一公の将棋雑記

将棋に関する雑記です。

鈴木九段の新橋解説会(第31期竜王戦第7局)・3

2018-12-25 00:47:18 | 将棋イベント

第9図以下の指し手。▲9八玉△8二飛(途中1図)▲1一銀△同玉▲2三桂成△3一銀▲7二金(途中2図)△1二銀▲同成桂△同玉▲8二金(第10図)

第9図で▲9八玉が習いある手だった。鈴木大介九段「ここで▲9八玉、米長玉がいい手です。これは戦場から遠ざかるとともに、8八にも受けのスペースを用意しました。▲9八玉の攻略法はただ一つ、△9五歩なのですが、今はとても間に合わない」
そこで羽生善治竜王は△8二飛(途中1図)と浮いた。80手目に△7一歩と打ってからほぼ香の働きしかなかった飛車に、最後の活躍の場を与えたのだ。泣けてくる手である。

鈴木九段「そうですよね。最後に飛車を働かせたいですよね」
▲1一銀△同玉▲2三桂成。「銀を渡して大丈夫? これは決めに来ましたね」
しかし△3一銀の受けに▲7二金!(途中2図)

「これはすごい手ですね」と、鈴木九段が絶句した。
ここで現局面に追い着いた。私が新橋に来てから20分余、まだ将棋は終わっていなかった。
羽生竜王は△1二銀と受ける。今回も新橋スタッフは景品を用意しているが、もう次の一手をやる余裕はない。そこでクイズとなった。
「広瀬八段はかつて王位を持っていましたが、失冠しました。今回竜王を獲ると、何年振りのタイトルになるでしょう?
1.6年ぶり  2.8年ぶり  3.10年ぶり」
これは何となく答えが分かるが、私は前回、竜王戦扇子を頂戴しているので、今回は応募しない。
解答用紙を配布・回収している間、鈴木九段が語る。
「羽生さんが失冠した時に、理事が羽生さんに聞かなければならないことがあります」
藤森奈津子女流四段「それは何ですか? 肩書き……?」
鈴木九段「そうです。前竜王を名乗るのか、九段を名乗るのか、それを羽生さんの部屋に行って聞かなきゃならない。だけど理事でそんな役回りをしたくありませんからね。それで急遽、佐藤会長が出向くことになったわけです」
藤森女流四段「それはイヤですねえ」
鈴木九段「イヤですよ。私は第6局に出向きましたけど」
藤森女流四段「でもその時は羽生先生がカド番ではなかったんですよね」
鈴木九段「ああそうですね。
棋士に聞くと、『九段』の声が多い。こういう問題が発生した時、いつもは羽生さんに意見を聞けばいいんですが、(今回は羽生さんが当事者だから)羽生さんがいないんですわ。それで佐藤会長に押し付けたと。イヤな役回りですわ」
局面は▲8二金まで進んだ。「からい!」と鈴木九段が叫んだ。

第10図以下の指し手。△8八歩▲6二飛△3二桂▲3三銀成△同桂▲3四銀△2二銀打▲2三歩△8九歩成(第11図)

△8八歩に鈴木九段が沈黙した。これは先手玉が絶対詰まない、いわゆる「Z」の形で、先手はいかようにも好きな手が指せる。ちなみに「▲8八同玉は△7八馬寄、▲8八同金は△7六桂」がある。
鈴木九段「ここで▲3三銀成△同桂▲3四銀ですか。ヒトの将棋なら(無責任に)これでいいと思うんですけど。以下△2三銀なら▲1一金△同玉▲2三銀成で」
ところが広瀬章人八段は▲6二飛と打った。
「▲6二飛!」
鈴木九段が絶句する。「広瀬さんはそういう人だったんですね。……いや広瀬さんは寄せに厳しく行く人なんですよ。だから▲3三銀成と行くと思ったんですが」
確かにそうで、第3局での△5八角から△6九銀、すべてを読み切っての△6八歩などは、寄せの広瀬の真骨頂だった。だが本局は3勝3敗からの最終決戦、万に一つの瑕疵があってはならない。慎重に行きたい気持ちは痛いほど分かる。
これに「△2三玉は▲4五竜」で受けなし。よって羽生竜王は△3二桂だが、つらすぎる。
そこで梶浦宏孝四段は▲8八金を予想する。が、鈴木九段は「なるほど、金を戻す手は冷静です。でも広瀬さんなら▲3三銀成△同桂▲3四銀と行きそうなもんなんですが」と、まだこの順を推している。
懸賞クイズの抽選に入るようだ。ちなみに正解は「2.8年振り」。今回の景品は羽生竜王の扇子3本に布盤、それにトートバッグだ。抽選は粛々と行われ、5人の当選者が決定した。
実戦に戻り、広瀬八段▲3三銀成。ついにこの筋が出た。鈴木九段「広瀬新竜王のカウントダウンです」
△3三同桂▲3四銀。「これは必至に近い。羽生さん、今年は国民栄誉賞を受賞したんですが、(年末に)こうなるとはねえ……。
(羽生竜王のタイトルが少なくなった点について、)若手の台頭がありますよね。豊島二冠、高見叡王、斎藤王座……。梶浦君は絡まなかったけれども」
ここで会場に笑いが起こった。「広瀬さんは棋王の挑戦者にもなって、今いちばん乗っている棋士のひとりです。梶浦君も頑張って」
「頑張ります」
羽生竜王はそんなに持ち時間が残ってないはずだが、指し手が入ってこない。
鈴木九段「指し手が入ってこないのはヤバイですね。気持ちの整理を付けているのかもしれません。
ここ△2二銀打なら▲2三歩△同銀▲1一金△同玉▲2三銀成△2一金▲1二歩△同金▲5一竜で受けがないでしょう」
会場はしんとしている。「これ負けたら羽生さんは27年ぶりの無冠ですもんね」
「私の生まれる前からタイトルを持ち続けてたんですね」
と、梶浦四段。
「私は棋士になって25年なので、それからずぅっとですね」
と、鈴木九段が返す。改めて聞くと、すごいことだ。「羽生さんがタイトルを取られると、藤井聡太-羽生のタイトル戦が見られなくなるのが残念なんですよ」
会場では、もはや羽生竜王負けで話が進められている。「羽生さんが無冠になったら、肩書は何になるんですかね。九段を名乗ったら、私を八段にしてほしい」
それはあまりにも卑屈だが、確かに「羽生九段」になったら、ほかの九段勢と均衡が取れない、ということはある。
「結局は羽生さんがどうするかなんですが……。十段か永世七冠か」
藤森女流四段「十段もあるんですか?」
鈴木九段「あるかもしれませんね。ただ永世七冠にした場合、もしほかのタイトルを獲ったら逆にしょぼくなっちゃいますよね」
△2二銀打▲2三歩。「これは次に▲2二歩成△同銀▲2一銀△同玉▲3二飛成△同玉▲5二竜で詰みです。以前もこの会場でやりましたが、一間竜の形です」
羽生竜王は△8九歩成と指した。つまり、広瀬八段の王手を待って投了するということだ。
会場は静かだ。みんながその瞬間を、厳粛な思いで見守っていた。

(つづく)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする