将棋といえば「名人戦」が一般人のイメージで、「竜王戦」はネームバリュー的にどうかと思ったが、SL広場前は結構な人数である。それも冷やかしではなく、将棋ファンが観戦しているふうだ。
私の右のサラリーマンと、前の若者は、スマホを片手に観戦している。今は記譜配信のみならず、映像の中継もあったりして、時代の変化を痛感する。

第8図以下の指し手。△2九飛成▲3九歩△4七桂成▲同金直△2七銀▲6五銀△3八銀不成▲5四馬△3四玉(第9図)
局面、解説の三氏はわずかに先手持ちのようだが、まだまだ分からない。広瀬章人八段は△2九飛成とした。羽生善治竜王の▲3九歩に△4七桂成。藤森哲也五段が危惧していたが、ここで銀を取れた。
富岡英作八段「▲4七同金右は△3九竜があるので、▲同金直の一手です」
そこで△2七銀。横歩取り△4五角戦法で△8七銀と打つ変化があるが、その手を思い出した。
それとは別にこの局面、どこかで見たと思ったが、私が小諸そばを出たあと、最後に確認した局面かもしれなかった。
ここで藤森奈津子女流四段らが次の一手を提出したがったが、私の右のサラリーマンが「(局面が)進んでる」とつぶやき、解説陣にも最新の指し手が入った。次の一手はもう少し先になるようだ。
藤森五段「▲6五銀です」。ついに羽生竜王が反撃に転じ、富岡八段が唸った。
以下お互い駒を取り合い、△3四玉まで。かなり先手玉も迫られたが……。

第9図以下の指し手。▲2六桂△同竜▲3八歩△3九飛▲5九桂(第10図)
羽生竜王は▲2六桂と打つ。富岡八段が「おおー、これも次の一手にしたかったね」
と唸った。「これに△2四玉だと、詰みもありそうだね」
藤森五段と研究すると、それは▲2五歩△同玉▲3六金△2四玉▲2五歩△1三玉▲2二銀△1二玉▲1一成桂△2二玉▲2一馬△1三玉▲1二馬(参考4図)まで詰む。飛車を取ってお役御免と見ていたあの成桂が詰みに一役買うとは、将棋は恐ろしい。

広瀬八段△同竜の一手に、羽生竜王は▲3八歩と銀を外し一息ついたが、△3九飛が厳しい。「これすごい将棋だな」と富岡八段がつぶやく。今日はこのフレーズを、何回聞いたことだろう。しかしそれは、大袈裟な表現でもないのだ。
羽生竜王▲5九桂。咄嗟に意味が呑み込めず、富岡八段らは硬直した。

第10図以下の指し手。△3八飛成▲4八銀△3五桂▲4九銀(第11図)
富岡八段「…………。△3九飛は、△6六桂からの詰めろです。だから▲6八玉と早逃げしたいんだけど、△5九角がある。▲5九桂はそこに打たせないための犠打なんですね。
しかし……」
見たことのない異筋の受けに、言葉が出ないふうだ。
さっきまで羽生竜王がわずかにいい雰囲気だったのに、現在は広瀬八段優勢の情勢になっている。いったいどこで逆転したのだろう。
藤森女流四段が、「ここで羽生竜王は1分将棋に入ったそうです。広瀬八段は24分残しているそうです」と散文的に告げる。羽生竜王が相手より早く1分将棋になるのは珍しい。
ここで私だったら△2九竜と入るところだが、▲4八銀がありそうだ。
広瀬八段は△3八飛成で、これも厳しい。やむない▲4八銀に、カサにかかって△3五桂。羽生竜王は泣きの▲4九銀。この時△4七桂成は▲同桂と取れるのがミソだ。あのヘナヘナな▲5九桂(失礼)は、ここにも意味を持たせていたのだ。

