第11図以下の指し手。△2九竜右▲3七金△2八竜行▲3六歩(第12図)
「△2九竜です!!」
藤森奈津子女流四段が叫ぶ。
「あっ、ええっ!? 逃げた!!」
富岡英作八段が叫び、藤森哲也五段も唸った。
「ああ、△4九竜の筋は詰まないんですね」
と、富岡八段。藤森五段は「レベル高すぎるよこの将棋」と嘆息した。
「あ、正解者は?」
「……ゼロです」
「……そうか、悪いことしちゃったなあ」
富岡八段は肩を落とすが、これはやむを得ない。竜を逃げる手は考えられないし、よしんば逃げるにしても、金を取ってからだ。だがそれは桂を渡すから良くないのか。それなら△3五桂が疑問手だったことになるが……。
抽選は全投稿者の中からと思ったが、このあともう1回やることになった。
羽生善治竜王は▲3七金と逃げつつ竜取り。しかしこの金が取られないとは……。
広瀬章人八段は△2八竜行と逃げ、羽生竜王は▲3六歩。ここで再び、次の一手タイムとなった。
右のサラリーマンは、「手が進んだよ」とつぶやいている。それなら次の一手に投票すれば、限りなく賞品に近づけるが、彼は賞品に興味がないのだろう。
解答用紙は残っているのかと思いきや、あった。ほうぼうに配って回り、私の近くにもスタッフが来た。
私が挙手すれば用紙をもらえたが、やめた。彼にカンニングと疑われたくなかったからだ。それに、次の一手を考えるのが面倒臭かった。
富岡八段「さっきの例があるんであまり候補手は言いたくないんですが、このままだと桂を取りながらの▲3五歩の味がいいんです。だから△2七桂成はありますが、それも▲同金△同竜▲3五歩で、▲2七馬を見てどうですか。後手は飛車を渡せないでしょう」
それで、△1九竜入あたりが相場に思われた。
しかし本局の異様な将棋が、そんな平凡な手で済むだろうか。
今度はすぐに、用紙が回収された。私は別に読んでいるわけではないが、どうせ取られる桂なら、△4七桂成と飛び込む手はないか。
▲4七同金も▲同桂もハッチが閉まるし、▲4七同玉も△4九竜と回られて、あまりいい気持ちはしないだろう。羽生竜王も時間がないし、選択肢の多い手を喰らったら、結構慌てるのではないか。
……などと考えたら、次の一手が指されたようだった。
第12図以下の指し手。△4七桂成▲同桂△1九竜入▲3五歩△2四玉▲2五歩△同玉▲3九桂(第13図)
「△4七桂成です!!」
と、藤森女流四段が叫ぶ。……何!?
「エーー、これ当たった人いないんじゃない?」
と、藤森五段が叫ぶ。
いやいやいやいや、叫びたいのはこっちの方である。まさか本当に△4七桂成が指されるとは!!
「プロでも紛れ込んでるんじゃない?」
と、これは富岡八段。まったく読みになかったふうだ。藤森五段は「△4七ヒロセですね」とつぶやいた。そして藤森女流四段が報告する。
「正解者は2人いました」
「いた!」
チッ…。私は幻の正解となり、静かに混乱するばかりである。
……そういえば春の名人戦の次の一手でも、佐藤天彦名人の「▲8四角」が本命だったところ、一マス遠いの「▲9五角」が正解だったことがあった。私は投票こそしなかったが、やはり「▲9五角」を当て、ひとり地団駄を踏んだものだ。まさかあの気分をまた味わうことになろうとは……。
考え過ぎたと思う。いや、右のサラリーマンのつぶやきに怯むことなく、自分の読みを信じて投票すればよかったのだ。私がスマホを見ていないのは、彼だって知っている。誰に遠慮することはなかったのだ。「△4七ヒロセですね」と、藤森五段がつぶやいた。
ともあれ、正解者にプレゼントである。正解者の1人はオッサンで、例の国民栄誉賞記念品だ。しかしもう1人の解答は「△4七桂」で、藤森女流四段はこれを大負けの正解とした。
しかしである。通常、「成」の未記載は不成を意味する。これじゃ答えが違うんじゃと思ったが、私が文句を言える筋合いではない。
ところで賞品はもうひとつあったのかと思いきや、羽生竜王だか誰かのクリアファイルだった。
何だか知らないが、ここで血圧が上がるとは思わなかった。
局面に戻るが、冷静に考えれば、金取りに桂を打ったのに金に逃げられ、今度はその空間に空成りしたわけだ。何と将棋の奥深いことか。もう、ついていけない。
羽生竜王は▲4七同桂。まあ、そうであろう。
「▲4七同桂の時、羽生竜王の手が震えたと書いてあります」
と藤森五段。ゴルゴ13を思わせるこの震え、これが出れば羽生竜王の勝ちとしたものだが……。
△1九竜入には、▲3五歩から玉を引っ張り出す。後手は△1六玉~△2四香が入ればまだ楽しみがあるらしい。
羽生竜王▲3九桂。この手が二枚竜を遮断しつつ、入玉を防いでいる。
富岡八段「この手で▲3六馬は味消しだから、この方がいいね」
第13図以下の指し手。△5二金▲1一成桂△1七角▲2六歩△2四玉▲1二成桂(投了図)
まで、141手で羽生竜王の勝ち。
局面はいよいよ大詰めを迎えた。富岡八段「これは、間違えたほうが負けるね」
それはそうであろう。「これを指運と私たちは言いますが……」
とはいえ現状は、盤上に羽生竜王の駒が多く、「長引けば、最終的には先手が勝つ」(富岡八段)情勢らしい。
そこで△5二金が着手された。富岡八段は一拍置き、「△5二金は悪手ですね」と断定じた。今まで2人の指し手を常に讃えていた富岡八段だが、だからこそ、この言葉は重みがあった。「▲1一成桂で香が入るのが大きいんですよ」
果たして実戦も▲1一成桂だった。「この交換で終わったと思います」
広瀬八段が最後の考慮に入る。
富岡八段「だけど恐ろしいもんですね。さっき苦し紛れに打った▲5九桂が、今は▲4七桂と跳ねて、▲3五歩を支えてるんだもんね。
△5二金が終盤の一手パスみたいな手になってます」
△1七角▲2六歩が指された。△2六同角成は▲同金で、△同竜は▲2七香、△同玉は▲3七角だ。
△2四玉には▲1二成桂がピッタリ。ここで広瀬八段が投了した。
それにしても、勝ち将棋鬼のごとしとはよく言ったものだ。前述の通り、ヘナヘナの▲5九桂(失礼)は▲4七桂と跳び、鬼手▲2四桂は相手の飛車金を取りなおかつ、最後は後手玉の裏側に回り、玉の死命を制した。
三氏の解説は終わったが、富岡八段は納得がいかないようで、第13図まで局面を戻す。
ここで後手に手がなかったか。広瀬八段は△5二金と上がったが、これは▲4三馬の王手金取りを防いだもので、やむを得ないところもあったのだ。だが代わる手となると難しい。
藤森五段「終盤何があったか分からなかったんですけど」
富岡八段「羽生さんに寄せてみろと言われて、広瀬さんに焦りがありましたかね。
(第11図の)▲4九銀まで戻ってだと、どうなんでしょう」
三氏はしばし検討したが、敗着は不明だった。
ふぅ~。第1局から棋史に残る名局を見られて、もうお腹いっぱいになってしまった。解説者の皆様、楽しい解説をありがとうございました。
なお新橋解説会は、第2局は休み。次回は第3局で、11月2日の開催である。