第8図以下の指し手。▲7一金打(途中3図)△5五角▲7七歩△7一飛▲同金△4五銀▲3一角△3二玉▲2二飛△3三玉▲5二飛成△同銀▲2二角成△4三玉▲5五馬(第9図)
羽生善治竜王は▲7一金と打った(途中3図)。本日2度目のイモ金で、観戦者からは悲鳴が上がったはずだ。「これは……」と富岡英作八段もつぶやき、絶句する。「ワタシ正直、驚きました」
藤森哲也五段「これは飛車の横利きを消して▲3一角や▲5一角を狙ってるんですね」
富岡八段「将棋教室で、こういう手はやっちゃいけないよと言ってるんですけどね」
まったく、初心者か名人が指しそうな手だが、中原誠十六世名人はこの類の手を躊躇せず指したものだ。まさに名人に定跡なしなのだ。「広瀬さんと普通に指してちゃ勝てないと、ひねった読みをしている気がします」
ここで△8七飛成▲同金△2八飛から成桂を抜くのはウソ手なのだろう。広瀬章人八段は△5五角と覗き、△4五銀と桂を外す。しかし羽生竜王は▲3一角と予定の攻めだ。
富岡八段「▲3一角に△5一玉は、▲5三歩が激痛になります」。よって広瀬八段は△3二玉。「ギリギリの受けです」。
羽生竜王は▲2二飛。「△2二同角は▲同角成△4二玉▲3一馬△5一玉▲7二金でしょうか」
実戦は▲2二飛に△3三玉と上に逃げた。「この順(△2二同角)もあったと思うんですけど、上に逃げたほうがいいという読みです」
しかし▲5二飛成から手順の攻めで、▲5五馬となっては羽生竜王が優勢になった。
第9図以下の指し手。△4四歩▲6五馬△5四歩▲4六歩△8六歩▲同銀△8七歩▲同馬△8五歩▲7五銀△9五桂▲9六馬△3六銀▲9五馬△2八飛▲3五歩△8六歩(第10図)
広瀬八段は△4四歩。富岡八段「普通の手だけども浮かびづらい。終盤戦は後手を引くのがマズイんですが、それをじっと我慢して△4四歩はなかなか指せません」
広瀬八段は第3局、第4局と終盤の逆転を見せたが、本局もその雰囲気が出てきた。
▲6五馬には、「藤森五段の研究は▲2二成桂で、次に▲3二角を見る、というものでした」
と、富岡八段。
ここでも広瀬八段は△5四歩と我慢し、先手を取らない。羽生竜王は▲4六歩。「手順を尽くしてますね」と富岡八段。とはいえ私には、後手玉が遠く見えてきた。
△8七歩には▲同馬と取り、藤森奈津子女流四段が「馬カンムリができました」。「▲6五馬と寄った甲斐がありましたね」と富岡八段が言った。
△2八飛。富岡八段「(解説会開始から)30分で、(現局面まで)追い着きました」
解説陣は本局を早く終わると予想し、また次の一手はできないと見ていたらしい。だが現在も続いているので、すぐに次の一手となる。
だが羽生竜王は▲3五歩と指してしまった。それなら広瀬八段の次の一手になる。残り時間も、40分前後ある。しかし藤森五段は、現在広瀬八段が不利なので、優勢な側の指し手を当ててほしい、と気遣いを見せた。そこに広瀬八段の△8六歩が指され、もうここで次の一手となった。
今回の賞品は、竜王戦扇子2本に、羽生永世七冠のクリアファイル1枚。扇子の揮毫は羽生竜王が「見」、広瀬八段が「進」だ。「見」などは私には深すぎて、唸るばかりである。
スタッフが解答用紙を配る。いつもは観客が多くて受け取れないが、今日は空いているほうだったので、私もいただいた。
候補手は▲3四銀、▲8六同馬、▲8六同銀など。富岡八段は「今日の羽生さんは慎重ですからね」と、▲8六同馬か▲同銀を匂わす。
藤森女流四段「藤森五段のイチオシは、▲8六同馬です」
富岡八段「現在羽生竜王の金桂桂得。だけど広瀬さんは駒の働きがいい」
藤森五段「絶対に指してはいけない手は、なんでしょう」
富岡八段「そうねえ、▲3九金とか? それは△8七金で詰まされてしまいます」
私の予想、というか私だったら「▲8六同馬」で、そう解答してスタッフに渡した。
第10図以下の指し手。▲8六同馬△3四歩▲5三歩△8七歩▲同馬△5三銀▲6一角△3二玉▲3四角成△2一玉▲2四桂(投了図)
まで、139手まで羽生竜王の勝ち。
と、ここでKaz氏が来た。氏は一時期会社が多忙で、休日出勤もあった。現在は平常の勤務時間になったようで、まずはめでたい。
ここで正解発表である。「▲8六同馬でした」と藤森五段が読み上げた。
富岡八段は、「今日の指し手を見てればね……」と納得顔である。
藤森五段「大多数の方が当たったみたいです」
確かに最有力の候補手ではあったが、「大多数」は多すぎる。あるいはスマホでカンニングした人もいたかもしれない。
早速抽選となる。1人目。藤森五段が「オオサワ……」と私の名前を読み上げたので、ビックリした。今まで私は、解説会で何度か正解しながら、応募しなかったから賞品を貰い損ねていた。今回はそれらを補って余りある、かなりの幸運である。
藤森女流四段に禿げた頭を晒すのは抵抗があったが、やむを得ない。前方に出て、富岡八段から扇子を受け取った。ともあれいい記念になった。ありがとうございました。
さて、対局再開である。広瀬八段は△3四歩。藤森五段「敵の打ちたいところに打て」。
羽生竜王▲5三歩には、「△同銀は▲6一角、△同玉は▲6四銀があります」と続けた。
広瀬八段は△8七歩▲同馬を利かして△5三銀としたが、▲6一角が痛打だ。
富岡八段「これは筋に入ってきました」
藤森五段「△5二金には▲5五桂です」
よって広瀬八段は△3二玉と逃げたが、▲3四角成△2一玉▲2四桂まで、広瀬八段が投了。羽生竜王、タイトル100期まであと1勝となった。
藤森五段は「広瀬さんは持ち時間を残してたんだけど……」、富岡八段は「羽生さんは、守りを固める慎重さがありました」と総括した。
本局、羽生竜王は常識の裏を行く指し手が多く、見ていてとても面白かった。たぶん、40代後半の名局に数えられると思う。
さて注目の第6局だが、新橋解説会はなし。でも20日、21日の最終局はあるという。「最終局の解説会を見るためには、第6局を広瀬さんに勝ってもらわないといけないんですが……」と、藤森五段が苦笑した。
これで散会だが、Kaz氏が、キリンで将棋を指していきましょう、と誘う。キリン、とは虎ノ門にある囲碁将棋サロン「樹林」のことだが、席料1.500円を払ってまでKaz氏と指してもしょうがないので、丁重に断った。家で「ミラクル9」でも観た方がいい。
だけど帰宅すると、テレビは別の番組をやっていた。
……フフッ、世の中そんなものである。