続いて準決勝の第2局である。対局者は鈴木環那女流二段と渡部愛女流二段。2人が登場し、中村雅子アナが「お2人とも白のジャケットですね」と言った。
まずは対局前のインタビュー。
鈴木女流二段「先ほど秒読みの声を聞いて、(あまりの緊張に)気を失ないそうになりました」
渡部女流二段「今日は先輩方が多いので、頑張ります」
聞き手は飯野愛女流初段。「今年は(対局者ではないので)気が楽で…」と観客を笑わせる。
解説は森下卓九段。「先ほどは相振り飛車でしたが、本局は相居飛車の将棋が見られるでしょう」
鈴木女流二段の先手で対局開始となった。▲7六歩△8四歩の出だしから、渡部女流二段は早くも8手目に△8五歩と伸ばす。そして△7三銀と出た。今は玉の囲いそっちのけで、速攻が主流になりつつある。
それを警戒してか、先手は▲2四歩の交換を保留している。
森下九段「幕末の棋聖天野宗歩は、飛車先の歩の交換は3つの得がある、と説いています」
ひとつは1歩を手持ちにする。ひとつは飛車先が直通する。そして残りの1つが意外に知られてないという。正解は「2五の地点に味方の駒が進出できる」で、私たちは分かったような分からないような反応である。それほど飛車先の歩の交換は得があるのに、昨今の将棋界は、それすら後回しにしている。「この天野宗歩の教えが、(近代)将棋二百年の歴史で覆されているのです」
森下九段は中村修九段と違い、言語明瞭である。
鈴木女流二段は雁木に構えた。この形になると必ず持ち出されるのが、増田康宏五段の「矢倉は終わりました」発言である。しかも増田五段は森下九段の弟子であり、避けて通れない話題だ。
「矢倉はなくなったわけではないんですが、雁木は金銀の連携がいいんですね」
と森下九段。「矢倉がじっくりした将棋なのに対し、雁木は急戦調です」
一手一手、緊張した指し手が続く。
鈴木女流二段▲5六歩(第1図)。私ならノータイムで△同歩だが、それだと▲5五歩とフタをする手があり、以下先手が盛り上がって必勝になるという。
「昔はコピー機がなかったんで、記譜を何枚も手書きするのが修行でした」
と森下九段が述懐する。「それから印刷できるようになったんですが、昔は青焼きといいまして、印刷用の紙が青かったんですね。時間が経つと変色してきまして…」
現在はコピーどころか、記譜もタブレットで付ける時代だ。
森下九段「ところで女流棋士会は、先日谷口由紀さんと高浜愛子さんが結婚しました。その前は藤田綾さんも結婚しまして、ショッキングな出来事が続きました。ショックを受けているファンの方も多いんじゃないでしょうか」
そこに触れますか、という感じである。私などその最たるものだが、ご丁寧に飯野女流初段まで、客席に挙手を取る。私は意地でも手を挙げるわけにはいかないが、それでも2人の方が正直に手を挙げた。ちょっと少ない気もするが、もっとも谷口女流二段の結婚にショックを受けた連中は、今日この場に来ていない。ファンは黙って去っていくものなのだ。
局面は第1図から、△5四銀▲5五歩△同銀▲2四歩△同歩▲2五歩と進む(第2図)。
この継ぎ歩も厳しい攻めで、ふつうに△2五同歩は▲同飛で十字飛車だ。よって森下九段は「△4四銀▲2四歩△2五歩▲同飛△3三桂▲2八飛△2五歩」と解説する。「△2五歩が大駒を近づける手筋です」
しかし以下▲4四角△同歩▲2三銀も先手相当だと思うのだがそこはそれ、とにかく△2五歩~△3三桂は、中級者必須の手筋である。
渡部女流二段は△5二飛と回った。そして▲2四歩に△2六歩がもう一つの大駒を近づける手筋で、実戦は▲2六同飛△4四角▲2八飛△2二銀まで、うまく2筋をまとめてしまった。森下九段は「なるほど」と叫ぶ。これからこのフレーズが頻出するのだろう。
そこから▲6九玉△7三桂と進み、▲6四歩(第3図)が、森下九段が唸った手。△6四同歩なら▲6三角だ。よって△同銀しかないが、先手は後手銀を退却させて、ポイントを挙げた。
以下▲4四角△同歩▲8三角。これが鈴木女流二段の狙いだったと思うが、私ならこの角で▲2三歩成△同銀▲4三角(参考図)△同金▲2三飛成と強襲するところ。でもそれは筋がわるいのだろう。
本譜はお互い馬を作りじっくりした戦いになったが、そこで▲4六歩(第4図)が失着となった。
以下△5六馬▲同歩に△4四角(第5図)が痛打。▲2八飛に△9九角成となり、大きく形勢が傾いてしまった。
鈴木女流二段は悪びれず▲2三歩成。再び森下九段が「なるほど」と唸る。九段の「なるほど」は大安売りであまり価値はないが、この手は△2五香に歩の受けを作ったものらしい。