とはいえ羽生竜王は持駒が歩だけになり、私だったら戦意喪失するところ。ただ、第7図からの▲3八金打同様、受ける時はしっかり受けなければならないのだ。
ここで局面が止まったようだ。三氏はしぶしぶ、という感じで、ここを次の一手とする。正解はほぼ決まっていそうだが、早いところやることをやっとかないと、広瀬八段の持ち時間がなくなったら、次の一手をやる暇さえなくなってしまう。
富岡八段「この局面は広瀬八段の勝勢です。候補手は、ここで竜を逃げる手はないから、△4七桂成でしょう。ほかは△4九竜から入るのもあるかな」
スタッフが解答用紙を配る。しかし全員分はなく、手近な人に配るのみだ。それでもほしい人は挙手をするが、私にその度胸はないし、しかも周りに観戦者も多いので、身動きが取れないのだ。
まあよい、どうせ次の一手は△4七桂成だ。仮に投票しても、倍率が高すぎる。
解答用紙があらかた回収されたようだ。富岡八段が、「賞品はですネ、鈴木大介九段からゼヒ紹介するよう言われてきたんですが……」と言う。私も見たが、どうも羽生竜王が国民栄誉賞を受賞した時の、記念の品物だった。
藤森女流四段が集計を見ると、解答は8割方「△4七桂成」らしい。まあそうであろう。しかし指し手がなかなか入ってこない。
藤森五段「広瀬さん、こういうところは間違えないんですよね。私が先手だったら、行きた心地がしないです」
富岡八段「ここで決めないと逆転してもおかしくない。さすが羽生さん、間違えたら許さない形を作ってますからね」
まだ指し手は入ってこない。「何を考えてるんですかネ。だって金を取るために桂を打ったんだから、とりあえず金を取ってから考えたくなるのが人情ですよね」
まったくその通りだ。富岡八段はことさらプロを強調せず、アマチュアの視点に立って話してくれるのがいい。いや中には、「私たちプロは……」を口癖にし、あなたたちアマと私たちプロは指す手が違うのです、というスタンスで解説する棋士もいるのだ。
広瀬八段の熟考は続く。富岡八段「99悪い手でも、ひとついい手があればいいのです。
……まず△4七桂成としますよね。これで先手玉に詰みがあれば話が早い」
藤森五段と、先手玉を詰ましにいく。▲4七同桂△4九竜▲同玉△2九竜▲3九歩△3八金▲5八玉△4八金▲同玉△3七銀▲5八玉△4八金▲6八玉△5九角▲6九玉(参考5図)……。これはわずかに詰まない。

富岡八段「詰まないね。じゃあ意外に難しいのか。じゃあ逃げる手もあるのか? いやいや。
……今考えると、いい次の一手だったね」
う~む。しかし答えは△4七桂成に決まってるんだから、次の一手としてはどうなのだろう。
指し手が入ったようだ。
「エエーーーッ!?」
藤森女流四段が悲鳴を上げた。
(つづく)
私の右のサラリーマンと、前の若者は、スマホを片手に観戦している。今は記譜配信のみならず、映像の中継もあったりして、時代の変化を痛感する。

第8図以下の指し手。△2九飛成▲3九歩△4七桂成▲同金直△2七銀▲6五銀△3八銀不成▲5四馬△3四玉(第9図)
局面、解説の三氏はわずかに先手持ちのようだが、まだまだ分からない。広瀬章人八段は△2九飛成とした。羽生善治竜王の▲3九歩に△4七桂成。藤森哲也五段が危惧していたが、ここで銀を取れた。
富岡英作八段「▲4七同金右は△3九竜があるので、▲同金直の一手です」
そこで△2七銀。横歩取り△4五角戦法で△8七銀と打つ変化があるが、その手を思い出した。
それとは別にこの局面、どこかで見たと思ったが、私が小諸そばを出たあと、最後に確認した局面かもしれなかった。
ここで藤森奈津子女流四段らが次の一手を提出したがったが、私の右のサラリーマンが「(局面が)進んでる」とつぶやき、解説陣にも最新の指し手が入った。次の一手はもう少し先になるようだ。
藤森五段「▲6五銀です」。ついに羽生竜王が反撃に転じ、富岡八段が唸った。
以下お互い駒を取り合い、△3四玉まで。かなり先手玉も迫られたが……。

第9図以下の指し手。▲2六桂△同竜▲3八歩△3九飛▲5九桂(第10図)
羽生竜王は▲2六桂と打つ。富岡八段が「おおー、これも次の一手にしたかったね」
と唸った。「これに△2四玉だと、詰みもありそうだね」
藤森五段と研究すると、それは▲2五歩△同玉▲3六金△2四玉▲2五歩△1三玉▲2二銀△1二玉▲1一成桂△2二玉▲2一馬△1三玉▲1二馬(参考4図)まで詰む。飛車を取ってお役御免と見ていたあの成桂が詰みに一役買うとは、将棋は恐ろしい。

