁際に掛けられてある額縁の「中」に入った。
マジックはどんどん続く。マスターがシルクハットと生卵を取り出す。ハットに生卵を入れ、さらに、お客に任意に出してもらった千円札を一緒に入れる。
するとその千円札が一瞬にして消えた。マスターが生卵を割ると、ドロッとした白身の中から、そのお札が出てきた。
絶対に入るはずのない場所からお札が出てくる、というマジックはある。だがライブでそれを見ると、ホントに超能力に見えてくるのだ。
マスターは語る。おなじみの講話である。
「人は過去には戻れませんね。今30代の人が、20代のころは若かった、と思う。40代の人が、30代は若かった、と思う。50代の人は、40代はよかった、と思う。60代の人も、50代に戻りたい、と思う。70代の人も…。人生はそれが延々と続きますネ。永遠にじゃないですけどね。
でもひとつだけ、過去に戻れる方法がありますよ。10年後の自分を想像すれば、今自分がそこから10年過去に戻って、ああ儲けたな、という気分になりますよ。
そしたらもう、10年後の自分に向けて、のんびりとはしてられないですね。いろいろやらなくちゃならないことがありますね」
これは私が1999年にお邪魔して以来、毎年拝聴した。そう、あんでるせんはマジックショーばかりが注目されるが、肝はマジックの間に挟まれる「講話」にある。私は毎年しっかりと拝聴していながら、それを後の生活に活かすことをせず、のんべんだらりと過ごしてきた。
そしてその結果が、今年起こった数々の災難である。少なくとも私がもっと早くに策を講じていたら、こうまでヒドくなることはなかった。
結局私は、ダメ人間だった。
(つづく)