ただ鈴木女流二段の狙いは別にあり、△2三同銀に▲4三角だった。つまりさっき私が考えた手だ。
しかし今回は似て非なる局面で、△4三同金▲2三飛成△2二香の時、3三桂がいるので▲4三竜とできない。
鈴木女流二段は▲3二銀と捨て飛車交換に持ち込んだが、これでは角損の攻めになってしまった。
もはや公開対局でなければ投げているだろうが、こういう場では詰まされるまで投げられないのが辛いところ。鈴木女流二段はかぶりを上げ虚空を見る。そこに何を見ていたか。
△3二同飛▲同竜△同玉▲2三歩△同歩▲5一飛に、△5七歩(第6図)が軽妙な一打。「なるほどぉ」と森下九段が唸る。もはや合いの手みたいだが、この手には心底感心しているふうだ。
▲5七同銀は△3九飛が厳しいので、▲5九金と引く。そして△8九馬▲1一飛成△7七歩(第7図)。
「△7七歩! いやこの筋にも歩が利くんですか!」
森下九段が再び唸る。実に厳しい手で、以下は渡部女流二段の寄せを見るばかりとなった。数手進んで、△6七馬と切った。返す刀で△5五桂(第8図)。
「ほぉー、こう打つということは…」と森下九段。もちろん即詰みを読み切っていたわけで、▲5五同歩に△8九角。先の△5五桂は、5六の地点に空間を開け、カナ駒を打ち込む意味だった。ここで鈴木女流二段が投了した。以下は▲5七玉△5六金▲5八玉△6七角成まで。
終局後のインタビュー。鈴木女流二段「途中までは森下先生の解説もにぎやかで、私もやれると思っていたんですが、△4四角のあたりからシーンとなってしまって、これはやっちゃったかな、と」
渡部女流二段はうれしい勝利で、ホッとした表情。まずは会心の一局だった。
これから子ども竜王戦が始まるが、私は昼食タイムである。私が贔屓にしているのは、高島屋からちょっと離れた中華料理屋である。
今年もそこに向かったが、いつの間にか通り過ぎてしまった。何と、今年は休みだった!
ここのタンメンを食すのがルーティーンだったのに、予定が狂った。
私はあっちこっちの店を回り、結局、海鮮料理の店に入った。
ランチの丼物を注文した。値段、量とも、ま、こんなものであろう。
私は店を出て、薬を飲む。この時、大変な落とし物をしていることに気付いた。
本日ここまでの観戦メモを記したA4の用紙を、どこかに落としてしまったのだ!!
(つづく)
まずは対局前のインタビュー。
鈴木女流二段「先ほど秒読みの声を聞いて、(あまりの緊張に)気を失ないそうになりました」
渡部女流二段「今日は先輩方が多いので、頑張ります」
聞き手は飯野愛女流初段。「今年は(対局者ではないので)気が楽で…」と観客を笑わせる。
解説は森下卓九段。「先ほどは相振り飛車でしたが、本局は相居飛車の将棋が見られるでしょう」
鈴木女流二段の先手で対局開始となった。▲7六歩△8四歩の出だしから、渡部女流二段は早くも8手目に△8五歩と伸ばす。そして△7三銀と出た。今は玉の囲いそっちのけで、速攻が主流になりつつある。
それを警戒してか、先手は▲2四歩の交換を保留している。
森下九段「幕末の棋聖天野宗歩は、飛車先の歩の交換は3つの得がある、と説いています」
ひとつは1歩を手持ちにする。ひとつは飛車先が直通する。そして残りの1つが意外に知られてないという。正解は「2五の地点に味方の駒が進出できる」で、私たちは分かったような分からないような反応である。それほど飛車先の歩の交換は得があるのに、昨今の将棋界は、それすら後回しにしている。「この天野宗歩の教えが、(近代)将棋二百年の歴史で覆されているのです」
森下九段は中村修九段と違い、言語明瞭である。
鈴木女流二段は雁木に構えた。この形になると必ず持ち出されるのが、増田康宏五段の「矢倉は終わりました」発言である。しかも増田五段は森下九段の弟子であり、避けて通れない話題だ。
「矢倉はなくなったわけではないんですが、雁木は金銀の連携がいいんですね」
と森下九段。「矢倉がじっくりした将棋なのに対し、雁木は急戦調です」
一手一手、緊張した指し手が続く。
鈴木女流二段▲5六歩(第1図)。私ならノータイムで△同歩だが、それだと▲5五歩とフタをする手があり、以下先手が盛り上がって必勝になるという。
「昔はコピー機がなかったんで、記譜を何枚も手書きするのが修行でした」
と森下九段が述懐する。「それから印刷できるようになったんですが、昔は青焼きといいまして、印刷用の紙が青かったんですね。時間が経つと変色してきまして…」
現在はコピーどころか、記譜もタブレットで付ける時代だ。