広瀬八段△同竜の一手に、羽生竜王は▲3八歩と銀を外し一息ついたが、△3九飛が厳しい。「これすごい将棋だな」と富岡八段がつぶやく。今日はこのフレーズを、何回聞いたことだろう。しかしそれは、大袈裟な表現でもないのだ。
羽生竜王▲5九桂。咄嗟に意味が呑み込めず、富岡八段らは硬直した。

第10図以下の指し手。△3八飛成▲4八銀△3五桂▲4九銀(第11図)
富岡八段「…………。△3九飛は、△6六桂からの詰めろです。だから▲6八玉と早逃げしたいんだけど、△5九角がある。▲5九桂はそこに打たせないための犠打なんですね。
しかし……」
見たことのない異筋の受けに、言葉が出ないふうだ。
さっきまで羽生竜王がわずかにいい雰囲気だったのに、現在は広瀬八段優勢の情勢になっている。いったいどこで逆転したのだろう。
藤森女流四段が、「ここで羽生竜王は1分将棋に入ったそうです。広瀬八段は24分残しているそうです」と散文的に告げる。羽生竜王が相手より早く1分将棋になるのは珍しい。
ここで私だったら△2九竜と入るところだが、▲4八銀がありそうだ。
広瀬八段は△3八飛成で、これも厳しい。やむない▲4八銀に、カサにかかって△3五桂。羽生竜王は泣きの▲4九銀。この時△4七桂成は▲同桂と取れるのがミソだ。あのヘナヘナな▲5九桂(失礼)は、ここにも意味を持たせていたのだ。

とはいえ羽生竜王は持駒が歩だけになり、私だったら戦意喪失するところ。ただ、第7図からの▲3八金打同様、受ける時はしっかり受けなければならないのだ。
ここで局面が止まったようだ。三氏はしぶしぶ、という感じで、ここを次の一手とする。正解はほぼ決まっていそうだが、早いところやることをやっとかないと、広瀬八段の持ち時間がなくなったら、次の一手をやる暇さえなくなってしまう。
富岡八段「この局面は広瀬八段の勝勢です。候補手は、ここで竜を逃げる手はないから、△4七桂成でしょう。ほかは△4九竜から入るのもあるかな」
スタッフが解答用紙を配る。しかし全員分はなく、手近な人に配るのみだ。それでもほしい人は挙手をするが、私にその度胸はないし、しかも周りに観戦者も多いので、身動きが取れないのだ。
まあよい、どうせ次の一手は△4七桂成だ。仮に投票しても、倍率が高すぎる。
解答用紙があらかた回収されたようだ。富岡八段が、「賞品はですネ、鈴木大介九段からゼヒ紹介するよう言われてきたんですが……」と言う。私も見たが、どうも羽生竜王が国民栄誉賞を受賞した時の、記念の品物だった。
藤森女流四段が集計を見ると、解答は8割方「△4七桂成」らしい。まあそうであろう。しかし指し手がなかなか入ってこない。
藤森五段「広瀬さん、こういうところは間違えないんですよね。私が先手だったら、行きた心地がしないです」
富岡八段「ここで決めないと逆転してもおかしくない。さすが羽生さん、間違えたら許さない形を作ってますからね」
まだ指し手は入ってこない。「何を考えてるんですかネ。だって金を取るために桂を打ったんだから、とりあえず金を取ってから考えたくなるのが人情ですよね」
まったくその通りだ。富岡八段はことさらプロを強調せず、アマチュアの視点に立って話してくれるのがいい。いや中には、「私たちプロは……」を口癖にし、あなたたちアマと私たちプロは指す手が違うのです、というスタンスで解説する棋士もいるのだ。
広瀬八段の熟考は続く。富岡八段「99悪い手でも、ひとついい手があればいいのです。
……まず△4七桂成としますよね。これで先手玉に詰みがあれば話が早い」
藤森五段と、先手玉を詰ましにいく。▲4七同桂△4九竜▲同玉△2九竜▲3九歩△3八金▲5八玉△4八金▲同玉△3七銀▲5八玉△4八金▲6八玉△5九角▲6九玉(参考5図)……。これはわずかに詰まない。

富岡八段「詰まないね。じゃあ意外に難しいのか。じゃあ逃げる手もあるのか? いやいや。
……今考えると、いい次の一手だったね」
う~む。しかし答えは△4七桂成に決まってるんだから、次の一手としてはどうなのだろう。
指し手が入ったようだ。
「エエーーーッ!?」
藤森女流四段が悲鳴を上げた。
(つづく)