森下九段「ところで女流棋士会は、先日谷口由紀さんと高浜愛子さんが結婚しました。その前は藤田綾さんも結婚しまして、ショッキングな出来事が続きました。ショックを受けているファンの方も多いんじゃないでしょうか」
そこに触れますか、という感じである。私などその最たるものだが、ご丁寧に飯野女流初段まで、客席に挙手を取る。私は意地でも手を挙げるわけにはいかないが、それでも2人の方が正直に手を挙げた。ちょっと少ない気もするが、もっとも谷口女流二段の結婚にショックを受けた連中は、今日この場に来ていない。ファンは黙って去っていくものなのだ。
局面は第1図から、△5四銀▲5五歩△同銀▲2四歩△同歩▲2五歩と進む(第2図)。
この継ぎ歩も厳しい攻めで、ふつうに△2五同歩は▲同飛で十字飛車だ。よって森下九段は「△4四銀▲2四歩△2五歩▲同飛△3三桂▲2八飛△2五歩」と解説する。「△2五歩が大駒を近づける手筋です」
しかし以下▲4四角△同歩▲2三銀も先手相当だと思うのだがそこはそれ、とにかく△2五歩~△3三桂は、中級者必須の手筋である。
渡部女流二段は△5二飛と回った。そして▲2四歩に△2六歩がもう一つの大駒を近づける手筋で、実戦は▲2六同飛△4四角▲2八飛△2二銀まで、うまく2筋をまとめてしまった。森下九段は「なるほど」と叫ぶ。これからこのフレーズが頻出するのだろう。
そこから▲6九玉△7三桂と進み、▲6四歩(第3図)が、森下九段が唸った手。△6四同歩なら▲6三角だ。よって△同銀しかないが、先手は後手銀を退却させて、ポイントを挙げた。
以下▲4四角△同歩▲8三角。これが鈴木女流二段の狙いだったと思うが、私ならこの角で▲2三歩成△同銀▲4三角(参考図)△同金▲2三飛成と強襲するところ。でもそれは筋がわるいのだろう。
本譜はお互い馬を作りじっくりした戦いになったが、そこで▲4六歩(第4図)が失着となった。
以下△5六馬▲同歩に△4四角(第5図)が痛打。▲2八飛に△9九角成となり、大きく形勢が傾いてしまった。
鈴木女流二段は悪びれず▲2三歩成。再び森下九段が「なるほど」と唸る。九段の「なるほど」は大安売りであまり価値はないが、この手は△2五香に歩の受けを作ったものらしい。
ただ鈴木女流二段の狙いは別にあり、△2三同銀に▲4三角だった。つまりさっき私が考えた手だ。
しかし今回は似て非なる局面で、△4三同金▲2三飛成△2二香の時、3三桂がいるので▲4三竜とできない。
鈴木女流二段は▲3二銀と捨て飛車交換に持ち込んだが、これでは角損の攻めになってしまった。
もはや公開対局でなければ投げているだろうが、こういう場では詰まされるまで投げられないのが辛いところ。鈴木女流二段はかぶりを上げ虚空を見る。そこに何を見ていたか。
△3二同飛▲同竜△同玉▲2三歩△同歩▲5一飛に、△5七歩(第6図)が軽妙な一打。「なるほどぉ」と森下九段が唸る。もはや合いの手みたいだが、この手には心底感心しているふうだ。
▲5七同銀は△3九飛が厳しいので、▲5九金と引く。そして△8九馬▲1一飛成△7七歩(第7図)。
「△7七歩! いやこの筋にも歩が利くんですか!」
森下九段が再び唸る。実に厳しい手で、以下は渡部女流二段の寄せを見るばかりとなった。数手進んで、△6七馬と切った。返す刀で△5五桂(第8図)。
「ほぉー、こう打つということは…」と森下九段。もちろん即詰みを読み切っていたわけで、▲5五同歩に△8九角。先の△5五桂は、5六の地点に空間を開け、カナ駒を打ち込む意味だった。ここで鈴木女流二段が投了した。以下は▲5七玉△5六金▲5八玉△6七角成まで。
終局後のインタビュー。鈴木女流二段「途中までは森下先生の解説もにぎやかで、私もやれると思っていたんですが、△4四角のあたりからシーンとなってしまって、これはやっちゃったかな、と」
渡部女流二段はうれしい勝利で、ホッとした表情。まずは会心の一局だった。
これから子ども竜王戦が始まるが、私は昼食タイムである。私が贔屓にしているのは、高島屋からちょっと離れた中華料理屋である。
今年もそこに向かったが、いつの間にか通り過ぎてしまった。何と、今年は休みだった!
ここのタンメンを食すのがルーティーンだったのに、予定が狂った。
私はあっちこっちの店を回り、結局、海鮮料理の店に入った。
ランチの丼物を注文した。値段、量とも、ま、こんなものであろう。
私は店を出て、薬を飲む。この時、大変な落とし物をしていることに気付いた。
本日ここまでの観戦メモを記したA4の用紙を、どこかに落としてしまったのだ!!
(つづく)